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「……………!!」
ニヤリと笑うファイを見て、俺達は凍り付いた。
屋上に設置された通信施設の影に隠れていたので気が付かなかったのだ。
手に握られているモノは、銃身の膨れた遠距離型のスタンガン、俺を襲った激痛はそれだろう。
「悪いな。別にいたぶるつもりは無いが、大人しくして貰う。まさかこんなチャチな作戦を俺が知らないとでも思っていたのか?」
黒服の言葉に俺は鈍る頭を働かせた。屋上に繋がるエレベーターは俺達が乗ったあの一基だけ。階段では追いつくのは
無理だしその気配も全くなかった。だとするとこいつはは予めその考えを察知し待ち伏せていたってことになる。
でもどうして分かったんだ…?
「なんでアンタがここまで!?」
俺の疑問をライナが代弁してくれた。けれどファイからの答えは何もなかった。
「なんとか言いなさいよ、このスットコドッコイ!」
ニヤニヤと笑うばかりの黒服にライナが叫ぶが相変わらず答えない。痺れを切らせて更に言葉を続けようとしたとき、
「クロウ兄ちゃん!」
「!!マリー!?」
倒れ込んだ俺達の脇に、どこからともなくマリーが俺へと飛びついてきた。
わーっと泣き崩れるその彼女の姿を見て、
俺はギョッとなった。俺にしがみつくマリーの背中には、普段人前で隠している翼が露わになったままだ。
「マリー、早…く隠し…!人前でそれを見せちゃ…」
もつれる舌を動かしかけた所で俺は言葉を切った。マリーが泣きそうな顔でジッと俺を見つめてきたからだ。よくよく見ると、
黒服も別に驚いたそぶりを見せずごく当たり前のように俺達のことを見つめていた。
まさか…
「…アナタ…まさかマリーの羽の事を知ってたの…?」
「ああ…羽の生えたそこの小娘が神だかの下っ端だったってことか?」
嫌な予想は当たっていた。よりによって一番見つかって欲しくない奴に知られるなんて…。
何でマリーの正体を知って居るんだコイツは…?ジッと黒服を見つめた俺は、相手の腕の毛に、何か模様のようなモノが
うっすらと浮かび上がっているが見えた。パーム達が天界から持ち込んだ持ち物に書かれていたものと同じ模様だ…。
…分かったぞ、コイツの正体が…。
「アンタ…この世界の住人じゃないな…。」
余裕の表情のファイを、俺は睨み付けた。口の端がまだピリピリするけれどしゃべれないことはない。
「クロウさん、このおっさんのこと何か知ってるんですか…?」
「今分かった。こいつ俺達の居る世界の獣じゃない…。多分天界を追い出されたごろつきか、天界と敵対する形で悪意を
持っていた奴だろう。もし悪魔や魔族というのが存在するなら、こいつは間違いなくその部類だ。」
「ほう…流石に気が付いたか?」
天界に関わってる奴ならマリー達の正体を見破るのはたやすいはず。但し、それでも俺の頭に疑問が残っていた。
単に恋の邪魔をするだけにココまでのことをしたとは思えない。
「言え…。ライナの恋を邪魔したのは…、ライアを捉えた目的はなんだ?」
「別にこの小娘には用はない。単に天使達を呼ぶのに役に立ちそうだった。それだけだ。」
こともなげにファイは答えた。
「やっぱり…、それで宝石店にやって来たときにマリーに突っかかっていたのか…。」
「ああ、あれは様子見だ。上手くいけばその時点で拉致同然で連れ去っても良かったがまず成功するまいと思っていたからな。
ただ、その時にこのように拉致できるチャンスを聞くことができた。そして狙い通りここに来たな…あんた達も…。」
黒服の言葉に俺は両脇をカイとマリーに支えられるようにして立ち上がった。右手に痛みと痺れが残っていたが
そんなことは構っていられない。
「欲しいモノ…?金か?権力か?それとも女か!?」
「全部だ。」
「全部…?何だよそれは…マリー達は恋を結ぶこと出来るけれど、そんな神様じみたことをする力はないぞ?」
「女の扱いを知らない奴はこれだからな…。恋愛には興味はないが女を通せばいかようにも出来る。
企業や政府の令嬢を抱き込めれば十分だ。それを足がかりに国も企業も思いのままだ。投資家を抱き込めれば
投資バブルで富を築くのも簡単だ。天才が居ることで、初めてできる手段だがな…。」
「ふざけるな。」
黒服が言い終わらぬうちに俺は飛びかかった。天才と卑しい野心を一緒にするな、こん畜生!
(ビシッ!!)
