戻る

4月
遅刻願望と無限軌道

 「わわわわわわわわわわー、とぅっ」
 騒がしい。春の嵐でもないのに騒がしい。桜色に染まった並木道を、トースト咥えて走る赤銅色。
「チコクだー!!」
 誰に言うでもなくお決まりの文句を叫んで駆ける駆ける。ぴんと立ったツノが2本、頭上で天を衝き、「九」という漢字の部首に似た反り具合の尻尾が風を切る。
「そこな少年?」
「おう!」
 信号待ち、呼ばれて振り向けば。上半身は馬人、下半身は無限軌道がきゅらきゅるる。太腿付け根に連なる、メタリックボディが日差しに反射して眩しい。
「間違いだったらすまないが、八獣学庵の者か?」
「そうだ! 今日から新学期だ!」
「始業時間にはまだちょっと早いと思うが、遅刻なのか?」
 目的地は同じだ。気がかりに思って訊いてみる。
「おお! まだ間に合うぞ!」
 春の陽気に中てられたのだろうか、と心配になり、いぶかしげな顔をすると。
「遅刻の気分を味わうために、今日は早起きしたんだ!」
 もぐもぐとトーストを頬張りつつ、胸を張る。要するに遅刻シミュレーション中だったらしい。無限軌道馬がおかしそうに腹をかかえた。
「かははっ、なるほど。やったことなければやってみたくなることかね、遅刻なんて」
「だって、新年度初日に遅刻すると、謎の組織からスカウトされてロボットに乗れるかもしれないんだぜ、たまに」
「ほほう、なるほど。そういうものか。いや、笑ってスマン」
「いいよ、オレが好きでやってるだけだから。そういうあなたも八獣なのか?」
「鞍胴メタル。ああ、今年から高修部2年だ。えーっと……『ゼン』のほうか、『セン』のほうか」
 その声には聞き覚えがあった。昨年もたっぷり聞かされた、庵内放送の名物コンビ。双方の通り名は思い出せたが、どっちがどっちかは春休みのうちに忘れていた。
「高峰禅裸!」
「ああ、覚えた覚えた。それで、高峰さんはこれからどうするんだ?」
「んーと、誰かと曲がり角でばったりぶつかってみたいんだけど、迷惑だよなぁ」
 理想のシチュエーションを行動に移したいのだが、どうにも自分勝手になりきれていないらしい。
「それじゃ、こんなのはどうだろう。遅刻しそうになって全力疾走しているところに、思わぬ助け舟が。ああ、舟じゃなくて、車両だけど」
 ぽんぽん、と下半身に手を当てて促す。それはもう期待に満ちた目で高峰が問う。
「乗っていいのか?」
「ああ。送迎車で爆走する執事とか、プライベート戦闘機とかよりは遅いがな」
「わーい! さんきゅ、鞍胴さん」
「というよりここは……クラッド1号、とかか」
「クラッド1号、出撃ー!」
「しゅつげきー」
 きゅらきゅるる。向かうは学庵正門前。光る車体に竜人乗せて、クラッド1号走り出す。

戻る