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カイ君と出会ってから約束までの一週間、俺とパームはマリーの縁結びのお手伝いをすることになった。流石に高額なホテルの
ファーストルームに一週間も泊まる訳にはいかないので、その後はマリーのアパートに居候をして準備を整えることになった。
パームとマリーは場所のセッティングからライアとの作戦の打ち合わせ…。戦力外の俺はというと一週間ずっと料理当番で過ごしていた。
俺だって料理はそう得意ではないけれど、パームの黒こげ料理を食べるよりは全然マシだろう。そんなこんなで、カイ君との約束までの
一週間はあっという間に過ぎ去っていった。
約束当日の朝、俺達はアパートを出るとカイ君に指定した場所へとやってきた。そこはジュエリーショップの直ぐ後ろにある
小さな公園
だった。公園といっても噴水と小さな花壇があるだけの空き地と言った方が正しいだろうか。表の通りとうってかわって
ここは人通りがなく
静かだった。公園の前の緩い坂道を下っていくと海岸沿いのヤシ並木のメインストリート。そこから見えるのは海と街が見える
景色に青い空‥、恋人になった時二人が歩くには申し分ないところだろう。
その公園から少し離れたハイビスカスの樹が植えられている緑地帯で、俺達は隠れて待機していた。
樹が固まっている所に身を隠してしばらくすると、上空で見張りをしていたマリーが俺達の所へと舞い込んできた。
「ライア姉ちゃん、パーム姉ちゃんもうすぐだよ〜〜〜!」
「え、もうきたのっ?」
「うん、今ジュエリーショップから車が出てきてこっち向かってるよ!あれルイン財団の車両だから間違いないっ!」
「やったねぇ♪ふふ、久々にコレの出番になるなぁ♪」
パームはそう言うと、パチンッ…っと片手の爪を弾いた。途端に、パームの周囲に光が溢れ、弓となってパームの手に握られた。
洋弓のような金属に銀色のの装飾が施されかなり目立つデザインだ。キューピットが恋人達を結びつける愛の矢をこれで放つって
パームが前に教えてくれたけれど、実際に見るのは初めてだ。
「不思議な弓だよなぁ‥。天界でも科学に適応してきた‥といってもこの部分だけは昔と変わらないみたいだな。」
「うん、そこは仕方ないんだよねぇ。恋のハートをライフルみたいなものででズキューン‥じゃあ雰囲気台無しなんだものっ。あっ、
そういえばこの弓って僕ら天使で一人一人デザインが全然違うんだよっ。マリーの弓はもう見たかな?」
「いいや?マリー、君の弓を見せて貰ってもいいかい?
「ああっ、クロウ兄ちゃんには内緒だよぉっ。ま、マリーはカイ君が来るかどうか見張ってくるにゃっ。」
そう言うと、マリーはその場から離れるようにサット空へと舞い上がった。
そんな様子を、ライアは幾分不安そうに道路の先を見つめていた。
「これで本当にカイと仲よくなれるのね‥。でもいいのかしら?初めてあったのにいきなり矢を放っちゃって‥。」
やっぱり落ち着かないのだろう。尻尾を見ると下へと垂れ下がり、時折カイ君のことを思い出したように左右に振られている。
「いいのいいのっ。一目惚れって言葉があるじゃないか。それに恋愛の第一歩の一が肝心なんだからっ、」
「成功したらその先はどうなるんだい?」
「そうだねぇ、告白が成功したのなら‥やっぱり最後は必ずの結婚のゴールインかなぁっ♪」
「け、け、結婚!?」
さすがにライアもそこまでは思っても見なかったのだろう。結婚の言葉を聞いて、ライアの顔が見る見る赤くなった。
「大丈夫大丈夫。結婚ってそんな大変じゃないんだから。男の子を幻惑してあとは幸せな家庭ライフで万事OK♪」
「パーム‥。それもしかして俺達もそれに該当するのか?」
「あ‥ははは‥。いいじゃない♪ほらほら、ライアさんも赤くなってないで準備はいい?」
「わ、分かってるわ。分かってるけれどもうっ、こんな時に緊張で足が震えちゃうなんて。しっかりしなくちゃっ。ファイトッ!私!」
ライアが意を決したように尻尾をブンッ‥と振った。ホントにさっきの幻惑って俺も含んでないだろうな…?
