かきごおり

かきごおり-2

「だから、また間違ってる」
「げ。ったく、どうして大学入ってまで数学がついてくんだよ!」

 俺の隣で呻きながら頭を掻いているのは、大きな図体をした虎だ。その身体を縮こまらせて、目の前の問題に苦戦している。
 赤い色鉛筆で間違いを訂正してやると、その表情がさらに鬱々としたものになった。

「どうしてお前はホームランヒッターの四番打者なのに筋肉バカじゃねぇんだか…」
「生粋の筋肉バカの誰かさんとは違うからな。隆星だって、ずっと水泳で鍛えてんのに頭いいだろ」
「あいつは性格がああだから、プラマイゼロなんだよ」

 ひどい言いようだが、あながち外れてもいない。ここでまた何か言うと風月が課題を放り出すのは目に見えているから、黙ってペンを進めさせた。
 風月と隆星はだいぶ前から親密な関係になっていたらしい。俺がそれを知ったのはつい最近だった。まさかそんな関係になっているとは思わずに驚き、少し仲間外れにされた気もしたが、二人とはそれよりもずっと長い付き合いだ。興味半分に何をしただのいう話を聞かされながら、変わらない付き合いを続けている。

「逢河、お前はどうなんだよ。誰かいいお相手さまは見つかったのか?」
「なッ」

 風月がお得意のにやけ顔をこちらに向けて、俺の顔を覗き込んでくる。その顔をぐいと手で押しのけると、俺は何も言えずに横を向いた。

「お前ぐらい人気なら、恋人の一人や二人すぐできると思ったんだけどなあ…まさかこの年になって付き合った奴が一人もいないとは」
「言うな!それ以上言うな!」
「いだだだだ!わかったから耳引っ張んな!」

 力の限り風月の耳を引っ張ってやると、すぐに風月は観念したようだった。ひりひりするであろう耳をさすりながら、涙の浮かんだ目を恨めしそうにこちらに向けている。

「ったく…。お前、恋愛に対しては鈍い上に奥手だよなぁ」
「…。どういう意味だよ」
「別に。ただ、いつまでも気づいてやらねえと相手も傷つくぜ?」
「そういうもんなのか。…でも、思いつく奴がいないんだが」
「これだからお前は…。ま、そのうち気づくだろ」

 さらさらと残りの問題を片づける風月の手が、また止まる。風月の言った言葉の意味を考えていたらしばらくぼうっとしていたようで、声を掛けられてもしばらく反応できなかった。

「終わった!ありがとよ、逢河。…おい、逢河!」
「んが…。お、おう」
「青春も恋も掴もうぜ、わが友よー。お前は目指せチェリー卒業だな!」

 とりあえず一発思い切り殴っておいた。股を。





「恋愛……か」

 これまでは野球一筋で、あとは隆星や風月と遊ぶことくらいしか考えて生きてこなかった。恋愛なんてしなくても、十分生き生きした生活を送ってこられた。
 だが、近頃ふと寂しくなる時がある。自分の中で、何かが大きく欠けている感覚がする。
 俺は、一人だ。
 風月には、隆星がいる。親友よりももっと深く、つながっている。

 俺には、果たしてそんな存在がいるのだろうか。

「くそッ。…俺だって、好きで一人でいる訳じゃねぇよ」

 その晩は悶々として、あまりよく眠れなかった。






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