<3>
「パーム姉ちゃん、クロウ兄ちゃん、連れてきたよぉっ。」
翌日、パームと一緒に部屋からホテルのロビーへと降りていくと、ロビー脇のソファでマリーが手を振り声を掛けてきた。
その隣に居たのは昨日見かけたシバイヌの女の子。Tシャツにジーンズの姿で、胸にはレインリリーとマリーの翼が今日も
飾られていた。
「初めまして、ライアって言いますっ!」
俺達が向かいのソファに腰掛けると、ライアは立ち上がってペコリ…とお辞儀をした。こうして近くで見つめると、
かなりの美獣の女の子だ。ウェーブのかかった長い髪はきちんと手入れされており、茶色の毛並みも同様に整えられている。
それに背中の後ろではキツネの子のようなフワフワとした尻尾が左右に揺られていた。ほんの少しだったけれど、
俺はそんなライアの姿に見とれていた。パームと出会う前だったら、恋心が動いていただろう。
「こちらが電話で話していたパーム姉ちゃんに…ええとそれに…。」
「クロウ。天使ではないけれどパームの旦那です、よろしく。」
マリーが言いよどんでいた言葉を俺は引き継いだ。「旦那」と聞いてライアは一瞬目を丸くしたが、直ぐににこやかな笑顔に戻った。
「ありがとうございます。素敵なお友達ですね。それに、パームさん凄い美獣ですし旦那様もハンサムだし…羨ましいわ。」
「もうっ、お世辞が上手いんだからっ。あ、でもクロウ君がカッコイイのはボクも同感かなっ。ねっ…クロウ君っ?」
「あ、ありがと…。」
ねっ‥って言われても…。俺が肯定できる質問じゃないだろパーム…。
「話はマリーちゃんから聞きましたよ。俺達も出来る限り力になるから、安心して下さい。好きになった男性ってカイ君、
確かルイン財団の御曹司でしたね。」
「はいっ。交流会で出会ってから、何度か顔を合わせているのですが、何故か彼が近くにいると胸がドキドキして彼の感情が
そのまま伝わってくるような…、ゴメンナサイ上手く説明できなくって。」
「大丈夫、どんな気持ちなのかは俺が初めてパームと出会ったときに経験済みだからちゃんと分かるよ。それにしてもルインさんのこと
本当に好きなんですね。彼のこと話すライアさんって凄く嬉しそうですから。」
「えっ。そんなに嬉しそうに見えましたか?」
「ウン見えるよっ♪話している今だって、ライア姉ちゃんの目って凄くキラキラして居たし、背後の尻尾だってもの
凄く揺れているのだもの♪」
「やだ、隠していたつもりだったのに…。」
マリーの言葉にライア背中で揺れていた尻尾がぴたっと動かなくなった。でもよくよく見ると、まだ先端がほんの少しだけ
ピコピコと揺れている。
「一目惚れだったのですね…きっと。」
「ええ…。」
俺の問いかけにライアは素直に頷いた。本当に彼のことが好きなんだな…。
そんな形で一通りの話しを終えたところで、俺たちは早速会議に入ることになった。このさい厳格な両親の様な外野のことは
後で考える。まずはカタブツ石頭のボディーガードを何とかしなければならない。
とはいえ簡単にお手伝いが出来ると思った俺達の考えはあっさり覆された。よくよく聞くと、ガードが予想以上に固い上、
一緒に居られる時間も機会もが基本的に少ないのだ。
「通っている大学は違うし、出会ったサークルの大会も次は半年以上先なんです。この街にずっと居るのですけれど、
このホテルにもあれから来ることはないみたいですし…。ゴメンナサイ…こんな状況で。」
「いや、謝るコトじゃないよ…。けれど俺からは妙案が出てこないな…どうしたものか。パーム‥君だったらどうする‥?」
「う〜ん、こうなったらもう実力行使しかないだろうねぇ。ボクだったら直接カイ君の部屋の窓辺で『あなたに素敵な恋を
差し上げますっ♪』って押しかけるよ。あとは誰にも気付かれないように窓の外へと連れ出して、ライアちゃんと二人きりに…。」
「パーム姉ちゃんごめんっ、それもうマリーもやってみたけれど、ダメだったの。」
「えっ、ダメ?」
「うんっ。1ヶ月前の真夜中にやってみたのっ。ボディーガードは居なかったけれど今度はお屋敷じゅう監視カメラだらけ‥。
屋根の上にまで設置されていて空からも近寄れなかったよ‥もう‥。」
「だめだな…こりゃあ。」
