身体の水分をあらかた取り終わったら、洗面所の壁に掛けてあったドライヤーで身体を乾かす。目の前には、逢河さんがいる。
「どうだ。少しは良くなったか?」
「うーん。でも、あったかくなりました」
バスタオルを腰に巻きつけて、当座の寒さをしのぐ。風邪が悪化しないように、早くドライヤーをかけなければいけない。
「これでいいのか?適当に持ってきちまったが」
「大丈夫です。これ、あったかいんですよー」
逢河さんから渡されたフリースのパジャマをわきに置いて、ドライヤーのスイッチをつける。温風を受けた毛がなびいて、次第に水分が飛んでゆくのを感じた。
逢河さんは脱衣室の外で待っているようだ。手早く身体を乾かした後、厚い服を着こんで外したタオルを洗濯機に放り込む。
「お風呂、入りますか?」
「そうだな。着替えがないが・・・何とかなるだろ。入らせてもらうな」
さっと服を脱いで、逢河さんが裸になった。背中しか見えないけれど、背中だけでも凄い筋肉だ。背に走るふさふさとした毛が、汗でへたりと横に流れている。
戸の向こうに逢河さんが消えたのを確認して、脱いである服をたたむ。少しジャージの匂いをかぐと、やっぱり逢河さんの匂いがした。
「泊まってくれるのかな」
ぽつりと言葉が喉をついて出た。あまりにもするりと出たものだから、自分でも驚いた。
「泊まってほしいのか」
戸の向こうから、少し大きな声が聞こえる。風呂場の中で反響して、余韻が耳に残る。
「泊まってほしい、です」
戸に頭をつけて、消えそうな声でささやく。がらりと戸が開いて、わしわしと頭を撫でられた。
「泊まってやるよ、もちろん」
抱きつこうとして、逢河さんが裸なのに気付いた。伸ばした手を止めて、遠慮がちに少しだけ触れる。
あたたかい身体に絡めとられて、僕は跳ねた。
「早く、上がってくださいね」
「ああ。そうする」
早足でベッドに飛び込んで、頭を整理する。でも熱が邪魔してそれができない。分かっているのは、顔が熱い、ということだけだった。
「寒くないか?」
「はい。あったかいです」
セミダブルのベッドに二人、背中合わせで布団をかぶる。秋のはじめの暗い夜はそこらじゅうから緑を奪って、代わりにひんやりとした静寂をもたらす。でも、今日は寒くない。
「ゆ、夕。そっち向いて、いいか?」
「・・・はい。お願いします」
僕の肩の上に、逢河さんの顔が乗る。今日は、抱きしめて眠る側ではなくなった。
「風邪、俺に移せ。そうしたら、夕は治るだろ」
「そうなったら、今度は僕が看病する番ですね」
顔に手が添えられて、僕たちは見つめ合う。鼻をくっつけて、小さくキスをした。
「今日は、これくらいまでな」
「早く、治さないとね」
手を、握った。大きくて硬い手は、躊躇せずに握り返してくれた。
二人分の大きな心臓の音を聞きながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
「うわあ。すごい熱」
「ぐう。まさか、本当に移るとはなあ」
舌を出して苦しそうに息をしながら、抱き枕でないほうの竜が僕のベッドでうんうんと唸っている。今日は、おとなしくしていた方がよさそうだ。
「何か、食べられる?」
「作れるのか?」
「作れるよ。ちょっと、待ってて」
台所に行って、冷凍庫から氷を取り出す。流しの下から出した機械に放り込んで、手でハンドルをがりがりと回す。一足先に、小皿に白い雪と青い雨が降った。
「それ、料理じゃねえだろうが」
逢河さんが僕の作ったそれを見て笑う。僕が少しむくれながらスプーンを差し出すと、大きな口がさくりとそれを飲み込んだ。
「料理じゃなくても、これくらいはできるよ」
「・・・ありがとう。うまいよ」
側に、いるから。それだけで、全てが満たされるのを知っているから。 僕は、ぴったり寄り添っていく。これでもう、寂しくなんかない。
「(添い寝してあげようか?)」
「(また、熱が上がりそうだ)」