「…!!!クロウ兄ちゃん!」
俺の怒りはあっさりと受け流された。予期したように身をよじると、ファイは先程のスタンガンを一発放った。
足に衝撃が走り、俺は再び屋上の床に転がることになった。
「っく………………!! 」
「聞いていたよりは随分と凶暴な狼だな…。この娘にもう用はないから帰してやる、しかし口外しないほうが小娘のためなのは
お前にも分かるだろう。」
背後から黒服の冷たい声が響いてきた。舌と腕が痺れることは免れたみたいだが、足の痺れが酷く立ち上がることすらままならない。
「テメェ…。マリーに何をした…?手込めにしたなら貴様と差し違えても許さねぇ…。」
「何もしやしないよ。女にするにはまだ早いようなガキには用はねぇ。但し、言うことを聞かなかったら上の連中に、
こいつのドジが報告することになるだろうがな。」
黒服の言葉に、マリーが俺の腕をギュッと握りしめてきた。天使のコトが外部に知られて悪用されたことが
天界に報告されれば、マリーはキューピットの資格を永久に失うことになるのは確実だ。
畜生…こいつ…天使を何だと思って居るんだ。
拘束されてはいないけれど、弱みを握ってマリーを人質に
取っているようなものだ。俺は奥の牙を軋ませた。
「分かったらそろそろお前らは大人しく帰りな。もう女なぞ俺の思いのままよ。」
再び黒服の声が聞こえてきた。背後にいる黒服の表情は見えないが、おそらくニヤリと牙をちらつかせているのだろう。
このまま大人しくしているつもりはないがもう不意打ちは使えないし、回りに振り回せそうな棒きれ一つ見つからない。
あとはこの場にいないパームの増援を期待するしかないけれどこの状況はどう捉えても不利だ。
「クロウ兄ちゃん!!もういいのっ!クロウ兄ちゃんに何かあったら…マリー我慢できない!!」
なおも動こうとする俺に対し、マリーが俺の首に抱きつくと、再びわーっと泣き崩れた。
と、真っ白な毛並みがサワサワ…と俺の毛と合わさり。不思議と気持ちが流れ込んでくる気にさせられる…。
店でマリーの分のアクセサリーを買った時と似た気持ちだった。こうやって近くで見るとパームに負けない凄い美獣の天使だ…。
「マリー、聞いてくれ…。天使達を取り仕切る大天使様に今回のことを知られても構わないなら…、あの黒服を天界で裁くことはできるか?」
「え、う…うん…。普通の人間じゃないみたいだけれど、多分出来ると思う…。ただ、そんなことに気が付いたら
あの黒服きっと何か考えるよ。一筋縄でいかないと思う。」
「なら決まりだ…。マリー、もうあいつの思い通りにさせるな…。」
俺の言葉にマリーは眼を大きく見開き俺に顔を近づけた。近くで聞いていたカイも驚いた表情でこちらを振り向く。
「クロウさん?」
「恐らく武器に頼っているって事はマリー達のような特殊な能力は持って無いと思う、さっきの他の連中と戦ったところだと
ケンカしたら俺達と大差はないだろう。おまけに、マリーの弱みを握ったと思っているから完全になめきっている。」
「でも、そんなことしたら騒ぎが天界にも知られて、マリーちゃんは天界から追放…。」
「シッ!奴に聞こえる。」
俺は声を潜めると横目でファイの方をチラリと見た。よかった、どうやら仲間との連絡に気を取られて気づかれてはいないようだ。
「別にあいつが許せないってだけじゃないんだ…。マリーがあこがれの天使のままいられるとしても一生このゴミ野郎の道具に
されることになる。あんな悪党のことだ、マリーに無理矢理命令してやれるだけあくどいことをやらかすに違いない。
俺は天界の住人じゃないから天使のステータスのことは何も知らない。でも、脅されつつ守る天使の名目がなんだ。
そんなの守ったって幸せになるモノか!幸せにするのは面目じゃない、俺達自身だ。」
「で、でもそれだとマリーは責任を取らされるよ…。運が良くて天使の資格を剥奪、最悪天界から追い出されるんじゃ…。」
「分かってる…。その時は…俺が責任を取る!俺が側にいてやる!」
「…!!」
俺がそう叫んだ瞬間、マリーがとても驚いた顔で俺の事を見た。背中の羽がぱぁっ…っと光り始めたのだ。
無論、ファイもそんなマリーの変化に気が付かない筈がない。流石にこの変化には驚いた顔でマリーを凝視していた。
「なんだこれは…!?貴様一体何をしたんだ?小娘に何か吹き込んだか?」
「さぁ…?」
ファイの問いに俺はわざととぼけた。注意をこちらに引きつける為だった。
「おい…てめぇふざけるなよ…。何を言って………ぎゃあっ!!」
ファイの言葉は最後まで続かなかった。密かに立てかけてあった細い鉄棒を握っていたライナが手持ちの飛び道具をはたき落としたのだ。
ライナの不意打ちは予想外だったのだろう、鉄棒は見事黒服の手に振り下ろされ、スタンガンが床に滑り落ちた。
「こ、このアマなんていうことを!」
掴みかかろうとする悪魔の前に、カイが立ちふさがった。スタンガンを踏みつけると、一発張った。
ライナとスタンガンに気を取られてたためだろう、ファイがよけるには反応が遅すぎた。
(ビシィッ!)
