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菱餅クァの苦笑
03 一日目夜

 シャワーを浴びて、パジャマを着て、敷布団に横たわる。隣の2段ベッドは、上がナシゴレンで下がアーウィンのスペースだ。無機質な銀色の枠と比べると、自分が持ち込んだ寝具はなんだか野暮ったい。
 菱餅は今、寝る前にしておくべきことをすべて終え、アーウィンがお風呂場から出てくるのを待っている。胸の高鳴りが激しすぎて、呼吸がおぼつかない。あと30分もすれば、一糸纏わぬ姿でアーウィンと繋がっているのかと思うと、昂奮に体が追いつかずに破裂してしまいそうだ。いままで、相互手淫、兜合わせ、口に含んで愛撫、といった絡みは体験しているものの、挿入となると格別体が上擦ってしまう。巧くできるのか、中で萎えたりしないか、気持ち良くさせられるのか、と不安ばかりが先に立つものの、股間の隆起はしきりに布地を押し上げる。ここのところの食餌療法と手技療法は、確実に成果を示しているようだ。
「ああっもうっ」
 柄物の煎餅布団に、足を組んで座る。頭の中では媚薬を飲まされた理性がひたすら走り回っている。意識と肉体がアンバランスで切ない。いっそのこと熟考をかなぐりすてて、沸き上がる熱情に任せて行動できたらどんなに楽か。
「お風呂、上がった」
 ふわりと熱っぽい湯気の匂いを携えて、灰色の獣がドアを開けた。首に手拭いをかけただけの裸体で、冷蔵庫から麦茶を取り出しグラスに注ぐ。
「菱餅」
「はぅ、うん?」
 くぃっ、と飲み干してから、虚ろな返事の菱餅のほうへ向かう。尻尾がいつもより大きく揺れているのは、これからの行為に期待を籠めているからだろう。
「口づけして」
 膝立ちで寄り添い、求める。ボディソープの匂い。
「う、うん」
 菱餅のほうから吸いつくと、麦の香りが鼻を擽った。あいかわらずおそるおそる舌を伸ばせば、すぐさま絡みつかれる。相手の舌に翻弄され、頬の裏から歯列まで丹念に這わせられると、意識が朦朧としてくる。これだけなのに、すごく気持ちよくて、背中の毛がぞわぞわと逆立つ。
 ちゅくり、と淫らな水音がして、互いのマズルが離れた。快感に視界が定まらない菱餅と、まだまだ序の口といった感じで舌を舐めずるアーウィン。
「菱餅との口づけが、今まででいちばん気持ちいい」
「あ、う」
 ずきゅん、と胸に打ちこまれるアーウィンの言葉。嬉しい反面、いままで誰と何回口づけしてきたのかな、なんて不安が込み上げてくる。心配したところで、その経歴がリセットされて、まっさらな彼と付き合えるわけじゃないけど。
「俺の中に、菱餅が欲しい」
 食い付くような瞳で見据えられる。淫靡な、それでいて幼い物欲のように純粋な輝きで。
「うん、今夜は、約束したから」
「だけど、確認する」
「え?」
「昼休みのは、少し、強引だった」
 珍しい表情だ。アーウィンの目に途惑いが被さり、申し訳なさそうに耳を軽く伏せる。
「菱餅が、俺に挿入したいのか、ちゃんと確認する」
「う、うん」
「これまで、誘っても断られていたから、菱餅の考えている『もにもに』に挿入は含まれていないのかと、残念に思っていた」
「う」
 たしかにそうだ。初めて体を重ねた保健室のときも躊躇したし、それから何度か手でしたり口でしたりしたけど、自身をアーウィンの中に突き立てることはしなかった。気恥ずかしさと、腰を振る体力のないのと、経験済の窄まりに何だか気が引けたのとで、綯い交ぜになった気持ちが菱餅を頷かせずにいた。
「昼休み、俺は体を道具に任せていたから、菱餅を困惑させてしまっていたかもしれない。あのときの返事は、あまり公平じゃないと思う」
「そ、そうかな」
「改めて、気持ちを聞きたい」
 じっ。見据える瞳。あのシチュエーションでのやりとりが公平じゃないとしたら、今全裸で菱餅の前にいるのもそんなに公平じゃない気もする。共同生活でだいぶ見慣れたので、最初の頃みたいにそれほど動揺はしないけど。菱餅も目を合わせて、口を開いた。
「オレは、うん。いままでちょっと抵抗があって」
「うん」
「いろんな相手としてた、っていうのは、……少し気にしてて」
「うん」
「で、でも、今日のアーウィン、すごく可愛くて、もしあの道具じゃなくて、オレの……で気持ち良くなってくれたら、嬉しいなと思ったし、オレもすごく気持ちいい、と、思ったんだ」