「ようし、その意気だよ♪ボク達が背後でついているから、大船に乗った気でライネちゃんは行ったいった。」
「あとは任せて、ライア姉ちゃん。」
「う、うん‥いってくるわ。」
パームの声に促されるようにライアは道路へと描けだしていった。緊張のためか左右に揺れる尻尾の動きがどことなくぎこちない。
広場には、俺とパームの二人が待機することになった。とはいえ俺の出番は殆どないに等しいだろう。
「ふふ、これでカップルが誕生、地上の恋愛を成就できるなんて、天使になれて本当に良かったよ♪」
「ああ…。でもあの黒服がまた邪魔なんかしていないだろうな…。」
まったく、あそこまで石頭なのも珍しい。ホントに普通の獣じゃないんじゃないかとすら思えてくる。
「大丈夫さ、いくら何でも不眠不休で働くことは出来ないから、就寝しているときに抜け出すことならカイ君にも出来るさっ。
本当だったらもーーっと景色の良い真っ白な浜辺で呼び出したかったんだけれどねぇ。」
そういうと、パームは満足そうに翼をフワリと広げてみせる。羽が風に乗り流されていくのを見て、
ふと俺は前に見た白く光る羽のこと思い出した。
「パーム、一つ聞きたい事があるんだけれど聞いてくれるかな?」
「何かなっ?天使と恋愛のことだったら幾らでも聞いていいよっ♪」
「天使の羽のことだけれど、確か普通は天使の羽っ普通恋をした獣が手にしたら青く輝くよね?ほら、俺がパームと出会ったときも
そうだったし。」
「うん、間違いないね♪」
「それ以外で羽が輝く事ってあるのかな?それも青くじゃなくて真っ白に。前にマリーの羽が純白にに輝いたことがあったんだ。
パームなら何か知ってるかな?」
俺の質問に即答…と思いきゃ、パームも首を傾げていた。どうやらパームも知らないらしい。
「あれ、パームも分からないかな?」
「う〜ん、思い当たるフシはないよっ。ボクの羽でそんなことはなかったもの。それってずっと光りっぱなしだったのかな?」
「いいや。直ぐに消えちゃったよ。俺が触ったときに一瞬強く光ったのと関係あるのかな?」
「う〜ん、だとするとカイ君とは関係なさそうだねぇ…他にあり得るとすると…。あー!それってもしかして…。」
パームがそこまで言いかけたとき、不意に俺達の居るところに車のエンジン音が響いてきた。見ると、黒い車両が
一台ライアの居るところへと近づいている。丸みを帯びた特徴的な流線型は、ドラグーン社の高級車、ズメイで間違いない。
「お、あれがカイ君の車かな…だとするといよいよだねぇっ…♪」
車のエンジンが止まったところで、パームが呟いた。何処からともなく矢を取り出すと、弓に宛う。どうやらタダの矢ではないらしく、
よく見ると先端にキラリと文字のようなモノが浮き出て見えた。狙う先にカイ君がいる高級車。車を開けた途端に矢を放つつもりだろう。
「パーム、僕らはお手伝い役なんだから。トドメを射ることはするなよっ。」
「任せて。ボクの矢は愛のムードを盛り上げるだけ、マリーの邪魔はしないよっ。」
パームが自信たっぷりに答えて弓を引き絞る。
そして、その瞬間は来た。車のドアが開き、出てきたのは‥!?
