「ここだ・・・。」
「えっどこ・・・あっ・・・あぁ・・・。」
背後からした声によってそちらへわずかな笑みを漏らして振り向いた瞬間、千恵子は顔を強張らせて目を見開いた。口も半開きで衝撃的なものを見たと言う様な調子である。それはそうだろう、一体何が起こったのか不明なまま一人にされて心細かった所、不意に聞こえた何処か心強い声を頼って振り返ったと言うのに、心の安定を求めて振り返ったと言うのにそこにいたのは人ならざる姿をした者。明らかに人と違う昔に読んだ本の中で見た竜の様な姿をした者、そしてその目からは自分に対する明らかな敵意や侮蔑の感情が発せられている事を、幾ら世間知らずの彼女とは言え感じ取る事は出来た。
"逃げなきゃ・・・。"
彼女の脳裏にはすぐにその言葉が浮かび上がった。ところが先程から相変わらず、その異形の者の姿を見て以来体は固まったままで一寸も動かす事は出来ないままであった。そして刻々と脳が発し鬱積する警告とは裏腹に体の硬さはますます高まると言う悪循環に陥っていた。
「おい。」
「はっはい。」
竜人が口を開いた、反射的にそれまでどう念じようとも微動だにしなかった口が呆気なく開き返事をし、今度は目が開いているのに何も見えなくなった。急に盲目になって驚き慌てる千恵子を尻目に再び竜人は腕を組み、見定めるかのように全身へと視線を走らせる。千恵子にはその視線が痛くてたまらなかった、一刻も早く過ぎ去って欲しいと願うほか無かった。
「名をなんと言う?」
「大里千恵子・・・です。」
「ふむ・・・では、チエと呼ぶか。おい、チエ。」
「なっ・・・何でしょうか。」
「こちらへ来い。」
すると返事をする間も無く竜人は手を伸ばしてこちらへ来る様にとの仕草をした。その途端に彼女の体は空を滑る様に瞬く間に竜人の真正面へと動くと、竜はその大きな手を千恵子の頭の上に被せて若干力を入れて鷲掴みにする様に掴んだ。
「質問に答えてもらおう・・・お前は昨日の昼ある物を見たな?」
「はっはい、見ました。」
「どういう物だったか?」
「あ・・・あれは・・・男の人と女の人が・・・セックス・・・してました。」
「それでどうした?」
「驚いて・・・走って川原まで走って逃げました・・・。」
「ふむ・・・少し足りないようだな、もう1つお前を驚かしたことがあるだろう、それを言え。さもないと、このまま握りつぶすぞ・・・。」
「はっはい・・・あの・・・それは・・・人じゃなかった・・・何か、女の人は・・・猫みたいで・・・した。」
「猫か・・・では男の方はどの様な姿か?」
「大きな・・・蜥蜴、体が・・・窓から差し込む光で所々輝いて・・・」
「なるほどな・・・。」
竜はしばらく押し黙った。頭を掴む手にかかる力は何時強くされるのか、千恵子はそれだけが心配でならなかった。そして、その手が軽く頭の上を滑ると彼女の先程から何も見えなくなっていた目に光が戻り、何事も無かったかのように見える全てを、目の前にいる緑の鱗に覆われた竜人の恐ろしい姿を映し出したのだ。
「では最後に・・・その蜥蜴の男の姿はこのような姿ではなかったかな?」
「えっ・・・はっはい。そうです・・・と言う事は・・・!?」
その竜人は何気なしに言葉を紡ぐと自分を鱗に覆われ、鋭い黒爪を先端に生やした指で指差す。そして直感的に感じたそのままに答え、心を動揺させた。それを見て竜人は静かに頷く。
「ご名答・・・その蜥蜴の様な男とは、俺の事だ・・・褒めてやろう。その洞察力を、そして罰するとするか覗き見た事を・・・どうして覗き見たのか?言うが良い。」
