勇者の娘with聖水VS魔王(24309回目)



 ちゃらりーちゃらりらちゃーらー。

 突然ですけど鼻から牛乳が出るってあの仕組みって人体のミスですよね。まあ飲んだもんが逆流するなんて普通考えねーからどうでもいいんですけど。神様全知全能ですけどそんなこと言われても困るんですけど? なんでお前ら逆流させてんの? いやそうなるのは知ってっけどね? でもなんでお前ら逆流させてんの? みたいな感じですよね。あれ痛いのもあるんですけどそれよりも鼻から液体を垂れ流すっていうあれがとんでもねー屈辱なわけなんですけど。まあどうでもいいんですけど。
 どうして私の頭の中でかの一回聞いたら絶対に忘れられない音楽(ちなみにバッハのトッカータとフーガ ニ短調っていうんですよあれ。ほんとあの時代の音楽家ども才能ありすぎなんですけど? なんなんです? まあどうでもいいんですけどね今は? でも愚痴らせてくださいね? いいじゃん? ね? あんまりぐだぐだしてもあれなんで、ちゃらりー鼻から牛乳の音楽のことに話戻しますけど。あの絶対に忘れられない音楽)が垂れ流されているのかと言いますと、まず私の素性から話さなければならない。
 私の生きてる世界は由緒正しいファンタジーであって、まあ無難に人間と魔物が殺し合ってて、でまあ数十年前に人間最強の勇者と魔物王の魔王が殺し合いをぶちかまして、両方生き残ったけど世界はそこそこ平和になりまして。そして私は何を隠そうその勇者の一人娘でありまして。数年前に親父が、数日前に母親がおっちんだわけでありまして。一通り悲しんだ後で、そいじゃ両親がどうしても許してくれなかった村の外へ初めてのお使いついでにスライムでもしばいてレベルでもあげるべやと、物置から引っ張り出してきた剣を片手に隣村まで歩いておったわけですが。

