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6月
氷衣と稲荷

 八獣学庵地下プール。だだっ広さとどん深さが自慢であり、水泳研を始めとした水系の研究会の居所であり溜まり場である。シャワールームは他の運動研にも開放されており、練習前後にはともに汗を流す。水着と塩素と水中プレイに興味のある方々にとっては、練習中もそうでないときも足繁く通う空間であり、庵生にとっては24時間いつでも使える屋内型設備である。
 あまり練習に乗り気でない氷衣が、のろのろ着替えてプール脇に顔を出したときには、すでにエビ人の鎧焼は泳ぎ始めており、向こうでは鰻人の蒲焼を交えた水球研のチーム戦が繰り広げられている。
 レーンマーカーが外されている、多目的な水域に足をつけて、とりあえず体を沈める。型の練習をしながら、指先をぴんと伸ばすことに注意を払い、夏の大会にはどの曲を使おうか、と体をXYZ軸方向に旋回させつつ考える。
 拍子木切氷衣はシンクロ研、正式には、シンクロナイズドスイミング研究会に属している。

 「うわお。珍しく遅くまで熱心だね、ひょーちゃんは」
「たまに褒められたと思ったら」
 2匹よりも早く練習を切りあげ、図書室併設の音楽メディア視聴室にて、ヘッドフォンにつながった端末を操作していた氷衣の目の前で、オレンジの手の平がひらひらと振れた。
 その主は稲荷棊子麺。八獣学庵の誇る現生徒会長である。身長低めの狐獣人で、手入れの行き届いた橙つやつや毛皮、ふわもこ耳尻尾、愛嬌溢れる仕草と、研究意欲に溢れた大言を堂々と下す性格がアンバランスな、どちらかというとトラブルメーカーである。
 そんな彼の率いる「生きる徒もがら研究会」略して生徒会。学庵の自治組織でも便利屋でもなく、たんなる研究会である。とはいえ、その研究対象は学庵生すべて。結果として庵生にとってプラスになることであれば、勉学に体づくり、衣食住から下半身のお世話に至るまで、何をしてもよい、という超特権を有する。つまるところ、庵生たちの生活はすべて棊子麺に監視されており、彼がおもしろいと思う方向に転がるよう仕向けられている。新しい年度が始まって2か月、2年ら組の学庵たちはすでにそのことを受け入れ、そして諦めている。
 「やっぱりピアノ主体のクラシック曲にするの?」
「そのつもり。演りやすいしね、流行りのダンス系だと疲れるし」
「ひょーちゃんがダンス曲で演ってるとこ、あんまり想像つかないねー」
「オレもだ」
 深夜近く、声を潜めて言葉を交わす2匹。こんな時間でも、図書室の明かりは消えないし、朝までノンストップな庵生たちのために終日開放されている。受付には夜番よろしく図書研が坐しており、もちろん書庫資料・電子資料もすべて参照可能。そのため、まだまだ夜は浅いとばかりに積まれた本を読んだり、がりがり書いたり、端末をぱしぱし打ち込んだりと、勉学に励む彼らの姿がまばらに見える。
 「ところで、お茶しない?」
「おー、ちょうど休憩しようと思ってたとこ」
 連れ立って食堂「こしあん」に向かう。こちらも朝晩フル体制で庵生たちの胃袋と脳を支えている。
 「んと、うどん……かな」
 「ボクもー」
 大盛りサラダうどんと小盛りあんかけうどんの食券を、受付に渡す。
 湯上がった料理をトレイに乗せて運び、向かい合せに座った。

