君が届く



 宅急便が届いた。
 彼から。
 なので、電話をした。
「もしもし、僕です」
 もそもそした彼の声は、あいかわらずもそもそしていた。
「もしもし、私です」
「ああ君か」
「そう私だよ」
「元気かい? 今幾つだ?」
「十九。もう少しよ」
 私は壁の時計をもう一度しっかり確認した。明日は私の誕生日。後二十分で、私は二十歳になる。
「そうか……そうか。君は今のところ、どうだい」
 彼の声はいつかと同じように、暖かくて、優しくて、はっきりした偽りの匂いがした。
「なんとか。そっちは、って聞くだけ野暮かな」
「そうだな」
 もそもそとした声のまま、彼はくくっと笑う。
「長かったかい?」
「そうかもね。どうだろ」
「長かったんだろうさ」
 下唇を噛みしめる。ああ、どうして此の男にかなわない。
「それは、そうだろうさ」
「だって僕は」
「絶対で、それを理由になくなってしまうくらい無欠だったんだから」
「君が僕を超えられないのは当然だ」
「君が気に病む必要はない」
 あ――あ。
 彼の言葉は、いつわりのない、しんじつかれのこころであるそれは、ひどくさみしくて、かわいそうだった。
 だから私は、ちゃんと最後まで話す。
「知ってる」
「あなたが、万能で、無欠で、絶対だったこと」
「私が絶対に届かない場所に、あなたがいたこと」
 だから私は、ちゃんと最後まで離す。
「でもね、私、あなたを超えて見せる」
「だって、後二十分、いいえ、十分生きているだけでいいの」
「それだけで、私はあなたを超えられる」
「あなたより長く、生きる」
 だから私は、ちゃんと最後まで放す。
「あなたより長く、生きていく」

 彼はげふげふと笑った。
「それはオかしイよ。それはオかしイ。長らエたところで、それがなんになる? どウなる? 君は僕より長く世界にイて、それで何ができるって言ウんだイ? 君の百年は僕の一年にも劣る、そウだろウ」
「そうだよ」
「なんだ、知ッてイるんじゃなイか。ならばどウして僕を超エられるなんて言ウんだイ。君がつッかかッてくるのはまアましな部類に入る娯楽だけど、それは僕の気が晴れてイるときに限るんだ。アまり僕ヲ煩わせなイでくれ」
「でもね、私は後五分で、あなたを超えるわ」
「イイ加減にしなさイ。そンな論理も根拠もなイ話を僕に押し付けたところで、君は僕ヲ超エられなインだよ。まッたくもウ、そウイウところは成長してなインだな」
「私は、あなたを――(日付が変わった)――君を。超えたわ。だってね、君、私が生きてるって、君が死んでるって、言えないでしょ」
 彼は黙りこんだ。小気味良い、健やかな沈黙だった。彼も認めていたのだと、私は知った。
 目の前の彼を、私は抱き締めた。強く、優しく、一心に。私の背中にまわされた彼の腕はおそろしく不器用で弱々しかった。
「ねえ、君、私より先に産まれて、私と同い年になってしまった君、私の半分を与えられた君。私の半身を、返して」
「ねえ」
「ねえ」
「さよなら」

 宅急便のダンボールの中にはちゃんと私の半身が入っていた。ただ、ありがたくもないことに、彼の手形がべったりと付いている。最期の最後で無器量をやるあたり、彼も生きていたのだと思う。
 半身を胸に受け入れた。しとりと重い。ひたりと重い。くたりと重い。
 暖かい。
 私はうずくまった。




アトガキ:説明しすぎじゃねーっ? って感じ。