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菱餅クァの不調
06 両膝立ち兜合わせ

 それから次の日。教室に入ってきたアーウィンが開口一番、菱餅に話しかけた。
「菱餅。昨日、ナシゴレンから聞いた」
「え」
「俺に興味があるのか」
「あ、え」
 焦った。興味というのは性的な興味のコトだろうか。ナシゴレンが自分とのやりとりをどのように話したのかが掴めない以上、ありのままに答えて誤解されるのは困る。とはいえ、嘘をつくのは嫌いだ。
「た、たまたまそういう話になったんだよ、アーウィンさんのコト。それにしても、同棲してただなんて知らなかった」
「俺とナシゴレンのこと、興味があるのか」
 いつもの菱餅だったならば、アーウィンの瞳がいたずらっぽく光ったことに気が付いただろう。まるで誰かを手玉に取ろうとするときみたいに、あるいはつまみぐいをしているときみたいに。あきらかな兆候だったのに、相手のセリフに圧倒されていた菱餅には知りえずじまい。
「って、てて、アーウィンさんとナシゴレンさんの」
 考えが及ばなかった。かたや、姿形とその賢さに惚れこんでいた相手。かたや、同じ研究会の仲間。片方が好色な趣味を持っていて、ひとつ屋根の下、ってコトは、それなりの関係を紡いでいる可能性があるのかも、って。
「そういうのじゃなくて、オレはアーウィンさんのことが好きで」
「好き」
 あ。
 言っちゃった。
 繰り返されてはっとした。菱餅は「そういうの」、つまりアーウィンとナシゴレンの仲をゴシップさながらに詮索したいんじゃなくて、純粋な好意に基づいて訊き及んだ、ということを伝えたかったのだが、それはいわゆる告白というヤツだ。
「あ、あの、ああああ」
 錯乱した意識の中で、なんとか話の辻褄を合わせようとするも、近くのクラスメイトが下世話な話題に熱っぽい視線を投げかけている気がするし、向こうでは大きめの耳をぴくりと動かしそばだてる者もいるかもしれない。事態はあまりよろしくない。
 とたん、腕をそっと掴まれて、びくっ、と身震いする。
「場所を替えよう。それから、呼ぶときはアーウィンでいい」
 耳元で甘く囁かれて、菱餅はなすがままに席を立ち、アーウィンに手を引かれて教室をあとにする。

 「センセ、ベッド貸して」
「アーウィン君、おはようございます。おや、今朝は高修部の講義から始まるんじゃ」
「おはよう、ございます」
「菱餅クァ君。おそらく午前中はかかりっきりになりますが、構わないのですか?」
 保健室に連れこまれ、体調不良を前提としないダイレクトな申し出をするアーウィンと、いつのまにか規定された拘束時間に同意を求める養護教諭という展開に、まったくついていけない菱餅。
「あの、オレ、なにがなんだか」
 回転椅子をくるりと回してこちらを向いた白い烏天狗が、菱餅の混乱しきった様子に、首を傾げた。
「珍しいですね、アーウィン君が説明を省くだなんて」
「さっき、『好き』だと言われた」
「ふむ、なるほど。それでお互い同意したと」
 ギザギザの耳と尻尾が少しのあいだ固まった。
「同意してない」
「あら」
 向き直る。
「菱餅。もにもにしよう」
「も」
 もにもに。それは性行為を示す隠語である。さらりと口にされると、まるで遊びの一環みたいに聞こえる。
「ちょ、ちょっと、アーウィン」
 驚いて目を見開いて、頬を染めてシッポをぴんと立てて。つまるところ羞恥のために引き起こされるおよそすべての生理的反応を体に湛えて、菱餅が言葉に詰まった。要するにこういうことだ。好きな相手に好きだと言ったら交尾しようと誘われた。
「オレ、そんなつもりじゃ」
「違うのか」
 しゅーん、と耳を垂らし、あからさまに残念そうな仕草をする。声にも落胆が籠っており、心底悲しそうだ。騙したワケでもないのに後ろめたくなる。
「だってさ、オレはアーウィンのことが好きで、ナシゴレンさんといっしょに住んでるって昨日聞いてびっくりして、それでいろいろ聞こうと思ったけど、気恥ずかしくてあんまり聞けなくて、それで今日アーウィンに会ったら、興味があるのかって訊かれてさ、そりゃ、好きな相手だもん、興味あるよ、でもそれですぐさま、もに、もに、だなんて、突然だよ、オレ、困るよ」
