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菱餅クァの苦笑
01 一日目朝

 菱耳の上半身が弧を描く。
「きゅう、じゅう、じゅういち、じゅうに」
「なっ、ダメっ、くぅっ」
「じゅうに、じゅうさん、じゅうし」
「待ってよぉ、くっ」
「じゅうし、じゅう」
「ムリぃ、やっ! うぅんっ!」
「じゅうご」
 朝起きて洗面所へ向かい、排出した分の水気を補給して、それからカーペットに横たわった。アーウィンに足を押さえてもらい、腹筋30回を始めたはいいが、ひとけたのところで勢いが落ちたのを見兼ねられ、即座にズボンとパンツを足首までずりさげられた。カウントに間に合わなかったら咥える、と釘を刺されてしまい、下半身丸出しの恥ずかしい格好で泣く泣く続けるも、小休止を挟まずに続けられる回数はだんだん減っていく。アーウィンのマズルが陰部に近づくたびに、なんとか力を振り絞って上体を起こすも、やっと半分まで来たところで筋肉が耐えられなくなってしまう。
「はぁっ、はぁっ、アーウィン、許し」
 ぱく。曲げた膝を左右に開いて、アーウィンが菱餅の部分を口内に含む。
「ひゃうん! じゅ、じゅうろ……くっ」
 このままでは学庵に行く前に涸れてしまう。今度はみずから数え上げ、体に鞭打って後半へ続く。その次は背筋30回、そして腕立て伏せ30回だ。

 前を吸われ、舌を絡ませられ、尻尾の付け根を掴まれるというペナルティを乗り越え、なんとか達することもなくトレーニングを終えた。運動不足なんだろう、節々が痛いし、心臓はバクバクだし、別の刺激のせいで昂奮を覚えた器官はまだ仄かに強張っている。
「はぁっ、できた」
「菱餅。ごほうび」
 仰向けに体を投げ出して呼気を整える菱餅に、欲望の灯を湛えた瞳のアーウィンが覆いかぶさる。けっきょく朝からそうなった。昨日の晩も搾り取られたっていうのに。
「あーん」
 股を開かされ陰部をさらけだして、緑の獣は涙目だ。灰色のマズルが、緩く勃ち上がった軸を捉え、ちゅく、と音を立てる。
「うぅっ」
 それから体勢を入れ替えて、互いの欲望を舌で、口内で愛撫しあう。
「アーウィン、ゆっくりっ」
 やはり菱餅のほうが追いつめられるのは早く、懇願を聞きいれたアーウィンがペースを落とした。桃色の薄い毛皮に包まれた陰嚢を指先で揉みほぐすのは、新陳代謝を高めるマッサージも兼ねている。
「ふわっ、んんっ」
「んっ」
 快楽に腰を振りながら、菱餅も精いっぱいアーウィンに奉仕する。鈴口から溢れる先走りを指で竿にすりつけて、根元をねぶったり、袋を口に含んで転がしたり。自分が受けている手練手管を頭の中で反復して、眼前の屹立と玉、太腿や尻に対して同じように実践する。
 とはいえ、相手は百戦錬磨。そんじょそこらの菱餅ががんばったところで、自身が快楽にひくつくのを止めることはできないし、ギザギザシッポが菱形シッポより早く痙攣しはじめることは、いまのところ、ない。
「アーウィンっ、もうダメっ」
 降参を示す嬌声に合わせて、桃色の鼠蹊部からマズルが離れる。アーウィンが愛しげに先端に頬ずりした刹那、ひときわ膨らんだ肉棒が、爆ぜた。
「んあっ、んうっ」
 さらりとした体液が、そそり立った欲望の細い管を抜けて、アーウィンの頬に首に振りかかる。脈を打つ肉棒が朝の澱みを出しきったあとも、もう1本は緑色のマズルを前に、ぴくぴくと熱を保ったままだった。
「あうう、また、オレだけ」
「次」
 落胆する菱餅の腕を取って、立ち上がる。顔の毛皮に白い液体が浸みこむのをものともせず、シャワールームに萎えた獣を連れこんだ。

 2匹分の粘つきを洗い流し、扉を開けて出ていく灰色の背中を見送る。ようやくアーウィンが自分の刺激で達してくれたことが嬉しくて、手の平に吐き出された愛しい相手の欲情の感触を思い出しながら、菱餅は風呂マットの上で笑ったままの腰を持て余していた。
 どうにかこうにか食卓に向かうと、すでに全身の手入れを終えたアーウィンが座っており、ナシゴレンがご飯を茶碗に盛っているところ。菱餅も腰を下ろして、3匹で手を合わせる。
「いただきます」
 この共同生活ではナシゴレンが料理担当だ。目の前に並ぶ和食の定番、一汁一菜に蛋白質が一皿。
 それから個別にもう一品付いてくる。アーウィンにはバナナ。性欲を抑制する効果があるそうだ。輪切りにして器に盛られ、ひたひたのヨーグルトに浸されている。丸のまま皮を剥いて食べないのは、何やら連想し昂奮してしまうから、だろうか。
 ナシゴレンには赤紫蘇の葉がお皿にどっさり。綺麗な紫色が綺麗な体色を保ってくれるとのこと。白いご飯に乗せて箸で巻いて、口に運ぶ。
 菱餅の前にはオクラとトロロとナメコとメカブとひきわり納豆が梅の花の形をした小鉢に盛られている。花芯のカラシに醤油をかけて全部混ぜ、ご飯と交互に食する。フォークで黄色い果実をつつくアーウィンと対照的に、こちらは性欲を増進するための、というか具体的には各種分泌液を増やすためのおかずである。
 引っ越してきたその日から、菱餅の肉欲を奮い立たせるための体制が整っていく。昨晩から今朝にかけての対アーウィン性交渉、筋力トレーニングに食生活。先行きに不安を感じつつ、お茶を啜る。体が軋む。今日歩いて学庵に辿り着けるのだろうか。

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