「うん」
「だから、したい。オレ、アーウィンの中に入りたい」
 耳まで赤くして、でも最後までしっかりと聞こえるように。格段の成長を遂げた菱餅が、素直な気持ちを吐露する。

「オレ、しなくていいの?」
「ん、後ろに集中したい」
 前戯は要らないと言って、四つん這いの尻をこちらに向ける。ギザギザ尻尾を横に背ければ、なめらかな毛皮に覆われた臀部と太腿。敏感な部分は少し毛が薄くなっていて、股のあいだの陰嚢は、緩く張り詰めた陰茎に引っ張られて持ち上がり気味だ。尻尾の付け根の下には、菱餅を待ち侘びる肉の色が、ひくついて催促している。思わず喉が鳴った。まるで自分に、自分と同じ獣に備わっているとは思えないくらい、単純で、妖艶だった。
「あ、うう、すごい」
「まだ挿れてない」
「そ、そうだけど、色っぽくて」
 目の前の扇情的な光景に飲まれつつ、誘われるまま腰に手を伸ばす。膝立ちで歩を進め、菱餅の先端が入口に届きそうになってから、動きを止めて躊躇する。
「ア、アーウィン、このまま、挿れて、いいの?」
「いい」
「でも、濡らしたりしないと」
 舐めて湿らせたり、指で慣らしたりしなくていいのか。その後孔に舌先を這わせてみたいという肉欲に感化されたのもあり、菱餅は訊いた。
「準備はしてある。あとは菱餅だけ」
 事前にお風呂場で済ませてきた、ということだろうか。ちょっと残念。
「お願い」
 かすかに腰を動かして、アーウィンがまぐわいを所望する。
「う、うん」
 踏み込んで、雁首を宛がう。触れただけなのに、敏感な触覚がその奥の気持ち良さを予期して、鈴口から先走りが溢れた。恥ずかしい。
 腰を進めて潜ろうとするも、竿が直進してくれず、うまく入口を捉えられない。上にすべったり下に逃げたりで、アーウィンの毛皮を掠るたびに情けなくなる。
「あ、あれ」
「片手で支えて」
「あ、うん。ゴメン」
「謝らなくていい」
 アーウィンの腰を掴んでいた両手のうち、右手を自身に添える。それから角度を整えて、ぐっ、と押し進めると、窄まりの圧力をすんなり越えて、膨らんだ雁首がすっぽりと内部に収まった。
「あ、う」
 狭い。ちょうど雁の溝、裏筋のところに輪ゴムを嵌めたみたいに、アーウィンの後孔が敏感な部分をきゅっと締め付ける。それなのに、迎え入れられた先端は肉の壁に挟まれて、その体温をじっくりと移そうと、菱餅の器官を熱している。気持ちいい。そこからの刺激が腰から体に伝わって、頭を沸騰させようと、太腿を痺れさせようとじれったく駆け回っているみたいだ。
「アーウィン、だいじょぶっ」
 なんとか欲情を宥めて、相手を気遣い声をかけるも、上擦った調子には菱餅の昂奮が露呈している。だいじょうぶじゃないのはこっちだ。
「菱餅。俺のことは気にしなくていいから、好きなように出し入れして」
 落ち付き払ったアーウィンが、優しく答える。じっさい、アーウィンにとってはサイズも硬さもそれなりで、交尾するに値する快楽はいまのところ届いてこない。ただ、菱餅のぎこちなさや頼りなさが、それほど気に食わないとは思わなかった。
「う、うん」
 無理をさせないよう、なるべくゆっくりと竿を押しこむ。いちど押し広げられた入口は適度な締め付けを保ったまま肉棒を通過させ、収められていく部分にはまた柔らかい熱が届けられる。とにかく冷静になりたいのに、本能は接合部の刺激をただただ玩味したいと欲し、もっと早く潜れと指令を送る。ダメだダメだと肉欲を押さえこんで、菱餅は意識を拡散しようと試みる。視覚に意識を向ければ、ギザ耳の付け根、そそられる肩と背筋のライン、横に避けられた尻尾。余計に昂奮してしまう。嗅覚はアーウィンの甘酸っぱい香りを捉えていて役に立たない。さっきの麦の味を舌の上で転がして、なんとか理性を保つ。
 竿が半分くらい収まったところで右手を離し、またアーウィンの尻に乗せると、上半身が震えあがった。たまらない。物足りない。びくびくと波打つ菱餅の陰茎が、肉壁の中で張り詰めて、いままでになく硬直しているのがわかる。もっと、もっとと体中が呼応して、目の前の獣を好き放題に貪りたいと意見を一致させている。
「アっ、アーウィぃん」