「したくないのか」
「し、したくないワケじゃないけど、そりゃ」
 本音も漏れる。

 案内してくれた白烏センセが席を外した。保健準備室にはベッドがひとつ、テーブルに椅子が2つ。向かい合って腰かけた。センセが淹れてくれた烏龍茶で、ちびちびと舌を湿らせ、緊張をほぐす。
「アーウィン、あの」
「菱餅。交尾しよう」
「うぅ」
 曇りのない瞳で見つめられると次の言葉が浮かばなくなる。
「でも、そういうのは好き同士ですることだし」
「俺は菱餅のことが好きだ」
 うっかり口にしてしまったとはいえ、クァの告白は以前から秘めていた想いの露呈である。それに比べると、どうにも相手側が示す好意には厚みがない。
「アーウィンは、前からオレのコト好きだったの?」
「嫌いではなかった」
「うー」
 やっぱり。お互いに前から相思相愛、ってワケではないのか。淡い期待も泡と消える。
「好きと言ってくれた相手を好きになるのはおかしいか」
「おかしくないけど、いきなり行為ってのは、オレ、あんまり」
「イヤなのか」
「イヤっていうか、好きになって、手をつないで、いっしょに散歩したりゴハン食べたり、お互いのコトよく知って、そのあとだと思う」
 菱餅の頬が染まる。夢に思い描いている一連の恋愛過程は、もしかして少数派の耽美な夢想なのか。
「そういうものか」
 かたやアーウィンは不思議そうな顔をして、考えを巡らしていた。
「体の相性を知っておくのは、先のほうがいいと思う」
「んあ」
 意見が割れた。お互いの手の内を探りながらの発言。
「お互いのコトよく知ってから体を重ねて、相性が悪かったらどうする」
「そ、そりゃ」
 体の相性というのが、経験のない菱餅にとってはいまひとつぴんとこない。好き同士だったら無条件に気持ちいいんじゃないのか、と楽観視しているとも言える。
「でも、体をつなげてから、そのあといろいろうまくいかなかったらイヤだよ」
 ギザ耳が揺れる。
「そうしたら、もっといい相手を見つければいい。体も、心も合うような」
 ダメだ。合わない。菱餅の理想ではピラミッドの頂上にある性行為は、アーウィンにとっては出発地点で乗る客車みたいなものらしい。正直なところ、泣きたくなった。勢いとはいえ「好き」と言えたのに、その先に見えているモノがぜんぜん違ってて。
「それじゃ、アーウィンはオレと行為してから、付き合うかどうか決める、ってコト?」
「そう」
「もし、気持ち良くなかったら、付き合うのやめる?」
「そう」
 予想通りの返答に、胸が痛い。考え方の相違。
「でもオレは、やっぱり好きな相手とだけしたい。じゃあ、オレと交、尾してさ、もしけっこう気持ち良かったら、これからもずっと、オレとだけにしてよ。ダメだったら、諦めるから」
 捨て身の猛攻撃だろうか、火の点いたように恋愛観を主張する。しばし間があって、アーウィンが頷いた。
「わかった」
「ホントに、ホントだからねっ」

 2匹分の体を支えて、まだあまりある大きなベッド。互いに上半身をあらわにして向き合う。菱餅の心臓はさっきからずっと、バクバク鳴っている。
「腹筋」
「ん」
 鍛えている、とナシゴレンが言っていた通り、引き締まった腹部。整ったラインだということは服の上からも予想がついていたが、流線美とも評することができそうな肩からの輪郭に、喉が鳴る。ズボンを脱いでからの、尻や太腿にも期待が持てる。対して、自分の腹はそれほど見られたものじゃない。
「下も脱ぐ」
「お、オレもっ」
 洗練された動きで服を脱ぐアーウィンに見とれつつ、菱餅もぎこちなくズボンを下ろし、パンツを足に通した。
 下着1枚になったアーウィンの目線が、相手のカラダの1点にとどまる。そこには、ぴくぴくと震える菱餅の欲望が勃ち上がっていた。まじまじと見つめられているのが恥ずかしくて、菱餅は身を捩る。
「あ、あの、アーウィン、そんなに見ないで……」
「桃色」
「はうっ!?」
 色まで指摘されては敵わない。菱餅は真っ赤になった顔を背けて続ける。
「ア、アーウィン、そんなに言わないで……」
「付け根のトコまで桃色」