「「ええええええっっ!!」」
俺とパームは同時に叫び声をあげざるをえなかった。出てきたのはカイ君でなく二人組の黒服のおっさん。一人は顔を見たことがないが、
もう一人はどうみても例の強面石頭の黒服のおっさんのファイ。
驚いたパームに反応して弓が暴発し、矢が明後日の方向に飛んでいった。
「どどど、どうなっているのコレ?蒼い羽は確かにあっちから反応しているはず‥。」
「もしかして今までの人違いでこっちが本物のカイ君。」「そんな筈ないでしょっ、あんな鉄板頭がカイだったらボク天使やめるよもう!」
「…じゃあ…どうなっているのさっアレって?」
「そんなことボクが知りたいよ!」
一体何があったんだ?予想外の伏兵の登場に、俺とパームは大混乱。当のライアの表情は見えなかったが
驚きで尻尾の毛が逆立っているのが遠目にでも解る。
どうするんだよこれ…。と、思ったその時、不意に男が無言のまま動いた。と、ライアを捕まえると、そのまま電光石火の早業で
車の中へと押しこんだのだ。あまりのことに、ライアを含め、俺達は呆然としてその光景を見つめていた。
「おい、何をしているんだ貴様!?」
呆然としていたのは一瞬だけだった。
すぐさま俺は茂みを踏み越え車の止まる歩道前へと突っ込んだ。だが、男は駆け寄る俺に
チラッと目を向けただけで、返事をせず車に乗り込んだ。直後に爆発したようなもの凄いエンジン音が響き渡る。
「マテ!なにするんだお前!」
怒鳴りながら迫る俺をよそに、車のタイヤが軋むような音を立てて動き出した。急回転で数度タイヤが空回りをした後、
車は一気に走り去る…。と、車はこちらに向き直るが早いか、車はスピードを緩めず、歩道を乗り越え俺へと突っ込んできた。
俺を跳ねとばすつもりだ!
「クロウ君!危ない!」
パームが叫んだ瞬間、俺は左足を思い切り踏み込み、すぐ横の茂みへ転がるように飛び込んだ。
その直ぐ脇を車が高速で走り去り、そのまま幹線道路へ飛び出すように走り去った。
「クロウ君!大丈夫!・ケガはないっ!?」
草地から抜けだし起きあがった所で、顔色を変えたパームとが駆け寄ってきた。すぐ後ろからマリーが真っ青な顔で駆け寄ってくる。
車にひかれずにすんだものの、
飛び込んだ草地のおかげで体中の毛にハイビスカスの棘や葉っぱが絡みついた。腕に灰色の毛の
所々に血が滲んでいたが今はそれに構ってられない。
「俺は大丈夫…、けど一体何なんだよアイツは!?素敵な出会いになるはずが、最低最悪との遭遇だぞありゃっ。」
「わからないよっ。それよりライアさんが‥。カイ君はどこにいったのさ!?」
「分からない…、とりあえず店へと行くぞ…急いで!!
店へと走り、裏口へと駆けつけると、裏口の半開きの扉から開いていた。そのまま部屋へと、突っ伏していたカイの姿があった。
まさか…と一瞬凍り付いたが、僅かに耳と尻尾が揺れているのに気が付いた。
「カイ君!」「カイさん!」
何度か揺り動かしたところで、ようやく薄目を開け…と、俺の姿を一目見るなりギョッとなった様子だった。無理もない、
女の子と出会うつもりで扉を開けたら、傷だらけで毛がガビガビ、服がボロボロの狼が目の前にやって来たらそりゃ驚くだろう。
「うわっ!!どうしたんですかその姿は!」
「説明はあと!それより待ち合わせの場所に来ないと思ったら…寝ていたのか…?」
「え…?ああっ!もう待ち合わせの時間じゃないですか…!しまった、彼女怒って滅茶苦茶になっていませんよね…?」
「もう滅茶苦茶だよ。あのファイのおっさんのせいで何もかもが台無しだ!!!あいつ何かやらかさなかったか?」
「い、いえ…?特に何もされなかったですよ…気が付いたらファイさんが居なくなってクロウさん達がここに…。」
