中編

 

 

 初めてオババや彼女と出会い、オババの娼館でベルの家庭教師を行っておよそ一ヶ月が経過した頃だろうか。
この日も俺はオババの娼館へと向かい、埃っぽいアスファルトの道を進んでいた。
最初は歓楽街独特の装飾に歩きづらかったこの道も、今では平気で歩き通すことが出来るようになっていた。

 いつものように歓楽街の中心に近づき、白いコンクリート壁の角を曲がれば娼館は目の前というその時だった、

(ぃ……ゃ…ぁぁぁ…!!)

「なんだ…!?」

不意に角を曲がった娼館の方から、聞き慣れた甲高い声が聞こえてきた。
ハッとして耳を澄ますが、良く聞こうとしたその時には悲鳴のような声は消え去り、代わってけたたましいエンジン音が耳に届いてきた。
何となく胸騒ぎを覚えた俺は思わず走り出す。

(バロロロロロロロッ!!)

「うわっ!?」

角を曲がろうとしたその瞬間に、いきなり俺の鼻先を黒いリムジンが通過し俺は飛び下がった。
背後にあった娼館の壁に背中がくっつけ暴走するリムジンを睨むが、窓が黒く塗られて中は全く見えない。
よく見ると酔っぱらいでも運転しているのか車が激しく蛇行し、時折立て看板や派手に吹き飛ばしている。
看板を壊された店主らしきおっさんが罵声を浴びせていたが、リムジンは全く知らん顔。
やがて遠くにある比較的広い道に出ると、暴走リムジンはそのまま角を曲がり姿を消した。
あとにはゴミ同然となった立て看板と、轢かれそうになってひっくり返った住人や通行人、そして重い静寂だけが残された。

「レイクス…!!」

唖然としてしばらく消えたあたりを見つめていた俺に、背後から声をかけられた。しわがれたオババの声に俺は振り向く。

「こんにちわ、何だったんですかさっきのお客さんは、随分と運転が強引…。」

そこまで言いかけたところで、俺は黙り込んだ。いつものオババの表情が何となく違っている。今までこんな表情はみたことない…。

「オババ…一体何が」

「話は後だ、とりあえず中にお入り…。」

そう言うとオババに手を引かれて店の奥のオババの部屋へと連れられた。

 途中受付を通り過ぎる時、店の女の子達何人かと目があった。いつものように誘惑してくるようなことはなく、
今日は何みんなだか浮かない顔をして、自分の顔色をうかがっているように見える。
普段は滅多に表情を見せないペルシア猫のミヤも今日は複雑そうな表情を尻尾をせわしなく左右に動かしていた。

(パタン…)

事務所の扉を閉めると、オババは一つ深いため息をついた。なんだかオババが今日は一層小さく見えるな…。

「単刀直入に言おう…、さっき、ベルが強引に買い取られてここから連れ出された。」

「連れ出された…?買い主に引き渡すのはあと2ヶ月後のはずじゃ…?」

「買い取ったのはもとの彼女の買い主とは違う。」

オババが忌々しそうな表情で声を絞り出した。

「元の買い主と敵対していた金持ちが大金を置いて強引に買い上げたんだ。見てご覧、このがらくたを…。」

オババに指を指された方をみてみると、部屋の脇に金の塊や金目そうな宝石が無造作に山で積まれていた。
もっともオババはそれを見てもちっとも喜んでいるようにみえない。
むしろ、ゴミの山を見ているような表情で金や宝石を見つめている。

「金に物を言わせれば、何でもかなうと思っていたんじゃろう‥。
ここに流れこんで、そして出て行く黒い金は少なくないが、こんな腐った金は一銭もいらんよ。
レイクス、何なら一つその延べ棒持っていってもいいぞ。」

「いりませんこんなもの。それより元の買い主は何をしてるんですか?その金持ちが横取りしたんだから黙っていないはず。」

「それを黙らせたのさ、強引に買い取った金持ちがね。
今朝元の買い主から『ベルの所有する権利を放棄致します…』って連絡があって、それっきり音信不通になっちまった…。
何があったのか確認しようと思った矢先に大量の金や宝石を振りかざして、あの馬鹿どもがここにやってきたんだ。
今若いのに元の買い主の家を見て貰っているが、恐らく元の買い主は運が良くてもこの街から追放、最悪の場合は…。」