 ちゃらりーちゃらりらちゃーらー。

「余は魔王である」
 よいしょっ、みたいな感じで何もないところに開いた黒い穴から出てきたんですよね魔王。いや魔王。これ相手が普通のおっさんなら「は? 魔王? テメーの脳味噌カチ割って本当かどうか調べてやんよ! ヒャア!」くらいはするんですけど、なんかもう普通に魔王ですからね。オーラ出てるし。空間移動とかわけわかんねー魔法使ってるし。魔王。ぶっちゃけ困惑っていうか、その、私レベル1とかそんなんですからね。芽を摘むにも限度ってもんがありますからね。お前戦えるとか思ってんの? 「ふはははは! 弱いな、つまらん!」とか手加減して接待戦闘されても死にますからね。ていうかぶっちゃけ目の前に立たれてるだけでもおしっこ漏れそうですからねいやほんとの話。まだ漏らしてないけど。これもほんと。あーすんませんちびっと嘘です。ていうか私なにそんなこと言ってんでしょうね。忘れてください。いやほんと。
「お前は勇者の娘だな」
「あっはい」
 お前知ってて聞いてるやろ、とは言えないのが弱者の悲しいところでございます。私がへこへこすると、魔王はふーんという顔をしました。なにそれ。なにその「まあ確認くらいはするけど別にだからどうってことはねーよなー」みたいな態度。無礼とかそれ以前にあんた何しに来たんです? いやほんとなんなの? 私弱いんですけど? 既に瀕死なんですけど? あんたまじでなにしたいの?
「お前の父である勇者と、余は契約を交わした。その履行を求めに来たのだ」
「は?」
 契約。聞いてません。聞いてませんよお父様。テメー都で借金重ねたからこの村に逃げてきたんだあははははーとかそういうのは聞いてますけどね。そういうのばっかり聞かされてますけどね私。
「……聞かされておらんのか」
 なぜか魔王、安心な感じです。えっなに? 私魔王になにされちゃうの? お父様なに魔王と約束したの? っていうか魔王別に約束とかしなくても私自由にできたりするやん? あれとかなにとか? マジで? 背徳? 背徳エンド? でもまだルート分岐するほど人生重ねてないんですけど?
「ううむ……まあ、契約は履行されるべきであるからな。聞け、娘よ。そなたの父は、撤退時に余が十分待つのと引き換えに、自らの子を一人やるという契約を余と結んだのだ」
「……はぁ」
 おとうちゃん、あんたほんまもんのクズやん。つーかもろ負けてるような感じがするんですけどそこらへんどうなんですかね。
「そう失望した顔をするでない。お前の住んでいた村には余をも拒む結界が張られていてな。踏み倒す気であったのは感心せぬが、ともかく、お前を守ろうとしてはいたようだぞ」
「……はぁ」
 そう言われれば、まあ。納得できるような、できないような。
 私がこのなんとも言えない親との関係を思案している間に、魔王はぱちんと指を鳴らしてどこからともなく椅子を呼び寄せて自分だけ座った。もう一回言いますけど自分だけ座った。いや別にいいんですけどね。自分圧倒的上位だし。本来なら私土下座でもして命乞いだし。でもなんか当然だよねみたいな感じで自分だけ座るんですね。いや別にいいんですけど。そこまで気にすることじゃないんですけど。でも自分だけ座るんですね。さっすが、魔王様! ヒュウ!
「……うーむ……」
 魔王様の眉間に皺が寄ってる。やっべえ超こええ。さすが魔王。後下半身の栓が! 限界なんで! そろそろ! お話中断してもらってよろしいっすかね! いやちょっとでいいんで! おしっこしたいんでちょっと黙ってもらっていいすかなんてこと言いだしたらついでに人生中断しようねとかなりそうだから言いませんけど! ああ私の馬鹿! もうどこでもええやん! どこでもよかったやん! 出しとったらよかったやん!
「実はな、お前の異母兄弟は……24308人おったのだがな」
「はっ?」
 にまっ、20000? それまじで言ってます魔王様? 偽装っていうか実は父親別だけど勇者の子供にしといた方が箔がつくやんとかじゃなくて?
「余が魔術にて選別したのだ。間違いない」
 20000。20000てあんた、一日一人仕込んでも二十四年かかりますやろ? あれけ? 一日三回け? 飯セックス飯セックス飯セックスでやっとったんけ? そうなんけ? 
 なんか超人的な記録っていうかさすが勇者様やあ! ぐらいしかコメントのしようのない事実に放心気味の私に対して、魔王はぐんにゃりしながら知りたくない真実を告げる。
「24308の中で……お前が、一番マシかと、余は思うのだ……」
「どっ……どうしてですか魔王様! 私自分で言うけど結構クズですよ!」
「それはそうなのだが、他はもっと凄いぞ」
 おい否定しろやそこは。いや事実なんでいいですけど。別にいいんですけど。ていうか他もっと凄いとかなんなの? ナニモンなん?
「余の顔面にな、こう、自分の糞をだな」
 ひゅーん、と投げるみたいなモーションをしてくる魔王様。一瞬ぶっ殺されるのかと思って股緩めちまったじゃねーかおいこら! フェイントすんじゃねー! 出ちまうだろ! もう小出しにしちゃう寸前なんですけど! 命乞いすればおしっこ漏らしても大丈夫な感が出てきたんですけど! そしてそんな意味不明な底辺の話してくんじゃねーよ! 耳が腐るわ!
「なんでも彼奴の糞を受けるとすべての存在は幸せになるらしくてな。あまりに大真面目に語りかけてくるので、なんとなく、去勢してしまった」
 なんとなくかよ! なんとなく去勢とか魔王マジ魔王! でも気持ちわかるわ魔王! 私でもそうする! 誰だってそうする!
「それが34番目にマシだった男だ」
 おいいいいいいいいいい! 34! 下からじゃなくて上からかよ! 残り! 残り24274ナニモンだよ! いやほんとなにやったらそれ下回れるの? 謎なんですけど? そんなんで一位になっても嬉しくねーよ! いや全く嬉しくねーよ! 後ごめん限界! 漏れる!
「魔王様、ちょっ……」
「まあ待て」
 待てないよ。待てねーから頼むから! 一端中座させて! 頼むから!
 ダッシュで逃げようとする私を魔王はどこからともなく呼び出した黒い輪で拘束した。いやちょっと待ってくれませんか? えっなんで? 殺さないんですね? いやそれはいいんですけどね! いいんですけど! 放して! 頼むから放して! 放して! はなし……