どうやらファイに一服盛られて眠らされていたのだろう。あのおっさん…よくもまぁこんな手を使ってくれたもんだ。
「どうしました…?まさかファイさんがクロウさんに何かやらかしたとか…?」
「俺にはやってないが…。会おうとしていた彼女がもう散々だ。あいつケモさらいをやりやがったんだよ!」
「なっ、なんですって!?」
さすがのカイも半信半疑だっただろう。まさか自分の黒服がそんな暴挙に出るとは思うまい。しかし俺身体についた痣と汚れたを見返して、
カイのハッと何かを悟ったように顔色を変えた。
「ファイさんがやったのですねそれ…。何て事を…。」
慌てた様子で何処かに電話に手を掛けようとしたところで、俺は電源を切った。
「カイ、何処に電話するつもりだっ?」
「警察です、決まっているでしょう!」
「だめだ!厳格な両親に事の顛末を知られたら、それ見たことか…と自由と恋愛は今以上にガチガチに拘束されてしまうよ。」
監視カメラにボディーガードまで付ける厳格な両親のことだ、おそらく本当にやりかねないだろう。だが、カイは首を振ると、
再び電話に手を伸ばした。
「やっぱり警察に言った方が…。」
「あっ!!いい加減にするのっ!!大きい耳持ってるんだから聞こえてるでしょっ!」
「うはあっ!」
パームに耳を引っ張られ、カイが飛び上がった。
「じゃあ…一体どうすれば…。」
耳を押さえ、戸惑いの表情のままカイが尋ねてきた。この状況ではどうすればいいか分からないのも無理はない。
でも、俺にはライナを助けるのにカイを躊躇させるつもりはなかった。きっといつも傍らにいる単純明快な白犬天使の性格に
感化されたに違いない。
「カイ、助けに行くぞ!」
「え、?」
「助けに行くのが道理だろう?」
俺はそう言うとぽかんとして突っ立っているカイの背中に廻り、そのまま押し出すように中庭へと連れ出した。
「ま、まって下さい、今僕の車を車庫から出して…。」
「あのバカ早いズメイ車相手に追いつくはずがないだろ?この際もう手段は選ばない!パーム、マリー、ここから飛翔は出来るか?」
「もっちろん!」
「言わなくてもそのつもりだよ!」
俺が言いたいことは二人には伝わっていたようだった。背中に隠していた翼がいつでも飛び立てるように既に大きく広げられている。
「クロウ君、ボクの手を!!マリーはカイ君をお願い!」
「カイ兄ちゃんも早く!…時間がない、一気に追いかけるよ!」
戸惑うカイに半ば強引に手を握ると、身体がフワリと浮き上がった。足が地面についていない感触に驚いたのだろう、
思わず足を伸ばしてつま先立ちをするが、全く届かない。
「え、あ、浮いてる…!?ちょ、ちょっと待っ…!?」
「待たないっ!いくぞ!」
パームとマリーは翼を一度大きく羽ばたき、もの凄いスピードで空へと舞い上がった。通行人が驚いた表情で周囲を見回しているのが
チラッと目に入ったが、密集した建物に埋もれてすぐに見えなくなった。
「パーム姉ちゃん、クロウ兄ちゃん、間違いなくアノ車だよっ…!」
追跡を初めて程なくして、マリーが指さした方向に走り去ったズメイ車が速いスピードで4車線の車道を進んでいるのが見えた。
頻繁に車線を変えて周囲の車を押しのけるように突き進んでいたが、空を飛べる天使達にはかなわない。
さすがに上空に居る俺達までは気が付いていないだろう。
カイが恐る恐る聞いてくる。まだ飛ぶことに慣れていないせいか、パームに腕に両手で握っている。気持ちは分かるが、
俺の嫁に捕まっているのを見ると、複雑な気持ちだ…。
「僕たちだけで、勝算はあるのですか?」
「ああ、銃は持っていないのだろう?不意打ちならば誰だって無防備だ。それにしても畜生っ、折角のパーム達のお手伝いを
しようとして、こんな邪魔が入るなんて…。」
