甘露の味〜潜入〜冬風 狐作
 私があの南洋の島から連れて来てしまった竜神、いや竜人によって覚醒させられてから早一ヶ月が経過していた。あの日以来、私は夜な夜な竜人が私の部屋をすっぽり包むように張った結界の中で、獣人となり体を竜人へと捧げ身を委ね絡み合っているのだ。竜人の張る結界はただ周りから見えなくするだけではなく、その部屋に対する関心を全く無くさせると言う効果を持つので、仮に妻が深夜に目を覚まし、部屋の前を通って階下のトイレに行こうとしても気が付く事はなく、究極の所例え白昼堂々交わっても誰にも気が付かれないと言う事だ。
 だが流石に昼間からと言うのは、幾ら獣人となって体力等の大幅な向上を見たとは言え、到底私には耐えられる物ではない。竜人にとっても余りにし過ぎるのは矢張り体に良くないと見えて、その事に関しては一言も求められた事は無かった。そして獣人となった影響は夜に留まらず、昼の人である自分にも現れていた。体力が向上したのは勿論の事、老眼やしわ等の色々と悩ましい物達が日々程度の大きさはあれど改善されていくのである。
 お陰で老眼鏡の世話がなくなった私は、突然眼鏡を外すのもおかしな話で妻に不審がられるので、ネット通販より度の入っていない似た様なデザインの眼鏡を購入してそれをつけている始末である。ただ皮膚の若返りだけは何とも隠しようが無く、妻に言われる度に笑って誤魔化すのが常だった。

 ある日の事、妻が一週間ほど高校時代の同窓会で旅行に出かけたのを良い事に、いつもは人前では私の影の中に隠れている竜人は家中に結界を張り巡らせて影から出て、私もまた男の姿をやめてメスの猫獣人をして暢気に2人で2人だけの空間となった家の中で好きな様に振舞っていた。望む時に交わり、望む時に寝、望む時に食べる・・・自由気ままな生活を送っていたその半ば、ある事件が私たちを襲ったのだ。
「あぁ・・・ご主人様、もっと・・・お舐め・・・下さい・・・。」
「何だ順子・・・ここか?うん・・・どうだ?感じるんだろう・・・。」
 ソファーに腰掛けて両足をY字に大きく広げて露わにしたワギナを、竜人は言葉を交えつつ舌先を巧みに動かして愛撫し続けた。もう数え切れないほど味わっていると言うのに、未だ彼女はこの感覚に極めて弱い。もうソファの上は水浸しで、そこから幾筋もの筋が床へと垂れてカーペットをびしょ濡れにしている。
 今日はこれを始めて間もないと言うのにもう5回はイった。そして6度目の絶頂を後数歩で上り詰め様と言う正にその時、不意に舌の動きが止まり沈黙が部屋の中を覆う。何の前触れも無しに止められたので不満気に順子が何かを言いかけようとした瞬間、竜人はその鋭い眼光を光らせて無言で黙るようにと圧力をかけると視線を静かにずらした。只ならぬ事が起きていると察した順子もそれに続いて、視線を密かに動かしたその時何かが窓の外で動いた。
「ちっ・・・しまった、手落ちだ・・・すまぬな順子、結界にわずかな綻びがあったようだ・・・俺とした事が・・・畜生!」
「まさか誰かが・・・。」
「そうだ、見られておった。あの窓の隅に出来ていた綻びよりな・・・何、心配する事は無い。奴の眼を確認してあるからな、あ奴は恐らく女だ・・・ここからそう遠くない所にすんでいる。夜を待て順子・・・夜は我等の独壇場、この辺りには何物も俺に敵う者は無い・・・だから安心するが良い、結界は既に掛け直したからな・・・。」
「はいわかりました・・・それでは・・・。」
「しばし英気を養うとするか・・・再開するぞ・・・。」
 先程よりも強力に幾重もの結界を重ね合わせた竜人は、順子を安心させると再び行為に臨み始めた。そしてまるで防音室の如く厳重に張られた結界内にて彼らは激しく、久々とも言えるほど激しく交わりあったのだった。

"何なんだよあの光景は・・・。"
 さて彼らが絡み合っている頃、一人の少女が息を切らして肩を大きく上下させながら、電車が忙しなく通過する川原の鉄橋の橋台へ寄り掛かっていた。彼女の風体は今時珍しいガングロいや微妙に頭が白い事からヤマンバ崩れと言った所だろう。今時絶滅した筈の、何とも時代掛かった数年前の流行そのままの彼女は何の気も無しに道を歩いていた所、突然耳に嬌声の様な声が聞こえてきたので興味を持ち、誰も見ていない事を確認して傍らにある家の駐車場に面した窓の隅の、どうしてかは知らないが異様に狭い場所から中を覗き込んだ。
 彼女にとっては本当軽い気持ちで冷やかし半分に覗き込んだだけであるのに、その先に展開されていた現実はそれを裏切る残酷なものだった。冷やかし半分で見れる光景ではなかったのである、まず彼女は薄暗い部屋の中で男女が白昼堂々絡み合い、ソファの上に腰掛けた女のワギナへ舌を走らせているのを見て仰天した。
"まじかよ・・・これ、すげー淫乱じゃん・・・何かヤバイかも。"
 その矢先の事だった、彼女は瞬時に自分の目の良さと太陽を覆い隠していた雲が流れた事を呪った。窓から入り込んだ光が増幅され、また自分の眼もその明るさに慣れた事でより一層鮮明に中の光景を捉えられるようになったのだが、その事は彼女に対して更なる驚きを与えたに過ぎなかった。部屋の中にいる男女が人の形をしていない事を見てしまったのだ、男の方は竜の様な格好で女は猫に見えた。
"特殊プレイかよ・・・変態じゃん、ヤバイよヤバイ・・・早く離れた方が・・・!?"
 そして三度目の正直ならぬ、三度目の衝撃。何とその男の方が彼女の視線に気が付いたのか、こちらを振り向いたのだ。当然ながら避けられる術は無く、鋭く妖しく輝く眼光と絶対的な力を背景にした眼力・・・女の方も振り向いた様だが何てことは無い。とにかく彼女はその竜の格好をした男に恐怖した、全身全霊が震え上がる・・・それはこれまで生きてきた人生の中で味わった事の無い、極めて異質な感情であった。
 彼女は砕けかけた足腰を何とか支えながら、まずは一歩二歩とずれ、何とか調子を出すのに成功すると闇雲に走り、結果としてこんな所まで来てしまったと言う訳である。何処をどう通って来たか全くわからない、ただ今はあれから離れられたと言うだけで幸せだった。普段は五月蝿いと感じる鉄橋を通過する電車の音も、今日は何処か自分を癒してくれる好みの曲の様に思えてならなかった。
「パアァァァーン!」
ガタタタンガタン・・・ガタタタンガタン・・・ガタタタンガタン・・・
カシャッカシャッカシャッ
 やや草生した斜面の上に橋台に寄り掛かりながら座り掛けた時、ちょうど終着駅を目前にした廃止間近の寝台特急が警笛を鳴らして鉄橋を通過して行った。そして続くは土手の上に群がった鉄道マニアが一斉にシャッターを押す音が響く。それすらも今の彼女には心地よく感じられた。前方を横切る川の上にはポンポン船が一隻、長閑に走っている。

