神の住む社

神の住む社-2

「お、お前が……神様?」
「いかにも。ワシが此処を治めるカミサマだ!」

 クロワッサンを食べ終え、指についた欠片を舐め取りながら、ソイツは参ったかとばかりに胸を張って俺に言った。確かにジジ臭い喋り方といい、このあたりでは珍しい着物を着ている所といい、怪しいと言えば怪しいのだが…そんなにすぐ事を信じるほど、俺も愚かではない。自分は神様だ、という人にはいそうですかとすぐ信じる人がごろごろいたら、今頃この世界は新興宗教の巣窟にでもなっていただろう。現に声色や身体の大きさはそこらの子供そのものだ。年は十三、四と言ったところだろうか。まだ幼さの残る顔つきで、頭からは二本、白い角が突き出している。

「あのなあ、どこに自分は神様だっつってすぐ信じる奴がいるんだよ」
「だが、真の事だ。というより、ヌシは此処のカミサマがどんな姿形なのか見たことがあるのか?」
「そ、それは…ねぇけど。でも、ここについての言い伝えなら少し知ってるぜ」
「ほう。では、ワシに話してみい。答え合わせをしてやろう」

 ずいぶん自信過剰なお子様だな。まあ、そこまで自信があるのなら俺も一丁乗ってやるとしようか。

「おう、じゃあ話してやろう。街で一番物知りな爺さんから聞いた、とっておきの話だぜ。

―昔々、海と山を持つ小さな町に竜神様がおりました。古よりこの地に住まう竜神様は、山に恵みをもたらし、海を潤し、人々を災いから守ってきた、偉大なる神様です。
竜神様は千の兵、万の獣をも凌ぐ力を持ち、人々に深き慈しみを与えています―

どうだ。合ってるか?」

この子供はうんうんと頷きながら話を聞き、俺が話し終わるとまたいたずらな笑顔を浮かべた。全てを見透かすかのようなその笑みに、俺は一瞬どきりとする。

「大体、その通りだ。だがまあ、六十点というところだな」
「そんなに違うのかよ…。じゃあ、あとの四十点分は何なんだ?」

 ソイツは一瞬言葉に詰まると、
「それは、秘密だ!」

 と、元気よく答えた。思いっきり、はぐらかされた気がする。だが、ここで引き下がったら俺はコイツを神様だと認めてしまったことになりそうな気がしたので、俺は少し追い打ちをかけてみる。

「でも、ここの神様ってすげぇ力を持ってるんだろ?だったら、お前みたいなガキの姿じゃなくてもっと猛々しい姿だったんじゃねぇのか?」
「う。そ、それはだな……」

コイツはぎくりと肩を震わせて、気まずそうに横を向く。どうやら、結構効いたようだ。

「まったく、パンは盗むし、全然反省の様子もねぇし…どうしてくれっかなぁ」
「わ、ワシは謝らんぞ!そのパンはワシのために用意した物なのだろう?」

 コイツは半分泣きそうな顔で、俺のほうをちらっと見る。別に本気でいたぶる気はないが、少しやりすぎたかもしれないな。まったく、俺はどこまで甘いんだか。
 泣きそうなコイツの頭を、俺はわしわしと撫でてやる。コイツはびっくりしたようで、大きな瞳を俺の方に向けた。

「俺の店に来いよ。食った分は、働いて返してもらうぜ」

 どうせ行く所もないんだろ、と俺は付け足した。強がってはいるが、コイツはまだまだ子供。周りに誰もいないのでは、きっとコイツも寂しいだろう。ここで会ったのも何かの縁だろうし、コイツが大きくなるくらいまでは面倒を見てやってもいいか。

「……。わ、ワシは別に有難いとは思っておらんからな!」
「はいはい。顔、真っ赤になってるぞ」
「う、うぐぐ……」

 恥ずかしそうにするコイツを見て、そういえばまだ名を聞いていないことに気がつく。

「俺は、晶(アキラ)ってんだ。お前は、なんて言うんだ?」
「ワシは、元(ハジメ)。人々の願いの元となる、元の字を冠するカミサマだ!」

 あくまで神様かよ、と笑い、俺は元の頭をもう一度撫でた。






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