その先にあるもの。

Story1 入学試験前編


「……遅いなぁ……。
 集合時間は朝8時って決めたじゃないか……。」


僕の名前はミック・ファーミット。
純血の犬族。
今日は『コルネリア魔法魔術学院』入学試験だ。
この学校を受ける友達と待ち合わせをしたんだけど…。
未だにやってこない。
校門前に朝8時ってアレほど連呼していたエマもまだ来ていない。
まったく、何で誰も来ないんだよ。
…周りは受験生で溢れかえっている。
でもいろんな人が居ることを実感した。
参考書をひたすら音読みしている人や、何を悟ったのか手を合わせてじっとしている人も居る。
うわ、こんな怖そうな人も受けるんだ…。
…とりあえず早く皆が来てくれることを祈るのみだ。


「ミック〜〜!
 ミックーー!」


ほんの少し向こうから、少人数のグループが走り寄って来る。
どうやらやっと到着したらしい。


「遅いじゃないか、みんな!
 …特にエマ?
 君が最初に言い出したじゃないか!」

「ご、ゴメンゴメン。」

「いや、これには訳があるんだよ。」

「ジョアン。
 …どういうこと?」

「ノールが心配だったから、二人で家に行ってたんだよ。
 そしたらやっぱり寝坊。
 受験の日まで寝坊なんて参っちゃうさ。」


最初に僕が話しかけた女の子が猫族のエマ。
容姿端麗に加え、性格までしっかりしているデキた娘だ。
で、弁解している彼がジョアン。
僕が今、自信と余裕を持ってここに立っていられるのは彼のお陰。
そして奥で息を切らしている彼が、大柄な熊族のノール。
ちょっと荒っぽいけど、根はいいやつで彼を嫌う人を見たことがない。


「またなの?!
 たまには人に合わせるということを覚えたほうがいいよ、ノール?」

「え?何だって?
 そんな微小であり瑣末なことは置いておこうぜ。
 …さ、受験モードに突入だ!」

「って一番それに遠いのは君だよ…。」


僕たち4人は幼い頃から一緒に育った、いわゆる幼馴染と言うやつだ。
だから僕たちの間で分からないことは殆どない。
…殆ど、だが。
内面事情を全て知っているのは僕だけ。
ほんの少し暴露してみると…。
エマはジョアンが、ノールはエマが好きだという事実がある。
何でこんなこと知ってるのかって言うと、それは僕には相談しやすいから。
…とエマがそう言っていた。
それに加え、他人曰く僕は口が堅いらしい。
別に他人に話す必要がないから話さないだけだ。
聞かれれば話してしまうかもしれないのに…。
まぁそんなことは置いておくことにしよう。


「じゃあ時間も時間だし、そろそろ掲示板見に行こうぜ?
 受験教室が張り出されてるんだろ?」


ジョアンの先導で歩き出すことに。
掲示板は校門からすぐの正面玄関に張り出すって受験票に書いてあった。
さ、どこの教室になるのかなぁ…。
ジョアンと一緒だと気が楽であるのは間違いない。
なんせ僕の成績をここまで上げてくれたヤツだから。


「……げぇ!
 オレ、602教室だ!!!」


掲示板を見た瞬間に悲鳴をあげるノール。
あまりに大きな声だったから、一瞬で周りの人が彼を見た。
…こっちまで見られている気分で恥ずかしい…。


「…すいません。」

「ご苦労様、ノール。
 頑張って6階まで登って下さい。」

「私は…203教室ね。
 ジョアンは?」

「俺?
 201教室だよ。」

「そっか…。
 一緒のクラスじゃなくて残念だったね。
 で、ミックは?」


この聞き方、何だか僕はついでみたいだ…。


「103教室。
 やっぱり皆バラバラみたいだね〜。
 でも結構近いよね……ノール以外。」

「な、何でオレだけこんな目に…。」

「運命として受け入れるしかないから。
 んじゃここで一旦解散な。
 午後になったらまたここに集まろうよ。」

「うん、そうね。
 午後からは実技試験だし。
 最終確認もしたいしね。」

「じゃあその時には、オレの教室まで迎えに来て…」

「行かないよ。
 今度は時間通りに来てよね!」

「分かった分かった!
 じゃあ解散!」


各自教室へ向かう。
エマは途中までジョアンとくっついて行くみたいで離れようとはしない。
ノールはひたすら暗い顔をしている。
…今日は絶対に受からなきゃ!
少しでも父さんに近づけるように。