 それでも菱餅はガマンする。等速で陰茎を収めていく。熱はじわじわと肉棒を侵食し、よりいっそう硬くさせ、先端からとろとろと快楽の証拠を分泌させる。その反応を促すかのように、中は規則的に収縮して淡い刺激を与え続ける。気持ちいい。声を出したい。でももしこのまま思うように体を突き動かしたら、おそらく秒と俟たずに達してしまう。それではアーウィンは満足してくれないだろう。体中でいちばん敏感な筒状の器官を必死で制御しながら、押しこんでいくと、ぴちゃ、と菱餅の下腹部に感触があった。陰嚢が自分の体ではない毛皮に触れている。
「アーウィン、全部、入ったっ……」
「気持ちいいか」
「うっ、うんっ、すごく気持ちいい、オレ、ヘンになっちゃうっ」
 動きがなくなったことで、やっとためらいなくその感触を口に出すことができた。もし潜っていくときに「気持ちいい」と口にしていたら、そのとたん止められなくなってしまっていただろう。菱餅の根元を捉えた入口が、満足そうに締め付けたり緩んだりを繰り返しているのがわかる。中の肉壁が、肉棒を蕩かすように包み込んでいる。もっと密着したくて、背中に覆いかぶさり腕を回す。アーウィンの心拍が、内部の律動と、呼応していた。
「まっ、待って、まだ動けないっ、動くと出ちゃう」
「んっ」
 アーウィンの背中に腹を添わせ、四つん這いになることで接合部の角度が変わり、さらに刺激が深まる。いつのまにか伸びていた菱餅の手が、アーウィンの屹立に触れた。熱いぬめった線を残す。
「ぅわっ、アーウィンの、すご……」
 握り締めれば、指先に伝う淫液。こんなにも昂奮してくれているのかと思うと、菱餅の陰茎も跳ね上がる。
「んっあ、俺のは、弄らなくていい」
「ご、ごめ」
 慌てて手を離し、臍のあたりに添える。
「俺の中、もっとじっくり味わってほしい。そのほうがいい」
 首をこちらに向けて、とろんとした顔で、そう言った。飲めなかったのだろう、口の端から唾液が伝っている。端整な顔立ちが、自分の挿入で乱れているのだと思うと、首筋まで熱くなってくる。
「ん、動く……ね」
 ゆっくり抜き出していく。しばらく内部でとどまっていたから、もう刺激にはある程度慣れたかと思っていたのに、逃すまいと窄まる入口、外に出る動きに合わせて適度に優しく圧迫を緩める肉壁に、菱餅の屹立はまたびくりと震え、とにかく射精したいと訴えてくる。この温かい肉の穴の中で出したら、どんなに気持ちいいだろう。頭を突き抜ける本能。菱餅は耐える。まだだ、まだダメだ。
 雁首以外を引き抜いたら、再度押し込んでゆく。さっきよりも速く。探るような器用な動きはできなくて、ただまっすぐに。下腹部が触れ合って、また奥深くに届いたとき、アーウィンが喘いだ。
「ぁふっ」
「ゴ、ゴメンっ」
 とっさに謝る。
「……そこ、いい」
「あ、え、ここ?」
 最奥近く、腹側に先端を押しつけて、小刻みに前後してみる。
「んっ、んんっ、んはっ」
 そのたびに、アーウィンの嬌声が漏れる。無防備に、快楽だけを体に湛えて喘ぐ。色っぽくて愛おしくて、その声だけで菱餅は崩れ落ちてしまいそうだ。掻き回している内部はこれでもかと収縮して、菱餅の陰茎を追いつめようとする。もうダメだ。
「あっ、アーウィンっ、ぃんっ」
「ふっ」
 小刻みな動きを反故にして、菱餅はぐっと肉棒を引き抜き、また押し込んだ。さっきよりもさらに速く、ただ肉を掻き分けて進もうとする動きである。こすれて熱くて、思いがけず声が挙がってしまう。
「はぁっ! アーウィン! あ、んんっ!」
 また腰を引いて、もう一度突き出す。さっきアーウィンがおねだりした箇所目がけて、突き刺すように侵入する。
「んくっ」
「アー……ウィンっ! オレ、好きっ……!」
 それだけしか考えられなくなって、菱餅は上昇した陰嚢をアーウィンのそれに押しつけた。連動するように菱形のシッポがぴくん、ぴくんと跳ねて、最奥まで潜り込んだ自身が何度目かの痙攣を始め、次には勢いよく白濁を射出する。どくん、どくんと送り込むたびに、かすかに腰を前後させる菱餅。隆起した肉棒に前立腺を突かれ、アーウィンもたらたらと白濁を布団に垂らした。溜まっていた体液をすべて内部に送り込んでから、虚ろな瞳で菱餅が腰を引く。萎えた肉棒は白く染まり、栓を失ったアーウィンの後孔からはとろとろの体液が袋に伝っていった。

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