「んくっ!?」
 ちょ、ちょっと待って。付け根までってコトはないだろう。せいいっぱい背伸びしているとはいえ、竿の付け根は皮で覆われている。そんなトコまで剥けてしまったことはないのだ。おそるおそる尋ねてみる。
「も、桃色、って、何……?」
「臍から足の付け根まで、桃色」
「あ、うん」
 合点した。菱餅の毛並は、基本的に腰から上が緑色、尻から下が白色なのだが、臍の辺りから鼠蹊部を通り、後孔にかけて桃色の短毛で覆われているのだ。菱形に彩られたその部分の真ん中あたりに、性器がついている。アーウィンが注視していたのは、菱餅の恥ずかしい竿ではなくて、その生え際周辺だったのだ。
 とはいえ。
「は、恥ずかしいよ……」
 恥ずかしいことに変わりはない。
「覚えやすい」
「ん、え?」
「菱餅。菱形。覚えやすい」
 確認するように、視線で菱餅の顔と性器を追い、口にするアーウィン。
「ぅぅ」
 だいぶ迷って、小さく呻いて、それから菱餅は続ける。
「覚えてて、ほしいから……よく見て……」
 そして自分で望んだ内容の卑猥さに耐え切れず目を覆う。いくら忘れないでいてほしいからって、ソコを「よく見て」なんて言えたモンじゃない。逃げ出したいくらいの羞恥を感じながら、菱餅はじっとしている。
 じー。
 じー。
 ……じー。
 アーウィンの熱視線を一身に、おもに顔とソコに受けながら。
「菱餅は、どうしたい」
「ど、どうって」
 プレイの内容を選んでほしい、といった様子だ。
「アーウィンは?」
「挿れてほしい」
「う」
 直球な欲求にためらう。
「あの、でも」
 クルージングスペース。もうアーウィンの尻尾穴には、たくさんの肉棒が突っ込まれ、大量の精液がばらまかれてきたのだろう。目の前の灰色の獣は、とても扇情的で、いい匂いがして、抱きつくのも撫でるのも今は可能なのだろうけども、やはりそこまで達するのには、菱餅にとって抵抗がある。
「出すだけにしようよ」
「どうして」
 相互射精あたりで、と考えていたら、即座に文句が差し挟まれた。不機嫌に尻尾が揺れる。
「オレ、初めてだから、加減がわかんないし」
 何の加減なのかもわからないが、適当に言い訳する菱餅。
「だいじょうぶ、俺がぜんぶ教えるから」
 やる気に満ち溢れている。
「きょ、今日はそんなにしなくてもいいよ、講義中だし」
 そうだった。いまさらサボりのことを思い出して、今日の講義内容を思い出す。こっちは教科書を追っかけるだけだからだいじょうぶ。あっちはあとで訊きに行かなきゃ。
「アーウィンは講義、だいじょうぶなの」
 いわずもがな、菱餅はアーウィンの時間割を把握している。いつどこの教室に行って、何の講義を受けてくるのか。惚れた相手の一挙手一投足を追いたいお年頃なのだ。そのわりに好色な習慣を知らなかったのは、例の噂を詮索しようとせず、理想に感けて目を背けていたから。それも恋だ。
「菱餅のほうが大事」
 そういって、マズルを近づけてくる。目線をちらと投げて、同意を求める。これから口づけをするんだ、と菱餅も悟り、うん、と頷くと、口元が重なった。あったかい。やわらかい。こんなに近くにアーウィンの顔があるんだ、嬉しいなぁ、と感銘に浸っていると、隙間から潜りこんできた柔らかいモノに、自らの舌を絡め取られて驚いた。互いの唾液が絡まって、初めてそれがアーウィンの舌だということに気がつく。頬の裏側に喉の近く、舌全体をねっぷりと舐め回されて、頭にかぁっと血が昇る。マズルが離れると、ちゅぱ、と艶めかしい水音がして、2匹のあいだに銀の糸が伝った。
「ふわぁっ」
 次の瞬間には熱棒を握られていた。すでに先端から零れていた潤滑油をなすりつけるように、軸全体をアーウィンの掌が上下する。
「んんっ、アーウィン、アーウィンっ」
「菱餅」
 刺激が止まる。物欲しげな目でアーウィンを見つめれば、さっき脱ぎ損ねたパンツを足首に通して脱ぎ去り、一糸纏わぬ姿をさらけ出した灰色の獣。にじり寄られて、熱を帯びて勃起したアーウィン自身が、菱餅自身にくっつけられる。
「んなぁ」
 強烈な刺激ではなかったけれど、愛しい相手と欲望を押しつけあうというのは視覚的に効果抜群だ。両膝立ちになった獣2匹の、敏感な前の部分を、アーウィンの手が2本分包みこんで、いじり倒す。