「偶然です・・・ただ、通り掛っただけです・・・そしたら急に嬌声の様な声が耳に響いてきたので、興味を持ってみてみただけです・・・だから許して下さい・・・。」
「くくく、そうか・・・しかし本当お前は大したものだな。あれほどの結界の隙間をすぐに見出すとは・・・許してやるとするか、潰すのは余りにも惜しい。」
「えっ・・・と言う事は。」
「先走るな・・・確かに許してやろう、覗き見た事についてはな。だが、我々の姿を見た事は別だ、それとこれとは別の問題だからな・・・結界に綻びがあったのは我の不手際、そして耳にしただけならまだしも好奇心を抱いて覗き見たのはチエ、お前の不手際だ。」
「そんな・・・じゃあ私はどうなってしまうのです・・・。」
「我等の姿を見た以上、お前は既に人としてはおられぬ。加えてやろう、我等の世界に・・・我と順子の下に位置する者として、では始めるぞ。」
「なっそんな急にぃ・・・いぃぃぃぃっ!?あっあぁぁぁあああぁぁぁっ!」
答えかけた瞬間、千恵子は脳天から脳天の真上に置かれた手の平から強い力が注ぎ込まれるのを感じ悲鳴を上げた。その力は瞬く間に全身を白く満たすと急激に膨張、すぐに耐え切れなくなった千恵子の体は大きなヒビを全表面に走らせて四散し消滅した。
「古い衣は入らぬ、衣を改めねば再生など出来ぬ事よ。」
灰色のその空間に拡散し消えていくかつては千恵子の体、いや精神体の残骸を遠い目をして竜人は見詰めていた。
夢の中にて千恵子の精神体が崩壊したその時、その入れ物である肉体にも変容が起きていた。夢の中で精神体と竜人の魂の一部が交渉している間、子宮の中に忍び込んだ竜人の仮の姿である蜥蜴によって人外の快楽を胎内へと直接与えられた千恵子は、余りの気持ちよさに寝たまま手を動かしてパジャマを乱しその胸や秘所を露わとすると限りある2本の手と10本の指を駆使して揉み下し、挿し抜き、汗と汁とで全身と布団をびしょ濡れにしていた。部屋の中には異様な熱気が漂い、薄暗い赤電球の下、淫妖な世界が広がっていたのである。
そして精神体が崩壊したのにわずかに遅れる事数秒余り、途端に苦しそうにそれまでとは打って変わった喘ぎ声を漏らした千恵子は、片手を高くかざしてもう片方の手で胸元を掻き毟る。黒く日焼けした肌の表面には幾度と無く爪を走らせた事で血が滲み、それが何かの文様の様に見える形となったその時だった。彼女の体の表面が硬質化したのは、それはどこか見慣れた鱗で色も黒から緑へと変わりその姿もあの竜人の物となる。
クリトリスが肥大化し、睾丸を持つ1つのペニスへと成り果てて千恵子はすっかり、胎内へと忍び込んだトカゲの真の姿である竜人になってしまった。そして目覚めて立ち上がった姿はその物であり、同時に出された声は寸分の疑い無く竜人の物であったが、不思議な事にその竜人は胸に乳房を股間に割目を持つという半陰陽となってしまっている。これはどうしたものなのだろうか、普通なら何か事を起こす筈の竜人はそのまま平静と変わりが無いのでますます頭を悩ませている間に、腹を撫でた竜人は屈みこむと腹に力を入れて目を血走らせて息を強く吐き出すと・・・何かが股間の割目を押し広げて出てきた。
割目から先端を出したものは円であり白である。何度か波の如く力を竜人が入れる度に次第に姿を見せるそれは、白い一抱えはある卵。海亀の卵の如く正円なそれはベッドの上に乗る竜人の割目から、半ばを見せた所で勢い良く床へと落下した。そして弾む、まるでバレーボールのボールの様に跳ねた卵は壁にぶつかって止まった。ベッドから降りた竜人はそれに駆け寄ると然も大事な物の如く、丁重に両手にて掴み取ると窓際にある机の上へ固定し、自らの血にて真珠の様に輝くその白い表面に爪を走らせる。