俺は悔しそうに呟いた。まさかあのおっさんがそこまえの暴挙にでるなんて…。
それにしてもあいつの目的は一体なんなのかが分からない?あいつはカイでなく確実にライナを狙っていた。
少なくても金目的でないのは確かだろう…。
そう考え込む俺の直ぐ脇ではマリーが泣きそうな顔でくっついて飛んでいた。
「カイ兄ちゃんごめん、せっかくマリーが素敵な女の子を連れてくるはずだったのに…!!あのお邪魔無視あとで恋愛から
永久追放の刑にしてやるんだからっ!」
泣きそうな顔のマリーに、俺は優しく頭を撫でた。
「マリーのせいなものか、悪いのはあのくそったれのおっさんなんだから。こうなりゃ素敵なお姫様を助けるシナリオに変更だっ!」
ついでに言えばラスボスは勿論あのくそったれのおっさんだ、毛皮のコートにするだけじゃ気が済まない。
いっそのこと毛を全部ツルツルにそりあげてしまおうか…。
「あれっ?一体何処に行くつもりなのだろうっ…?」
そのまま直進して街を出るつもりか‥と思った車は突然右折しダウンタウンへと入っていく。このまま行けば高層ビルが
いくつか立ち並ぶシティの中心部。街を抜ける幹線道路とは全く逆の方向だ。
「変だなぁ…追っ手をまくにしては路地を全く使わないのも不自然だし…。」
「街から逃げるつもりはなさそうだ。どこかに潜伏するんじゃないかな?」
程なくして俺の予想は当たっていたことが分かった。ライナを載せた車は街の中心部を暫く進むと、突然右折しビル脇の
誘導路へと入っていった。
「マリー、あのビルって一体?」
「あれ?確かこの街でいっちばん高いビルディングだよ?名前は確かベイシティ…ファースト…。」
「ベイシティファーストビルです。オフィス用のビルだけれどまさかこんなところに逃げ込むなんて…連中は一体何を考えて居るんだ?」
「車を乗り換えて逃走するのかも…?犯罪集団がよく使う手段だし。でもこんなところに逃げ込むのも不可解ですね。」
カイが不思議そうに下の覗き込む。車は高層ビルの敷地を縫うようにして進むと、そのまま奥の地下駐車場入り口と入っていった。
「もしかしたらこのビルで何かしでかすつもりか…。よし、パームとマリーはここで見張っていてくれ。俺は直接駐車場に乗り込む!」
「クロウさんっ!僕も行かせて下さい!」
「よせ!車で俺に体当たりを仕掛けてきた連中だぞ。カイ君とわかっても何をされるか…。」
「それでも行かせて下さい!」
引き下がらずカイは俺にずいっと顔を近づけてきた。普段のカイの感じとは明らかに違う剣幕に俺は思わず仰け反った。
「!」
「単にじっとしていられないからというわけじゃありません。今助けようと言い出したのは貴方ですよ。その言葉の責任は取るべきです。」
「でも何か策はあるのか?絶対に成功する勝算がなければ…?」
「それでも貴方につれてここまで連れてこられて僕はここにきたのですよ。ここまできて躊躇させるつもりですか?それに、
ここは財団がビルの一部を所有しているので構造のことは知っているます。 知らないこと建物に一人突入するほうが勝算は薄いでしょう?」
カイの言葉に俺は言い返すことは出来なかった。よくよく見ると少しばかりカイの表情が精悍な顔つきに変わったように見える。
初めてであった時のカイとは大違いだ。考える時間はない、俺は折れた。
「わかった一緒に来てくれ!ただし何度も言うけれど連中と戦おうなんて考えるな、逃げること忘れるなよ!」
「分かってます!」
「ようし、それじゃあ…!!」
パームとマリーはビルへと近づいたパームとマリーは窓すれすれを急降下、そして地上から数階上に作られたテラスに降り立った。
「あの怖いおっさんが別の車で逃げようとしたら足止めは任せといて!クロウ君、カイ君気を付けてねっ!」
「おうっ、たのむっ!」