父さんは、魔導省の官僚をやっている。
魔導省っていうのは魔法を扱う上での規定を決めたり、新しい魔法で魔導工学の発展に協力したり…。
と、オールマイティーに仕事を行う国家の魔法という点での中枢。
父さんは数々の法則を見つけては発表して、今では著名な人物である。
魔導と世界の構成の関係についての仮説を証明したのも父さんなのだ。
父さんは僕の憧れであり、そして目指すべきもの。
さらに最終的には父さんを超えたいと思っている。
で、とりあえず国内で一番の学校を受けようと思った。
それがここ、『コルネリア魔法魔術学院』。
ここは魔導省への就職率が一番高い場所なんだ。
つまり、ここが理想への最短の近道であるわけだ。

受験票を試験官に見せて、教室に入る。
すでに殆どの人が席に座っていた。
机上の番号と、自分の席の番号を確認しながら歩いていく。
…どうやら窓側の後ろから2番目らしい。
外の景色も見られるし、僕にはちょうどいいかなと思った。
席についた僕は、腕にはめている愛用の時計を外して机上に置いた。
試験開始まであと10分。
一応最終確認ということで、持ってきている参考書を開いた。
受験に必要な科目は、数学・理科・魔導学の3つ。
僕は特に魔導学が苦手なので、苦手項目をひたすら確認することにした。
魔導学って言うのは、魔法の起源から発展・応用まで幅広い分野である。
特に、この中の魔導史って言うのがすごく苦手。
ジョアンの助けがなかったら、今頃語句でさえ頭の中で無秩序に暴走していただろう。
参考書を開いてさぁ読むぞって時に、何故だかいきなり後ろから話しかけられた。


「君、受験生だよね?」


…ここに来ているのは全員受験生だろう?
そんな当たり前のことを聞いてくる人物に、僕は何となく苛立ちを覚えた。
後ろを向くと、そこには背が高めの狼族の少年が立っていた。
ってよく見たら、さっき見かけた怖そうな人じゃん!


「そ、そりゃ受験生じゃなかったらここには居ないだろうね。」

「はは、それもそうだ。」


こいつは本気でそんなことを聞いたのだろうか。
何か不思議なやつ…。


「ボルト。」

「はい?」

「ボルト。
 ボルト・ローレンス、俺の名前ね。
 よろしく。
 あぁ、そのまま呼び捨てで構わないから。」

「あ、あぁよろしくね。
 僕はミック・ファーミット。
 僕も呼び捨てでいいよ。」


先に差し出してきた手を軽く握り返す。
試験場で交友を深めるようなことして、ボルトは随分余裕あるんだなと思った。
だってそうでしょう?
多分普通の受験生は、皆がライバルだから蹴落とすことばかり考えているに違いない。
僕の前の席のやつはその典型。
最初に席につこうとした時に、真っ先に睨まれたからね。
もしかしたら、この彼はそういう意識がないのかもしれない。


「ミック…僕?
 もしかして君、男なの?」


え…?
いきなり何を言い出すのか。


「ミックって他人によく言われない?
 童顔っていうか…。
 両性の顔しているよ。
 …女の子に近いね。」

「あの…一応性別上僕は男だよ。」

「そ、そっか。
 ごめんごめん。」


確かにボルトが言うように、女の子に間違われる時もある。
今年で16歳になる僕は、声変わりというものを経験したことがなかった。
普通は12,3歳の頃から始まるってのはよく聞く。
でもそれは普通は、ってことだろ?
僕はその普通からはみ出した異例者だ。
身長も女の子のエマと殆ど変わらない。
ジョアン曰く、それなりに着飾って街中を歩けば絶対男にナンパされるんだってさ。
…全然嬉しくない。
最近僕には成長というものが現れないのだろうか…とまで微かに思っている。
でもそれは身長とか声とかだけ。
まぁ何て言うか……。
下半身の方はそれなりに普通の成長は遂げていた。
ちょっと被ってるのが精神的につらい…。
って何を考えているんだ僕は。


