神の住む社

神の住む社-6

 再び目を開いた俺の前には、規則正しく並ぶ木の床があった。起き上がって辺りを見回すと、何もない、でも広い部屋がそこにはあった。
 ここは、元がかつて普通の生を奪われた場所。元が独りで長い時を過ごした場所。そして、俺と元が最初に出会った場所だった。

「数百年を独りで過ごしたワシは、殆ど消えかけていた。このまま消えていいと思っていた。ワシは、とっくの昔に死んでいたようなものだったからな。…だが、ある日、社の前に人の影を見つけた」

 姿は見えないけれど、確かに声が聞こえる。俺はゆっくり立ち上がると、少し高い竜人の声に耳を澄ませた。

「……最初から、知ってたのか?俺の、こと」
「勿論だ。持って来たものが何だったかも、すべて覚えている」

 参ったな、と俺は肩をすくめ、楽しそうに話すアイツに答えた。アイツは少し息を漏らした後、また話を続ける。

「ヌシは毎日その日の平穏を願い、ワシに食い物を残した。ヌシが帰った後、消えかかった体でワシはそれを食べた。とても、旨かった」
「…当たり前だろ、俺が作ったんだぞ。不味いわけあるかよ」

 恥ずかしそうに、アイツは言葉を続ける。俺は笑ってそれに返すと、その場にあぐらをかいて座る。少し、照れくさい気持ちになった。

「だが、まだヌシには触れられなかった。ワシは毎日ヌシの願いを聞き、与えられたものを食べた。ささやかな願いだったが、数か月経つと何とか体を実体化させるくらいにはなった。…嬉しかった。これで、ヌシにも姿が見えるようになっていると思うと。
 そして、ワシはヌシの前に姿を現した」

 無邪気にはしゃぎながらも、時々見せた底の知れぬ寂しさ。それは、長い長い時を孤独に過ごしたアイツが再び他人と触れ合った時の反動のようなものだったのだろう。少しだけれどなんとなく、俺にも分かった気がした。

「願いは、ワシの糧だ。共に過ごす度、ヌシの願いも増えてゆく。ワシの知るヌシは死ではなく、常に生を願っていた。…ワシは、その願いに応えたい」

 戸は開いていないのに、俺の周りをふわりと風が吹き抜ける。何事かと思って立ち上がり、辺りを見回そうとすると、俺は何かに包まれた。回された腕から発される甘い花の香りとかすかな汗の匂いが、俺の鼻をくすぐる。

「……やっと、主をこうして抱き締められるのだな」
「ぇ、あ………」

 俺を抱きしめたコイツは、元ではなかった。でも、それは確かに、元だった。

 俺を包む腕に力が入り、俺は体を反転させられる。俺より頭一つ分くらい高い身長に、丸太のように太い腕。煌びやかで薄い紫の着物の隙間から見せる胸板は、体躯に見合う厚さだ。ああ、コイツ、こんな姿をしていたのか。

「…俺の今考えてる願い、元には分かってるんだろ?」
「……勿論だ。儂は、カミサマだからな」

 優しく、でも少しいつもの憎らしさを残して微笑む元。俺の顔は、きっと真っ赤になっているんだろう。いつの間にか、俺はコイツから離れられなくなっていたみたいだ。

「儂が、すべて叶えてやる。これから先も、な」

 体を引き寄せられ、後頭部を片手で支えられる。唇に生暖かい感触がして、少し後にそれがキスだと分かった。
 唇と唇を触れ合わせるだけの、軽い接吻を何度も交わす。俺の両腕は元の首に回され、空いているほうの元の腕は俺の体に這わせられた。

「随分と、いやらしい顔をするのだな」
「んっ…る、せぇ……」

 太い指が、俺の首から肩、胸にかけてを撫でる。親指が器用に胸の突起を探り当て、軽く潰すようにこりこりとそれを弄る。俺の身体はぴくんと震えて、もっと深いキスをねだった。
 元は段々と体重をかけ、俺を床に倒してゆく。俺の身体が完全に木の床に横たえられると、元はするすると自らの衣服を取り払っていった。
 淡い月明かりに照らされて鈍く光る、緑の龍鱗。纏うものをすべて捨てた元の肉体は妖艶で、俺はじっと見つめずにはいられなかった。
 俺に覆いかぶさり、元は俺の口を開けて舌を差し込む。互いの舌を絡ませ、唾液を啜る。じゅるじゅると淫猥な水の音が、俺の頬をより紅潮させるもとになった。
 俺のシャツの中に手が入りこみ、熱を持つ指でじかに身体を撫でられる。もう片方の手は下の方に向かい、ズボンを脱がしにかかっていた。程なく、俺もまた体に何も纏わない姿になった。

