中 編

 

 

 彼女と出会って以来、これまであまり出かけなかった樹海に頻繁に行くことが多くなった。
それでも四六時中そこに居るわけではなく、普段は街が作った作物の研究所に出向いている。
自然科学の研究資源が豊富なこの街では、大学や州政府の研究所だけでなく、
街や民間の研究所が いくつも設立され、僕が出向いている研究所もこれの一つにあたる。

 これまで研究チームの仲間達にスノウのことは誰にも話さなかったが、
街でスノウにお願いされた品物を探している所を、研究仲間にばったり出会いとうとう白状させられた。
あとは彼の口から僕に白ウサギの恋人が出来たって話が仲間のほぼ全員に噂が広まるまで そう時間はかからなかった。

「しっかし羨ましいぞヨシ。俺にもどこかにカワイコちゃんの一人や二人くらいそのあたりに落ちていないかなぁ。」
 

研究所の本棚に置いてあったプレゼントの本のページを捲っている所で、
向かいの席の キタキツネ族のシュトが話しかけてきた。

「いいか、雌に惚れられたらとにかくご機嫌をとって口説きまくれ。
そうなったら後はもう雄の思うがまま、 モノにさえしちまえばやりたい放題なんだぞっ。」

「凄いこと言うなぁ、今の話をメルが聞いたら怒るぞそれ。」

「平気平気、俺は女の気配は匂いで分か‥ってメル、いたのかっ!!」

調子よく話してたシュトだったが急に尻尾をピンッと立てて青ざめる。
直ぐ横で噂をしていたキタリスの 女の子のメルが仁王立ちしているのに気が付かなかったのだ。
シュトは背を向け早足で立ち去ろうとしたが、 メルは素早くシュトの尻尾を抱え込むと、爪を立ててギュッと握りしめた。

「い・た・わ・よ…。さぁて、このまま尻尾の毛を柴刈り機でバリバリに狩られて枯れ野原みたいに
されたいようねぇ、この女の敵っ!」

「まてっ!やめてくれっ!!尻尾を絞るな捻るな引っ張るな‥ってごめんなさいイテテテテテ!」

シュトとメルのやりとりに、周りで見ていた仲間たちがどっと笑い出した。
この研究所だとこういった 馬鹿騒ぎはしょっちゅうあるので、こうなると研究仲間の誰もがその馬鹿騒ぎに加わることが多い。

ただ一人、研究所長のキワノ教授だけは違っていた。
クマ族特有の大きな体を少し丸めたまま、 その馬鹿騒ぎの渦に入らず腕を組んだままじっと考え込む。

「ううむ、やっぱりおかしいな…。」

不意に、教授がぽつりとつぶやいた。
馬鹿騒ぎに笑っていた仲間達も、教授のその様子に気が付くと 笑うのをやめ、その場は急にしんと静かになった。

「どうしたのですか…?」

「いや…ちょっと不審な点があってな…。あ、お前にそんな可愛い彼女が出来るのがおかしい ととかいう訳じゃない。
だからお前達、そんなジト目でワシを見るな。」

「じゃあ‥おかしいことって何なのですか‥?」

絞られた尻尾の毛を撫でながら 憮然とした表情でシュトが問いかける。

「その前にワシからヨシに聞きたいことがあるが、その子はどこに住んでいるんだ?
この街に住んでいる子ではなかろう?」

「北の森林保護地区に住んでいるって聞きました。確か一人で生活いるはずですが…。」

「北の保護区…?あそこか…。ヨシ、もし本当だったらその子は只の獣じゃあない…
若しくは嘘を付いているかのどちらかだ。」

「えっ、とても嘘を付いているように見えなかったけれど…?」

一瞬冗談では‥と思って僕は顔を上げた。
でもそんなつまらない冗談を言う獣じゃないことは、 ここに弟子入りしてから何年か経つのでよく分かっている。

「ちょっと、ヨシを不安にさせるようなことは言ったら‥。」

 尻尾をピンと立てたメルが怒った口調で口を挟む。
けれども彼女にもどことなくおかしいと 気持ちが心の底に眠っていたのだろう、声に普段の覇気が見られない。

そんなメルの言葉にこたえず 教授は机の下の引き出しから一枚の分厚いファイルを取り出すと、
何枚かめくって折りたたまれた紙を僕らに差し出した。

「とりあえずこの地図を開いて見てくれ。ちょっと説明せねばならん。」

教授の言われるままに全員で折りたたまれた紙を開くと、ニメートル四方はありそうな大きな地図が床に広げられた。
研究者や森林技術者に配布される特別製なのだろう、研究用の植生や歩行道まで詳細に描かれているのが見て分かる。