「ぶぐうっ!!」
一撃をまともに浴びたファイは膝をついてその場にへたり込んだ。踏みつけられたスタンガンを見ると、
銃身が曲がり中身の機構が露出して転がっていた。しめた、これでもう飛び道具は使い物にならない。
「き、貴様なんということを…?」
「お前に言われる筋合いはない!!ライアは俺の女だ、手を出すんじゃねぇっっ!!!」
「おい…落ち着けや、俺がその気になればこいつから天使の資格も弓も剥奪されるんだぞ…。剥奪されたら、
天界の連中が待望する名声も、支払われる多額の報酬金も全てを失って…。」
「失ったっていい!!そんなのいらにゃいっ!」
俺を抱きしめていたマリーがキッと叫んだ。
「みんなが居るなら…、クロウ兄ちゃんが居てくれるならいいっ!!天使も…この弓も…こうしてやるっ!」
言うが早いか、マリーは黒服へと手にしていた弓を投げつけた。黒服が反射的にマリーの弓をつかみ取ろうとしたその時、
「危ないっ、伏せて!」
(バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンッッッ!!!)
マリーが叫ぶと同時に、音の塊が爆発したような強烈な衝撃が、周囲に響き渡った。
「い…てててて…。マリー!カイ!大丈夫かっ!?」
耳元の爆音が鳴りやんだその時、翼を広げたままマリーが駆け寄ってくるのが見えた。
まだ耳の奥で音が僅かに響いていたが、頭の方はとりあえずは大丈夫そうだ。傍らにいたカイとライナもふらつきながらも倒れずにいた。
ただ、衝撃をまともに受けたファイだけは、毛を総立ちにさせたまま、コンクリートの床にひっくり返っていた。
「今のは一体何…?耳の奥がキンキン響いてるよ…。 」
「拒絶反応だよ。キューピットの弓を悪用されるわけにいかないもんっ。ずるいこと考えてる獣がキューピットの弓を持ったら、
魔法が爆発するようになっているの。さっきクロウ兄ちゃんを酷い目に遭わせた天罰だよっ!」
それをまともに浴びてしまったファイには相当のショックだったのだろう。足だけで起きあがろうと必死だったが、
身体がついて来れずに起きあがれずにもがいていた。
「全く…コイツの身体は全部悪意の塊で出来て居るんじゃないのか…?閃光手榴弾を1ダース位同時に爆発させたような衝撃だっだぞ。」
俺はそう言って頭を振ると、尻餅をついてその場にへたりこんでいたファイを取り押さえた。両足はまだ少し痺れるけれど、
動かせない程ではない。気づいて藻掻こうとするファイに体重をかけて押さえつけ、ネクタイでグルグルとふんじばる。
そんな俺の様子を、マリーは両手で身体を支えるようにして沈んだ表情で見守っていた
「ご…めんなさい…。クロウ兄ちゃん。」
「ん?マリー、どうして謝って居るんだ?」
「だって…マリーが居なかったらクロウ兄ちゃんを巻き込む事なんて…。」
「マリーが謝るコトじゃないよ。悪いのはこのスットコドッコイなんだから。それに俺達を助けようと頑張ったんだろう、マリー?」
「うん…。でもこれで天界の偉い人達には知られちゃったかな…。」
「天使でなくなったっていい。僕が面倒見てやるからさ…。」「く、クロウ‥兄ちゃ…。ありがとう…。」
涙を流したまま驚くマリーの頭を撫でると、マリーが背中から嬉しそうに飛びついてきた。もう、これなら大丈夫だろう…。
「さーてと、というところで残るコイツハどうしてくれよう?」
ネクタイで2重ににふんじばったところで俺はファイの耳をぐいぐいと引っ張った。
いけね、引っ張った所の毛が、何本かまとめて抜けちまった。
「痛えっ!何するんだ貴様っ!」
黒服がが精一杯の虚勢を張ろうとするものの、声に力が入っていない。まだ先程の大音響の影響が残っているらしい。