***

 「そういえば、アーウィン効果、アレ、効くのな。こないだ試した、っていうか、誘われたんだけどさ」
 食事を終えてトレイを片付け、しばらく話しこんだあと。周りにほかの庵生がいないのをいいことに、やらしい話が幕開ける。
 「次の日の朝、あんだけ動いたのに体軽いし。気持ちよかったからプラシーボかな、とも思ったけど、ぜんぜん」
 にやけながら話すイカ魚介人。話の本筋は、同組のアーウィンという庵生と肉体交渉すると大会で勝てる、という、よくあるジンクスである。
 「ふーん。ひょーちゃん、アーちゃん初体験だったんだ」
「あ、何だよその『遅れてる』と言いたげな顔」
「別にー」
 ニコニコ笑顔を崩さない稲荷と、情事を思い出してにやつく氷衣。
 「しかし絶品、というか、よくできてる、というか……反則、だな、あのカラダは。しばらくネタに困らなかったし」
「ひとりぷれいの?」
「みなまでいうか」
「骨抜きにされちゃったんだねー、あのひょーちゃんまでもが」
 大袈裟に首を振る稲荷。
 「運動研の総合成績が上がるのは、望ましいことではありませんか、かーいちょう?」
 皮肉っぽく切り返す氷衣。
 「もちろん喜ばしいことだけど、カラダを褒められてうれしいのはアーちゃんだけじゃなくてさ」
 と、“カラダ”なんて艶っぽい言い方をする稲荷棊子麺。
 「ボクだって、ちょっとしたものだって自負してるし、会長なんだからみんなのためにひと肌脱いだっていいのさ」
 テーブルの上に投げ出されていた氷衣の手の甲に、「も」と指を這わす。
 「試してみない? 今度の大会、ボクを」
「あー、なんというか、意外というか。会長に誘われるとは思わなかったな」
 橙色に白色の指が絡む。驚いた様子だが、まんざらでもないようである。
 「ふふ、ボクはアーちゃんと違って、火が通ってから食べるタイプだからさ」

