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菱餅クァの苦笑
02 一日目昼

 昼休み。食欲はないが、買ってきたパニーニを炭酸飲料で流しこむ。そのあと本を借りに行こうかと席を立つと、教室に戻ってきたアーウィンに声を掛けられた。
「菱餅」
「アーウィン、お帰り」
「もう食事は済んだのか」
「ああ、まぁね。あんまりお腹も空いてなかったんだけど、食べとかないとぼーっとしちゃうし」
「これから時間があったら、ついてきてほしい」
「え?」
「ダメか」
「……いいけど、食後に激しい運動はダメだし、10分前には教室に戻りたい」
 律儀な菱餅。それと、交合が始まらないように釘を刺してもいる。体力がないので、昼休み中にもにもにするのはダメだよ、と暗に仄めかしているつもりらしい。しばし考えて、アーウィンが頷いた。

 促されて同行した先は、進路指導室。こないだ2匹が催した保健室の、隣の部屋である。
「センセ、いつもの」
 回転椅子をくるりと回し、こちらを向いたのは、瑞々しい黒い肌に翼が生えた悪魔。進路指導室を司る。
「およ、同伴? 久々だね」
「俺の番の相手」
「んあ!?」
 つがい、だなんて紹介されて、頬が紅潮する。
「おー、感慨深いねぇ、アーウィン君が。菱餅君、よろしく頼むよ」
「え、あ、はい」
 思わず頷いてしまったが、何を頼まれたのだろう。それから、あまりお世話になっていないにも関わらず、名前を覚えられていたことに虚を衝かれた。
「隣、空いてる?」
「ああ、昼休みなら自由に使ってくれていい」
 ついこないだも同じようなことがあったなぁ、と脳裏を掠めれば、みるみるうちに菱餅の様子が動揺を帯びてきた。
「あ、あの、アーウィン? もしかして、隣って」
 連れ込まれてもにもに、だろうか。
「わかってる。菱餅は見てるだけでいい」
「ええ?」
「アーウィン、説明省いちゃダメだって。代わりに話そうか?」
「うん」
 準備しておく、と隣室へ移動するアーウィン。業務机から離れ、対話用のソファに移った悪魔センセが、向かいに座るよう菱餅を促す。
「率直に言うと、彼の希望で玩具を貸し出している。玩具、といっても」
 見せられたパンフレットには、扇情的な煽り文句といっしょに、生身の体を悦ばせる各種玩具が掲載されていた。
「え、えええ!」
「それから使い心地をチェックしてもらい、意見を聞く。それを製造元に送る。製造元は意見を参考によりよいモノを作って、また試してもらう」
「じゃ、じゃあ、アーウィンは今隣で」
「菱餅、来て」
「ひゃあああ!?」
 声のするほうを振り向けば、全裸になった灰色の獣が、扉を開けて待っている。突拍子のない展開にあわあわしていると、
「コレ、よろしく」
 と用箋挟を手渡された。さっきのパンフレットといっしょに、何かの用紙がいっしょが挟まっている。印字された項目に目を走らせてみると、
「垂涎していたか」
「視点は定まっていなかったか」
「見ている側もそそられるほど乱れていたか」
などの5段階評価や自由記述欄。
「こここ、事細かに報告するってことですか」
 愛する者が道具に蹂躙され敏感なトコロを弄りつくされるサマを記すだなんて、そんな恥ずかしいことはできないと押し返そうとする。頬から炎が出る勢いだ。
「できなきゃ、私が同席するけど」
「えええええ」
「モニターのモニターは必要だからな、違う使い方をされても困る」
「ダメ。菱餅にしか見せない」
「およ」
 アーウィンの峻拒に、驚いたのはセンセのほうだ。
「アーウィン君、菱餅君だけなの?」
「そう」
「あらら、私は振られちゃったか。ご指名だよ菱餅くん」
「うー、でもそんな」
「待たせるのは酷だろ?」
 たしかに、臨戦態勢のアーウィンにとってのおあずけは、古書店で一目惚れした魔法書を買えずに悶々とする菱餅の気持ちに匹敵するだろう。それは切ない。

