甘露の味〜仲間―順子編・上〜冬風 狐作
「ウッ!?」
 水音だけが響いていた家の中に男の鈍い悲鳴が上がる。見ればトイレと居間のドアの間の廊下にて、片手を居間へのドアのノブに掛け、その左肩を壁に寄り掛からせて顔を歪ませている・・・その背中を見ればパジャマが右肩から斜めの直線に切られ、露出した肌にも傷、その傷からは血が滲み出ていた。
"上手く行ったわね・・・上手い具合に入ったみたいだし、次に進みましょう・・・。"
 順子の存在に男は全く気が付いていなかった、その事に静かに背後の闇の中からほくそえんだ順子は早速澱みなく行動を起こし、口を開く。
「こんばんは。」
 と。

"痛てぇ・・・何だ、何だ急に・・・背中が痛い、この感覚は血なのか・・・イテテテ・・・。"
 順子が満足気に最初の成功を思っている頃、その爪をかけられた男は突然の痛みに顔を歪ませて混乱しつつ必死に思考を手繰らせていた。その痛みは単なる打撲や打ち身とは違う性質の物、紙の端で指先を切った時の様な、何処かふやけてそれでいて体の心からジワッと来る厄介な痛みであった。そして指先ならともかく今回は背中、それもわずかな範囲ではなく痛みの範囲から感じてほぼ背中の全面、そしてわずかに感じる生暖かさ・・・血だろうか。途端にそう思っただけで動きが緩慢になってくる。
"とにかく明かりをつけないと、暗くて状況が分から・・・て、何だ今の声は。誰の声だ・・・?千恵子とは違う・・・。"
   男の顔からは一旦弱まっていた脂汗が再び流れ始めた、突然耳に聞こえた女の声。娘の千恵子の声とは異なるその声に男は強く緊張し、そして体は本能的にその場から逃げようとした。背中の傷に脂汗が流れ込んで痛んでも最早何も感じない、人間は上手く出来ている物で極限やそれに類する状態になると不思議と普段なら捕らわれる様な事から解放される。
 そして今、男は痛みと言う普段とは違えども何処か冷静さの残っていた時には気になっていた物から開放されていた。男の体は自然と力を込めて一歩を踏み出し、扉を開けようと腕に力を込める。だがそのわずかな動きはすぐに止められた、まるでそれを全て見通しているかのように肩に何かが置かれ力が加わったからだ。かすかに痛みも感じられる、それだけで一度は盛んに燃え上がった彼の本能は跡形もなく消し炭となり、そのままの格好でそこに固まってしまった。両膝を床について中途半端に体を傾けると言う具合で。