金に物を言わせる連中だ、何をしでかしたか考えてぞっと身震いをした。

「まぁ、そんな馬鹿な金持ちはどうでもよくて問題は彼女だ。
彼女を依頼した元の買い主は味わったあとはメイドを兼ねた慰み者にするつもりだったのじゃろうが、
今回買い取った金持ちの評判は最悪だ。性欲を満たすだけに女の子を好き放題にして、
ボロボロになるまで弄んだあとゴミのようにぽいっと…愛の欠片すらない奴じゃってもっぱらの噂だ。
…もともと強引に買収した金持ちって、裏では不幸な奴隷をゴミのように扱って、
それで金をしこたま儲けた血も涙もない奴隷商を行っている話も聞くからの…。」

「奴隷商ですって!?」

思わず大きな声で俺は聞き返した。他獣への迫害を許さない今の社会では、そんな奴隷商なんて既に滅んで存在しない筈だ。

「まだそんなことする馬鹿が居たのですか…!?それじゃあ…どうなるんですか彼女は。」

震える声で俺は聞いた。怒りと恐ろしさで感情が声に出るのを隠しきれなかった。

「大体想像は付くじゃろ。ボロボロになるまで相手をされて、奴隷にするか何にするかだ…。
その阿呆、ベルに娼婦としての覚悟を伝える前に無理矢理連れ去っていった。
むしろ壊すのを目的にわざとそうしたのかもしれん。何もなしに好きでもない雄にいきなりされたら、おそらく彼女の身体も心も…。」

俺はもうオババの言うことが耳に入らなくなった。
彼女をそんなところに連れて行かせるなんてはらわたが煮えくりかえる思いだ。彼女を助けなくちゃ!

 そう思って立ち上がりかけたその時、オババがいきなり俺の腕を掴み、腕を掴んだまま半ば強引に座らせた。

「何するんですか!?」

俺は驚いてオババの顔を見た。座らせされた今もオババは腕を掴んだまま離さないので、立ち上がりたくても立ち上がれない。
とても老婆とは思えないような力だ。

「助けたい気持ちは分かるが良く聞け。怒りにまかせてあんたが行っても、助け出される前に殺されて文字通り犬死にだ。
仮に奇跡的に助けられたとしてもその時点で連中に追われる身になる。
言って置くが助け出すよりも、手段を選ばぬ追っ手から逃れる事の方がずっと難しい。
それも彼女を巻き込んでな。お前さん、彼女にまでそんなことを押しつけるつもりか?」

「分かっています、だったら殺される前にこちらから…。」

「ならん!」

オババはそう言うと、俺の腕を握りしめる手に更に力を込めた。
毛皮に軽く爪が立てられ手首に鋭い痛みが走るが、オババはその手を離さない。

「シャバで生きられるアンタがその言葉を軽々しく口にしちゃならん!
正義感から人を殺めて、たちまち罪悪感が亡くなって悪人と化した連中をわしゃ何人も見てきてる。
第一そうやって血で汚れきった手で彼女の前に助けに現れてみろ、そんな姿を見て本当に彼女が喜ぶと思ってるのか?」

その言葉に俺は俯いてだらりと耳を垂らした。オババの言うとおりだと言うことが痛いほど分かったからだ。
怒りで膨らんだ気持ちが急にしぼむと同時俺の目に自然と涙が溢れ、机の上にこぼれ落ちた。

「畜生…俺には彼女に何も出来ないのか…。」

もう声は絞り出すようにしゃべらないと言葉にならなかった。もう彼女に会うことも話すこともできない…、
なによりこの後の彼女の運命のことを考えると、口から嗚咽が出てきて止められなかった。

 そんな俺の姿を、オババは何も言わずジッと見つめていた。
やがて泣き疲れて、俺が心が虚ろになりかけたその時、オババは静かに口を開いた。

「レイクス、わたしゃ裏の世界と棺桶に片足を入れている身としては、こうとしか言うことが出来ない。ただな…。」

「…?」

「さっきも話したけれど、もう彼女は元の買い主の所有物でもないし、腐った金も十分ふんだくったから
その強引にベルを買い取った阿呆に義理立てする必要もない…。
ついでにもう一つ言うと、怒りにまかせて行くのはいかんが、頭を使って助けるなら話は別だ。」

そういうと、不意にオババは俺の腕を放した。
驚いた俺が顔を上げると、オババはニヤリと笑い、一枚の紙切れを差し出した。開いてみると、
どうやら何かの地図と、商売用の割り符らしきカードが包まれていた。

