アーウィンが頻繁な性交渉をヤメにした、というニュースは、瞬く間に学庵中の好事家たちに広まった。発端はアーウィンファンクラブ「ああああ隊」の号外隊報で、隊員番号1桁メンバーからの有力な情報をもとに裏取りがなされ、急遽組まれた特集だった。このミニコミ誌を手に入れることができるのは隊員だけなハズなのだが、アーウィンの人気は予想以上にすさまじく、口コミが悲嘆と絶望を底流に広まった結果、知らぬものはいない今朝のトップニュースになってしまった。
休み時間のたび、うんざりするくらい頷いた。
試合のたびに、メンバーの士気を高めるためと称し集団でもにもにしていた野球研、サッカー研、その他チームプレイ系の運動研究会からキャプテンが直々に参上し、真偽の確認を求められる。アーウィンにとっては、有り余る肉欲の発散と、各メンバーの味試しを兼ねた場であり、見どころ咥えどころのありそうな相手にはまた別に逢引して体を重ねていた、それだけなのだが、当の彼らにとっては性処理を越えた、むしろ勝利を齎す象徴としての意義までも見出されていたらしい。次の試合で勝つにはどうしたらいいのかと、項垂れて踵を返す背中には同情を覚え、せめてキャプテンだけでも手近な準備室で最後にサービスしてあげたくも思うが、そこは菱餅との約束である。アーウィンは気丈夫に胸を張った。
「アーウィン」
「蒲焼」
またいっぴき声をかけたのは、蒲焼寝床。細い体に無駄のない筋肉がついた、水球研の鰻魚人である。
「なんだかすごく話題になってるみたいだけど」
「うん」
「やっぱり、そうなのか?」
「うん」
おっかなびっくり質問してくる蒲焼を見て、アーウィンは微かに笑う。
「蒲焼、気にしてくれてた? そういうの、興味なかったのに」
「会長が訊いてこいってさ。自分で行けばいいのに」
蒲焼が不満げにシッポを突っ張らせた。面倒と羞恥が半々、といった様子。
「水球部、どう?」
「会長は後輩の黒猫を説得するつもりみたいだけど。円滑な活動のためには性処理役が必要だ、って公言するのはカンベンしてほしいぜ、もう」
「そうじゃなくて、こないだの大会」
「あ、ああ、大会、ね」
質問を勘違いして、わざわざ性的な話を露呈してしまったことにしばしうろたえるも、右腕で力瘤を作り、白い歯を見せる。
「おかげさまで、優勝」
「おめでとう」
「ありがと。ま、ウチの研は気にしなくていいさ。アーウィンがいなくてもなんとかなる。……あ、いなくてもいい、って意味じゃなくて、えーと、うまく言えないな」
ふさわしい言い回しが見つからず、アーウィンの気を損ねていないかと、アタフタする蒲焼。
「いなくてもいいって言ったの、蒲焼が初めて」
「そ、そうか? あ、いや、そういうんじゃなくて」
イタズラっぽく、アーウィンが身を乗り出して、甘い声で囁いた。
「俺とのもにもにはもう要らない?」
とたん、頭頂から首まで火照らせて、俯いて答えに詰まる鰻人。
「あ、いや……ちが……」
縮めた距離を引き離し、アーウィンが続ける。
「蒲焼、性的なコトニガテ。もっと強気になっていい、会長みたいに」
「茶化さないでくれよ、なんかムズムズすんだからしょうがないだろ」
顔を背けて、やり場のない手で胸鰭をいじる。生真面目な水球研のホープは、アーウィンと研メンバーたちの乱交に、けっきょく参加することはなかった。
初めての菱餅との交合は、これまでにない効力を齎している。けっきょく昨夜は寮に戻れず、菱餅とは朝教室で挨拶を交わしただけで、もちろんもにもにはお預けだから、すでに丸一日強のゴブサタだ。それなのに、今までみたいな焦燥感、早く誰かとつながりたいという下腹部のモヤモヤがそれほど感じられない。体と体液の相性がいいのだろう、菱餅の可愛らしい肉棒の感触を思い出しながら、ギザシッポふりふり、アーウィンは次の講義へ向かう。