愛情はほっといても育ちますが



「あんたの運転する車に乗るの、初めてだっけ?」
「あれ? あーそうかな。うまいだろ」
「どきどきする。死んじゃいそう」
「帰省早々免許持ってなくて泣きついてきた奴が偉そうに言うんじゃねー」
「ごめんごめん。なんか奢ったげるからさ」
「なら姉ちゃん女紹介してよ」
「えーなんで」
「俺今彼女いないんだよね。んでもって、遠恋に憧れてるわけ」
「えんれん?」
「遠距離恋愛」
「あ……あーあーやめときなさい遠距離恋愛は。距離を埋められるのは二人が積み重ねた年月だけよ」
「そうかな」
「そうですー間違いないですー」
「年の功っすねありがたく拝聴させていただきます」
「うわうっざ。うっざ。なに? いくらでも女の子いるじゃん」
「いねーよ俺の好みの女の子なんてたいてい売約済みなんですー」
「寝取れ!」
「ねーよ。地元でんなことできるほど俺心臓強くないの」
「だから彼女できないのよ」
「その理屈はおかしい」
「あたしを参考にしなさい。肉食系」
「……いや、だからさ。姉ちゃん女紹介してよ」
「ああそういう……ないわー。あんたみたいなエロガキの毒牙に差し出しても構わない子なんて……いるけど、やっぱなし」
「ないのかよ」
「だって超めんどくさい子だよ? あんたが下手打ったらあたしあいつと家族だよ? ないわー」
「ないかー。姉ちゃん女の趣味はいいんだよなあ。ほんとどこから見つけてくんの?」
「運命よ運命。だいたいあれでしょ? あんたの女の判断基準って胸でしょ? おっぱいでかけりゃなんでもいいんでしょ?」
「姉ちゃんだってそうじゃねえか」
「否定はしないけどあたしはもうちょっと他にも基準があります」
「ふーん」
「ちなみにこれお父さんからの遺伝ね」
「えマジで?」
「マジで。母さん若いころ凄かった」
「どんな」
「ロケット」
「うっは……って思ったけど母さんか。でも今度から気をつけよう」
「何によ。あんたいくら女に飢えてるからって母親を変な目で見ちゃだめだからね」
「見ねー見ねー」
「姉弟揃って女の趣味が同じとか、ひどい話よね」
「だよなー。で、あれなん? 今回会いに来るって子も?」
「いんや」
「え」
「ぺったんこ。平野」
「ど……どうしたんだよ姉ちゃん。誰よりも乳に飢えてる女が」
「いや」
「はあ」
「なんかね」
「うん」
「えーと」
「本気?」
「そういうと今までが本気じゃなかったみたいで嫌なんだけど、なんなんだろうね……ケジメつけたい相手、なのかな。ほんとのことを言うかどうかはともかく、お父さんや母さんとも、会ってほしいかなって」
「何? 外国とか行って結婚すんの?」
「……しない。できないよ。お父さんとか母さんとか、呼べないしね」
「そっか」
「あんたはそういうところが駄目なのよね」
「え、何いきなり」
「こうさ、姉が落ち込んでるわけでしょ? 言葉を尽くして慰めなさいよ」
「え……えーと、俺は行くよ? 姉ちゃんが結婚式するんなら」
「デスボール」
「デスボール?」
「ほら、野球の。人間にぶつけちゃうやつ」
「デッドボールだよ」
「んなもんどうでもいいのよ。あたし大ダメージです」
「デッドボールって食らうと進めるんだよ」
「何そのうまいこと言ってやったぜ的な顔」
「ごめん」
「あんたはいい男だと思うけど話さないから駄目なのよ。もっと喋りなさい。喋んなきゃわかんないことだってあるんだから。愛情はほっといても育ちますが言葉を積み重ねることによって保たれるのです」
「なんだそれ」
「今考えた。やだあたし今かっこよくなかった?」
「敢えて言うけど今の姉ちゃんはわりとマジでかっこ悪いぜ」
「なんで」
「実家に来ないかっつって、駅に迎えに行くよっつって、来たのは弟の車でしたとか普通ないからな。ていうかどうすんの? 俺知ってることになってんの? 知らないことになってんの? お父さんと母さんには友達って言ってあるんでしょ?」
「ええと……あれ……ええと……ん?」
「……おい。話し合いしとけよ。そこらへんマジでやばいじゃねーかどうなってんだよ。しかもあれだろ? 今家にお父さんと母さんいるからな。このまま帰ったら作戦会議する時間ないからな」
「そこらへんはさ、ほら、愛があるからなんとかなるかな、みたいな」
「なあ姉ちゃん。いい言葉教えてやるよ」
「なによ」
「愛情はほっといても育ちますが言葉を積み重ねることによって保たれるのです」
「……やっぱ性格悪いわあんた。うん」
「しゃーねーなもう……じゃあさ、俺車停めてどっかで時間潰してるからさ。終わったら教えてくれ」
「えー」
「えーじゃねえよ。都会と違って地元の喫茶店なんか誰が聞いてるかわかったもんじゃねえんだぞ」
「そうだよねー。ありがと」
「どうしたしまして。そろそろ着くぞ。この説明くらいは自分でしろよな」
「ねー、ほんとあんたってよくできた弟だよねー」
「なんだよ急に猫なで声出しやがって」
「いやほんと。本気でさ。あんたがいてくれて、よかったよ。ありがとね」
「姉ちゃん」
「うん」
「幸せにな」
「あんたもね」
「うん」
「うん」