「何があっても責任は持てないが、もし彼女を助けるならここにいけば役に立つじゃろう。あとはまぁ…、お主次第かのう。」

 

 ベルが連れ去られた金持ちの屋敷は、オババの娼館からさほど離れていないところに建てられていた。
丁度スラム地区が終わり、一般住宅街の境界を隔てるようにその金持ちの家はあった。
隣の空き屋に潜り込み、裏庭からその家の様子を伺うと、異様に大きな邸宅が住宅地に覆い被さるように
建てられているのがわかった。

建物の色も随所にある装飾も正直悪趣味だったがこの規模の住宅だと高級住宅街でないと見かけない位の大きさだ。
こんな所に無理矢理とも言えるように居座っているのは余程あくどい商売をやっていて高級住宅街には居られないためだろう。
幾ら財力があっても悪党を普通の金持ちの済む所にのさらばせるほど政府も街のお偉いさんも甘くはない。
いっそのことしょっ引いてお縄にして欲しいくらいだけれど。

 視線をその金持ちの建物から庭のほうに移すと、庭や建物の周辺を頻繁に黒服が歩き回っているのがわかった。
人数は2〜3人ほどだが肩に大型銃を担いでいて、懐に拳銃が隠されているのがちらりと見えた。

「どうみてもカタギの面相じゃないな…、まともにかち合ったらオババの言うとおり犬死にだったろうな…。」

気配を殺すように身を隠すと、俺は背負っていたリュックを一度下ろし中身を取り出した。
リュックの中には怪しげな薬の袋が沢山詰まった箱が積まれていた。
オババから貰った地図の所にいた薬局で割り符を差し出したときに貰った品物だ。
薬剤師からもらった即効性の催眠手榴弾に注射用の睡眠剤、その他にも聞き慣れない薬剤も詰め込まれている。
取り出したいくつかの束を腰にくくりつけ、もう一度庭を歩く黒服の面々を見つめる。

「よし…、これだけあればあいつらも…。」

催眠弾を握りしめる手が、震えているのが分かった。行くかやめるか、ココがそれを選べる最後の分岐点だ。
ここを過ぎたらもう後戻りは出来ない。手の震えが更に大きくなっているのが分かったが、もう俺の腹は決まっていた。

「ベル…今行くぞ…!!」

心の中で呟くと同時に、俺は催眠弾を裏庭へと思い切り力を入れて放り投げた。
放物線を描き催眠弾は裏庭へと転がり込み、そのまま投げつけた勢いで見張りの所まで転がっていく。

「な!?なん…!?」

庭に催眠弾が転げ回ったところで、庭にいた二人がすぐさま眠りこけた。
様子がおかしいことに気が付いた仲間らしき人物が慌てて声をかけるが、
近づいたところでヘッドスライディングのように滑り込んで、そのまま動かなくなる。

「凄い効き目…あの薬剤師が話していた通りだなこれ。」

驚き半分に、俺は庭に潜り込んだ。正規のボディガードならガスマスクも常備していただろうが、
犯罪集団の流れらしいここの連中は銃や刃物での襲撃しか想定してなかったようだ。
薬を貰った薬局で解毒剤を打っていなかったら、おそらく自分もこうなっていたのだろう。
念のために眠っている連中にもう一つ睡眠剤を打ってぐっすりお休みして貰う。

「にゃむ…、いい女が山ほど。みんなオレ…オレの物だ。」

「金…こつこつやるやつぁ…みんな馬鹿だ…グハハハ。」

寝言にまでこいつら自分の欲望をつらつらと…なんだか無性に腹立ってくるな…。
いっそのこと薬の量を倍くらい増やして思い切り太い針で注射してやろうか…。

 3人目の見張りに打ち込むと、俺は気持ちよさそうに寝息を立てている連中の脇を通り過ぎ、
建物に隣接するテラスから屋敷へと踏み込んだ。目の前には  の廊下が左右へと伸びている。
右か左か、どちらから進むべきか一瞬迷ったその時、廊下の角から扉の開く音を俺の耳が捉えた。
危険を感じて反射的に音がする方へと催眠弾を放り込む。