「随分と元気なものだな。溜まっていたのか?」

露わになった俺の肉棒は、既に目一杯に膨張していた。先端からは透明な粘液が漏れ、腹に零れ落ちて毛皮を濡らしている。

「そりゃ…一人の時よりは、回数は減るだろ」
「儂など気にせずとも良いものを…案外、細かい事に敏感なのだな」
「っぐ……!」

 元は俺のモノを手で包み込み、亀頭の部分を指でくりくりと撫でる。慣れない強い刺激に俺の身体は過剰に反応を示し、ぴくぴくと震えながら先走りを噴き出した。

「晶だけ、楽しんでいてはな…。儂も、悦ばせてもらおうか」

 目の前に自らの股間が来るように、元は俺の胸の上にしゃがみ込む。本来それがあるべき所にそれはなく、雌の生殖期のような割れ目があるだけだ。竜人は、爬虫類と構造が同じだと聞く。この中には、元のそれが潜んでいるはずなのだ。
 その割れ目に俺は指で触れ、鼻を近づける。そこは閉じているのに密度の濃い雄の匂いがして、俺はごくりと唾をのんだ。ゆっくりと割れ目の両側に指をかけ、横に開く。粘性の強い液がごぽりと流れ出て俺の身体を伝った後、それはゆっくりと姿を現した。
 俺のよりもはるかに太く、長い。圧倒的な重量感を持つそれはさっきよりも強烈な熱気と匂いを発していて、脳を直に握りつぶされるかのような苦しさと快感を覚えた。

 両手をその根元に添えて、俺はそれを口に含む。咥えきれない部分を手で扱きながら、俺は口一杯に元を味わっていた。顔をゆっくり前後させながら視線を上げると、元は満足そうな、でも少し恥ずかしそうに頬を紅潮させて俺に笑顔を見せていた。
 突然、元が体の向きを変える。弾みで元の一物が喉の奥までねじ込まれ、俺はくぐもった声でえづいた。大柄な身体の重みを感じ、ああ、触れ合っているんだな、という実感がより強くなった。
 脚を広げさせられ、俺の尻は半ば中に浮いた状態になる。同時に、尻の穴にぬるりとした温かさを感じた。

「元っ、そんなとこ舐めたらっ……」
「…どうなるというのだ、ん?」
「っ…。相変わらず、意地悪ぃな……」
「褒めて貰えて光栄だな」

 ナカに差し込まれた元の細長い舌は俺の身体の強張りをだんだんと緩め、俺の身体を芯から熱くさせていく。くぐもった唸り声が段々と荒い息使いに変わり、体がより強い刺激を求めているのが分かった。

「尻尾まで振って…いやらしいな」
「ふぁッ…元ぇ…やめっ……」

 知らぬ間にゆらゆら揺れていた尻尾を掴まれ、ゆるゆると扱かれる。敏感さが増していた体に痺れるような刺激が走り、俺は反射的に泣きそうな声で元に懇願した。
 と、浮いていた体がどさりと床に落ちる。刺激の代わりに硬い木の板で軽く尻を打った痛みを感じ、唸り声を洩らす。元を見ると、にやにやと楽しそうに俺の顔を覗いていた。

「…ほら、止めてやったぞ」
「ッ…元、楽しんでるだろお前……」
「さあ、どうだかな。何なら、終わりにしてもいいのだぞ?」

 元を睨みつけるが、当の本人は余裕そうににこにこと笑顔を浮かべている。その後ろでびたびたと尻尾が息苦しそうに跳ねているのが少し見えて、俺はひそめた眉を少し緩めた。

「よーし、じゃあ今日はもう終わりにするか!」
「あ……晶…?」
「終わりにしていいんだろ?今日はもう疲れたし、このまま寝とくか?」

 疼いて仕方ない身体を懸命に抑え、精いっぱいの笑顔を作る。俺の反応が余程予想外だったのか、元は明らかに焦りの表情を浮かべていた。別に、元が俺をからかっていることは分かっている。でも、

