神の住む社

神の住む社-3

 あのあと、元は売り物にするはずのクロワッサンを全部食べてしまい、俺にこっぴどく怒られた。結局その日はもう一度パンを焼き直し、なおかつまたその半分が元の胃袋の中に収まる結果となったのであった。どう頑張ったらそうなるのか、粉を顔中につけながらうまそうにコロネを頬張る元を見て、俺は半ば呆れながらも何故か嬉しい気持ちになった。

 そして、翌日。俺達は、町の市場へと向かう下り道を歩いていた。

「晶。今日は、何の用で町へ行くのだ?」
「色々な。昨日切らした食材も補充しなきゃなんねぇし、元の物も色々買わなきゃなんねぇだろ?服だって、その一着じゃ厳しいだろうからな」
「むう。まあ、それはそうだが」

 自分が着ている着物をしげしげと眺めながら、元は尻尾をゆらゆら振って歩く。着物の生地に織り込まれているのか、紫の光の粒のようなものがきらきらと光っていた。

「この服はワシの正装だからな。これがないと、ワシのカミサマとしての威厳が…」
「そんなん、着てても着てなくても同じだっての。神様なら、服装がどうでも神様だろ?」
「…まあ、そうか。それもそうだな!」

 ワシは偉大なカミサマだからな、と元は付け加えて、元気いっぱいの笑みを俺に向ける。何でこんなに神様にこだわるのかは分からないが、このいっぱいの笑顔には元気をくれる力があるような、ないような。それくらい、無邪気で純粋な笑顔だ。

「さあ、着いたぜ。まずは、元の服から見てくか」

 港町の市場はいつも通り賑わっていて、品物を求める人々でごった返している。新鮮な食糧、日用品、魔力の宿った道具や身を守る武具…大体のものなら、ここで一通り揃えられる。俺は元とはぐれてしまわないよう、小さな手を取ってぎゅっと握った。そのまま、右手にある服屋へと歩みを進める。左右の棚には色とりどりの服が陳列され、さまざまな布地の香りが充満している。

「おう、晶。どうした?」
「うっす、おっさん。コイツに似合いそうな服と下着、何着か頼むわ」

 服屋の主人は中年の熊のおっさんで、豪快な性格の割にはきちんとした服を作るのが得意だ。服を探しに来た人のサイズを測って、ぴったり合う服を探してくれる。

「坊主、見ない顔だな。ひょっとして、晶の子供か?」
「ワシは子供なんかではない!れっきとしたカミっ……」
「ま、そんなとこだ。いつも通りバッチリ頼むぜ」
「おう、任しとけ。じゃあ坊主、体のデカさを測るからな」

 カミサマだ、と言おうとした元の口を、俺は両腕で抱え込むようにしてふさぐ。ここで騒いで、わざわざ不審に思われることもないだろうから。元は不満そうに俺の顔を見上げたが、少し睨んでやると諦めて大人しくなった。

「ちょっとくすぐったいかもしれねぇが我慢しろよ、坊主」
「なっ…おい!このワシに何をする…あうっ」

 おっさんは元を後ろから抱きかかえると、肩から順に元の体をぺたぺたと触り始めた。元は恥ずかしいのかくすぐったいのか、顔を真っ赤にしてぱたぱたともがいている。

「おっさんの測り方は正確なんだぞ。ちょっと変態っぽいけどな」
「だ、誰が変態だ!これがうちの由緒正しい測りかたなんだぞっ」
「く、くすぐったい!止めんかっ、ひゃはははっ」

 若干元が暴れつつも、測定は無事完了。手近にある子供用の棚から、麻でできた衣服を何着か出してくれた。

「坊主、年の割に中々いい体付きじゃねぇか。関心関心」
「当たり前だ。カミサマたるもの、日々の鍛錬は怠らんからな!」

 豪快に笑う元に、おっさんはそうかそうかと負けず劣らず盛大に笑って元の頭を撫でた。そんなに神経質にならなくても、この町の人は細かいことを気にしないみたいだ。

「ん、待てよ…確か、山にいる竜神様も坊主みてぇな紫の着物を着てたって聞いたことあるな」
「……。ほんとか、それ?」
「ま、うろ覚えだがな。でも、その服は本当によく作られたもんだ。作った奴の優しい気持ちが伝わってくるからな」
「そうだろう!この服は、ワシの大事な正装だからな!」

