すっぱいチャーハン
「姉さんの料理には独特の風味があるね」
「素直にまずいと言っていいわよ。もう怒ってるから」
そう言ってフライパンを洗う手を止めた姉さんの背中は硬い。何を言っても無駄なんじゃなかろうかと思いつつ、僕は箸を置いた。
僕の姉さんは不美人ではない。身内の贔屓目を差し引いたとしても、そこらの女の子よりはいい。頭も悪くない。姉に知能を与えすぎて弟である僕の分が足りなくなったという母の説はなぜか誰もが支持する。
なかなかにできたお人である我が姉だが、どうにもこうにも料理をおいしく作るということができない。そこまで気にするようなことでもないと思うのだが、姉にとって料理ができないというのはコンプレックスのようである。最初の頃は母も練習に参加していたのだが、すぐにレシピだけ渡して姿を消すようになった。三回目のコロッケが不味かったのではないかと僕は睨んでいる。衣はふわふわ、中はサクサクというファンタジー世界から抜け出してきたような代物だった。父は最初から試食に参加していない。日夜家庭の為に戦う戦士を、何も身内が兵糧攻めすることはないだろう、という僕の勇断である。犬に至っては姉がわざわざ作ってやった食事に対して犬小屋立てこもり事件を起こした。やはり動物の方が危険察知能力は高いのである。
そんなわけで、姉の作った料理を試食するのは自然と僕の役目になった。なってしまった。
「で?」
フライパンを洗い終え、席に着いた姉さんは僕にれんげを突きつけた。
「で。でででので」
「で、どこがまずいのか。言ってみなさい」
場を和ませようとした狂言を無視されて僕は俯いた。今日のメニューはチャーハンだ。具も母と同じものを使っているし、調理工程だって僕が確かめた。が、現実は非情である。
「そこはかとなくまずいんだよね」
「私を傷つけまいとするあなたの心遣いは大変嬉しいからさっさとゲロっちまいな」
「わー、ねーちゃんガラわるーい」
「オーケーマイブラザー。ユーのルームをサーチ&デストロイしてやるわ」
「何を抹殺なさるのですか」
「男性が女性に対して誤解を抱く原因を」
「なにそれこわい」
姉さん本気です。ふざけるのを止めて、僕はチャーハンを一口だけ食べてみた。
「……」
途端、姉さんの真剣な視線が突き刺さる。この人のこんな表情を見られるのは僕だけなんだろうな、と思いつつ、口の中のものを咀嚼する。まずい。その一言に、尽きる。程よくパラパラのご飯。狐色になるまで炒めたタマネギ。香ばしく焼けた肉。その一つ一つは決して悪いものではない。ないのだが、まずい。コンビネーションが絶望的なのだ。エレキギターと和太鼓とハープの奏者を集めて合奏させたような哀感がある。
「神は死んだ」
僕の結論に姉さんは眉をしかめ、自分で自分の作ったチャーハンを食べだした。黙々と、半ば機械的な動きである。それがかえって痛々しい。僕はしばらく考えた挙句、考えうる最良の行動を起こした。冷蔵庫から取り出したるはこの日の為に小遣いはたいて買った秘密兵器。そのキャップを開け、思いきりチャーハンにぶっかける。立ち上るかぐわしき香り。一口食べただけで喉が焼けた。
「……あんた、何してんの?」
「こうすれば大丈夫だよ」
「私の料理よりあんたの脳味噌が心配だわ」
姉さんは溜息をつくと、僕の秘密兵器――酢を自分のチャーハンにもかけた。台所中に酸っぱい異臭が立ち込める。僕たちは顔を見合わせて苦笑した後、姉弟の合作兼失敗作を処分する作業に戻った。
盗み見た姉さんの表情はいつになく真剣である。自分以外の男にこれを見られたくない、と思ってしまう。それはジェラシーなのだろうか。そうなのだろう。
口の中のチャーハンは一層酸っぱさを増した。
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アトガキ