マリーの言葉に俺は腕を組むとため息をついた。話を聞く限り、正直正攻法ではまず無理だろう…。ため息の後に
俺達の会話は途切れ、ロビーを歩く宿泊客の足音が反響して微かに聞こえてきた。
「この様子だと大学でも状況は似たり寄ったりだな‥。マリー、ストーカーじみてあんまりやりたくはないけれど‥。
カイ君の他の行き先を調べる事って出来ないかな?」
「あっ、それならもう調べてあるから知っているよ。カイ兄ちゃんが良く行くのはベイシティのセントラルショッピングモール、
スポーツセンターのテニスコート。それから中心街にあるジュエリーショップ‥。」
「ん?ジュエリーショップにも行っているのか?」
「行くよ。だってその店ってルイン財団系列のお店だもの。カイ兄ちゃんが財団運営の勉強の為にお店を任されているみたいだよっ。
でも人目につきやすいところだから、ここで天使の姿で矢を放てないんじゃないかなぁ。」
それじゃあダメか‥っと諦めかけたその時、何かを思いついたようにパームがマリーに問いかけてきた。
「ねぇマリー。人目につきやすいって言うけれど。どこにあるのかなっ?」
「うん?ここここっ。」
パームの問いかけに、マリーはぴょんっと身を乗り出すと、半開きの俺のカバンからガイドブックをスルスルと取り出した。
巻末に書かれた地図を捲ると、パンッ‥っと指で街の中央から海岸の間にある場所を指さして見せる。
「あっ、ここって確か昨日車で通り過ぎた商業区のど真ん中だよね‥?随分凄いところに店があるねぇっ。ねっ、
ここ行くのおもしろそうじゃない?」
「おいおい、それじゃあ観光に行くみたいじゃないか。ライアさんに悪い‥。」
「ああ、それならマリーもいくっ。道案内ならマリーに任せてっ!」
「OK、マリーにお任せするよっ♪それならあの辺に美味しいハウピアの店ってあるかしら?昨日ホテルのデザートで
食べたけれどすっごい美味しかったから食べてみたいんだよねぇっ♪」
「あ〜、アレマリーも大好きだよっ♪アレ作っている直営店があるから一緒に食べよっ♪」
俺の声は二人のはしゃぎ声にあっさりとかき消された。地上に降りた天使って、みんなこんな性格をしているのか‥?
幾分不安に思いつつライアの顔を見ると、俺の気持ちを見透かしたように笑いかけてきた。
「ふふ、私は大丈夫よ。私の恋を応援してくれるのは嬉しいけれど、綺麗なお嫁さんとの思い出も大事でしょう?
折角観光に来たのですもの。」
そう言うと、ライアは柱に掛かっていた時計を見て、何かを思い出したように立ち上がった。
「それじゃあ私は次回のダンスの打ち合わせがあるから行かなくっちゃ。また何かあったら、連絡をお願いしますねっ。」
「うんっ♪ライアねぇちゃんに天使のご加護がありますようにっ♪」
「ボクとマリーがいるからどんな相手でもきっと道は開けるさっ♪ あ、だけれどクロウだけはダメだからねっ、これはもう売り切れ、
一生再販しないからっ。」
「その通り‥って俺は通販グッズかいっ、パーム!?」
二人にもみくちゃにされながら話す俺の様子を見て、ライアは面白そうに笑っていた。
正面のエントランスからから屋外のロータリーへと足を進めると、頭上から眩しい光がさぁっと差し込んできた。雲一つ無い晴天で、
パームとマリーの真っ白な毛が太陽に照らされてラキラと輝いて見える。日差しが少し強い気がしたものの、
海からの涼しい風が熱気を全て消し去っていた。
「わーお♪今日も良い天気だなぁ。散歩するには絶好の陽気だねぇっ。」
「夏も良いけれど、この時期も晴れの日が多いよっ。景色が鮮やかに見えるからお勧めだよっ。ここから街の中心までの
景色なんか、もう絵になるくらい素敵なところなんだからっ。」
マリーはそう言うとが先頭にたって歩き始めた。その直ぐ後を俺とパームがついて歩く。
ホテル前から続く遊歩道沿いにはヤシ並木がずっと続き、植えられたハイビスカスが所々で赤い花を咲かせていた。
前方を見ると車道と海岸線に挟まれるように道は続き、その先には街の商業区の建物が見え隠れしていた。街の中心から
まだ距離があるからだろう、ここの遊歩道や海岸を散歩するひとは俺達意外に誰も見あたらなかった。車道を走る車もなく、