「あっ」
「あっ」

 滅びそうな世界を誰かが救ってくれたみたいな安堵感と共に、内腿をなまあたたかい液体が伝って、地面に染み込んでいく。

 ふつん、と私の糸が切れた。おもらしでございます。この私、勇者の血を引き、剣を掃きて村の外に出でたる勇者の娘、こんな野外で魔王に拘束されて公開おもらしでございます。ぱんつ履いてるおかげでわかりませんがもうじゃーじゃー出てます。おしっこと一緒に人としての尊厳垂れ流し中です。おもらしでございます。おーもーらーしーでございます。
 魔王様ガン見です。「えっなにこいついきなりおしっこしてんのマジ引くわー」って顔で私を見てます。まああれですよ? 魔王様そういう趣味で頭がご病気な人なら「あー変態にやられちまっただぁ突っ込まれなんだだけましだべえ」とか言って私も諦めっていうか心の最終防衛ラインは犯されないんですけど、魔王様ドンビキですよね。普通にノーマルな人ですよね。じゃあなんで拘束したんです? っていうか、いやもうほんと、なんなんです? いやなんなんです?
「なっ、なんなのよぉ……」
「いや、その、契約の代償には、お前が一番マシだったのでな、その」
「それと人のおしっこ漏らさせんのとどういう関係があるんですか? どういう関係があるんですかね? そこんとこ、アタマのヒックーイ私に教えていただけませんかぁ魔王様? ねえ? できますよねえ? 魔王様賢いですもんねえぇぇ? っていうかあんた人の心読んでたでしょ!」
「まあね」
「フレンドリーに言うたら許される思うとるんか!」
「いや、その、ううむ……」
「なんや! 言うてみい! どうせそっちは魔王やからな! お前がそうせい言うたらこっちは従うしかないんやぞ! わかっとる? そこんとこわかっとんのか! おい!」
「お、お前な、もうちょっと慎みというものをだな」
「慎み? つーつーしーみー? んなもんほら、そこの地面に垂れてますやん? なんかもう乾いてちょっと臭いしてますやん?」
「いや、だからな、その」
「はい」
「あ、日改めますんで」
「あっはい」




 なんかよくわからんけど魔王は帰った。私も村帰った。
 それから毎月魔王からぱんつがいっぱい届くようになった。
 私がおしっこ漏らしたの知ってるのは魔王だけで正直そんな相手に会いたくないし第一逆切れしなかったらなんか攫われるか死んでるかしてたような気がするので放置気味なのだが、村では勇者の娘にド変態のファンがついたと噂がいっぱいである。
 たまに手紙がついているので、そういうときは私もそれなりに書いて返信している。ご丁寧にも返送分の切手までついているが、内容はどこそこの国を滅ぼしたとか人間いっぱい殺したとかそんなんばっかりである。
 たまに、会いませんか、とか書きたくなる。でも会ったところで私と彼は勇者の娘(生贄)と魔王である。おしっこ漏らしたのを見られたり見たりした仲である。
 なんかお互い嫌いじゃないような感じもするし、これからどうするかはいろんなもん背負ってる彼に任せようかな、とこの関係を放置気味の私である。どっとはらい。





アトガキ:
なんか言うことない。ゴミ。