勇者たんを拉致監禁する会
「というわけで、第一回勇者たんを拉致監禁する会を始めまーす」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
やる気もないくせに嫌に長い拍手が部屋に響き渡った。俺はそれを黙って聞いているしかない。なにしろ四肢を拘束されている上に口も何かで塞がれているからだ。幸いなことに目隠しはされていないが、薄暗い室内を見渡すことはできなかった。部屋の調度品の雰囲気から王城の一角であろうことは容易に想像できる。ただ、窓もなくドアが一つあるきりだ。中央に置かれている大きなベッドに俺は寝かされている。それを取り囲むのは魔王を討伐するため、苦難を共にした旅の仲間たちだった。
「まず会員NO.1の私から挨拶させていただきます」
そう言って魔法使いが進み出る。この世界に召喚されたばかりの俺を王から押し付けられた男。自在に操る数々の強力な呪文もそうだが、その豊富な知識も役に立った。上から目線で人のことを馬鹿にしてばかりいたくせに、王城の近場へ練習に出た俺が盗賊団に拉致されたときも、真っ先に駆けつけてくれた人。
「この会を発案してからどれだけの時が経ったでしょうか。長かった。本当に長かったです。魔王を倒すまでは貴方を自由に出歩かせるしかなかった。それがどんなに苦痛だったことか。素晴らしい今日の日を迎えられて、私は本当に嬉しいです」
ちょっと待ってくれ何を言っているんだお前。俺にそんなさわやかスマイルを向けている暇があったらいつもみたいに状況を説明してくれ。もういくら偉ぶっても文句言わないから。
「NO.2の俺からも、一言。一目見たときから、ずっとこうしたかった。理想とは少し違うんだが、まあなんだ、こうやって勇者を実際に拉致監禁できるっていいもんだな」
柄にもなく目を赤くして鼻をすすったのは、人買いの馬車で出会った格闘家だった。街中で突然攫われて混乱していた俺に喝を入れ、戦うための心構えを教えてくれた人。この人が幾度となく庇ってくれなかったら俺は志半ばで死んでいたはずだ。
「NO.3です。俺はそんな立派なこと言えないんで、まあ、ちょっとだけ説明させてください。勇者様を縛っている枷は俺たち盗賊ギルドと鍛冶ギルドが総力を結集して作ったものです。対魔法コーティングを施してありますからどんな魔法も通用しませんし、何があっても破壊されないようさまざまな角度から検討されています。勇者様を監禁する枷を作る。俺の技術は今日この時のためにあったんだと思います」
続いて進み出たのは盗賊だった。彼の斥候や鍵開けは旅の上で大変役に立ったし、戦闘になってもその素早さで敵を翻弄してくれた。その笑みは貴族の牢に捕まって泣いていた俺を励ましてくれたときと何一つ変わっていない。
他の人間は話すことがないようだ。室内はそれきりしんと静かになる。幾多もの視線が俺に突き刺さる。いたたまれないのでどうにか身体を動かそうとしたが、ベッドから起き上がることはできないようだった。
しかしこれは、どういうことなのだろうか。魔物を統べ人間を脅かす魔王を倒すために、異世界から召喚された勇者。それが俺だ。元の世界に戻れる保証はなかったが、俺はこの世界に生きる人間の一人として、人間を守るために戦い、魔王を倒した。そのことに後悔も疑問もない。世界を救った勇者の影響力は絶大だろう。それを疎んだ王家が俺を排除しようとしたのか。ありうる話だ。
「大丈夫ですよ」
俺の顔に走った怯えを感じ取ったのか、魔法使いはにこりと笑った。
「お食事のときになったらその猿轡も外してさしあげます。念のために言っておきますが、舌を噛み切っても痛いだけですからね。ショック死するのも窒息するのも、治癒魔法の回復速度に追いつくことはできませんから」
「漏らしても大丈夫だぞ! ちゃんとおむつ穿かせてあるからな! 出しちゃったらすぐ替えてやるから安心しろよな!」
格闘家が太陽のようなスマイルを浮かべてぐっと拳を握った。
「二十四時間の監視体制が敷かれているから健康管理は徹底されている。安心してくれ」
盗賊がぽんと薄い胸を叩いた。
それを最後に、三人の旅の仲間たちとそれに連なるらしい連中はぞろぞろと部屋のドアから出ていく。一人ぽつんと取り残された俺は、しばし呆然とするしかなかった。
『おい、勇者』
つまり、どういうことなのだろう。身体を動かしてみてもこの枷は外れそうにない。魔力を削ぐ印が床に刻まれているのか、魔法を使おうとしてもすぐに拡散してしまった。
『おい勇者。この魔王様が話しかけてやっているのだ。答えんか』
……魔王? 魔王は確か殺したように思うが。幻聴だろうか。
『肉体は貴様に滅ぼされたが、魂は残っているのだ。貴様の精神に憑かせてもらった……今はまだ方策こそないが、いずれ復活してくれよう。我の死、それ即ち我が心が折れるということ。つまり我は不死。我が諦めぬ限り、我は不滅だ』
そうか。おのれ、魔王め!