静けさで潮騒の音が遊歩道を歩く俺たちの耳にまで届いていた。それにしてもここから見える海って本当に青い。カップルが
集う気持ちが何となく分かる。
「良い景色だよなぁ…、パーム。こういう場所を理想郷とでもいうのかな?」
「本当だよねぇ。クロウ君、もう光都からここに引っ越しちゃおうよ。景色は綺麗だし街は素敵だし、何よりもあまーい恋の香りは
う〜〜んと詰まっているし。」
「うんっ!来てくれるならマリーも大歓迎だよっ♪ねぇねぇ、この街においでよぉ♪」
「それはまた考える…。それにしてもマリー…ここじゃカップルはここで腕を組みっぱなしじゃないといけない…って本当かぁ…?」
「本当だよぉっ♪ここはガイドのマリーを信じて…ねっ、ねっ♪」
「う〜ん…。」
俺は言葉を濁した。こんなんで本当に大丈夫なのかな…。マリーのアドバイスでさっきからパームと一緒にくっついたままだ。
もちろん嬉しいけれどマリーがジーっと見てきて正直少々照れくさい。
マリーの目を気にしながら20分ほど歩くと、海岸沿いの遊歩道が終わり海岸線から街の中心部まで続く街の商業区へとたどり着いた。
ヤシ並木の街路樹にずらりと並ぶ白を基調とした建物としゃれたショップ、 商業区で目にした光景は昨日車で通りがかったときと
全く変わりなかった…筈なのだが…?
「なんだよこれは…。」
メインストリートに足を踏み入れたとたん、辺りはカップルだらけの人通り…。昨日通りがかったときとは比べ物にならないほどの
賑わいだった。歩道を歩く人達は、みんな恋人らしいカップルばかり。腕を組んで笑い合ったり、相手の尻尾のモフりっこでじゃれ
あっている。他の街で見かける一人旅のバックパッカーや、若者グループはここでは全くみかけない。ここには世界中のカップルでも
集められているのかっ!?
「ふふっ、クロウ兄ちゃん驚いてるねぇっ♪」
「そりゃそうだろっ。一体こりゃどうなっているんだ?昨日見たときはこんな居なかったぞ…!?」
「あ、昨日は午後遅くにココを通りかかったのでしょっ?平日午後だったらシエスタでお店の営業も人の出歩きも少ないんだから
見かけなくて当然だよっ。あっ、さっき言っていたことだけれどこうやってくっついて全然大丈夫 でしょ?」
言われてよくよく見ると、カップルはみんな、べったりとくっついていて見ているほうが恥ずかしくなってくる。
「疑って悪かったよ…マリー。お詫びにハウピアを好きなだけおごってあげるよ。けれどパームはともかくでもマリーまで何で
俺の腕に両腕まで絡めて抱きついてくるんだ?」
「ええっ、これが普通だよぉ♪女の子二人で歩くときは、こうやって抱きついて、それからしがみついて…。」
「今度のは絶対うそだろっ!今通り過ぎたカップル、明らかにこっちを見て笑っていた!」
「にゃあ、いいじゃないっ。だってクロウ兄ちゃんとこうしていたいのっ、マリーだけ一人だけだなんて嫌だもんっ!」
マリーはぷーっと膨れると、腕は勿論身体までギュッと俺の身体へと押しつけてきた。それだけじゃ満足できないのか、
尻尾までもがピコピコと揺れ、俺の尻尾へと絡まってくる。
「こらこらこら俺には既に妻が居て…ってパーム、…こんな状態でもいいのか…!?」
「あっ、マリーならいいよ。同じキューピットなんだからこれくらい全然OKだよっ♪ああもうっ、ここがこんなに愛に
あふれているなんて…素敵っ!」
…天使ならこういうのOKなのか…?とはいえ恋人だらけでパームにとっては周囲のもうたまらない光景だっただろう、
先程以上に嬉しそうに通りの隅々まで見渡している。お尻の尻尾はピコピコ揺れ、弓で愛の矢を撃ちたくてうずうずしているのが
隣の歩く俺にもわかった。
「もう、この街って甘い恋の香りで一杯だなぁ、こんな所って滅多にないよ♪ああもう我慢できないっ!ここはひとつ、ここにみんなに
愛の矢を片っ端から…。」
「のわっ、パームストップストップ!カップルになってるってことはもう恋愛成就は契約完了済みっ。ココじゃ多分必要ないって
昨日も言っただろう、コレ!」
「あっ、そういえばそうだったねぇ。それじゃあ愛が成就した恋人たちに乾杯っ♪そういえばマリーどこにあるんだい?