「やられてばっかじゃ、なんか悔しいだろ?」
「……全く。本当に、愛おしい奴と巡り合えたものだ」

 脚の間に腰を割り入れ、再び元が俺に覆いかぶさる。ぴくぴくと波打つ熱い怒張が、俺の尻に当たっていた。

「あぐっ……んんぐぐっ!」
「力を抜け。ゆっくりするから」

 先端が少し入っただけなのに、俺の入り口は悲鳴をあげていた。元は俺の首筋に何度もキスを落とし、俺の緊張が解れるのを待つ。少しすると、だんだんと奥に元を感じられるようになった。

「……全部、入らないな」
「はぁっ、はぁっ…これで、全部じゃねぇのかよッ……」
「じき、慣れる……動いていいか?」

 苦しいながらも何とか頷くと、元はゆっくり腰を引く。幸い切れてはいなかったみたいだが、尻がじんじんと痛い。モノを離すまいと肉壁がぎちぎちと元を締め付け、元は少し息苦しそうだった。触れているか触れていないかの境目まで引き抜かれ、またゆっくりと差し込まれる。繰り返しているうちに、ぐちゅぐちゅという水音が聞こえてくるようになった。俺から出る愛液と、元から出る先走りとが混ざり合い、少しずつ腰を動かす速度が上がっていく。

「元……はじめ、っ……」
「此処に居る。儂は、此処に居るぞ」

 必死に抱き付きながら、俺は愛しい人の名を呼ぶ。それに応えてくれるように、内からも外からも俺は包まれていた。シアワセとは、こういう事を言うのだろうか。
 俺を貫く速さと激しさが、確かな質量を伴って増してゆく。俺達は荒く息を洩らしながら、深く深く互いの口を貪る。互いの存在を、心の芯まで感じられるように。

「元……もうッ……」
「……激しく、するぞッ」

 俺にかかる重みが増し、突きがより激しく重いものに変わる。水泡が弾けるような音が広い社の中に響き、元の首に回す腕に力が籠る。いつの間にか俺は、元のモノをすべて受け入れられるようになっていた。

「ぁ……がぁぁあぁッ……!」
「ッ……グオォォォオォォッ!!」

 絞り出すようにかすれた声にならない叫び声をあげて、俺は先に吐精する。元は一番奥まで自身をねじ込むと、獣のように雄たけびを上げて俺の中に欲望を放った。内側から自分が溶けてゆくような感覚に陥り、俺は必死に元の腕を掴む。元はより奥に進もうと腰を俺に押しつけ、荒く息をしながら精を吐き出し続けていた。

 意識を手放す時に触れた元の手は大きくて、そしてとてもやさしかった。




 柔らかな日差しが、まぶた越しに瞳に届く。何かに包まれているような感触を感じて目を覚ますと、俺は元に抱きしめられながらベッドに横になっていた。知らぬ間に、体はきちんと洗われている。

「…む、起きたか。大変だったのだぞ、何から何まで」
「は、元……どうしたんだよ、それ」

 昨日は確かに俺より大柄だった元の身体が、なぜかいつも通りの姿に戻っている。呆気にとられている俺に気付いたのか、元は仰向けになって頬を赤く染めた。

「まだ、願いが足りんようだ。どうやら、完全に元に戻れるのはまだ先らしい」

 決まりが悪そうに頬を掻く姿が可愛くて、俺はぎゅっと元を抱き締めた。

「それって、まだまだ元には俺が必要ってことだよな?」
「そ、そんなに嬉しそうに言うな!恥ずかしいだろうっ…」

 昨日のことを思い出したのか、元は顔を真っ赤にして俺の肩に額を乗せる。まったく、子供になったり大人になったり…忙しい奴だ。

「なあ、元」
「ん?」
「俺、幸せだ。…ありがとうな」
「…礼には及ばん。ワシは、カミサマだからな!」

 今日もまた、クロワッサンを焼こう。きっと、今までで一番美味いだろうな。






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