「ぜったい反対です」
砂堀サブレは会議中にそう言った。傍らではキタリス獣人のクグロフが驚いた顔をしていて、真正面にはマーラ獣人の会長。議論は白熱する。
「購買研究会には、学庵の者たちが望む物資を可能な限り供給する使命がある。それは原則だ」
「だっ、だからって、アダルトグッズなんて。進路指導室にあるんだから、欲しければそっちに行けばいいじゃないですか」
「繰り返す。使命であり原則を忘れたか。進路指導室での供給はあくまで進路指導に含まれる、補助的な役割でしかない。つまり、純粋な供給の場ではないということだ」
商品サンプルとして机の上に並べられたグッズは、ほとんどが透明な箱やビニルに包まれている。
「ほとんど丸見えです、恥ずかしくてほかの物も買いにくくなります」
「販路の拡大のほうが生徒にとっては益だ」
「どんな益になるのか見通しが立っていないと思います。取り扱うモノの種類の幅だけを増やしても、本当に欲しいモノが本当に欲しい相手に届くかは決まらないと思います」
意見は平行線を辿る。聞き入れないサブレに納得を促すため、賛成派の会長は熟慮する。
「あいわかった。つまりサブレどんはアダルトグッズの、生徒に対する必要性と有意性が認められないと主張している」
「もっともです」
「して訊くが、サブレどんはこれらの道具を経験したことがあるのか?」
突然に私的な質問。
「えっ」
「はてさて」
クグロフさんまで、興味深げに顔を出してきた。答えるしかない。
「……ないです」
「さようしからば、意見に深みも出ないというもの。好きなモノを好きなだけ持っていって試してもらってから、また聞こうか」
「……えええええ!?」
「売る側が売る物の特性を理解していないとは、物流を司る者として手落ちだろう」
「おー、会長太っ腹ー」
尻込みするサブレを尻目に、多種多様なサンプルからピックアップした「初心者用」を、黒い紙袋に詰めて差し出される。それから会長は別件とかで席を立ち、残された2匹の研究会メンバー。
「にしても、やけに噛みついてたね。純だなー、と思ってたら、案の定恥ずかしがってたのかい。会長相手に羞恥心は禁物だよ、あの鼠は商品のことだったら、それこそ食事中でもそういう話、しちゃうんだから」
「く、クグロフさんは、あるんですか? ……道具の、け、経験」
「なきにしもあらず?」
どちらとも取れる言い回しだが、こういうふうに誤魔化すとき、クグロフの答えはたいてい肯定だ。決まった相手がいるのだから、行為に用いることもあるのだろう。かたや会長は手抜きをしない性質からして、自身で一通り試すくらいのことは難なくこなしていると想定される。となれば、その感触を知らないのは自分だけだ。
小さなデグー獣人、砂堀サブレは、路頭に迷ってしまった。
「お願いします」
「は、はい」
なにしろコンドームの取り扱いを始めたときでさえ、羞恥に耐え切れなくなってしまったくらいなのだ。慣れてきたとはいえ、まだまだ対面で売るには仕草がぎこちない。
「……あ」
しかも。今コレを買おうとしてるのはクラスメイトのアーウィン。さっき購買準備室に転がっていた謎のミニコミ誌によると、そういうやらしいコトにめっぽう興味があって、でもこのごろなくなってて、どうやら特定のお相手ができたらしい、的なゴシップが書かれていた。そういえば、新製品を入荷したとき、着け心地のレポートに名前を連ねているのは、決まって彼、だったりする。その関係者限の機密書類には、実際の着用時写真も余すことなく載せられていて、初めて見せられたときは面食らったものだが。
そうだ。その手のコトについては凄く詳しそうだし、口も堅いんじゃないだろうか。会長たちに訊くのはなんだか悔しい。彼に意見を求めるのは得策かもしれない。焦茶の頬を赤く染め、恥ずかしさを責任感で誤魔化しつつ。
「あああああああ、あの、あああああアーウィンさん」
「何か」
「ここここんなこと頼むの、ヘンで、迷惑かもしれないけど、相談、乗ってほしくて」
「相談……わかった」