 拍子木切氷衣は庵生であり、いっぴき部屋である。だから部屋のコーディネートも自分合わせだ。
 上質のカーテン、大きな姿見、高級感漂うといったところか。
 稲荷が先に借りたお風呂にはジェットバス。これはどちらかというと、シンクロ研での激しい練習の疲れを癒すための設備だろう。
 「わーい、水泳体型ー」
 シャワーを浴び終えた氷衣をベットに誘うと、さっそく腹筋を確認する稲荷。
 「稲荷、腹筋好きなのか?」
 「んー、好きだよー。ちゃんと育ってるのはもっと好き」
 仰向けで寝転ぶ氷衣の腹部。指で触り心地を確認してから、ぺろり、と舐める。筋肉の山に這わせ、臍の周りに円を描く。そのうちぴちゃぴちゃと水音がして、腹全体がつやつやしてくる。
 「汗でしょっぱい」
 「風呂上がりだからな、っていうかもう限界なんだけどさ」
 「ん?」
 と言いつつ、腰に巻いたタオルごと、氷衣の屹立を握る。
 「んっ」
 「うわ、硬っ。もしかして溜まってる?」
 「そうでもないけど」
 否定する氷衣。
 「会長、かわいいから」
 そして言わなきゃよかったと、頬を赤らめて顔を背ける氷衣。
 「えへへ、うーれしーい」
 そんな氷衣の両頬に掌を当てて、濃厚な口づけをお見舞いする。舌を絡め、歯列をなぞり、狐の細いマズルがイカの口元を味わい尽くす。飽きたら頬擦り。
 「ひょーちゃんにほめられちゃった」
 「あ、今のはナイショな」
 「えー、言いふらしたいよー」
 「ナシナシ。そういうの、似合わないだろ、オレには」
 「ふーん? かっこつけー」
 「かっこつけなんだよ、オレは……あっ」
 ぺろり、と腰巻のタオルをまくられる。白い太腿と地続きに、細い竿が先端を晒し、上空に伸びている。ほんのり青白いモニュメント。
 「ここは素直なのにねー」
 「あっ、会長っ」
 そして今度は舌先で、つやつやとしたカリの部分を舐めあげて。そっと吸えば、待ちきれないとばかりに先走りが稲荷の口中を潤す。
 「んっ、やらしいお汁しょっぱい」
 「うー……かっこ悪」
 「かっこいいひょーちゃんも、かっこ悪いひょーちゃんも、ボクはスキだよ……んっ」
 氷衣の竿をいちどきに飲みこみ、稲荷が黙る。くちゅ、くちゅという水音が、稲荷の頭をうずめたところから、それと、狐のしっぽの付け根からも響く。いつのまにやら、会長は下着を脱ぎ、チューブの潤滑剤を取り出して、指に取って後ろの孔に塗りこめていた。
 「んっ……すごっ、おいしっ……」
 めいっぱい頬張って、口の内側に押しつける。片方の手で軸の根元をさすったり握ったり、袋の中の玉を転がしたり。そしてまた器用にもう片方の手は、自らの後孔を順調にほぐして、2本3本と指を増やしていく。マズルのノギスで計っただけの余裕を、シッポ穴に含ませる。
 「……うわ、会長やらしい」
 息を荒げながら氷衣がそう言うと、三角の耳をぴんと立てた稲荷が顔を上げた。口先と鈴口を、唾液と前走りの混ざった液が伝い、シーツに垂れる。
 「ん、ひょーちゃんも、もっとやらしくなってよっ」
 仰向けの相手の胸板に、いちど頭をすりつけてから、狐は膝立ちの姿勢になる。小柄な稲荷の腹部にも、ぴんと突き立って臍を目ざす欲望。さっきまですっぽり稲荷の内部に収まっていた指を抜いて、袋を持ち上げ、挿れやすいようにシッポも避ける。
 「ひょーちゃんのおちんちん、ボクのお尻にちょうだい?」
 いつものあどけない顔立ちとは裏腹に、口の端からは液を垂らし、ぴくぴくと前を痙攣させながら、幼い仕草で催促する会長。それでも、自分がいいと言わなければ、腰を落としにかかりはしないだろう。そういう、性分だ。つまりこの状況で、より昂奮しているのは、間違いなくオレのほうだと、氷衣は思った。
 「ああ、突っ込ませろよ、いなりっ」
 なんて名前で呼んでしまったら、会長の思う壺である。にひゃり、と笑ったかと思うと、いきり立つ青白い肉棒に手を添えて、ゆっくりと入口にいざなう。シッポをゆるりと振って太腿をさするのも、計算ずく。
 「んくっ」
 難なく。ちゅるりと、氷衣の膨らんだ部分が収まった。熱さと、思ったよりも柔らかい刺激。そのまま橙色の臀部が沈んでいき、すっぽりと全体を包みこむ。
 「はあぁっ……慣れるまでちょっと休ませてねー」
「あ、ああ」
「大会、応援してるねっ」
 なんて言いながら、まじないまがいに腹筋を指で伝う。
 しばらくして、くちゅり、と稲荷が腰を振るった。
 「それじゃ、動くね。それとも、ひょーちゃんが動きたい?」
 「いや。会長の腰遣いを学ばせてもらおうかな」
 「そう?」
 曲げていた膝を開く。氷衣の太腿のあいまに落ちていたシッポが持ちあがり、後孔から一物が引きずり出されていく。たっぷりの潤滑剤が糸を引き、とろとろと氷衣の股間に零れる。いちばんきつい入口の輪が、根本からカリ近くまで動くので、氷衣は思わず腰を動かしてしまう。
 「まだ動いちゃダメー、ボクの番っ」
 甘ぁい声で稲荷が諭す。氷衣の先端だけを咥えた狐の器官は、再度肉柱を喰らい尽くすために下降し、ずるずるとした刺激を氷衣に与える。ぐっぽりと、また根元まで辿り着いたときには、氷衣は解き放ってしまいそうな自身に耐え、奥歯を噛んでいた。アーウィン相手では1桁往復だった。会長には、負けられない。
 「奥、当たってて、ボクのも、ガマンできなそう」
 会長がみずからのペニスに軽く手を添える。ぴくぴくと震える先端から、とろりと透明な液が溢れていて、すでに玉袋も濡れ濡れだ。
 「んくっ、んくっ」
 「はぁっ、きもちいっ」
 そして狐のシッポが中空を往復する。膝立ちの姿勢で、出入りする氷衣の肉棒が稲荷の内奥を責め、稲荷の窄まりが氷衣の屹立を締めつける。肉と肉、体液と体液の絡む音。動きにシーツが引きずられ、また湿る。
 「でっ、出るっ! 出るぞっ!」
 「ひょーちゃん、ひょーちゃぁん、ボクもっ……!」
 何度目かの往復を経て、氷衣が音を上げた。それに合わせて稲荷も、みずからこすりあげていた熱源からの射精を果たす。
 「んあっ! んっ!」
 「ふわああ……んっ」
 びゅっ、びゅくっと稲荷の勃ち上がった先端から精液が放たれ、氷衣の白い腹筋にふりかかる。同時に、稲荷の内部に突き刺さった氷衣の肉筒から、より多い白濁が吹き上げ、稲荷の奥深くをとろとろにしていく。

***

 八獣学庵、生徒研究会室。ぱしぱしとキーボードを打つ音がかすかに響く。ディスプレイにはさっきの行為の感想が綴られたメモ、氷衣のスペックが記載された小画面と並び、さきほどの運動の顛末を余さず収めた動画が流れている。
 明日早いから、と言って、すっきりした様子の氷衣を置いて寮を抜け、ここに戻り、シンクロ研イカ人の固有情報を編集・更新する稲荷。
 “徒”には、「ともがら」という意味と、「いたずらに」という意味がある。
 ら組生はじめ学庵中のみんなが、学業優秀、運動抜群、そして性的に放埓になることが、徒に生きる彼にとっての目標であり夢である。

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