「‥!?」

弾が廊下の角にぶつかると同時に、角から素早く銃を装填する音が響く。
けれども次の瞬間にはバタバタ‥っと崩れ落ちるような音が響いてきた。
陰からそっと伺うと、ひときわ身体の大きな黒服達が床に倒れている姿が目に入った。
それなりの訓練を積んだ連中だったのだろう。その手にはいつでも発砲できるように装填済みの
連装機銃がしっかりと構えられたままだった。

「‥間一髪か‥危なかった。」

ふうっため息をつくと、俺は額に浮かんでいた汗を腕でぬぐい去った。
正面から戦ったらとてもかなう相手ではなかった筈だ。とんでもない連中と戦っていることを改めて思い知らされる。

 銃を取り上げ、わずかに震える手でこの二人にも睡眠剤を打ち込んだその時、
向かう先の廊下に開け放たれた扉が一つ目に入った。中を覗くと、いくつものモニタに屋敷の内部が表示されている。
どうやらこの二人が出てきた部屋なのだろう。

「監視室‥か。ベルの居場所もこれで分かるといいけれど‥。」

表示板の説明を頼りにスイッチを操作してみると、働いている使用人の姿や先ほど
催眠弾で眠らせたままの黒服達の姿が表示された。けれどもベルの姿はどこにもない。
どこか設置されてない場所でもあるのか‥。そう思ったそのとき、モニタの一つに大きな扉が表示された。
他の部屋とは異なり扉は広くごてごてした金色の装飾が施され、見張りが一人張り付いている。

「もしかして‥ここかっ!」

俺は立ち上がるとそうつぶやいた。おそらく今表示されているのは館の主の部屋なのだろう。
そんなところに監視カメラを置くはずがない。そしておそらくベルもその部屋に‥。

急がなくては‥。そう思った俺は記録の全てを廃棄すると監視室を飛び出した。
庭のチンピラを寝かしたように屋敷の使用人や黒服の残りを片っ端から眠らせながら、モニタに表示された部屋を探し始める。

 程なくして主の私室が一階の一番奥の所で見つかった。
見張り役だった最後の黒服を眠らせ扉に耳を当ててみるが、コトリとも音は伝わってこない。
俺は注意深く辺りを見回すと、そっと中を伺い素早く潜り込んだ。

「酷いな‥金を集めるだけ集めてこんなものを‥。」

部屋の中はこれでもか‥というくらい贅がつぎ込まれていた。机やソファとかが整然と置かれていたが、 
一部屋まるまる入りそうなベットには天蓋が付けられ、至る所に宝石が散りばめられいる。
その脇に置かれていた木製の大棚の中に、ワインやウォッカといった酒の瓶が詰め込まれるように陳列されていた。
微かにアルコールの匂いが漂っていた所をみると、ここで酒でも飲んでいたのか‥ここのおっさんは。

こんなもののために、どれだけの獣を不幸に追いやったことか‥。
居たら眠らせる前に尻尾をガビガビにしてやるところだったが、ここにも肝心の金持ちもベルの姿も見あたらなかった。
もしかしてここにはもういないのかな‥。少し不安になって辺りを見回してみる。

(‥‥!!)

「おや‥?」

ふと、地面の底から叫ぶような声が俺の耳に微かに伝わってきた。
床に耳を付けると丁度部屋の真下から声が響いているみたいだ。けれどそんな地下へと行くような階段はなかったような…。

(隠し部屋か…)

そう頭に閃いた俺は視線を床に集中させもう一度辺りを見回してみる。
すると、先ほどは気が付かなかった机の陰に、僅かに捲れ上がった床板に気が付いた。
幅は訳1b四方、丁度人一人が通れる位の大きさだ。

「なんだこりゃ…中途半端に隠されてバレバレじゃないか。」

そう呟きながら床板をずらすと地下の階段があり、降りた直ぐ先に、鉄の扉が冷たく光っていた。
先ほどの声もここから聞こえている。ビンゴだ…扉を開けてそっと中をうかがうと、
中の豪華さはオババの所のベルの部屋以上だったが、薄暗くて淀んだ空気が漂っている。
そんな部屋の中央にでっぷりと太った男の背中が見えた。後ろ姿をみるとどうやらネコ族のようだけれど、
体型はまるでイノシシのように見え、雰囲気に至っては最早野獣そのものだ。
そのイノシシもどきの向く先に、怯えた表情で泣き叫少女の姿がみえた。

(…ベル!)