「これって…あの樹海の地図ですね?」

「そうだ、ここの建物密集地…これは私たちが居る街だな。この研究所も表記されているの分かるだろう。」

教授は机にあった長い差し棒手に取ると、地図の南端を差し示す。

「こっちが樹海の南部、お前さんが彼女と出会っている湖って多分これのことだろ。そして、ここが彼女が
住んでいると言っていた樹海の北部だ。どうだい、獣が住めるように見えるかい?」

「ううむ‥」

 傍らから地図をのぞき込んでいたシュトが低くうめくと腕を組んで目を閉じた。

教授の言ううとおり樹海の 北部には女の子が一人で生活できそうなものはなかった。
只あるのは通行困難表示の森と藪、それと崖に 危険表示マークのみだ。
樹海の南部に縦横無尽に走る歩行道すら皆無に等しい。

「ワシは作物資源の研究で何度も樹海の北部に立ち入っている。
けれどもあそこは女の子一人が普通に 生活できるような場所じゃないんだ。
ちょっと好奇心で入ったら、遭難するか大型鳥類に襲われ命に関わる。
ワシとて調査に行くときはGPSと小銃で武装した政府や民間のガードが同行している位だからな。
それだけ危険な場所なんじゃ、あそこは。」

「そんな、あ、でもあの樹海のことは熟知していましたよ。
‥住み着いていなかったら分からないような所に あった水場とか知っていたし…。」

「水場ってここのことか?こんな所だとこの地図でもなければ森に熟知した獣でも分からないぞ。
何か目印か踏み跡とかあったのかの?」

教授にそう指摘された僕はハッとなった。
彼女が僕に水を飲ませてくれるために案内した泉、
あそこに行くまで 湖畔から道はおろか踏み跡すら全くなく草地を強引に踏み越えていったんだっけ。
あの辺りの地理に明るい 獣ですら知られていない泉だったんだ。
そんな場所をどうして彼女が知っていたんだ…。
おまけにあのワンピース姿、 とても森林で生活出来るような服装じゃなかった。

いつも湖から北の方に向かう道で分かれていたから、彼女が嘘を付いているようにも思えない。だけど…。

「教授‥彼女が何者か検討はついているのですか?」

重い雰囲気をこじ開けるかのようにメルが口を開く。

「いいや、だが、彼女が少なくともタダの獣ではないことはほぼ間違いないだろう。」

またもや嫌な空気が辺りを包んだ。みんなの目が教授へ‥そして僕へと向けられる。

「教授‥一つ聞いてもいいですか?」

「なんじゃ‥?」

「その子の事…僕は愛しても…いいのでしょうか?」

「ワシが応えることじゃないだろう‥。」

教授の返答は素っ気なかった。ただ、ぽつりとその後を付け加える。

「ただ、恋は獣を幸福にも不幸にもするけれども私たちには無くてはならない。
これは相手が獣であろうとなかろうと、 関係ないじゃろう。」

 

 

一体彼女は何者なんだろう。そう思った僕は装備をしっかりと整えると、翌日日が昇ると同時に湖へと急いだ。
心に焦りがあるのだろう、気が付いたら自然と脚が早まっているのが分かったけれど、
脚の速度を緩める ことなく突き進む。

やがて早足で進む僕の前にいつもの湖が姿を表した。ここまでは彼女と会うためにいつも通っていた道だ。
けれども今回は僕はそのまま湖畔沿いに北に向かって歩くと、細い道の入り口で立ち止まる。
北の樹海へと 続く唯一の樹海道だ。行こうかどうか一瞬の躊躇はあったが、僕は構わず足を進めていった。

「やっぱり教授の言っていたことは本当なんだろうな…。」

道に入って程なくして、僕はぽつりと呟いた。

道はこれまでの道に比べて荒れた箇所が目だっていた。
あちこちに 道が削られたり埋まっていた箇所が目に付き、踏み跡もハッキリしなかった。
何度も倒木が道を塞いでおり、 それを踏み越える度に自分の脳裏に不安がよぎる。