「あうっ、アーウィン、あ、ああっ」
 菱餅には耐えられなかった。乱れすぎている自分が恥ずかしくて、性器からの刺激に翻弄されて、腰を浮かせて嬌声を漏らした。もしアーウィンの手が止まれば、それこそおねだりするか、自ら慰めるかしなければ収まらなかったろう。それほどまでに追いつめられた菱餅の、快楽に震える手をアーウィンはもう片方の手で掴み、自分の尻に寄せた。
「菱餅、中、入れて」
 人差し指が後孔の入口に添えられる。
「でっ、でも、でもっ」
「今日は菱餅が初めてだから」
 高ぶった脳内で言葉を解釈し、そろそろと指を這わす。アーウィンの尻尾の下にある、秘密の抜け穴。ぬぷっ、と先端を潜り込ませると、内部の熱と力に指先が反応する。
「あつっ、いっ」
「この中に、菱餅の、欲しい」
 指の関節を曲げると、アーウィンが心地よさそうに喘ぐ。その顔が可愛くて、すりつけあっている肉棒が気持ちよくて、菱餅は我慢できずに絶頂を迎えた。
「ああっ、アーウィン! アーウィいン!」
 どくっ、と1度痙攣した菱餅の欲望が、アーウィンの胸に白い軌跡を残す。2回目には少し勢いを落とし、腹が粘液で彩られた。3発目は先端からどろりと流れると同時に、菱餅の腰が相手の肉棒に塗りつけるように動く。射精の衝撃に流されて関節を曲げたのだろう、差し込まれた指がぐにぐにと内部を蹂躙したので、アーウィンも少しは気持ち良くなったのだが、達するには至らず、けっきょく、1匹分の体液が2匹のあいだで弾け、互いの毛皮に浸みこんでいった。

 目が覚めたときには、アーウィンに後始末をされていて。あとは服を着て、昼食を食べに戻ればよいだけになっている。
 まず探したのは相手の姿。椅子に座って尻尾を揺らしているのが見えた。
「アーウィン、おはよう」
「おはよう」
 朝の挨拶がなんだかくすぐったくて、菱餅は鼻をぴくぴくさせる。それから数瞬、行為後に途切れた記憶を辿って、眼を白黒させた。
「オレだけ出しちゃった」
 視界に映っていた最後の光景。両膝立ちになった2匹がお互いの熱棒をすりつけて、菱餅の指がアーウィンの後孔に潜る。それから、自分の腰が耐えきれずに体液を白く吹き上げ、灰色の綺麗な毛皮にひっかけてしまった。あのときの量は菱餅のいつもよりも多かったが、とはいえ2匹分には届かない。つまり、アーウィンは達していない。
「気持ち良くなかった、かな」
 俯いて、言葉尻がか細くなる。今日の性行為は菱餅にとって、アーウィンの価値観に対する挑戦だった。もし相手と自分の体がぴったんこだったら、恋は継続。ダメなら諦める。昼を俟たず、決断が下された。涙目になる。
「ゴメン、オレ、アーウィンとは合わなか、った」
「菱餅」
「うぅ」
「ずっと、俺の名前呼んでた」
「!」
 菱形の尻尾が固まる。
「アーウィン、アーウィン、好きだ、って」
 いくらなんでもあからさまな寝言である。
「うぅ」
「達するときも、俺の名前呼びながら、可愛い顔してた」
 可愛いのはそっちのほうじゃないか。ギザギザシッポに嫉妬して、菱形シッポがぺちん、と胴体を叩く。
「指も、入れてくれたし」
「そ、それは、アーウィンが誘ったから」
 椅子から立ち上がって、灰色の獣がベッドに近づいてくる。口付けの許可を求める目線。頷くと、菱餅を組み敷いて、胸元に手を這わせながら、マズルを重ねてきた。
「んー」
 ちゅく、と離れる。仰向けになった菱餅の視界を占拠して、ぺろり、と舌舐めずりをする、大好きな相手の顔。やっぱり、かわいいのはそっちのほうだ。
「菱餅、もっといっぱいもにもにしよう」
「ええ!」
「挿れて、出して、俺のこと菱餅でいっぱいにしてほしい」
 隠すところのない欲望を曝け出して、菱餅の体を気に入った旨が告げられた。もちろん、対象となっている緑色の獣はまた頬を染めて、頷くばかり。口付けがまた始まる。
 すると、ズボンごしにアーウィンの欲望が太腿におしつけられた。
「もう1回したい」
 もう勃たない。

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