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菱餅クァの苦笑
06 二日目夜

 結局アーウィンは帰ってこなかった。長引くかもしれない、とは聞いていたので、ひとまず2匹で食卓に着く。気になるのは、アーウィンの体がもてあまされていないかというコトだ。昨夜のまぐわいに満足し、今日の朝・昼と手を出してこなかったアーウィン。疲弊した菱餅にとっては朗報だったが、さすがにもう丸一日近くゴブサタになってると、ウズウズしてきちゃうんじゃないだろうか。
 大皿で饗されたホイコーローを各自取り分けて、白いご飯との相性を楽しむ。3匹分炒めたのだろう、余りをラップして冷蔵庫へ。デザートは、ガラスの器に盛られた杏仁豆腐。白い直方体を匙でつつきながら、菱餅は前から抱いていた疑問を、打ち明けようとしていた。
「あ、あのさ」
 遠慮がちに切り出す。耳もほんのり垂れさがって頼りなげだ。
「何」
 澱みも悩みもない瞳で、直視される。
「あ、うん、ヘンなこと聞くんだけど、ゴメン」
 とりあえず謝っておくことで、自身の戸惑いだの躊躇だのを押さえこんでおく。いつものようにナシゴレンは頷いて、いつものように視線を捉えて離さない。
「ア、アーウィンはさ、ナシゴレンさんと、どういう関係なのかな、って」
「どういう」
「いっしょに住んでる、ってことは、ただの仲良し、ってわけじゃないんだよね」
 もどかしい説明にやきもきする。要するに、体のつながりがあったかどうかを聞きたい。「あった」と過去形になっているのは、菱餅と付き合い始めてからはほかの相手とは寝ない、と明言しているアーウィンを信じているからだ。
「仲良し」
「うん」
 しばらく紫色の瞳を見つめていると、やおらナシゴレンが脱ぎ始めた。「異星」と書かれた白い七分袖シャツから腕と首を通す。
「あ、え!? ナシゴレンさん? なんで脱ぐの?」
「アーウィンとナシゴレンの関係について説明を求めている、性交渉を含めた」
 見透かされている。
「そ、そうだけど、わっ」
 膝上までのスボンがするりと足から抜け落ちた。
「アーウィンはナシゴレンに性的な興味を抱いていない」
「ぅわ」
 とっさに背を向けて、室温に曝け出された紫色の肌を見ないようにする菱餅。ともあれ、菱形尻尾がぴこぴこ動いてしまうのは、ルームメイトの裸に対する好奇心だ。こればっかりは致し方ない。服を着ているときと素振りをたがえず、佇むナシゴレン。
「しっかり見ておいたほうが、安心する」
「な、何を!?」
 シチュエーションを把握できずに会話を続けると、受け答えは単純になる。壁の一点を凝視しながら問いを返した。
「この腰から下には、性的な突起物は存在しない」
「せい……とっき!?」
「いわゆる、ちんち」
「わぁぁぁぁ!? 言わなくていいから!」
 より狭義の言葉に言い直そうとしたナシゴレンを止めるため、振り返る。そこには、一糸纏わぬ姿の柔肌がしっかと床を踏みしめていた。やはり視線は臍下に向かってしまう。そこには、予想していた棒状の器官は存在せず、ただ濃い紫色の縦線が入っていただけだった。なめらかな素肌には毛の一本もない。大腿部の付け根の線と相まって、整ったレイアウトが綺麗で、性器であろうことも忘れまじまじと見つめる。
 はっとして顔を挙げれば、いつもの無表情。慌ててさっきの壁に視線を移すも、白い壁紙に紫色の補色がいっしゅん浮き出てまた驚く。
「アーウィンは、挿れる役割にあまり興味がない。だからナシゴレンに興味がない。性的な」
 なるほど。それを言いたいがための脱衣。それにしても突然だ。先に説明してくれれば、少しは心の準備をした上で観察できたのに。いや、やっぱりダメだ。
「わかった、わかったから服、着てよ」
 こく。菱耳の後姿に無言で頷いて、ズボンに残された下着を拾い上げて足を通す。次いでズボンを腰のところまで引き上げ、シャツを着る。元通りのナシゴレンだ。これでやっと正面から向かい合うことができる。
「忘れてた、中に軸がないことを確認したいか」
 ふっと思い出して、ナシゴレンが口にする。たしかに割れ目のソトミだけでは、内部に穿つモノが隠されているかの確認が不十分……ということなのだろうが、菱餅はさらに困惑してとにかく遠慮する。
「い、いいよっ、そこまでっ!」
「不安にならないか」
「ナシゴレンさん……が、オレに嘘つくとは思ってないから」
 ぎこちなく名を呼ぶと、こく、と頷いた。これ以上大胆なことをされたら、菱餅のか細い神経が持たないだろう。
「呼び方、ナシゴレンでいい」

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