「悪いことをすれば痛いのは当たり前だろ…。あ、マリー、折角だから耳を丸めて耳穴の奥に突っ込んでやれ。
これやられると、もどかしさで毛が逆立つくらい気持ち悪くなるからオトシマエ付けるのに丁度良いぞ。」
「何言い出すんだこの野郎…。ってうわっ!!気持ちわりい、耳の穴に無理矢理突っ込むんじゃねぇ!」
「少し黙ってろこの悪党野郎。尻尾もねじって雑巾絞りでもされたいか?」
「こ、このやろう…、てめえら覚えてろよ…。このオトシマエは必ず………イテテテテテテテ、本当に尻尾をねじるな!!」
「尻尾引っこ抜かれたり切り落とさないだけいいだろっ!その言葉もう一遍ほざいてみるか?まだ言うなら今度は尻尾どころか
全身の毛をバリバリに刈りまくって二度と毛が生えないように…。」
「イテテテ…分かった…。するする、もう何もしないと約束するから…。だから離せ!」
尻尾をねじられ、必死に首をコクコクと黒服は頷く。それにしても口外しないなんて約束は信用出来るはずがない、どうしものか…。
「あんな事を言っていますけれど…どうします…?」
「どうするったって…。何言っても隙あらばお礼参りをする気まんまんだろうこいつ。口で誓うのはなんとでもなるだろうけれど
やる気が失せるような方法がなければね。」
「ですよねぇ…。なんか名案あります?」
「ないね。とりあえず…気休めにでも誓約書でも一筆書かせておく…?」
相談している俺たちの背後から、不意に背筋が凍り付きそうな声が聞こえてきた。
「いいやその必要はなしっ、あとは任せて二人ともっ♪♪♪」
「パームッ!?」
「パーム姉ちゃん!?」
振り向いた俺達の声が裏返った。見るといつの間にかやってきたのか、パームが弓を抱えて背後で仁王立ちをしている。
にっこりと笑っているが、普段の陽気な雰囲気とは違い、怒りに包まれているのが分かる。
「やぁやぁ、上から妙な音がしたからやって来てみれば…。どうやらボクの可愛いマリーと、愛する旦那様が随分とお世話に
なったみたいだねぇ。この不届きモノにはたっぷりとお礼参りをしてあげなくっちゃねぇっ。♪」
「不届きモノって…パーム、こいつやっぱり天界を追い出された関係者か何かか」
「う〜ん、そんなところだねぇ。でも詳しい説明は後。こいつら天使にここまでしてくれるなんて、ほんっとうに良い度胸をしているよっ。」
いつもの快活な声とは違い、重くて低い低い声音だった。
よくよく見ると背後にさきほど下のフロアで鉢合わせした黒服二人が転がっていた。パームの怒りを表すように服はボロボロに破れ、
露出しているガビガビの毛はあちらこちらにねじくれていた。よく見ると尻尾の毛は刈り取られてツルのような細い線が
僅かに左右に揺られている。
「いつもの愛の矢じゃ甘いみたいだから、とっくべつに太い鋭い矢を用意したよっ。大丈夫大丈夫、絶対にはずさないから。」
そう言うと、手にした弓を、キリリ…と引き絞った。至近距離の相手に対してあの引き方は強すぎだ。こりゃパームの怒りの
メーターが完全にブッ千切ってやがる…。めっちゃこええ…。
当然黒服もパームの恐怖のぶち切れぶりを感じない筈がなく、ろくに話を聞かずに天使に背を向け逃げようとしているが
腰がぬけて動けない。それでも張って進もうとした所を俺はぐいっと引き寄せた。もう…覚悟を決めてくれ、見ている俺だって怖いんだよ。
「では‥‥アナタに、素敵な愛が訪れますように♪覚悟だあっっっっっっ♪」
矢を射る瞬間、俺は目をつぶった。最後に見えたのは絶望の表情の黒服、背筋すら凍るパームの笑顔、そして今まさに
放たれようとしていた天使の矢。
(ザシュウウウウウウッッッッ!!!!)
「はぁぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!」
真っ暗な視界の中、風圧と矢が当たる音が、俺の耳の奥にまで響き渡った。一瞬遅れて、黒服の絶叫がビルの屋上に響き渡った。
本当に良かった…パームと夫婦げんかしたことがなくて…。
ファイ達をこてんぱんにとっちめた後、俺たちは黒服達を置き去りにしてビルを後にした。
俺達3人に対して天使は2人、飛び立つには定員オーバー気味だけれど長く飛ばなければ大丈夫というので、そのまま飛んで
ビルを後にしたのだった。
「やれやれ…とりあえずこれでもう大丈夫だな…。パーム、あの魔族って一体どんな連中なんだ?パーム達は普通にいるみたいに
さほど驚いてはいないみたいだけれど…。」
「そうだねぇ。分かりやすいところ小悪魔な恋のお邪魔虫かなっ。まぁ、よくあるおとぎ話みたいに地上界や天界へ侵攻しようなんて
考える輩が殆ど居ないのが救いだけれどね…。ただ、今回のファイみたいに自分だけよければ良い…って好き放題しようとする
不届きモノは多いから結構危険な感じかもねっ。」
危険…って言うけれどその危険な相手を泣いて震え上がらせたんだぞ…パーム。
「さてと…とりあえずあの連中はもう怖くないとして…マリーの責任はいつ問われることになるんだ…?」
「ん〜、それなんだけれどもしかしたら大丈夫なんじゃないかな?」
「えーっ、ほんとっ!?」
俺の手を握るマリーの力がほんの少し強くなった。
「うん、だって、結局天界のことをばらそうとした連中は地上の人達じゃないんだもの。もともと天界に関わっていた
面々が話そうとした…って判断だからお咎めはないと思うよ。あとはクロウ君達地上界の当事者が喋らなければどうってことないねえ。」
「俺なら大丈夫だよ、どうにかなりそうなら俺が今回のことを天界には絶対にしゃべらないから。そのほうがいいだろう?」
口は堅いとまではいかないが、俺は今まで喋るまいと思ったことは誰にも話したことはなかった。酒飲んで酔っぱらっても
勢いで話す前に寝てしまう位だ。
「よかったあっ♪クロウくんの証言なら天界でも信用してくれると思うしっ。うんうん☆ボクも絶対に喋らないからねっだから
安心しなってマリー。」
「うんっ♪」
大きく頷いたマリーは、ホッとした表情をみせていた。覚悟していたとはいえ、剥奪される心配がないに越したことはなかっただろう。
「それにしても…少なからず驚いたけれど胸がスッとしたねぇ…。あの悪党は懲らしめられるしライアちゃんとカイ君は結ばれるし…。」
「そりゃあれだけの至近距離で思い切り矢を発射したんだから当然だろ…。もうその弓しまっておけよ。もう今回は天使の弓矢は
必要ないみたいだし。」
俺はそう言うと、後ろを振り返った。一番後ろでパームの手を握っていたライアがカイに腕を絡めてピッタリとくっついていた。
「もう…大丈夫みたいだな。そういえばまだ言っていなかったけれど良かったのか…?ええとほら…なんだ…カイの居る中で
ストレートに言えないけれど…。」
「告白のこと?」
言いよどむ俺に対し、ライナがクスッと笑いかけてきた。
「言わなくても大丈夫さ。もう気持ちが通じ合っているのに改めて言うこともないだろう?」
「そう…。それから本当にありがとうございますっ!何てお礼を言えばいいか…。」
「いいからいいから、その代わり結婚が決まったら呼んでくれ。」
「え、あ…その…!!」
「ああ、もちろんさっ。楽しみにねっ!」
ドギマギしているライナの手を、カイがしっかりと握りしめた。
「あはは、その様子なら本当にダイジョウブそうだ。ん、マリーどうした、顔色が悪いぞ?」
「あ、大丈夫…。うんっ、それじゃあマリー達は退却しなくっちゃっ♪」
「そうそうっ。そろそろ邪魔者は立ち去らないとねぇ。あとは二人が愛を育んで行くと思うから僕たちは帰るよっ♪」
そう言うと、パームとマリーは俺の手を引いて飛び上がった。大空に舞い上がったところで、中庭でカイに何かを話す
ライナの姿が見えた、直後、カイは笑顔で彼女を抱きしめて…。
「さようなら、カイ君とライナさんっ♪」
身体と口が重なった二人を見てパームは指をぱちっと鳴らすとニコッと笑って振り返った。
「え、何か言ったか…パーム?」
「ううん。あっ、クロウ君は見ちゃだめっ!かわりに僕のムネならいっくらでも見せて上げるから…えいっ♪」
「うわわわ、何するんだパーム!!マジやめてくれって…、いや嬉しいけれど。」
慌ててムネから離れようとする俺に、パームが更にフワモコ毛のムネを押しつけてきた。背後でマリーの笑い声が聞こえてくる。
この時の、パームとマリーの「さようなら」の意味を俺はまだ知らなかった。