 ダブルベッドに腰かけたアーウィンが、スリッパを脱ぐ。同じくスリッパに履き替えた菱餅も、ぺたぺたと歩みを進め、隣に座った。さっきセンセから受け取った用箋挟を、傍らにそっと置いておく。
「アーウィン、全部脱いだんだね」
 目線の先にはオールヌードのギザ耳尻尾。こないだ、その美しい肢体を誰にも渡したくなくて、自分だけと肌を重ねてほしいと伝えた。だからアーウィンはそれを鑑みて、曝け出すのも菱餅だけにしたい、とセンセの同席を拒んでくれたのだろう。極上の裸を専有している優越感に、心が浮きたつ。
「菱餅は脱がなくていい。達さなくていい」
 口づけしそうな距離にまでマズルを寄せて、至近距離でアーウィンが続ける。
「でも、俺は我慢できないから、見ててほしい。出すところ」
「アーウィぃん」
 恥ずかしい告白。つまり、他の誰かともにもにするのはダメだと菱餅に言い含められ、でも当の相手は性的に貪欲じゃないから、1日3回沸き上がる欲望を満たすためにはどうすればいいか。考えた末、監視されながら自らを慰める、という結論に達したのだろう。アーウィンなりに気を遣ってくれたのは、すごくよくわかる。ちょっと突飛だけど。
「ん……ダメか」
 頬摺りされて、シッポに手を伸ばされて。ベッドの上での愛撫が菱餅を追いつめる。
「ダメじゃないよ、オレのほうこそごめん、もっと強ければいいのに」
「いい。菱餅はそのままで」

 開発中なのだろう、何も書いてない無地の箱。パンフレットと同じ現物を取り出して、アーウィンに渡す。
「これを、ここに入れる」
 艶めかしく足を開けば魅了する、緩く立ち上がった軸や引き締まった袋、ひくつく穴。淫猥さに呑まれそうだ。
「あの、湿らせたりするの」
 そういえばローションの記事も載っていた。
「このくらいなら」
 太さと硬さを確かめるように指先を這わせてから、角張ったディルドを口に含もうとする。食い入るように眺めていた菱餅の視線に気づくと、悪戯っぽく笑い、
「舐めて」
 先端を向けた。
「え」
「菱餅の体液で、侵されたい」
 期待の籠もった淫靡な言い方で、アーウィンが誘う。この色気で唆されたら、普通の性欲を持った獣人だったら流されて押し込んでしまうだろう。とはいえ、乏しい菱餅にはそれは想像にすぎなくて、股間の分身は今朝の行為で疲弊して萎えたままだ。望みどおりにのしかかることはできないけれど、せめて、できることはしてあげたい。
「んっ」
 舌に残る初めての感触と、無機質な味。ちゃんと濡らしておかないと痛いよね、と後孔を気遣って、丹念に舐めあげる。口から離せばつやつやと光を含む。
「んくっ、これくらいで、いい?」
「菱餅の舐めてるところ、すごく可愛い。そそる」
「ひゃ、ひゃっ」
 あっというまに唇を塞がれて、今度はアーウィンの味が広がる。舌先を絡ませられて、頭の中がジンジンしてくる。
「本当は菱餅とまぐわいたいけれど」
 銀の糸を舐めずって、アーウィンが呟く。
「ごめんね、オレ、弱くって」
「いい。でも、ちゃんと見ててほしい、俺が啼くところ」
 紫色のディルドが、アーウィンの尻尾穴に宛てがわれる。
「ふぅっ」
 深く息を吐いて、押しこむと、抵抗なくするりと潜り込む。
「んっ、菱形の、角のところが、擦れて気持ちいい」
 形状の描写に、真っ赤になる菱餅。菱形といえば自身の耳であり尻尾である。自意識過剰と思いながらも、そのカタチで愛しい相手が快楽に喘いでいるのは、恥ずかしくってくすぐったくて、でも嬉しくて。
「菱餅、お願い、動かして」
「う、うん」
 乱れて催促する灰色の獣には逆らえない。アーウィンの手が離れてから、2本目のシッポを掴み、ぐっ、と奥に押し込む。
「ふあぁぁ!」
「ご! ごめん!」
「菱餅、けっこう乱暴。でも好き」
 ゆっくりと抜き差しすると、体液がくちゅ、と接合部から流れ出る。アーウィンの内奥はとろとろになって、動かされるたびに濃密な刺激を全身に伝えていく。臀部が震え、自前のシッポがぴくぴくと痙攣する。屹立した軸がふるふると愉楽に打ち震え、その先端に透明な球形を形作る。
「ふっ、ふっ、菱餅、いい」
「あ、うん」
 くりゅ、と回転させると、ひときわ淫猥な啼き声。
「ふぅぅあっ、ひ、しもち、菱餅ぃっ」
 浮かされた表情で、とにかく名前を呼ばれ続けて、なんだか自分のでアーウィンが気持ちよくなっていくような錯覚に陥る。
「今夜、ぁっ、菱餅の、欲しい」
「オ、オレの?」
「ダメか」
 潤んだ瞳で、おねだりをするアーウィン。後孔を道具で慰めている獣が、番の相手“の”が欲しい、と懇願した場合、何を指しているかは自明だ。すっかりアーウィンの熱に感化された菱耳が羞恥に染まり、同じく菱形のシッポをぴくん、と動かして、
「わかった、オレ、の、アーウィンにあげる」
「んっ」
 その言葉が、引き金になった。腰がかすかに持ちあがり、尻を貫いている代替物の角度を変える。
「んあっ、くっ」
 小さく喘ぐと、張り詰めた先端からびゅっ、と白い精が打ち出される。続いてびゅくっ、びゅくっと吹き上げて、アーウィンの下腹部に降りかかり、べとべとにする。濃い精液は灰色の毛皮になかなか浸みこまず、半固体の白濁との境目がいやらしい。