小柄な身体に暗い中でも白く輝く毛並みに見覚えのある白銀色の尻尾、もう間違いがなかった。
余程酷い状況だったのだろう、着ているモノは妖精が着ていそうなひらひらした薄手のうす青いドレスだったか、
裾があちこちビリビリに破かれていて見るも無惨だ。
片手で破れたドレスを守るように握りしめ、震えるもう片手は伸ばして太ったおっさんの身体を引き離そうとしているが、
今にものしかかられそうだ。

「いいのう…いいのう、こんな子がまだ男を知らないとは。わしのモノを入れたらどんな顔をしてよがり狂うか…。
考えただけで…ぐあはっはっはっ。」

「嫌ぁ…こんなの嫌…絶対に…!!」

ギリギリの所で間に合った、内心いくらか俺はホッとしたが、上の部屋とここでのおっさんの行為に猛烈に腹が立ってきた。
無論こんなところで彼女をやられているのを大人しく見る気などない、薬と武器を素早く取り出して腕にくくりつける。

「必死に逃げようとする鬼ごっこはなかなかじゃったわい。じゃがそれももう終わりだ。いよいよラストだ…。
そなたのにたっぷりとワシのイチモツを思い切りぶちこんで注ぎ込んでやる。
散々もったいぶったんだ、十回でも二十回でも抜かずにぶち込んでやる。」

(ビリッ…ビリビリッ!!)

下品な笑い声と共に、男はベルのドレスを更に引き裂いた。
下着を付けることもも許されなかったのだろう、ベルは震える手で必死で彼処を隠すが、
そのおかげで彼女にのしかかられる羽目になった。余程フカフカのベットだったらしく、
倒れ込んだ二人がユラユラと揺さぶられて、でっぷり広がった背中と、激しく上下する尻尾が目に入る

「嫌ぁっ!!!!やだぁっ!!!レイ…レイクスッ…!!嫌ぁっ!!!」

彼女が絶叫を上げたと同時に俺は扉を蹴破って部屋になだれ込んだ。
今まさに突き立てようとしている男のチ○チ○を後ろから思い切り靴で蹴り飛ばす。

(バシィィンッ!!!!!!!)

「!!!!!!!!?……ごふっっ!!!!!

こちらを振り向く間もなく、男は背中を仰け反らせて、そのまま仰向けに倒れた。
こっちに倒れてきたおっさんを飛び下がってやり過ごすと、そのまま催眠ガスを投げつけようと腰のホルダーに手をかけたが、
必要ないのはすぐに分かった。おっさんは既に目を白黒させてぴくりと動かず、
ただ狂ったような笑顔にでっぷり太ったお腹の下の方で、見たくない膨らんだモノが反り返っていた。

「ベルちゃん…無事か…?」

おっさんが仰向けに倒れ、押し倒されていたベルの姿がようやく見えた。
何が起こったのか驚いた表情をしていたが、俺だと解ると更に目を大きく見開いたまま、飛び上がるようにして起きあがった。 

「レイクスッ!!!」

 おっさんから離れるようにしてベットから降りると、子供のように自分の胸に飛びついてきた。
破れたたままの所を隠そうとしないので、胸元がかなり際どく翻り、正直顔が赤くなる。

「怖かった…、凄い怖かった…。この屋敷に連れ込まれて、ここに押し込められて…。
少ししたらこの男が襲ってきて…必死に抵抗して、逃げてもうダメかと…。」

それ以上は声にならなかった。目に涙を浮かべて俺の胸に顔を押しつけてきたベルを、俺は優しく抱きしめ返した。

「もう何も言うな…、もうこんなとこに居ることはない。ベル、いこう。」

「解ってる…でもこの男がまだ…。」

そう言うと、ベルは不安そうにで床で目を白黒させている男を見つめた。

オババの予想通り、逃げても追ってくるのを恐れて居るみたいだ。

「言いたいことは解るよ。このおっさん本当執着しそうだもの…。
ほっといたら金に物を言わせて地の果てまで追ってきそうだから、このままにするつもりはないよ。危険な芽はつみ取るに限る。」

