かきごおり

かきごおり-4




「う…。凄いな、これは」

 家に連れて帰ってきてもらった後も、逢河さんは独り暮らしなら看病すると言ってきかず、台所に立って使えそうな食材を物色している。ちなみに、冷蔵庫にはほとんどレトルトか冷凍食品しか入っていない。

「夕。ちゃんと自炊してるっての、嘘だろ」
「……料理、苦手なんです。僕の親、ほとんど仕事でご飯なんて作ってもらったことなかったから」

 詰め寄る逢河さんの視線を避けるために、布団をかぶり抱き枕を抱いてそっぽを向いた。
 自分で作れる料理なんて、冷奴かカップラーメンくらいのものだ。どっちも料理と呼んではいけないものなのだろうけれど。
 少し呆れ気味な声だった逢河さんは、ひとつ大きな溜息をつくと台所に戻っていった。

「まったく。作ってやるから、ちゃんと食えよ」

 いい匂いが漂ってくるのにわくわくしながら、でもこらえられなくて台所に這って様子を見に行った。即刻ベッドに戻された。




「いただきます!」

 逢河さんが作ってくれたのは、もらった刺身を入れて作った雑炊だった。とろとろになったご飯の中にサイコロになった魚がころころ入っていて、見た目もきれいだ。

「んむ・・・んっ、おいしいです!」
「そうか。そりゃよかった」

 熱いから冷まして少しずつ食べながら、僕は自分で料理ができないのが悲しくなってきた。逢河さんは運動もできて頭もいいのに、そのうえ料理までできるなんて卑怯だ。
 大きくため息をついて、でもまた一口食べる。雑炊は、変わらずとてもおいしかった。

「味付けさえ覚えれば夕でも作れるさ。今度教えてやるよ」
「逢河さぁん・・・」

 うう、とうなり声をあげて逢河さんにしがみつく。よしよし、と大きい手が頭をなでてくれるのが嬉しくて、僕は尻尾を振った。




「よしよし。ほら、早く食っちまえ」

 少し力ない笑みを浮かべて、目の前に居る犬はこくりと頷いた。ひょろりとした身体が頼りない夕は、ゆっくりと小さな土鍋に入った雑炊を平らげていく。
 食べ終わるのを待っている間、部屋の中をぐるりと見回してみた。テレビの横には大きな本棚が置いてあって、その中には比較的昔の作家の本が並んでいた。背表紙を見たところ、神話や寓話に関するものが多いようだ。文学部に通っているようだから、専攻しているのだろう。
 パソコンの置いてある勉強机の周りが少し散らかっている以外は、比較的整頓されていてきれいな部屋だ。雑貨屋でそろえた家具を使っているのか、木目の棚やテーブルがすっきりと配置されている。童話に出てくる小人の住む部屋のようだ。
 ただ、ベッドに横たわっている青い龍の抱き枕が少し目立っていた。俺と同じ種類の、翼のない水辺に棲む竜の形をしている。
 夕に抱きしめられて眠っているのか。ふわふわしていて、暖かいんだろうな。

「なんか、変な所ありましたか?」

 ごちそうさまをして俺の様子を見ていた夕が、不思議そうにこちらを見つめている。何でもないさ、と答えた後、風呂の準備をして食器を洗う。湯を張り終わったぴー、という機械音が鳴ると、夕を脱衣室に連れて行った。

「一人で入れるか?」
「なんとか・・・。大丈夫です」

 そうか、と頷いた後、俺は脱衣所の戸を閉める。洗い物の終わった台所を抜けて、居間にある夕のベッドに座り込んだ。

「・・・無理やりにでも、入っておけばよかったか」

 うまくいかない自分の不甲斐なさに呆れながら、まだ温もりの残るベッドから抱き枕を引っ張りだす。俺に似たもう一人の竜は、シャンプーの甘い匂いがした。

「っと。これじゃあ―」

 これじゃあまるで、あいつらみたいじゃないか。

「・・・ッ。やりきれねえもんだなあ、人の心ってもんは」

 俺の心がじわじわと酸で溶かされてゆくようで、俺は自分に驚いた。心の中では、ずっとあいつらに嫉妬して、軽蔑していた。いつの間にか、全てを否定していたんだ。
俺は気にしないように繕っていただけで、でもそれは開いた隙間から、気づかぬうちに少しずつ漏れだしていた。

 俺だって、同じような存在だったのに。
 地に滴り落ちた苦い感情は、ずっと続いていた俺の苦悩そのものだった。

「でも、な。馬鹿虎には、感謝しねえとな」

 風月の言葉を信じていいのかは分からないが、気づくことはできた。俺は、自分を受け入れることができた。
 後は、俺が踏ん張る番だ。

「せんぱーい。着替え、取ってくれませんか?出すの忘れちゃったのでー」
「お、おう!分かった、今行く!」

 脱衣場から間の抜けた声が聞こえて、声のする方へ向かう。少しでもいいから、その声を近くで聞きたかった。
今だけは、その声だけが俺に元気を与えるすべてだった。






http://kemono.cc/findeterre/