「ボルトは余裕あるんだね。
 試験場で見ず知らずの人と話すなんてさ。」

「別に余裕なんかないけど…。
 話す相手が居るとある程度リラックスできるだろ?」


あぁ、なるほど。
そこまで考えてたのか…。
僕は試験のことで頭がいっぱいだったから、そんなことは一切考えていなかった。


「一緒に合格できるといいな。」

「そうだね。
 ま、今出来ることをやろうよ。」

「…お、試験官が来た。」


カツカツという音を立てながら、壇上には女性の試験官が現れた。
あれはもしや……。
いや、間違いない。
この世界で希少種と言われている、虎は虎でも白虎族の人だ。
資料でしか見たことがなかったから、実物は見るのが初めてだ。


「はい。
 カバン等は廊下に全て出してくださいね。
 机上に置いていいのは、鉛筆・消しゴム・鉛筆削り・時計です。
 それ以外はカバンに入れて置いて下さい。
 …………。
 ではこれより、コルネリア魔法魔術学院入学試験筆記の部を開始します。
 1時間目は理科で解答時間は60分。
 2時間目は数学で解答時間は60分。
 3時間目は魔導学で解答時間は90分です。
 では理科の問題用紙を配ります。」


はぁ…。
魔導学ってのは範囲が広いから、解答時間も長い。
あぁ神様、僕の分かるところだけを出してください…!


「…………。
 それでは始めて下さい。」


 


 

「……試験終了です。
 鉛筆を置いて下さい。
 今鉛筆を持っている者は不正行為とみなします。
 …では解答用紙を回収します。
 静かにお待ち下さい。」


…ふぅ、やっと筆記の部が終了した。
振り返ってみると、数学が例年より若干難しかったかな。
今年の魔導学は方針を変えてきたらしく、いつもとは違うような問題ばかりだった。
…でも魔法の応用法の辺りは勉強しなくても解けるくらい簡単だった。
ちょっと拍子抜けだ。


「……。
 ではこれで筆記の部を終了します。
 昼休み後、実技の部がありますので掲示板にて試験場をご確認下さい。」


え?
また掲示板まで行くの?!
ということは、またバラバラになるということか…。


「やぁミック。
 手ごたえはどうだ?」

「ん?
 まぁそれなりに…。
 人並みにはあるんじゃないかな。
 ボルトは?」

「オレは数学で逆フィーバー。
 中等学校でもあんなテストなかったさ…。」

「まぁ…ドンマイ?」

「それより、昼御飯はどうする気だ?」

「僕は友達と食べるから。
 同じ学校出身者が他にも3人居るの。
 ボルトと同じようなこと言いそうなやつが約1名いるけど。」

「ハハハ。
 オレ、そいつと気があうかも。」

「ところでボルトはどうするの?
 やっぱり友達と食べるんでしょ?」

「あぁ、一応な。
 オレんところからも10人くらい受けに来てるからな。」

「そっか。
 うちの二倍以上じゃん。
 …じゃあ実技の時にまた会えたらいいね。」

「…あぁ。」

「んじゃまたね。」


何かひたすら絡まれた気がする。
試験が終わるたびに試験とは関係ない話ばかりさせられた。
この学校に入ろうとしている理由とか…。
ボルトはそれをただ聞いているだけだったんだけど。
…本当に不思議なやつだ。