そう言うと俺は鞄から拳大くらいの大きさのカプセルを取り出した。
カプセルの先端には小さな注射針が付いており、それを太った男の首筋に突き当てた。

「!?アヒャヒャヒャヒャ!!」

一瞬ビクッとした男は奇声をあげると、今度はダイビングベットで地面に突っ伏した。
動きは鈍いけれど、変なところで良く動くな…このおっちゃん。

「殺しちゃったの…?」

自分の背中に隠れたまま、ベルがおそるおそる訪ねる。

「まさか、そんなぶっそうなことするもんか、でもここ最近の記憶は一切合切忘れちゃうかな、今注射したのって記憶消失剤‥言いかえれば忘却剤みたいなもんだね…。」

「それ…本当なの?」

「本当さ。我に返ってもベルの記憶は一切合切無くなってる筈、追われる心配は無…うわっ!?」

俺の言葉が終わらないうちに、ベルが俺に抱きついてきた。
先ほど飛びついた時とは違い、今度は身体を密着させ、フワフワの彼女の毛と俺の毛が合わさってきた。

「べ、ベル…?」

「嬉しい…。本当に‥本当にありがとうレイクスッ。もうレイクスになら抱かれたっていいっ。
あなたに上げられるモノがないから、せめてわたしの身体で…。」

「なっ…。」

彼女の言葉に、もう真っ赤になった顔も慌てた表情も俺は隠しきれなかった。
多分ドキドキと早鐘をうっている心臓すらバレバレだったろう。
彼女の姿を見ようと視線を下に落とした途端、ベルの胸の膨らみと突起が至近距離で目に入り、慌てて天井を見つめ直した。
娼館のウサギの女の子に腕に胸を押しつけられたときとは比べモノにならない誘惑だ。
膨らんだイチモツを慌てて押さえ込むが簡単には治まらない。

「あ、ありがと‥。俺だってそれは凄い嬉しいし正直君を抱きたい。だけれど今はどこかもっと安全な所に行かなくっちゃ‥。」

彼女が頷いた。彼女を抱きたい衝動はあったけれどここは危険すぎたし、何より男の姿が邪魔過ぎた。
情けない体勢で眠りこけているので、見ていると恐怖どころか笑いすらこみ上げてくる。
なんで変なおっさんのこんな姿見なくちゃいけないのか、正直泣きたいぞ…。

「とりあえず、ここから脱出だ。とりあえずまず服を何とかしないと。」

「それだったらこのタンスに貰った服がぎっしり詰まってるわ。でもお好みならこの服のままでも…。」

「!? 気になって仕方ないって。せめて何か服を…ってなんだあこりゃ…?」

クローゼットを開けた途端に俺は呆れ声をだした。
服はぎっしりと詰め込まれていたものの、そろえたおっさんの趣味がモロに出ていた。
天使が着ていそうな薄手の純白の服や、パーティでないと見かけないような派手なドレス。
派手に飾りのついたメイド服もあるし、露出の凄いビキニ水着もかなり混ざってる。
どれも胸元が隠すのが怪しかったり裾が極端に短かったりで破れた服と大差ない。

 とりあえずかなり苦労をして比較的露出が少ない服をいくつか見つけると、
その中でも良さそうなのをベルに手渡した。彼女が着替えているうちに俺は後ろを向いて残りを鞄に詰めこんだ。
派手なのもかなり混ざってるけれど、減るもんじゃないし内心着ているところも見てみたいから別にいいよね…。

 丁度鞄へと洋服を全て積み込めた所で、背後からベルが声をかけてきた。

「どう…?こんな服生まれて初めて着たけれど…。」

俺が振り向いた先には、薄いピンクのドレスに包まれた彼女が立っていた。
長めのスカートの裾が、僅かにヒラヒラと揺れているのが見える。
ベル自身がもの凄い美獣なので、本当に似合う。良いところのお嬢様に見える位だ。見ていて不思議と顔が赤くなる。

「凄く似合う…。ベルって本当はどこかのお姫様じゃないかって思っちゃうよ、そうでなかったら森の精霊だった…とか。」

「恥ずかしいじゃないの…、でもありがとうレイクス。それじゃあ…このお城から出して貰って城外を案内して貰おうかしら…?」

「喜んで」

俺は笑いながらベルの手を取ると、灯りが差し込む地下室の階段を駆け上がった。

 

 

未だにちんぴらが眠りこけている裏庭を通り、裏口から裏露地に飛び出たとき、目の前を大型車が一台、
俺たちの前に急停止して立ちふさがった。
一瞬身を固くしたが、見覚えのある4WD車と助手席に見える灰色の毛皮を見つけ、ホッと肩をなで下ろた。

