はやしらいす

はやしらいす-3

 一時間ほど経って作ったハヤシライスを、とりあえず半ば無理やり風月に試食させた。今まで厨房の様子をちらちらと盗み見て覚えたから、不安な所もあったが初めて作った割には上出来な味に仕上がった、ような気がする。しかし、軽めに盛ったハヤシライスをかきこんだ風月は、何か物足りないものがあるような複雑な顔をしていた。

「いや、うまい。うまいんだけどな」
「何だよ。はっきり言えって」
「ん。うまいけど、これはお前が普通に作った味だよな。店で出るモンとは…なんかこう、うまさの度合いが違うっつーか」

 そりゃそうだ。最初からぽんと作れたんなら、親父が店を開く意味がない。俺は、親父ほど頻繁に料理を作ることもないし。

「当たり前だろ。…というか、思ったんだけどよ。普通料理人になる時って、野菜の下ごしらえとか、そういうところから始めるだろ。最初から料理作ってシェフに食わせる見習いとか、いねえと思うんだけど」
「あ。言われてみれば」

 スプーンを皿に立て、くるくると回転させながら、風月はうーんと唸る。考え事をするときに大きな体を縮こまらせるのは、昔からの癖だ。

「でもよ、料理するのはやっぱ大事だと思うぜ。オヤジさんに食わせるんでなくても、自分で食ったり違う人に食わせりゃいいんだからよ」

 分かるような分からないような、少しずれた回答に俺もうーんと唸る。何をすれば認めてもらえるのか、どれだけ考えても思いつかなかった。




 深夜の布団に、二つの影が横たわっている。一つは俺。もう一つは、風月。風月の家に泊まるときは、決まって一つしかない布団を奪い合うように被る。寒さに身を縮こませるような事態にならないのは結構だが、狭いのには変わりない。ため息をついて、俺は風月に背を向けて横になった。

「はぁ。何か、疲れた」
「大体はお前の空回りだけどな」
「うぐ…うるさいんだよ、バカ虎」
「やめッ、離せって!くすぐったい!」

 少し腹が立ったから、布団の中でもぞもぞと動いている風月の尻尾を掴んでやった。敏感な尻尾はびくりと跳ね、俺の手から逃れようとくねくねと動く。十分遊んでから離してやると、風月はぶるぶると体を震わせて平静を取り戻した。

「くそッ。いたずらする奴には、こうだッ」
「な…んぁっ!」

 体を抱え込まれて尻尾を掴み返され、身動きができない中でもごもごと暴れた。一つしかない狭い布団はぐちゃぐちゃに乱れ、次第に冷えた空気が体の隙間に入り込んでくる。
ひとしきり暴れきった俺達は、いそいそと自分たちに布団をかけ直した。このくらいのいたずらのし合いは、特に珍しいものじゃない。寒さを避けるために身を寄せて、きつい布団の中に身体を収めた。

「……なぁ、」
「ん」

 薄眼を開いて振り向いた俺の視界いっぱいに、風月の顔が現れる。かかる吐息はかすかに歯磨き粉の匂いがして、俺の鼻をひくつかせた。

「無理、すんなよ」
「……してねえよ」
「そっか。いい子いい子!」
「うわっ、撫でんなよ!ガキじゃあるまいし…」

 まっすぐな瞳をまっすぐ見返すことができずに、俺は視線をよそへ逸らす。すると風月にぐしゃぐしゃと頭を撫でられたから、恥ずかしくてまたくるりと背中を向けた。

「ガキだろうよ。お前はいつまでもガキだ」
「……るせぇ。保護者面しやがって」
「いいだろ。保護者みてぇなもんだ、気難しいガキのお前のな」

 言い返す言葉が見つからず、ぐうと低く唸って降参した。すぐ後ろで、風月がくすくすと笑っているのが聞こえる。

「しょうがねぇ奴だな、お前も」
「…悪かったな」

 後ろでにんまりと笑みを浮かべているであろう風月のことを考えないようにして、乱暴に眠りについた。布団が温かいおかげで、すぐに何も考えなくなった。






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