「もう一度言うわ、静かにしなさい。首を掻き切られたくなかったらね。」
 順子は凛とした良く通る声で再びそう注げた。男は相当動揺している、首には手と爪を回しておりもし少しでも抵抗した場合にはその場で掻き切れる様にしてあった・・・完全なる自らの優位にわずかに酔いながら彼女はまた口を開く。
「観念した様ね・・・いいこと、今ここで少しでも動いたら首が切れるわよ。私の言う事に逆らっても同じ・・・わかった?頷かなくて良いわよ、思えばわかるから。」
 そう言って手に少し力を込めると男の思っている事が全て手に取る様に分かる、殆どが恐れと緊張で占められている中でわずかに輝くもの、それが了解の印であった。それと共に嘆願と何者なのかと相手、つまり順子の事を思う気持ちも感じられる。全く便利な能力である、この様な体になる事が出来てから身に付いたものであるが当初と比べて感度は格段に上がっており、今や相手によっては触れずにその意を察する事が出来るまでになっていた。
"逆らいはしなそうね・・・まぁしたらしたで痛い目に遭わせて上げれば良いのだけど、必要はなさそうねこの男には。"
 そうして順子は静かに手を話して口を開いた。
「じゃあ、扉を開けて中へ入りなさい。中に入ったら服を脱いで直立して、私が許すまで何もしては駄目・・・いいわね、分かったなら頷いて。」
 男は静かに頷き、かすかに体を震わせながら扉を開けて居間の中へ入った。それに続けて音も立てずに入った彼女は静かに扉を閉める、トイレから漏れていた明かりが遮断されてすっかり暗闇に包まれた居間の中央。そこに立った男は命じられたままに服を脱いで全裸になり、動きを止めて次の指示を待つ。その背後にて男の背中を舐めるように見回した順子は、男に体を密接させてそのざらついた猫の舌にて首筋を一舐めした。男の背筋越しに思わず刺激の波が走り、鳥肌が立つのが分かった。
 そしてその後もしばらく首筋を舐めて刺激を与え、その強張った体を次第に弛緩させつつ神経を集中させている間に彼女は片手をそっと前に回して男のペニスを掴む。そのペニスは萎えてはいなかった、固く熱く熱を持ち半ば反り返った格好で天を注している。長さも人としては太さと共に一級品であり、かなり使い込んでいるらしくその肌には年季が入ってシワがない、何処となくスベスベしており何よりも勢いが強く感じられた。
「フフフ、中々の年季の入ったペニスだこと・・・あなた結構しているわね、なるほど・・・これが原因で奥さんとは離婚か。そしてその後一緒になった女には逃げられて今に至ると・・・あらあら、歴戦の割には成果が上がっていないのね、ちょっと意外だわね・・・。」
 そう男の記憶を読み取り口にしつつペニスを静かに扱いて行く、男の口からわずかに行きと共に声とも喘ぎとも付かない物が漏れるがこの程度なら気にはしない。むしろ良い刺激とばかりに、良い反応とばかりに彼女は腕の速度を速めて更に体を密着させる。しかし、男が少しでも言葉を漏らすと彼女の態度は一変した。記憶を読まれる事に異議を唱えかけた男の首へ、瞬時に開いている腕を向けて指を当てそして爪を喉仏の上へと刺す。

「良い事、私が許すまで・・・一切言葉を漏らしては駄目よ。さもないと、ねっこれをもっと酷くしてあげるから・・・。」
 そう言いつつ爪に若干の力を込めて皮膚を裂く、すると喉仏の頂上からまるで喉仏自体が破れたかの様に赤い血がわずかに線となって流れ落ちた。男は途端に口を閉じて再び体を強張らせかけた。それをペニスを掴む手の動きの加速と首筋の舌捌きで落ち着かせると、再び以前と同じ様に男の記憶からその性遍歴を読み取り言葉にして紡いでいく。
 やがて思春期初めの精通まで言い終えてようやくその口は止まった。だが手の動きは止まらない、ペニスは固く慣ればなるほど太くなればなるほど、更にそれを究めようとさせるかの様に手は忙しなく動く。まるでそれまで口で動いていた力が全て転移したからにも思えるものがあった。
 痛々しいほどまでにペニスが膨れ上がり伸び切って、その表面には幾つもの青筋が浮き上る頃にはすっかり男の瞳からは正気と言う物が失せていた。あるのは何処か凶器染みた輝きのみ、息も荒くすっかり上がっており時折呻き声を漏らす様は、すっかり落ち着き払って静かにしている順子とは極めて対照的な姿であった。
「ふふふ、どう苦しいでしょう?出したいでしょう?空撃ちばかりで拷問だと思っているでしょう・・・大丈夫よ、ちゃんと出させてあげるからね。あなたの記憶と共にちゃーんとね・・・でもそれをするにはまだ足りないのよ、だからしばらく辛抱なさい。ふふふふ・・・。」
 暗闇の中の見えない存在と体内にたまって行く精力・・・そして耳に聞こえる妖しげな笑い、男はすっかりその頼りとすべき自らの五感によって自らを戒められ束縛されていた。