「オババ様!?どうしてここに。」

「とりあえず直ぐに立ち去るから乗りなさい、それと、様は本当につけなくて構わんよ。」

オババはそう言うとおかしそうに笑い出した。俺とベルが後部座席に乗り込んだのを見届けると、
運転していた強面のおっさんに目で合図を送って車を走らせた。
ベルが連れられた邸宅はたちまち遠ざかり、そのまま町並みに埋もれていった。

「よくやったねえ、上出来だよ。全く、いざとなったら助太刀しようと待ちかまえていたというのに、
これじゃ全然出番がなかったじゃないか。」

ベルのの頭を撫でつつオババが笑う。さっきから笑いがちっとも止まらないようでシワの入った口が緩みっぱなしだ。

「上出来だったのは俺じゃなくてこの武器ですよ。あの催眠弾、凄い効き目でしたよ。
警察や軍も欲しがる位じゃないですかこれ。」

「以前言ったじゃろう、わしゃ薬にはうるさいとね。
あの催眠弾は紹介した闇の薬屋の腕は確かだしそんじょそこらの薬とは違う特別製さ。
一緒に渡した忘却剤も、効果は保証するよ。ついでにちょっとした伝手を使って警察に動いて貰ったよ。
明日にはベルを強引に連れ出した全員仲良く警察の牢獄行きだ。余罪がいくつ追求されるかが楽しみだよ。」

それを聞いてホッとしたその時、 パサッと乾いた音と共に、俺の肩に軽い重みが伝わってきた。
見ると、ベルが体中の力が抜けたような状態で俺の肩にもたれかかっていた。

「ベル‥どうしたんだい?」

「ごめんなさい‥。ただ、なんだか身体が勝手に‥力が入らなくなっちゃったみたい‥。」

俺の肩に頭を乗せたまま、小さな声でベルが答えた。
オババも後ろ振り向きベルをじっと見つめたが、すぐにニコッと笑顔を見せると再び前を向き直った。

「大丈夫じゃ‥。緊張の糸が切れて今まで眠っていた疲れがでてきたようじゃの。少し静養すればすぐに治るじゃろう。」

少し疲れただけって、現に顔色は悪そうなのに…。怪訝そうな表情が解ったのかオババがその顔を見て笑う。

「まぁ、他に理由がないこともないようじゃの…。なに、お前さんもすぐに解るだろうから安心しなされ。
それよりレイクス、お前さん確か北の出身だったね、確か。北にある大都市の生まれだったとか。」

「ええ、確かにそうですが…。」

「それなら話が早い、レイクス、あんたはこの町を出て故郷へと戻りなさい。無論ベルも一緒に連れてな。」

聞き間違いかと思って、直ぐには俺の頭にオババの言葉が受け付けなかった。
じわじわと頭にオババの言葉の意味が伝わり、俺は耳をピンと立ててオババを見た。

「一緒に連れて…って娼館に戻るのではないのですか…?それに殆ど素性の知らない自分に…。」

「ちょっと手を出しなさい。手の平の方をこっち向けてな。」

驚く俺の表情と言葉に応えず、オババは懐から一枚の紙切れと金の延べ棒を取り出すと、
言われたとおりに手を差し出した俺の手に握らせた。
紙切れを広げてみると難しいコトが描かれている文章にいくつかの大型の印鑑が押されており、
最後に彼女の名前が書かれている。もしやこれって…。

「オババ…ベルの所有権利書じゃないですか、これは!?」

「うちの若い連中に元の金持ちの家に残されていたのを回収させたよ。本当は娼館に居るべきような娘じゃない。
それと、お前さんも巻き込んで悪かったな。あんたも店の女の子達に人気はあったのじゃけれど、
そろそろシャバ戻って生きなきゃならん。寂しいが丁度いい機会だろう…。」

オババはそう言うと、フッと笑って自分の顔をじっと見つめた。

「オババさま‥本当に‥いいのですか‥?」

 ベルも驚いたのだろう。俺のもたれかかっていた顔を少し上げると、僅かに身を乗り出してオババに聞き返した。

「いずれは元の買い主の金持ちから引き取るつもりだったが、あのアクシデントがあったからのう。
レイクス、荷物はホテルから持たせてあるし列車のチケットも手配した。彼女のことをよろしく頼む。」

