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6月
木乃伊と個々装

 太陽を切望している、というのならば、こちらの包帯巻き巻き、もとい木乃伊絆創膏も引けを取らない。乾燥体である木乃伊にとって、大気を覆う湿潤はすこぶる具合が悪い。包帯の下がむずむずして、カラダが膨らんでくる気がする。
 「木乃伊ー、ゴハン行こうぜー」
 「要らない」
 食事にも睡眠にも積極的になれず、同じ寮室のスライム、個々装含からのお誘いもことごとく断る始末。この国にやってきたのが昨年の夏だから、2匹で過ごす初めての梅雨。
 部屋に籠もって神像に祈り続ける、そっけない同居者の挙動に、少し困惑する個々装であったが、
 「ままま、乾かないときは気も乗らないさ。俺も湿らないときは締まらないし」
 と、寛容なのか放置なのかおおらかな構えを見せる。なお、その性質上、個々装は夏に液状化し、木乃伊が大迷惑を被ることになるのだが、まぁ先の話。

 そんな雨の中、個々装が学庵の食堂「こしあん」に向かっていると。
 「ひょーい、かばやき、よろいやき。プール行くのか?」
 「ああ、ゴハン食べてから。夜練だってさ」
 名を呼ばれ、答えたのは拍子木切氷衣。イカ人である。シンクロ研らしい、細く締まった体に、端整な顔立ち。頭の左右にある三角の鰭をパタパタさせつつ、視線を横に投げる。
 「オレは動きたくないんだけど、ほら蒲焼とかご熱心だしー」
 「……」
 無口なまま突っ立って、氷衣の軽口を聞き流しているのは蒲焼寝床。鰻魚人である。首横の鰭をパッタン、と1回開き、閉じた。所属は水球研であり、氷衣よりはゴツい体付きをしている。
 「含さんは?」
 「木乃伊に夕ご飯フラれちゃってさー。ここんとこ雨続きだから機嫌悪くって」
 「木乃伊さん、雨キライなんだね」
 「らしい。オレもごいっしょしていいか?」
 「うん! いっしょに食べましょ、今日はミックスフライ定食がおすすめだって」
 申し出に快く頷いたのは鎧焼マヨネーズ。エビ人である。ヒゲを揺らしながら、食券販売機の横に立てかけてある看板を覗きこむ。所属は水泳研。赤黒い棘殻を身に纏っての背泳ぎが得意である。
 「じゃあ、それ2つで」
 「2つ? そんなにはらぺこなのか?」
 「×2」のボタンを押そうとする個々装に、氷衣が首を傾げた。
 「持って帰って、置いといたら食べるかもしれないからさ」
 「そりゃあ、お優しいことで」
 次に並んだ氷衣が、ひょいひょいと「衣なし」「油で揚げない」のボタンを押す。
 「もしかして、それはたんなる生食じゃないのか」
 「食餌制限厳しいんだって、いちおう蒸してはくれてるし」
 丸裸のミックス蒸し物定食を旨々と平らげた、水棲組の3匹。生態柄、湿気の多い梅雨は元気である。

 「木乃伊、ただいま。何か食べたか?」
 「我は摂食していない」
 「弁当持ってきたから、食べたくなったら食べるといい。冷蔵庫入れとくよ」
 「爾に感謝する」
 「ん」
 木乃伊に感謝を告げられて、気分良く寝室に戻る個々装。

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