かきごおり

かきごおり-1

「ありがとうございましたー」

 買い物を終えて店を出るお客さんに、僕はふかぶかと頭を下げる。手元に持っていたふかふかの白いクッションを撫でて、レジの横にある小さなイスに座った。読みかけだった本を開いて、また違う世界へゆっくり飛んでゆく。

「こら、夕。新しい商品が入ったから、ディスプレイ手伝ってくれ」
「いたっ。わ、わかりましたよー」

 武洋さんが持ってきた段ボールの端で僕の頭をこんとぶって、僕は空想の彼方から連れ戻された。段ボールの中には、可愛い雑貨やら小物やらがぎっしり詰まっていて、僕の目はきらきらと輝いた。

 僕の名前は、佐倉夕。神護町の商店街にある、小さな雑貨屋さんで働いています。




















あたたかなその腕が、僕を包むから




















かきごおり




















「これでよし、と。じゃあ夕、また明日な」
「はいっ。おつかれさまでした!」

 早めにシャッターを下げたお店の前で、武洋さんと別れた。金曜日の夕方の商店街は、仕事上がりの人達や買い出しに来たおばさんたちで賑わっていて、すぐに武洋さんの姿は見えなくなる。僕もお目当てのものを求めて、その人混みに混ざった。
 そのまままっすぐ歩くと、道を挟んで向かい側にもお店がたくさん並んでいる。僕は、交差点から二番目にある魚屋さんの前に歩いていった。

「…ん、夕か。仕事、終わったんだな」
「はい、逢河さんっ。今日もがんばりました」
「そうか。よしよし、偉い偉い」

 紺色の前掛けをつけて、僕よりずっと大きな身体をした青い竜人の逢河さんが頭をなでてくれた。子供じゃないんですからー、と僕は照れて、ぽりぽりと頭をかく。

「あの、いつものお願いしますねっ」
「ああ、わかった。ちょっと待ってろ」

 逢河さんはにっと笑うと、適当に魚を見つくろって中の台所に入っていった。僕はお店に並んで光っているお魚を見ながら、今日の中身は何だろうとうきうきしながら待っていた。いつの間にか、尻尾も揺れていたみたいだ。

「ほらよ。こんくらいしかなかったが、大丈夫か?」
「十分ですよー。ありがとうございますっ」

 手渡されたのは、多めに売れ残った魚を何種類かお刺身にしてもらったもの。魚の種類はおまかせする代わりに、少しおまけしてもらっているのだ。
 毎日だとお財布にやさしくないから、三日に一回。頑張ったお仕事が終わった後の、ちょっとしたごほうびだ。

「お、逢河!ちょうどよかったッ」
「あ、風月さん。おつかれさまですー」
「おう、夕のわんころか。今日もちっちぇな!」

 肉屋さんの前掛けをかけたままの風月さんが、息を切らして逢河さんのところに走ってきた。といっても、肉屋さんは魚屋さんの隣にあるのだけれど。風月さんは僕の頭をがしがしとなでると、逢河さんにずいっと迫っていった。

「逢河、経済学の課題見せてくれッ」
「またかよ…。隆星とよろしくやってんだから、見せてもらえばいいじゃねぇか」
「毎回見せてもらってたらかっこわりぃじゃんかよ。なっ、頼む!」

 両手を合わせて拝むようにお願いする風月さんは、なんだかかわいく見えた。逢河さんは大きくため息をつくと、頭に手を当ててやれやれのポーズをとっている。

「分かったよ。店閉めたらうちに寄ってけ」
「ほんとか?助かるぜッ」

 風月さんは逢河さんの肩をばしばしと叩くと、またあとでなーと言っておとなりの肉屋さんに走って戻っていった。忙しい人だなあ。

「ったく…。宿題くらい自分でやれってんだ。なぁ、夕?」
「ふぇ?あ、そうですねっ」

 逢河と風月さん、それと隆星さんは小さい頃からずっと仲良しだったみたいだ。高校生だったころは、時々授業をさぼって近くの海に泳ぎに行ったとか、行かないとか。
 僕は授業をさぼる勇気はなかったから、授業中はほとんど寝ていた。だから、ちょっと羨ましいなあと思ったりもして。
 今は三人とも大学生。それぞれ実家のお店を手伝いながら、青春を楽しんでいるようだ。
 三人より一つ下の僕は、大学でもぼーっと過ごしながら武洋さんのお店を手伝っている。逢河さんが入っている野球部のマネージャーを頑張ってたら、一年目はあっという間に過ぎてしまった。大学生活って、意外と短いものだ。

「夕。お前いつも刺身ばっかりだな…ちゃんと飯食ってんのか?」
「も、もちろんですよっ。マネージャーたるもの、食生活くらいちゃんとしないと」
「だな。俺にはやかましく言うくせに、お前が駄目だとなぁ」
「え、えへへ…」

 にかっと笑ってお刺身を渡してくれる逢河さんに、僕は苦笑いを浮かべながら家に帰っていった。





 自分の家に帰って一息ついた後、とりあえず晩ご飯にすることにした。

「…はぁ。お刺身は、おいしいんだけどなぁ」

 今日の晩ご飯はさっきのお刺身と、レンジでチンしたご飯と、これまたレンジでチンした冷凍食品のおひたし。栄養は一応偏っていないけれど、手作りなのはお刺身だけ。お刺身も、僕が切った訳ではないけれど。

「料理、練習しなきゃなぁ」

 はぁ、と大きく肩を落として、逢河さんの切ってくれた鯛の刺身を口に放り込んだ。脂の乗った白身魚はとてもおいしくて、幸せな気分で口の中が一杯になる。
 テレビのお笑い番組を見ながら食事を終えて、食器を片付けようと立ち上がると、一瞬視界がぐるんと回転した。そのままバランスを崩して、床にぱたんと手をつく。

「めまい…。風邪、かな」

 自分で額に手を当てても、熱があるかはわからない。食器を洗うのは明日に回して、いそいそとベッドに入った。
 先にベッドに入っていた大きな青い竜の抱き枕を抱えて、少し寒気を感じながら目を閉じる。

「…………先輩」

 少しだけ逢河先輩が暖めてくれたみたいで、その夜はよく眠れた。






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