そのジョジョショップは?」
「ジュエリーショップだよパームねぇちゃん♪お店なら、ほら、この左のお店。」
マリーの視線の先を見ると、他の店の倍はありそうな大きな店舗が目に入った。周囲のしゃれたお店に比べると、
リリコイらしいツタで覆われ幾分年代を重ねてきた感じがするものの、何故か不思議な魅力が漂っている。
近づいてショーウィンドから中を覗くと、何人かの客がショーケースを覗き込んでいるのが見えた。店の規模が大きい割には、
換金性の高い大カラットの宝石は殆ど見あたらない。代わりに陳列されていたのが小さめで凝った装飾が施されたデザインの
ジュエリーだった。どうやら金持ちが好む投機用の品物は控え、純粋に身を飾る為の品物がこの店では好まれているらしく
俺には好感が持てる店だった。
「良いお店だな…かなり高級な気がするけれど雰囲気は悪くない。」
「うんっ♪外観はちょっと古くさいけれど良いお店でしょ?さあ、折角来たんだからここはお店に入って偵察しなくっちゃ♪
クロウ君、入ろ入ろうっ♪」
「イテテテ、行くから尻尾を引っ張るなっ!‥服もダメだ‥伸びるだろうっ!」
パームとマリーに引っ張られるようにしてエントランスをくぐると。外から見えなかった客も何人か見えた。通りに居たカップルが数組が、
入れ替わるようにして来店し、傍らには目をキラキラと輝かせた綺麗な白犬の少女が一人…、ってよくよく見たらパームだ。
「わぁっ、コレすっごい綺麗だあっ♪ねぇねぇ、クロウ君も見てみようよっ♪」
パームが嬉しくて溜まらない…といった様子だった。フワフワ尻尾がいつもよりもブンブン‥っと大きく揺られている。
「あれ、パームってこういうの興味あったかな…?」
「ううん、普段はそうでもないけれど、ここのはボクは好きだよ。装飾が丁寧でよく掘られているねぇ‥。天界に持って帰ったら
みんな珍しがるだろうなぁ‥♪」
そう答えるパームの視線の先を見るとショーケースに入れられた銀製の髪飾り。かなり値が貼る代物だったが品物は断然上質なのが
一目で分かる。暫くの間、俺はパームの視線の先とにらめっこをしていたが、やがてぽつりと言葉を漏らした。
「パーム、もしコレを買うと言ったらどうする?」
「えーっ、いいのっ?クロウ君だってそんなに興味はなさげだったと思ったけれど。」
「あはは、俺もパームと同じでここの品物好きになれそうだ。この髪飾りはパームにきっと似合いそうだし。出来ればパームが
昨日の髪飾りを付けて昨日のパレオ姿で‥。」
そこまで言いかけて、俺は慌てて言葉を引っ込めた。お客やマリーの居る前で危うく余計なことを話すところだった。
「おやっ?どうしたのかなクロウ君♪」
「い、いや何でもないって。」
いそいそと話を打ち切り、添え付けの納品カードをカウンターへと持っていく。黒いカバーに挟まれた商品の保証書と鑑定書に
サインを入れると、白い狐の店員が笑顔で奥から丁寧に包装された商品を持ってきてくれた。
「こちらお一つでよろしいですね?」
はい…と答えそうになったその時、脇に据え付けられていた鏡にマリーの後ろ姿とユラユラと揺れる尻尾がチラリと映った。
マリーもここの髪飾りが似合うだろうな…。
「すみません、もう一つ追加して貰えますか?」
マリーの姿を見た俺がそうお願いすると、白い狐の店員は笑顔のままもう一つ同じように持ってきてくれた。値段は倍になったけれど、
渡したらマリーも喜ぶだろう。そう思って箱を抱える俺の意図を察したのかパームが嬉しそうに話しかけてきた。
「ふふ、本当にクロウ君って優しいんだから。ねぇねぇ、追加で買うなら折角だからこれもいいよねっ?ほらっ、値札にゼロの桁が
1つ増えているだけだからたいしたことないし…。」
「大ありだっ!それにそれ桁1つじゃなくて桁2つ多いぞ、2つ!貯金を全部吹き飛ばす気か?」
「ええ、いいじゃない♪お礼にお嫁さんになってあげるから♪」
「もうなっているだろっ!いっくらパームのおねだりでもそれはダメッ!」
俺が答えたその時だった。
「ニャアッ!」
不意に背後からマリーの甲高い声が聞こえてきた。見ると、黒服姿をした虎らしい大男がギロリとした目でマリーを睨み付けている。
マリーは身体と尻尾をよじり男から離れようとしているけれど、白いフワモコの腕を男にがっちりと捕まれていた。
「ちょっと、何するんですか!」
男が無理矢理店の奥へと連れ去ろうとしたところで、俺は割って入った。マリーが俺の服越しに、背中の毛をギュッと
握りしめている感触が伝わってくる。店員と客のカップルが驚いたようにこちらを見つめていたが、誰も一言も喋らなかった。
「…何だ?一体その子の知り合いかアンタは?」
「その子の連れです。大の大人が女の子を脅かしてどうするんですか!?」
「脅かすだと…?何ぼけたこといってるんだ?この小僧が!」
虎の黒服はどうやら矛先を俺に向けてきたらしく威圧的な返事が帰ってきた。狼の俺ですら腹に突き刺さってくるような声だ。
ところで今言った小僧って俺のことか?