それでもこの荒れた小径は細々と北へと向かっていたが、15分程歩いたところで突然道が消え、
目の前に岩場に 囲まれた渓流が姿を現した。
幅は10メートル位でそれ程の広さはないものの、ここを境に景色がガラッと変わっていた。
 おそらく、ここが樹海の南と北を隔てる境界なのだろう。
これまでシイの樹で包まれていた森林が、
川向こうは 赤茶色の不気味な樹皮をした見たことのない樹に覆われているのが一目で分かる。
川の向こうを見ると、ここが 道の終点だったのだろう。
そこから先へと続く道はなく、下に繁茂した雑木が行く手を阻んでいた。
犬特有の鋭い 嗅覚には、これまで嗅いだことのない嫌な匂いを感じてくる。

 この先を進むかやめるか、僕は道の脇にあった倒木に腰掛けると耳を倒して考え込んだ。
こういう場合、昔話だと 大抵約束を破って知ってはいけないことを知ってしまい、悲しい結末になるのがオチだ。
かといって、ここまま知らない ままではいけない気もするし‥。

どうする、しばらくそこで考え込むが結論は出てこない。考えるのに疲れてふと空を見上げたその時‥。

(ギャア‥ギャア‥)

「なんだ‥?」

不意に前方からしわがれた声が聞こえ、僕は耳をピンと立てて前方へと聴覚を集中させた。
鳥の声に混ざって 誰かの叫び声も聞こえてくる。
渓谷を飛び石づたいに一気に跳躍して飛び越えると、森を遮る雑木を押し倒すよう にして踏み込んだ。
森の中は湖周辺と違って深い藪に覆われており、尻尾にツルが何度か絡みついたがそれに 構わず強引に走りぬける。

 声は先程よりも大きくなり、小川で感じた嫌な匂いも強くなってきた。
直ぐ前方を遮るツタをなぎ払い、強引に 前に身体を進めると急に木々が途切れ、
低木と草、そして岩場が混ざった荒原が目の前に現れた。ほぼ同時に
急にドサリと音がして、目の前に茶色い塊が転がってきた。

「うわっ!?」

転がってきたモノを見て、僕は慌てて飛び下がった。
ギョロリとした目をした陸上最大と言われるオオイヌワシの成鳥だ。
体力にそれなりにあるイヌ族でも、僕らのような小型の犬族では襲われることがある危険な鳥だ。
あわてて身構えて近くにあった棒きれを拾おうとするが、鳥の方はぴくりとも動かない。
よくよく見ると何者かに 背中を叩かれ失神しているようだった。

 ギャアギャアと騒がしい音をする方を見ると、数羽のオオイヌワシが飛び交い鋭い爪をむき出しにしている。
そして、そのオオイヌワシが戦っていた相手は…。

「…竜…!?」

僕は口の奥で呟くと、呆然とその場に立ちすくんだ。
身体はフワモコの毛で覆われていたもの凄い美獣だけれど、
鋭い爪と牙、そして広げた翼は架空の動物と言われていた竜そのものの姿だった。
高さは2メートル強位だが、 羽根と体つきでより大きく見える。

 よく見ると輝くような白い身体に濃い緑色の瞳、
そしてスノウがいつも身につけていた緑色のワンピースに 濃い翡翠色のペンダント…。

もう間違いなかった…この竜がスノウだ…。

「失せろ!これ以上私を怒らせるな」

牙をむき出しにして叫ぶ声は綺麗なスノウの声そのままだったが、迫力はもの凄かった。
辺り一帯はおろか 僕の腹の中にまで竜のスノウの声が響いてくる。

戦っているイヌワシも彼女の声には余程驚いたのだろう、殆どはその咆吼で逃げ出したが、
2、3羽は恐怖に かられたのか竜のスノウに飛びかかった。
あっと、思うまもなくスノウの竜の尾が宙を舞い、襲いかかってきた
イヌワシをあっさりと吹き飛ばした。力の差は最早歴然だった。

「もう、二度と私をこんな姿にさせるな!!」

よたよたと逃げるオオイヌワシに再び咆哮をあげると、白い羽を大きく広げ、二、三度はばたいた。
その途端 辺り一帯に風が舞い立ち、周囲に木の葉や土が舞う。
驚きで対処が遅れた僕は何も出来ずまともにそれをくらい、 思わず咳き込んでしまっだ。

(ケホッ、ケホッ‥あっ!)