再び上空へと飛び去る二人を見ると、俺達はテラスから駐車場用の通路へと駆け込んだ。俺はもちろんカイの顔が割れているだろうから、居場所を教えるようなマネはしたくない。場内に足音が響かないようかかとを付けずにつま先でヒタヒタと走る。都市中枢のビルだけあって
駐車場は広かったが中はしんと静まりかえっていた。そういえば、逃走した車のエンジン音すら聞こえてこない。
「居ないな、どこか他の通路から抜け出したのか…?」
「それはないでしょう、車の入り口はココだけですから…あっ、クロウさん、あれ!」
カイが指さす方を見ると、先程のズメイ車が、ビル入り口の前にはみ出るように置かれているのが見えた。近づいてみると車内には
誰もおらず が置かれていた。よく見ると前方の扉は半ドアのまま閉じられ、キーも付けっぱなしだった。多分このまま車を乗り捨てる
つもりなのだろう。
だとすると連中はこのビルのどこかに潜伏するつもりだろう。もたもたしては居られない。
俺はドアを押し開けビルの中へと飛び込んだ。その直ぐ後ろを、カイが続いて走り出す。階段を登り切ると、そこはもうビルの
エントランスロビーだった。屋上付近までの吹き抜けが広い空間を作り、上の階の様子が見えた。ただ、どの階にも照明はともされず
薄暗い広間が広がっている。
「居ないな…、というか誰もいないぞ…。」
「今日は休日ですしもうシエスタの時間に入っていますからね。居たとしても管理人が少し居る程度であとは引き払っているはずです。」
「そうか…。あれ、ってことはファイ達も知っていたってことか?」
「どうでしょう…?その割には車を置き去りにしたり不可解なところも…。いずれにせよ上にはいませんね?」
カイの言うとおり吹き抜けから上階の様子を見てみたが、誰一人動く気配は感じられない。ここから見えないとなると、
残る道は死角にあたるは反対側の通路だけだ。高いビルだけあって 普段なら立ち止まって眺めていただろうが、
俺はそのまま来た道とは別の通路を走り始めた。
「カイ君、この先はどうなってる…?」
「特になにも。この先にあるエレベーターホールを抜ければ、非常階段ですが、出口は目立つところにありますから、
あの連中が使うことはないでしょう。」
背後で走るカイが答える。そんな彼の答えに俺は不意に連中の行動に疑問が湧いてきた。
「何か変だな…。考えてみれば逃げるにしても不自然すぎる。さらうまでの計画を周到にたてていた割にはわざわざ車を乗り捨てて、
逃げるはずがないよな…。」
普通ならまず行うまい。頭を捻らせても単に考えていなかったか企みがあったのだろうか…。考えに夢中になっていたその時、
カチャ…という微かな音が聞こえてきた。と、思う間もなく脇の通路から躍り出た獣といきなり鉢合わせとなった。
「わあっ!!」」
「ぐわっ!!」
探していた黒服とのいきなりの遭遇で俺の毛がぞくっと逆立った。ただ、驚いていたのは相手側も同じだった。そしてその二人の背後に居たのは…
「ライナっ!」
「あっ、クロウさんっ!…って、カイ君!?」
即座に俺の足が動いた。相手とは二対二だが、不意の出来事に向こうは浮き足だっている、やるなら今しかない!
「ライナ、伏せろ!!」
足で思い切り地面を蹴ると、俺はライアを拘束していた黒服に体当たりをぶちかました。
ハッと身構えようとした連中だったが俺の勢いのほうが半瞬早かった。
「ぐふっ…!!」
よろめいた所を更に勢いを入れて蹴り飛ばすと、一人は壁へと飛ばされ伸びてしまった。ホッとする間もなくライナの鋭い声が耳に刺さる。
「カイ!」
ライナの視線の先を見るとカイ君はもう一人居た黒服と揉み合っている最中だった。どう見てもケンカ慣れしていないカイの方が不利だ。
「カイッ!」
(ガゴンッ!!)