"あらっ・・・これは上が始まったわね・・・では私も。"
 男の息と喘ぎの響く中で順子はその敏感な耳にて2階の変化を聞き取る。上から聞こえる嬌声と熱い波動、そして辺りに張られた静かな壁・・・結界。機が熟した事を悟った順子はわずかに手に力を込めて激しく扱きを入れる、男は喘ぎ呻き体を震わし尋常でない汗を流し始めた。舌を突き出している様は正に犬の如しそして順子は咄嗟に手を離した、皮は一旦勢い良くばねの様に縮み伸びると肥大化したペニスの先端より怒涛の如く精液が噴き出す。その格好は直立している事から水道の蛇口から水を一気に出しているようであった。
 それはまるでホースから溢れ出した水の様で留まる所を知らなかった、まるで無尽蔵かの様に濃縮された精液は独特の風味を一層濃くして放物線を居間の中央にて描く。着地する度に水音が響き、この様な暗がりの中でも薄っすらとその姿が認められるのは一種異様・・・だが順子の姿を見ればそれも有り得るかのように思えてしまうのだから不思議なものである。結局男は10分近くもの間精を放ち付けた、最早人知を超えており、現に最後の一滴を放った時には半ば死人の様な気配すら漂わせている始末。
 だがそれだからと言って順子は手綱を緩めるような事はしなかった、むしろ逆に強めたのである。彼女はまず首に回していた手を腰へ戻すと、二本の指を纏めて男のアナルへと何の躊躇いも無く突き刺した。
「あっ・・・あぅっ・・・。」
 男は低く呻き体を震わせるがそれだけの事、順子は一旦それを引き戻すと再び突き刺して直腸の中を愛撫しそして前立腺を刺激した。するとあれだけ萎え衰えていたペニスからわずかに反応が返ってくるも、それだけに満足せずに更に指を動かし根気強く刺激を続けていくとそれだけでペニスには力が再びこもっていく。そして次に彼女は直腸の中の随所を刺激した、感覚的にその急所と言うか性感帯の位置が分かるので殆どの人は生涯に一度として機能させる事のないそれらを次から次へと開花させて行く。
 流石にそれらの刺激には先程自らの豊富な性遍歴を暴露された彼にとっても未経験の、未開拓の世界であったようだ。先程から絶え間なく喘ぎ声を挙げているのはその証拠であろう、しかしながらその様な反応に順子は特に興味を示さなかった。それよりも直腸の肛門付近を指先で何事かと弄り回すことに専念し、そして終えると静かに指を引き抜き男の口元へ遠くと、何も言っていないと言うのに男はそれを咥えて舌にて舐める。まるで子供が好物のキャンデーでも味わうかのように恍惚として狂った感じのある表情にて舐めるのであった。
"まぁ上出来ね、準備は出来たし・・・そろそろ戻してあげましょう。もうかなり来ているし、感度も良いから・・・楽しみだわ。"
 順子はその様を眺めつつニヤッと微笑んだ。一心不乱に指を舐める男のペニスが不完全ながらも勃起しているのを見つつ。

 男の口から指を抜き取ると、全体的に衰弱し切っている男を傍らにあった椅子へ座らせてしばらく放置する。今は男の息は落ち着いている、規則正しい間隔ではあるが眠ってはいない様で目はしっかりと開き口も端の方がわずかに開いていた。首を見ればわずかな血の痕跡が残っている、あれほど精を抜いたと言うのにしっかりと傷口は塞がったらしい、真に人間の体、そしてそこに秘められた底力と言うものには感心されるばかりである。
 水をその間に一杯飲んで少し自らを落ち着かせた順子は再び男の前へと戻り、頭を働かせる。この獲物はご主人様から私に託された物、だからしっかりと躾けないと・・・と言う事を前提として。正直この展開は彼女にとっても意外なものだった、かねてから竜人は順子に対していつかは専用の手足の代わりとなる奴隷を持たせよう、それも自らの手で躾けた物を持つ事になるだろうと絡み合った後等の事ある毎に口にしていたのは知っていた。同時に惚れただけはあって中々の力を秘めている、と言う事もだ。