しまった‥!!耳を伏せ慌てて口を押さえたがもう遅かった。
スノウは雷が落ちたかのようにビクッとしたように 毛を逆立てると、こちらを振り向き、目を大きく見開いた。

「ヨシ…!!」

表情には驚きと怯え、そして悲しみが入り交じっていた。

「どうしてここに…、この姿‥私だってわかったのね‥?」

彼女の言葉に僕はただ頷くしかなかった。他に何か言いたかったけれど、頭がぐるぐる回って言葉が何も見つからない。

「お願い、ここからでてって…、こんな竜の姿なんかに生まれたくなんてなかった…私…。」

涙声で彼女が叫ぶと、こちらに背を向け俯いてしまった。彼女の表情は見えなかったが、そっと彼女に近づくと
目からこぼれ落ちた涙が、地面に吸い込まれているのが分かった。

何とかしなくちゃ…、僕はそろそろと彼女に近寄ると鞄の一番上に仕舞ってあったものを取り出した。
彼女が 欲しがっていた髪飾りがが入ったプレゼント箱だ。

「駄目!お願いこないで!!この姿を見られたくないっ!!」

プレゼントを手渡そうと思った瞬間、不意にスノウは翼を横へと大きく広げた。
その瞬間に、一瞬だけ 風が僕の頬を駆け抜ける。

「スノウ、何するんだいっ。」

「気持ちが動揺してどうしたらいいかわからない、気持ちが落ち着くまでわたしから去るっ!」

「それって…いつ!?」

「何日後か何年後か…そんなの分からないわよわたしにも!!」

「待って。引き留めはしないけれど…せめてこれを君に…。」

飛び立とうとするスノウを見て、僕は思わずスノウの腕を掴む。その途端、僕が差し出したプレゼントの箱を
見向きもしないまま、スノウは振り向き様に牙を僕の毛皮に突き立てた。

「離して!!」

(ガブッ…!!)

「!!!痛いっ!!」

スノウの鋭い牙が毛皮から下の内皮へ貫き、その感触が伝わってくる。もう痛いなんてものじゃない。
噛まれた腕の感触が麻痺してプレゼントの箱が手から地面へと零れ落ちる。

「!!」

ハッとしたように、スノウが突き立てた牙を離す。
噛まれた腕の茶色い毛皮は裂けいくつかの歯形が生々しく 残っていた。
牙が貫ぬかれた所からは血が溢れ、腕から滴り落ちて地面のプレゼントボックスを赤く染めていった。
それを見たスノウは呆然としたようにスノウが2・3歩後ずさる。

「わたし‥なんてことを…。」

かなりショックだったのだろう…呆然とした表情で血だらけになった僕の腕と、
角が潰れ血で赤く染まった プレゼントの箱を見比べていたが、再び僕に背を向けると、そのまま羽を大きく広げ羽ばたいた。

「!!いっちゃだ‥うわっ。」

引き留めようとしたが、今度は僕は突風でその場に倒れ込んだ。
同時に彼女の身体が浮き上がり 空へと浮かび上がっていく。

「スノウ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

力の限り、彼女の名前を叫んだが、彼女はこちらを振り向くことなく空高く飛び立った。
やがて竜になった 彼女の姿は空の色に吸い込まれて、
後には原野に只一人残された僕の声が、空しく響いて僕の耳に返ってきた。

 

 

「…ぶか‥?大丈夫か、ヨシ!!」

頭の中に響く呼び声に僕は はっと跳ね起きた。
確か泣きながら無我夢中で森の道を駆け抜け、それからの記憶がよく覚えていない。
一瞬夢と思ったが、スノウに噛まれた左腕に包帯が巻かれていることが、今まで起きたことを物語っていた。
同時にお腹の底に隠された悲しみが再びわき上がってくる。

「ここは‥研究所‥?」

「そうだ…。」

声をする方を見ると、小さな部屋にベットが置かれ寝かせられているのがわかった。
研究所の奥にある休息室だ。
脇を見るとキワノ教授が座り、他の仲間達も教授の後ろで心配そうな表情を浮かべている。
窓の外は真っ暗な 木々と光を放つ街灯が目にはいった。いつの間にか夜になっていたのだろう…。