『フハハハハハ! ああも執拗に分割してくれたおかげで、もはや我ですら貴様の精神から離れられぬ! 貴様が自由を得るには、我が自由を得る他にない!』
……それは、そうと。ちょっとだけ質問に答えてほしいんだが、いいか。
『質問? 質問だと? ふん、よかろう。我の気分次第だが、な』
状況を教えてくれないか。俺にはちょっと、今の俺が何がどうなっているのかよくわからないんだ。
『……貴様の取り巻きどもが喋っていたであろう』
実はあいつらが何喋ってるか理解しようとすると心が拒否反応を起こしてなにをいってるかよくわからなくなるんだ。だから俺にはちょっとあいつらがなにいってるかよくわかんないんだ。
『勇者よ』
なんだ。
『我が思うにだな、我を倒した後、お前は奴らに拉致監禁されているのではないか? 少なくとも我にはそう聞こえたぞ』
そ……そんな馬鹿な! そんなことがあるはずがない! 嘘だ!
『ハーッハッハッハッハッハ! 最後の最後でこんなこととはな! いいざまだな、勇者!』
……
『……』
……なあ。
『ああ』
なんで?
『いや……わからん……勇者たんを拉致監禁する会を結成しちゃうとか……なんか一線を踏み越えちゃった人たちの考えることとかわからん……』
勇者たんってところが最高にこう……なんていうか……
『正気じゃないな』
ですよねー。
『そうだ、貴様確か光の女神の加護を受けていただろう。どうにかして繋ぎをつけることはできんのか』
魔王頭いい! 賢い! 女神さまー! 女神さまちょっといいですか! 今俺どうなってるんですか!
『……返事がないな。感じ取れぬ』
女神さま! めーがーみーさーま! ここに魔王がいますよー! 今なら弱っちいから一発ですよー!
『あっ勇者汚いさすが勇者汚い! でも返事来ない!』
ごめん。よく考えたらあの人最初に会ってパラメータ上げてくれただけで後特に助けてくれたことなかった。
『えっなにそれひどい』
……どうしよう。
『ぐむむ……我もここまで弱っていると、外部への干渉などできぬしな』
困り果てた俺が唸っていると、ドアがかちゃりと開いた。あたりを憚るようにして入ってきたのは、俺が見慣れた人間だった。俺が王城で修業をしている間に身の回りの世話を務めてくれた侍従の少年だ。歳が近いこともあってすぐに打ち解けられた。最初の俺がくじけずにいられたのは彼のおかげと言っても過言ではない。
「勇者様。僕、NO.3462です」
『あっこいつも駄目だ』
魔王が何か言ったが、そんなものは無視して俺は彼に目線で訴えかける。何も「勇者たんを拉致監禁する会」が三千人以上いるかもしれないという恐ろしい可能性に心を押し潰されたからではない。違う。違うのだ。
「勇者様、大丈夫ですか? 全く、一桁ナンバーの奴らはやることがえげつないんだから」
ナンバー? 俺が首を傾げると、侍従はああと説明してくれた。
「勇者たんを拉致監禁する会はそれぞれ桁数で五グループに分けられていて、数が若いほどヒエラルキーが上なんです。僕なんかは四桁なんでなかなか謁見が許されないんですけど、こうやって忍んできちゃいました」
『おい勇者聞いたか勇者。最低一万人はいるっぽいぞ勇者。ちょっと意味が分かんないな勇者』
魔王ちょっと黙ってて今大事なお話なの。お願い黙ってて魔王。勇者のハートすぐに現実受け止められるほど強くないの。
「今、こんなところから僕の部屋にお連れして差し上げます」
侍従はそう言って、俺の手を握ってくれた。思わず涙が浮かんでくる。こいつ。こいつだけは、俺を助けてくれる。わけのわからない会に自分を偽ってまで入ったのだ。俺を助けるという、ただそれだけのために。よいしょっと、と侍従は脇から肉切り包丁を取り出した。この局面にとても相応しくない凶器が蝋燭の淡い輝きにぎらりと光る。