 この二人は、結構息が合うみたいだ。二人の笑顔を見ていると、細かいことはどうでもいいような気分になってくる。

「じゃこれ、お代な。今度は、パンも持ってくるよ」
「おう。晶のパンは絶品だからな、楽しみにしてるぜ」

 おっさんは白い歯を見せて笑うと、元に服の入った布袋を手渡した。

「しっかし、驚いたな。あのおっさんまで元が神様だって言うのかよ」
「ワシを見ればワシがカミサマだと分かる者が居たということだ。晶は鈍感だな?」
「へいへい。言ってろ」

 少しふてくされながら、俺は通りを進む。元はというと、俺に手を引かれながら渡された布袋をじっと見つめていた。

「……この着物は、奴の五代前の者がワシに奉納したものだ。奴と同じ、豪快で面白い奴だった」

 遠い目で服を見つめる姿を見て、俺は一瞬はっとさせられた。元の瞳には深い慈しみが満ちているようで、冗談で言っているようには聞こえなかった。案外、コイツが本当の神様なのかもしれない。

「……どうした、晶?歩が止まっておるぞ」
「あ?いや、なんでも。ぼうっとしてただけだ」
「しっかりしろ、晶。まるでワシが駄々をこねているみたいであろう」

 頬を膨らませて俺を見つめている元は本当に駄々をこねているみたいで、俺は思わず笑ってしまった。

「へいへい。じゃあガキにはガキらしく、アイスでも買ってやろうか?」
「ワシはかき氷の方が好きだぞ!」
「かき氷は祭りでしか売ってねぇの。アイスで我慢しろ」
「むう…。じゃあ、アイスで我慢してやる」
「…。偉そうなこと言ってると買ってやらないぞ?」
「待て!買え!謝らんが!」

「はあ…今日は疲れたな、晶」
「お前は服しか持ってねぇだろ!ったく、重い荷物全部持たせやがって…」
「知ったことか。若い奴はきちんと働くのだ!」

 小麦粉の重い紙袋を床に下ろして、俺はため息をついた。元はというと、さっき買ってやったアイスクリームをぺろぺろと舐めている。

「こいつっ。ちょっとアイスよこせ、ほらっ」
「お、おい、これはワシのアイスだっ!」

 元の持っているアイスに一口かぶりつき、口に着いた分を舌で舐め取る。元はぽかんとした顔で俺とアイスを見た後、ぷくうっとむくれあがった。

「か、勝手にワシのアイスを食うな!」
「元が早く食わないからだろ。ほら、もう日も暮れるし風呂入るぞ」
「ま、待て!まだ食い終わっておらん!」
「待ってやるから早く食えよ……」

「晶。どうして、晶はこんな場所で店を開いておるのだ?町の市場で道を開けば、売り上げも増えるだろうに」

 風呂場にある少し大きな椅子に座って、元は俺に訊ねた。木でできた浴場は湯を張るたびにいい匂いがして、疲れた体を癒してくれる。俺は元のつるつるした体をスポンジで洗いながら、元の質問を聞いていた。

「んー…特に、理由はねぇよ。静かなところで暮らしたかったから、かもな」
「ふむう………」
「ほら、流すぞ。目ぇ閉じろ」
「ん」

 元は少し不満そうに首を傾げていたが、俺が洗面器に湯をすくうと目を閉じ、耳を掴んで塞いだ。そのまま頭から湯をかけ、体に付いた泡を洗い流す。

「そんなこと、どうでもいいじゃねぇか。さ、浴槽に入れ。五十数えたら出るからな」
「そ、そんな子供のすることなどするか!」

「ここで店を開く理由、か……」

 元を寝かしつけた後、俺はベッドで眠れずにいた。少しだけ幅の広いベッドは二人で寝るのには狭めで、背中をぴったりとくっつけながら寝る形になっている。俺は窓の方を向いて、少し欠けた満月を見つめていた。
 その時、頭の中をあの時の光景がよぎった。あの時、心の中に押し込んでおこうと思ったはずなのに、奥底から少しずつ漏れ出して俺を闇の中に引き戻す。
苦しかった。俺は全てを壊し、そしてそのことを全て心の中に封印し、何食わぬ顔で生きてきた。失った、壊したものの呻きが俺を襲い、心を痛いほど締め付ける。蒸し暑い夜のはずなのに少し寒気がして、俺は深々と布団を被った。
 だがやはり眠ることができず、上半身だけを起こして元を見る。コイツはとても幸せそうな寝顔で、子供らしい可愛い表情をしていた。その顔に俺は安心し、再び横になる。今度は背中合わせでなく、元を包み込むように同じ方向を向いて眠った。触れている部分から安心が流れてくる気がして、俺はすぐに眠りに落ちた。






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