僕が掲示板の前に行った時には、すでにジョアンとエマがそこに居た。
これは本当に些細な変化だけど、エマはジョアンと話している時は何となく嬉しそうだった。
僕は第三者として見ているから結構分かりやすい。
前にジョアンにこの話を持ちかけた時も、そうか?って言われただけだった。
やはり客観的に見ないと分からないらしい。


「ジョアン!エマ!
 …ノールは?」

「まだ来ていない。
 …まさか本当に迎えを待ってるんじゃないだろうな…?」

「でもここで向こうに行ったらノールの思う壺よ?
 じっと待ってた方がいいわよ。
 ミック、今のうちの次の試験場を確認しておいた方がいいよ。
 ほら、もう張り出されてるし。」


そう促されて、目線を少し上に向けた。
えっと……。
僕は第3練武場だ。


「第3練武場か…。
 ここからなら一番近いや。」

「えぇ?!
 いいなぁ〜…。
 私なんて一番遠い第1練武場だったよ…。」

「でも一番広いっていうからいいじゃない、多分。
 ジョアンはどこだった?」

「俺も第1。
 実技の方が得意なエマがいるから、ちょっと安心したよ。」

「私だって得意じゃないよ?」

「控えめだね〜。
 学校では常にトップクラスだったのにね。
 エマの名前が無かった事なんてなかったじゃん。」

「あれは何て言うか…。
 多分運がよかったんだよ。」

「いつも中の下だった僕にはついていけないよ…。」

「大丈夫よ。
 ミックだって随分成績上がったじゃない!
 最後の定期テスト、ちゃんと10番以内に入ってたし。」


そんな他愛のない会話をしていると、どすどすとした走り方で大きな熊がやって来るのが見えた。
これを見ていると、100メートルくらい離れていてもノールを見つけられる自信が出てくる。


「な、何で迎えに来てくれねぇんだよ…。
 オレ、本気で待ってたのに…。」

「ノール、たまには人に合わせた方がいいこともあるよ?
 今のうちに実技の会場も確認しておいた方がいいよ。」

「ちぇ〜。
 …オレは第2練武場だな。
 エマはどうなんだ?」

「私?
 私はジョアンと同じで第1の方よ。
 結局ミックとノールは最後までバラバラか…。
 残念ね…。」

「くっ!
 またしてもジョアンに……。」

「何か言った?」

「い、いいや、何も……。」


ノールが照れ隠しをしているのがよく分かる。
流石のジョアンもノールがエマに好意を抱いているのは分かっていた。
だからこういう時、知らない振りをしているジョアンはいつも苦笑いをする。
まったく、内面事情ってのはつくづく難しい問題だと思う。


「…そういえばさ、ミック。
 昨日言ってたアレ、見事に出てただろ?」

「うん、本当にビックリしたよ。
 あそこで点数稼げたのは大きそうだね。」

「?
 何の話?」

「ん?
 あぁ、昨日ミックと試験に出るところの予想をしてたんだよ。
 俺が獣人の魔法との関わりの歴史が狙われるって言ってて…。
 ミックは魔導回路の辺りってさ。
 で、結局俺の勝ちってわけ。」

「あぁ、酷ぇ!!
 何でオレも誘ってくれなかったんだよ!」

「ノールは朝早く勉強するためにもう寝るって言って、一日中寝てたらしいじゃん。
 そうやって君のお母さんが言ってたよ?
 ジョアンの家から帰ってるときに偶然会ってね。」

「…そ、そんなこともあったような…。」

「それで寝坊とか、本当におめでたいやつだよな。」

「う、うるさいなぁ!
 オレはオレなりに睡眠学習をしてたんだよ!」

「ふふふっ。
 ノールらしいわね。」

「…そうかな。」

「何勘違いしてるんだよ。
 明らかな皮肉だよ?」

「あーもぅ、うるさいうるさい!
 …とにかく!
 実技のための確認をしておこうぜ!」


…やっぱりノールをいじるのは楽しい。
子どもみたいな反応をしてくるのが、いつもの荒っぽさからは想像できない。
そのギャップを楽しむのが僕ら3人の共通の趣味?みたいなものだ。

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