 深夜、川向こうの都会やこちら側でも駅の周辺はともかくとして、深夜の静まり返っている住宅街には人気が無い。家々には明かりが灯っているので人がいる事が分かるが、昼の名残を残す暑さと相まって一列に何処までも続く電柱の電灯は、どこか異世界に紛れ込んでしまったかの様な印象を人に与える。
"妖怪や何かが出て来てもおかしくは無いだろうな・・・むしろ合っているかも・・・。"
 一人の帰宅途中のサラリーマンはほろ酔い加減でそう思いつつ、どこか否定しながら歩いていた。そして角を曲がり、灯りの殆ど無い街路をしばらく歩いた所で、彼は何かにぶつかった様な気がした。少し足の踵の辺りに痛みを感じる。
 恐らくは小さな石でも入ったのだろう、後で取れば良い。と思って歩き続けて玄関をくぐり、その日はそのままベッドに寝転がって眠りに付いた。そして翌朝、彼は目を丸くする事となる。自分の右足の踵に直径1センチ程の穴が開き、右足の靴の中と玄関から寝室、そして家に至るまでの路上に血痕と血溜まりが残っている事に。彼は頭を何度も何度も探って見たが全く心当たりが無かった。

「うん?・・・気のせいか。」
「どうかされましたか、ご主人様?」
「いやなんとも無い・・・さぁあと少しだ。行くぞ。」
「はい。」
 人影の見当たらない深夜の路地に声が響く、見ればそこに居るのは一匹の猫とその猫の背に乗った蜥蜴のみ。なんとも不思議な取り合わせのその2匹は何と人語を発しつつ、そのまま路地の彼方へと消えて行ったのだった。
「着いた様だな・・・ここだぞ、順子。」
「見た所普通の家ですね、本当にここでよろしいのでしょうか?ご主人様。」
「あぁ違いない、違いない。ここだ、あの覗き見をした輩の臭いが臭いほど漂っておる・・・裏口が開いている様だな、そこから入るぞ。」
「かしこまりました。」
 その2匹が再び現れたのは先程の場所からは然程遠くは無い路地の上、一件の何処にでもある平凡な住宅の前で猫は普通に座り、背中から降りて地面にへばり付いた蜥蜴と顔を交わして話をしている。一通り話が済んだのか、再び背中に蜥蜴を乗せると猫は勢い良く、ゴミ箱の上から塀に飛び乗り敷地の中へと侵入する。
 侵入するとぐるりと半周する様に塀に沿って歩き、裏口へ・・・蜥蜴の言う通りにその扉の鍵は掛かっていなかった。そこでまた蜥蜴を下ろした猫は少し離れて助走をつけて飛び上がり、空中で1回転をした。その途端にその猫の体は急激に膨張し、次の瞬間着地した時には一人の女の猫獣人・・・順子が姿を現した。
「それでは・・・行きますよ・・・。」
「うむ。よろしく頼むぞ。」
 そう言うと順子は胸と腕の間に挟む様に蜥蜴を抱え、そっと裏口の扉を開けて台所へと忍び込んだ。家の中はしゃんと静まり返って物音一つしない、どうやら家人は完全に寝静まっているらしい。順子と蜥蜴がほっと互いに胸を撫で下ろしたのも束の間、再び心を引き締めると猫特有の歩き方をして極力音を立てずに、台所から居間を経て階段へ差し掛かったその時だった。
キィ・・・
 急に階段脇の扉が開き中から光が漏れ、そして水の流れる音が盛大に聞こえた。どうやらそこはトイレらしい、誰かが出てくる気配がしたので慌てて階段を数段登ると顔を見合わせあった2人は軽く頷き、即座に蜥蜴は床に放たれて壁を這い上がって2階へと登って行った。そして残った順子は欠伸をしながら今へ入ろうとするパジャマ姿の冴えない髭面の男・・・恐らくはこの家の主だろう。その背後に密かに近付き、そして高く振り上げた腕を強く振り下ろして鋭い爪をその背中に走らせた・・・。


 完
甘露の味〜仲間―竜人編〜
甘露の味〜仲間―順子編〜
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