数分ほど掛けて何か文様の様な物を血文字で書き上げた竜人は、満足げに腕を組むとさっとカーテンを押し開け、ちょうど窓の先の空に輝く満月の光を万遍無くその文様にへと浴びせた。するとそのまだ滴る血文字はボウッと銀色に光り、卵の表面全体へ広がった。そして卵はそれを待ち受けていたかのように小さく振動し、銀の軌跡で部屋を染めながら砕け散り思わず竜人は目を背けて顔を腕で覆い隠した。やがて砕け散り飛び散った銀色に輝く卵の欠片が光を失う頃、腕を解いてもとの姿勢に戻った竜人の目に映ったのは、机の上に残るわずかな卵の上に立つ人影だった。
「目覚めたのか・・・気分はどうだ。」
竜人が首を傾けて話しかけるとその人影は小さく頷いた。どこか戸惑っている様にも見える、そして竜人が言うまでも無く自ら床へ飛び降り竜人の前にて跪き頭を垂れる。
「チエだな?」
「はい・・・チエでございます。ご主人様・・・この度は数々の無礼を押しました私に対するこの様な寛大な処置、真に感謝しております。心よりのお礼を申し上げます。」
「苦しゅうない・・・顔を上げよ。」
「はい。」
そう言って千恵子、いやチエはすっかり竜人の下に位置する者としての意識を持ったチエは言われるがままに顔を上げた。その顔は人ではなく当然ながら獣、その顔は馬の様で馬ではない。馬よりもどこかほっそりとして繊細であり、何よりも鼻の形が違う。普通馬は2つの鼻腔が並んでいるが、こちらは犬等と同じく黒くなっている鼻先の中に纏まっている。そして角、両側へ広がる様に伸びそこから幾つかが分岐したその角は正しく鹿の物、口元の辺りには髭の様に毛が立つそれは鹿の顔であった。
「見事な顔と角だな・・・チエよ・・・中々麗しいぞ。」
「お褒め頂きありがとうございます・・・しかし、角と言う事は私は女ではないのですね・・・。」
「あぁそうだ、お前の女はここにある。」
少し消沈気味のチエに竜人は自らの胸にある膨らみと睾丸の裏にある割目を示した。
「チエの女は我が貰い受けた、代償としてな・・・結構具合が良いものよ。」
「そうですか・・・しかし、ご主人様にお使い頂けるとは何とも光栄です。ありがとうございました、どうかよろしくお願い致します。」
「分かっておる分かっておる・・・さて、立つが良い。全身を見せよ。」
「はい、喜んで・・・。」
そう言われるとチエはいそいそと立ち上がり、その全身を竜人の前に晒した。なるほど、茶色に鹿の子交じりの滑らかな獣毛で覆われたチエの体は、全体的には華奢だが筋肉質のその体は惚れ惚れするものがあり、何とも端正である。竜人が麗しいと評した顔と相俟ってかなりのものだ。
「ほほう・・・良いぞ、我ながら素晴らしい出来だな・・・チエ。」
「はい。」
「名前をやろう、男となった今チエではおかしいからな・・・そうだな、ケイとしよう。チエよ、お前の名は今後はケイとなる。そして、人の姿で居る時も同じくだ・・・良いな?」
「はい、喜んで使わせて頂きます・・・ありがとうございました。」
「礼には及ばぬ・・・さてと、では初夜の契りをするか・・・下もまだ続くであろうし・・・良いな?」
「はい、ご主人様の仰せのままに・・・準備は整っております。」
そう言ってケイは自らの股間を示して見せた。そこには先程は小さかったペニスがすっかり大きくなってそびえている、それを見た竜人は舌なめずりをすると自らかつてチエと呼んだ者より奪った割目を自ら示し、共に勃起したペニスをケイに見せるのだった。夜はまだ長い・・・竜人は何時の間にやらその家のある敷地に結界を張り巡らしていた。