「どうして…僕はここに…?」

「半日位前に森の入り口の林道で血を流して倒れていたところをシュトが見つけてここまで運び込んだ。
状況からみて有る程度のことは想像はつくが…、一体どうした‥何があった!?」

キワノ教授が珍しく感情のこもった心配そうな声で尋ねる。
その声に僕は涙を流しながら、樹海の北部で見て きたことを一つ残らず全て話し始めた、
途中で涙と震えが止まらなくなり、話し終わる頃にはもう悲しさで声が 詰まって殆ど話にならなかった。

「そうか‥まさか竜だったとはな‥。」

僕の話を最後まで真剣な顔で聞いていた教授はぽつりとそう漏らした…。

「先生…その竜って一体…?」

メルがおそるおそる教授に尋ねる。

「名前の通り架空の動物と言われてきたドラゴンそのものだよ。
かつては世界のあちこちに点在して生息して いたのだけれど、獣の私たちと争いとか色々あってね‥。
近代化で科学力が進歩して高速で飛べる戦闘機 などが開発される頃にはほぼ姿を現さなくなってしまったよ。」

「えっ、それじゃあ実在するの、竜って!?」

「する。公表は控えられているけれど、今でもごく希に獣と混ざって暮らしていることは報告されているよ。
水を見分ける不思議な力があるって言われててね、多分普通じゃ分からないわき水を見つけられたのは そのためだろう。
DNAどころか基本的な生体構成自体が一般の生物と違うみたいだったから変身も可能‥これも報告の通りだ‥。」

教授はそう言うと、腕を組んで考え込んだ。けれどもそんな言葉を聞いても僕には何の慰めにも
ならなかった。身体の震えも涙も全く止まらないままだ。

「ヨシ、今も彼女のことは好きなんだな。」

教授の問いに僕は頷いた。竜なんて関係ない、スノウに戻ってきて欲しい‥。
出来ることならまた、 スノウに抱きしめられたい‥。

「そうか‥彼女のお前のこと好きだって言ったことはあるか?」

「なんてこと言うのよ、そのスノウって子は…ヨシのこと今だって好きに決まっているじゃない!」

僕が答える前にメルが教授に食ってかかる、噛みつかんばかりに歯をむき出しているから普段の可愛い顔が台無しだ。

「すまない、ちょっとそれだけ確かめたくってな。とりあえず薬を飲め、いいな。」

言われるままに、僕はメルから受け取った薬草の汁を一気に飲み干した。
もの凄い苦みが舌に広がったが、 頭はスノウの事で一杯で殆ど気にならなかった。
その薬草の汁を全部飲み干したところで、教授が再び話しかける。

「絶対とは言わないが、もし彼女がお前の事を少しでも好きだったとしたら、多分今でもお前と会った思い出の
場所に留まっているんじゃないか?例え目の前から逃げ出したとしても、心に迷いが生じている筈だからね。」

その教授の言葉に、僕はベットから飛び起きる。

「何も根拠もなしにそんなこと言った訳じゃないんだ。シュトが君を見つけたときに竜を見たと話していてね。
そうだろう、シュト君」

「ああ…。」

教授の言葉にシュトは頷いた。

「ヨシを見つけたあのとき、木々を空かして大きな鳥みたいなのが森の辺りをグルグル飛び回っていたが見えたぞ。
しばらくしたら湖の方に向かって飛んでいったけどな。あの時は只の大きな鳥としか思わなかったけれど、
教授の話を聞くとあれは確かに竜…。」

シュトが言い終わらないうちに、僕は教授の手からひったくるようにして薬草汁の残りをを取ると、
そのまま 一気に飲み干した。

「なんじゃ、そんなに飲まなくてももう大丈夫だぞ、元気になりおったようだな。」

教授が驚いた顔をして僕をジッと見つめてきた。
そのまま近くにあったリュックを背負うと、僕はもう走り出して 研究所を飛び出した。
迷わず最初に出会った湖の方角を目指して走り出す。

「こっちは何とかするからいってこい!好きになった女の子を、手放すなよ!!」
 

背後から教授の声が追いかけてきたが、直ぐに僕の草を掻き分ける音にかき消された。

 

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