加勢しようと向き直ったが、その勝負はあっけなくついた。カイが押さえこまれそうになったところで、ライアが手近にあった消火器を
振り上げ尻尾めがけて思い切り踏みつけたのだ。
「っってええええええええ!!!!!!」
飛び上がるようにして仰け反ったところで、今度は頭めがけてもう一発。さすがの黒服もこの消火器の打撃には耐えられず、
頭をかかえたまま黒服はその場で崩れ落ちた。
「ライアさんっ!大丈夫!?」
「ビックリした…。一体何なのっ!?こいつらがいきなり車に…あっ、それよりカイさんもどうしてここに!?」
「説明は後!とりあえずまずは逃げるよ!事後処理はあとだ!」
二人組をチラッと見ると薄汚れた身体の毛と地面を這う尻尾が見えた。は頭をおさえていたものの、すぐに起きあがってきそうな様子だ。
二人組を飛び越え、丁度止まっていたビル中央のエレベーターの中へと駆け込んだ。釣られるようにしてカイとライナが飛び込む。
目の前に頭を振って起きあがろうとする黒服の姿があったが、すぐにエレベーターの扉が閉ざされて視界から消え去った。
「ふうう…危なかったな…。」
エレベーターの下から突き上げるような感覚に身を委ねると俺はほうっと長いため息をついた。閉鎖ボタンから離れた指の先が
今でも少し震えている。
「あの…ありがとう。」
「いいや、私のほうこそ申し訳ないです。それで…大丈夫だった?酷いことされなかった?」
不安げに動く大きな耳を撫でるライナにカイが話しかける。何となく良い雰囲気だけれどまさか俺がお邪魔ムシになろうとは…。
二人の範囲から少しでも離れようと、狭いエレベータの壁際に尻尾が張り付くように引き下がる。
「別の意味で散々だったわよ、車に押しこまれて袋をカブせられて身動き取れなかったモノ。やっと止まったと思ったら今度は肩に
担いでまるで荷物扱い…レディを何だと思ってるの…最低っ。」
どうやら心配していた酷い意味では何もされなかったらしい。俺は内心ホッとムネをなで下ろした。
「そういえばあいつら一体なんだったんだ?ケモさらいにしては動機も手際も色々とおかしな所だらけだったし…。連中なにか
話していなかったか?」
「全然。車に押し込められてからず〜〜〜っと。担がれる時だって一言も喋らなかったわ。信じられる?」
「一言も?どうやって意思の疎通をやってたんだ…?」」
ライナを助け出したのはいいけれど、心にあった疑問は消えなかった。素人集団で行き当たりばったりの為か他に理由があるのか、
余裕があったら連中を締め上げて聞き出していたけれどそれは適うまい。
「あれ、脱出するならどうして上階へ向かうんです?」
「下から逃げるのは多分無理だろう。このビル周辺は見晴らしの良い空き地だったろう?隠れるところなんか無かったぞ。
ファイが居ないところを見ると、多分下の当たりで張っていてもおかしくないだろう。」
「でみ上からどうやって逃げるの?あ、まさかマリーちゃん達が…?」
「ご名答。さすがにあの連中だって気が付くまい。」
そう言うと俺はニッと笑顔を見せた。普段は隠れているオオカミ特有の牙がチラリと露わにじゃった。そんな俺の様子にライナが
不思議そうな顔を向けてきた。
「クロウさん…、もしかして貴方もマリーちゃん達と同じ恋のキューピットなの?」
「いいや、残念だけれどただの狼さ。妻が天使なことを除けば…ね。」
「そう…。でもクロウさんを見ているとどうしてそこまでしてくれるのです?」
「理由なんてないよ。縁結びのお手伝いをするのに理屈や理由も関係ないだろう」
こともなげに言う俺の顔を、二人は信じられないという表情で見つめてきた。
「本当に理由なんて無いんだ。でも、理屈や理由が全く通らない衝動はカイ君やライナさんにもあるだろう?