「しかし…。」

俺がまだ躊躇していると、今まで黙って運転をしていた強面のおっさんがこちらを見ずに話しかけてきた。 

「娘を助けたのだから当然の報酬だ。黙って受け取っておくといい。」

重いが、妙に人を納得させるような言葉だった。俺はその言葉につられるようにコクリと頷いた。
多分このおっさんと話を聞くのは初めて会った時以来だ。

「珍しいわね、あんたが他の子を気にかけるなんて。」

「尻尾の先まで骨のある奴が好きなだけです。このまま駅に向かいますよ。」

それっきり強面は駅に着くまでの間何も言わなかった。
けれども口元の端がずっと嬉しそうに上を向き、見たことない笑顔が後ろから微かに見て取れた。

 

 

 駅でホテルに預けた荷物とチケットを受け取ると、俺とベルはオババに連れられ寝台列車が停まるホームにたどり着いた。
チケットに書かれている列車名は国外ですら名前の知られているフロンティア号だ。

 受け取ったチケットにこの名前が書かれているのを見たとき俺は飛び上がった。
片道乗るのに俺の旅費の全てが吹き飛ぶが、専属アテンダントやホテル設備の個室が付いた豪華さは俺だって知っている。
オババから渡されたチケットは二人部屋の特等クラス、豪華列車の中でも一番良い部屋を取ってくれていた。

「なに、気にすることはない、お前さん達にはこの列車に乗る資格がある。だけれどわたしの助けはここまでだよ。
シャバであんたたちが幸せに生きれるかどうかは、あんた達次第だ。
もう会うことはないだろうが、風の噂くらいは聞かせて欲しいわねぇ。」

「それは約束しますよ。でもオババさん、一体どうして僕らを助けたのですか?まるで彼女を他人と思っていないような…。」

「他人と思っていない…か。やっぱり分かる獣には…解るのかねぇ…。」

オババはそう苦笑い静かに灰色の毛で覆われた腕をこすりはじめた。
ある程度毛が掻き分けられたところで、腕を前に突き出す。

「この腕をみて何か気が付かぬかの…?」

「え…?腕を見てって言われても灰色に少し白みかかった毛皮が…。」

そこまで言いかけた時、俺は灰色の毛で埋もれたオババの腕に隠されて、白銀色をした毛が輝いていることに気が付いた…。
ベルの毛と全く同じ色をしていてまるで…。

「…!!もしかしてオババって…。」

「気が付いたようじゃの、ご想像の通りわたしも実は白狐だったのさ。今はこうして灰色の毛で覆われているがの…。」

そうだったのか…、尻尾がいつも服の中に仕舞われているのか見えなかったから気が付かなかった。
驚いて何も言えなくなっている俺に代わり、今度はベルが口を挟んだ。顔色はまだ良くないが、驚いた表情で尋ねる。

「もしかしてオババの故郷ってわたしと同じ村じゃ…?フォレストスノーって名前はオババはご存じ…?」

「懐かしい地名だねぇ、知っているよ。遠い昔にそこの寂しい村が嫌で街へと飛び出したんだけれど、
故郷の村が山火事で消滅したと聞いたときやっぱりは悲しかったよ。…村の大部分が一族のようなものだから、
おそらくベルとは実の子や孫…とまではいかないが親戚だったじゃろう…。」

ベルはもう驚きでもう何も言えなかったみたいだった。オババはベルの背中をギュッと抱きしめると優しく背中を撫でる。
その表情は今まで見せたことのないような笑顔が見えていた。

「ベル、あんたにワシのような辛い思いをさせたくないんじゃよ。幸せに生きなさい。」

「ありがとう…オババさ…、ううんおばあちゃん…。」

その時、ホームに発車を促すベルが鳴り響いた。オババとこの街とのお別れの合図だ。

「行きなさい…。レイクス君、ベルを幸せに…頼む。」

言われるままに俺も彼女もドアの中に入り、デッキに立ちすくんだ。

「ありがとう…!!」

その言葉をお腹の中から絞り出したその時、列車の扉が閉じた、
窓には笑顔と泣き顔の両方が混ざった表情でオババが俺たちに手を振る所が窓際に見えた。
思わず窓に張り付くようにして手を振り返す。

オババ‥オババもお元気で‥!!」

大きな声で叫んだが、涙のせいでオババの姿は僅かにぼやけて見えていた。
やがて列車がゆっくりと加速し始め、手を最後まで振りつづけるオババの姿は窓の外へと流されていった。

本当にありがとう‥そして‥さようなら‥。

 

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