「どうだった?」
 シャワーを浴びてさっぱりとしたアーウィンにスポーツドリンクを差し出し、黒色の悪魔が訊く。菱餅は午後一のチャイムが鳴る前に教室に戻った。いまごろ行為後の艶めかしい肢体と匂いを思い出しながら、うわの空で講義を受けていることだろう。アンケート用紙も白紙のままだ。
「刺激は弱め、少し柔らかいが素材の感触は悪くない。長さも普通。慣れると物足りなくなってくると思う」
「それは外的要因を差し引いた評価?」
「当然」
「あのコのこと好きなんだね」
「好き」
 真摯に答えるアーウィン。あれだけほうぼうに手を出してきた好色な獣が、この変容。ベタ惚れなんだな、と悪魔センセは直感する。
「でも、あのコまだアーウィンに挿れたことないんだよね」
「うん。でもさっき約束した」
「約束?」
「今夜、挿れてもらう」
「弄られてるときに頼んだの?」
「うん」
「そんな状況で誘われて、首を横に振って尻尾を振らない相手なんてそうそういないだろうに、それじゃ反則気味だ。ちょっと先走ってるんじゃないか?」
 経験不足の相手を色気の煙に巻いて、どさくさまぎれに挿入を約束させるのは、お付き合いとしてはあまりよろしくないのではないか、との危惧だ。本人も少し気にしてはいるのか、表情を曇らせた。
「でも、菱餅はなかなか挿れたがってくれないから」
「オクテなのかな?」
「性欲が薄い」
「およ」
「もうすぐ、結ばれる」
 うっとりと、しかし計算高く、アーウィンが呟く。しかたなさげにセンセが窘めた。
「ともあれ、ちゃんとベッドインの前にもっかい訊くんだよ? ホントにいいのか、って。ああいう純情タイプのコは順を追ってかないと壊れちゃう。アーウィン君みたいに誰でも三段跳びでもにもにできるんじゃないからね」
「うん」
 初体験前のまっさらなコから、性欲真っ盛り噴き出す淫乱まで、幅広くこなしてきたアーウィンに、わざわざ菱餅の脆さを説明するのは差し出がましいけど、用心に越したことはない。それが進路指導というものなのだ。

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