朝から菱餅は落ち着かない。昨日は紙切れ1枚のすみずみにまで目を通して、公式サイトにアクセスし熟読、何曜日が何の日なのかを暗唱できるくらいになってしまった。寝る前には複数相手に励むアーウィンの姿が浮かんでは浮かび、それこそ顔や手足や可愛いギザギザの耳尻尾さえも白く染め上げられた妄想の痴態が淫靡で、扇情的で。でも本心ではそんなのイヤで、特定の相手とだけしていてほしくて、というか、自分とだけ結ばれていてほしくて。昂奮と背徳に体の熱を持て余し、結果、自ら慰めることなく下着をぬめらしてしまった。
「ただいま」
「お、おかえり、アーウィンさん」
ましてや、挨拶の順序がひっくりかえったのも初めてで。
「菱餅。具合が悪いのか」
そういうときに限って顔色の悪さを察知され、まじまじと見つめられたりするのだ。
「だ、だいじょ」
そして額をぶつけあったり。
「痛い」
「ご、ごめん、ごめん」
「だいじょうぶ」
去っていくアーウィン。揺れる尻尾。あんなに近くにマズルがあるなんて、めったにない機会だったのに。後悔と重なって、咥えてる想像図なんかが思考をかき乱す。
「ああああああ」
机に突っ伏して、唸った。
「アーウィン」
「あ、ああうん」
そんな困惑のせいだろう、放課後のオカ研室で、ナシゴレン相手にやにわにその名を出したのは。情報の整理がつかなくて、相手についてのほかの話を聞きたくなった。
「ナシゴレンさんから見て、どんな性へ……じゃなく、性格、だとかさ、印象とか」
「あまり喋らない」
「うん」
「計算や研究が好き」
「うんうん」
「好き嫌いはあまりない」
「え」
八獣学庵で昼食を採る場合、弁当を持参するか、購買で買うか、食堂で食べるかになる。ナシゴレンがアーウィンといっしょに食事をしているというのなら、食べ物の嗜好を知っていても不自然ではない。2匹がそんなに親しいとは、菱餅は知らなかった。
「いっしょに、ゴハン食べたりするの? アーウィンと」
「いっしょに、暮らしてる」
「んな」
予想外の返答に、すっとんきょうな声が挙がった。
「いっしょにっ!?」
「寮の、同じ部屋」
ルームメイト、ということだろう。そもそもアーウィンが自分と同じ寮生だったことすら知らなかった。ちなみに菱餅は1匹部屋だ。
「そうなんだ」
脳内をいろんなことが駆け巡る。外泊は多いのか、ひとりですることはあるのか。さっきのビジョンにひきずられて、どちらかというと官能的な質問が口をついて出そうになるのを押しとどめる。あたりさわりのない質問で、なるべく生活臭の嗅ぎとれるものを訊いておきたい。
「なぁ、あの、アーウィンって部屋で何してるんだ?」
「腹筋」
「え!?」
「腹筋。よく、してる」