「じゃあ勇者様、今から両手と両足を切断してその枷から解放してあげますから、途中で死なないでくださいね。あ、大丈夫です勇者様を入れる箱も僕のベッドの下に用意してありますからね。勇者様がぴったり入るよう、ちゃんと寸法測って作ったんですから!」
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
「御待ちなさい!」
その声は……巫女様! 俺をこの世界に召喚する儀式を行った全ての元凶! どこからともなく飛んできた光の輪が侍従を跳ね飛ばす。起き上がってこないことからして、彼は気絶したようだった。
「勇者様。光の女神さまからの言伝をお伝えに参りました」
巫女様はしずしずと俺の横に立つ。なにはともあれ彼女がいなかったら俺はちょっと言葉じゃ説明できないような状態になっていたかもしれないのだ。必死に頭を下げて感謝の念を表すと、彼女はふっと微笑んだ。
「代償なしには何も手に入らない……それが世界の定めでございます。勇者様に魔王を打ち倒すほどの力を授けるため、女神さまはマイナススキルも授けられました」
『聞いたことがあるな……我もそのようなスキルを持っているはずだ。貴様には教えんがな』
「女神さまが勇者様に授けたのは、ずばり人間に拉致監禁されるスキルでございます。勇者様を一度目にした人間は誰もが勇者様を拉致監禁したくてしょうがなくなるのでございます。今までは魔王という障壁があるため皆がそれを堪えておりましたが、もう魔王もいなくなりましたことですし。存分に拉致監禁されてくださいませ」
『えっなにそれこわい』
魔王頑張って復活してくれ。頼む。もう殺さないから。むしろ人間より魔物の方が安全っぽいからそっちで養ってくれ。
『勇者ごめん魔王頑張ってるけどどうすれば復活できるかわかんない』
「以上です。失礼いたします」
何事もなかったかのように出ていこうとする巫女様を俺は必死に暴れて引き止める。もう彼女だけが頼りだ。せめて、せめてここから出してくれれば。身体さえ自由ならどうにか魔界に逃げ込めるはずだ。後のことはそれから考えればいい。一端自由にさえなれれば……
「そうだ勇者様、見てください。いいでしょう」
彼女が誇らしげに取りだしたのは四角いカード。その端に刻まれているのは。
NO.0。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
侍従を引きずった巫女様がいなくなり。再び静かになった室内で、俺は天井を眺めていた。思い返せばおかしいなと思うことは何度もあった。俺はどこに行ってもなにがあっても手を変え品を変え何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も拉致監禁されていた。そうだ。異世界だからこんなものかと思っていたが、一人の人間がこう何度も拉致監禁されるなんてあっていいはずがなかったのだ。
『勇者よ』
魔王の声は、厳かな響きを伴っていた。
『ガンバ☆★☆魔王あの世から応援してる☆★☆』
あっ魔王汚いこの状況から逃げるの汚い! 死ぬな魔王! 頑張れ! 頑張れ頑張れ魔王! 復活するんじゃなかったのか魔王! 魔王! まおーう!
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アトガキ:
小説家になろうで受けるのはこんなんかなーと思って書いた。渾身のおむつネタ。ヒロイン魔王。