"だけど、こんなに早くそんな機会が来るとは思わなかったわ・・・ご主人様もだろうけど私自身が一番、驚いているわよ・・・本当。"
 改めて心の中でそう反芻する。そして目の前の人間のオス・・・獲物へと視線をやる、もう自分だけで何がで切るかは自覚していた。同時にこの獲物をどうしようかと言う事も形にしていた、後は機会だけ気が乗るのを待つのみとなっている、彼女は小さく息を吐くと動き始めた。機械が来たのだ、思ったその矢先に。余りのタイミングの良さに順子は再び溜息を吐くと、そっと手を伸ばして近付き頭の頭頂部にその手を置いた。
「報われたいでしょ・・・あなた、自分の自慢の、そして何よりも好きなセックスで・・・。」
 髪の毛をクシャッとさせてやや斜めにした男の顔へと言葉をぶつけて様子を見る、すると男は力無く首を縦に下ろした。しっかり見ないと分からない位に。
「そう、やっぱりね・・・そして報われた後は今までに自分を裏切った女達へ復讐をしたい・・・そうでしょう?」
「う・・・あぅ・・・。」
 今度は呻き声が返ってきた、今まで言った事は全て先程男の記憶を読んだ際に同時に知った事。心の奥底の抑圧された感情の中から、理性によって封印された記憶や思いの中から汲み取った事柄であった。こう言った完全なるどうしても転換しない負の感情と言う物は誰しも持ち、そして余りにも過大になったりすると人を苦しめる。ストレスなどと言う物はそれらが原因だ、とは言え多くの場合それらは転換の出来る軽い負の物が中心でここまで重い物は核として、きっかけとしてしか存在し得ない。
 しかし性とか食、つまり動物的な本能に関することとなると次元が異なる。こう言った事に起因するストレスと言うものは大概重くなりがちで、幾ら軽い本人以外は気にしていない事でも深刻に捉えすぎてしまう傾向がありその結果としてストーカーとなったり、または拒食症等結果として自らの人生を自ら絞め殺してしまう様な行動に走ってしまうと言う何とも御し難く抗し難い厄介な存在であった。
 しかし逆にそれらは竜人や順子の様な存在の者にとっては、人を容易に制する為の重要なそして最も容易な手段となる。彼らにはそれを制御する能力があるからだ、言ってしまえば原子核を操る核関連技術の様なもので常人には無理でも技術のある者には容易い。
 そしてそれらが負の感情に置きかわっだけでありそれを制御する事で人の精神や肉体を変えることは簡単、更に性的な興奮が添加されればもう思い通りに事を進める事が出来る。今の男の状態はその秘められたエネルギーの元を表に出した段階、そしてこれからそれを精製し爆発させるのだ。

「もう一つ思っている事があるわね・・・犯されたいって言う、女みたいに嬌声を上げたいと言うのがあるわね。大丈夫、必死に否定しなくていいわ、それがあなたの秘めた思いなのだもの。本人に分かる筈の無いね・・・さぁ素直になりなさい、そうすれば楽に慣れるから。」
 喜々とした調子で順子は宣告する、男からの反応は先程の様には見られない。それはそうだろう若い頃から女を犯す事を無常の楽しみとし、それこそが存在意義と思い込んで来たと言うのに自分の中には女性か願望があると言われたのだから・・・固まって当然であろう。
 順子はそっと手を離すと顔を近付け唇を奪う、男が何も反応を見せない内に先程から溜めて置いた唾液を一気に注ぎ込み、舌を絡ませて唇を離す。そして戸惑い気味の男に向って今一度こう宣告した。
「さぁ始めましょう。今が最も相応しい時・・・あなたの思いを叶えるのにね・・・。」
 当然ながら男は何も言いはしない、ただ静かに恐る恐る数秒の間を置いて上目遣いに首を振った。これだけで十分であった。順子の瞳が妖しく輝く。
 順子編・上 終


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