「こいつはな、さっき店でうちの品物をかすめ取ったんだ。金も出さずに何しやがるんだ、この泥棒猫め!
「何を言ってるんですか!!マリーはそんなことしません!大体…。」
「やかましい!!黙っていろ小僧!!」
言い終わる前に遮られた。感情と勢いに任せた怒鳴り声で自分の話を押し通す腹づもりなのだろう。けど狼の俺に
そんな脅しが効くと思ってるのか?腹が立って負けじと怒鳴り返そうとしたその時、パームが加勢に加わってきた。
「クロウ君、ブレイクブレイクッ。ちょっと、虎のおじさん落ち着いてっ!マリーが怪しいって疑った根拠はなんですっ!?」
「ソレを今から調べるんだ!探して出てくればソレが証拠だ!」
「「はぁっ!?」」
俺とパームは素っ頓狂な声を出すと顔を見合わせた。平たく言えば根拠がないから探す…と言っているみたいなものだ。
それにしてもおかしい、普通なら根拠がないまま店から出るのを待たずに、万引きしたと拘束することはしないはず…。
「とにかくコイツは事務所に来て貰うぞ…。泥棒ネコかどうはソレで分かるだろ。」
疑いの目を向ける俺達のよそに、黒服は強引にマリーを引っ立てようとしてきた。
「まて!アンタマリーになにしようとしてるんだ!?」
無茶苦茶も良いところだぞこのおっさん。ゴミ一つ付いていない黒服に掴みかかってシワだらけにしてやろうかという考えも
一瞬浮かんだが、直ぐに思い直した。
でも頭にきたから腕の毛の先端だけを掴んで思いきり引っ張ってやれ。
「痛えっ!おい、この小僧が!俺の毛が痛んだらどうするんだ!」
「こんな剛毛がこの程度で痛むはずないだろ。お前こそうちのマリーを乱暴して傷物にする気か!?」
「なんだとっ!!」
俺の言葉に黒服は拳をふり上げた。と、その時右手で抱えていたプレゼントの箱が、振り払おうとする黒服の腕に当たった。
箱が開き、髪飾りが箱の中からこぼれ落ちた。
「「あっ!!」」
俺とパームが同時に叫んだ瞬間、中の髪飾りはキンッ…と一度高い音を響かせると壁の隅へと転がり動かなくなった。
後に残されたのはクシャクシャになったプレゼントボックスと歪んだ同封のパンフレット…。
「あ〜、折角買った髪飾りがっ!」
呆然としている俺達の前に、パームが驚いたような声で叫んだ。黒服はチラッと周囲を見回すと、急に狼狽した表情をみせた。
けれど、いまさらそんな顔をしたって遅い。
「折角のパームとマリーへのプレゼントをこんなにしやがって、どうしてくれるんだ!」
そのままそそくさと引き下がろうとする黒服に進路に立ちはだかると、俺は黒服をギッと睨んだ。
周りの視線を感じるものの、ここまでされたら俺だって黙ってなんか居られない。これでも尚逃げようとしたら黒服どころか
その尻尾を掴んで
思い切り引っ張ってやる。
「待って下さい!」
突然、不意に脇から犬の青年が俺の鼻先へと割り込んできた。思わず顔を後ろに引っ込めたその時、俺達は目を見開いた。
マリーが「あっ。」と小さく叫び、慌てて口を押さえる。
「!!あ…あなたは…?」
「この店のオーナーのルインと申します。お客様に大変失礼なことをしてしまって…。深くお詫び致します。この場は私に免じて
許して頂けないでしょうか…?」
「は…はい…。」
青年の言葉に反射的に頷いたが、俺と驚きで返事は半ば上の空だった。背後にいたマリーとパームも恐らく同じ気持ちだったろう。
そこにいたのは、ライアの恋の相手、財団の御曹司のカイ本人であった。