今のカイ君とライナを見ても自分の前でお互いに恋の香りを の二人が居たら天使じゃない俺達にだってくっつけて上げたいって
気持ちが湧いてくるんだ。」
「あの…あんな連中と対峙したりしても?」
「対峙してもだ。現にライナだって、さっきカイ君を助けようとあいつらとの格闘に加わったろう?」
「あっ。」
俺の言葉にライナは思い出したように目を大きく見開いた。とりあえず消火器を振り回して…ということは伏せておこう。
ライナもそこは隠して起きたい筈だ。
「俺は…俺達獣は理屈や理由じゃ説明つかないことをしたくなるものだ…って割り切っているだ。恋が絡むからなおさらね。
でもそれがあるから恋って不思議で素敵なモノだと俺は思うよ。パーム達がキューピットとして頑張っているのも、
単に仕事だけじゃなくて、心のどこかでそんな気持ちを抱えているんじゃないか…って思ってるよ。」
「そう…。」
ライナはそう答えるとそれ以上何も言わなかった。完全に納得したわけではなさそうだけれど天使との恋が実った俺の言葉は
二人にも説得力があるのだろう。
「本当に…ありがとうございます…。それにしてもパームさんがクロウ君が好きになった理由、何となく分かりますよ。ううん、
パームさんだけじゃなくね…フフ。」
「えっ?」
俺は聞き返したが、ライナは僅かに微笑んだだけで、それ以上は何も言わなかった。
最上階でエレベータを下りると、俺達はビル外側の非常階段へ繋がる通路を駆け足で通り過ぎ、ようやく屋上入り口へとたどり着いた。
一度非常階段の登り口から下を見たけれど、どうやら追いかけてくる気配はなさそうだ。幾分ホッと胸をなで下ろすと、
軽い足どりで階段を駆け上がった。後は、屋上にパーム達を呼べば連中はもう手も足も尻尾もだせまい。
たとえヘリを用意してあっても何処でも自由に飛べる天使達には適わないだろう。
「ここを脱出したら警さ…いや先にルイン財団に連絡したほうが良さそうだ。」
「呼ぶのは良いけれど…その後はどうするのです?」
「そこから先は俺の仕事じゃないよ。とりあえず俺にも話を振られたら二人の都合の良いように話をするつもりだけれどね…。」
階段が終わると直ぐに屋上入り口の扉があった。扉を開けると 直立するアンテナが空調らしい機械音が低く響いていた。
外側には銀色に光る柵で囲われその向こうにはベイシティの街並みと周囲の海岸が遠くまで見渡せていた。
「スゴイや…ベイシティ一番の高さだけはあるな…。」
少しの間見渡せる景色に心が動いたが、、直ぐにビル下の光景へと目を向けた。天使の二人には俺達の動きが分かるだろうから、
ここには直ぐに飛んでくるはずだ。
「こういうときは空を飛べるのってスゴイと思うわ…。」
「そう言うこと。あの連中だってそんな方法があるだなんて思いもしないだろう。きっと魔術か何かとあわてふためく光景が目に浮かぶよ。
へへん、ざまぁみろってん‥。」
(バリッ!!!!!!!!)
突然、俺の右腕に強い衝撃が走り抜けた。衝撃は瞬時に全身に広がりもの激痛が身体中を駆けめぐる。声を出そうとしたが、
口が微かに動いただけで、全く声にならない。何が起こったんだ…!?そう思った瞬間、俺の身体は地面に横たわった。
足の感覚すらなくなっていたことすら気が付かなかったのだ。
「クロウさんっ!」
ライナとカイ君が叫ぶと俺に駆け寄ってきた。すぐさま視界がが空中から前方へと写る。二人に身体を起こされたのが分かったが、
触られている感覚が全く伝わらない。動かすことすら出来ないので、身体が痺れか麻痺してしまったのだろう。
「…どう…した…!?」
どうにか喉に力を入れて掠れ声で尋ねたが、二人とも何も答えず俺の背後をただ呆然と見つめている。牙を食いしばりまだ痺れの
残る首を二人の視線の先に向けた途端、俺はハッと息をのんだ。
「しぶといな…。まだ意識が残っているのはさすが狼族か…。」
不気味な笑顔でそこに立ちつくしていたのは…居ないはずのファイだった。