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4月
それはもう、身体測定である。

 それはもう、身体測定である。年相応のピチピチな生体があらわになる春の一大イベントである。
 八獣学庵高修部2年ら組の生徒たちも、下着ひとつにされたあげくいろんなトコを測られてデータベース化されるのだ。
 「はーい、順番に並んで、手帳を見せてくださいねー」
 新任であるギアセンセが、声高らかに整列を促す。だだっ広い部屋に集められた計測対象者たちは、壁沿いに立てられた凸型の間仕切りをひとつひとつ巡り、機械仕掛けの器具にそこかしこを擽られ、自らの成長に一喜一憂したりしなかったりする。

 「昔は手作業で、みんな素っ裸にして測ってたけどなぁ、壁もなかったし」
「あー、俺そういうのがよかったー」
 黒い悪魔な進路指導担当が、ぱたぱたと羽をはためかせながらスイッチを入れる。オートメーションで下りてきた計測板が頭頂部に当たり、赤銅色のツノが左右で揺れた。
「んで、いくら伸びたの縮んだの、って声かけたりもしてたんだけど、最近は厳しいな、作業は無言が基本だから……はい」
「よっし! 伸びた!」
 小さなシール用紙にプリントアウトされた計測結果を、剥離紙から剥がして手帳に貼っつける。
「聞いてる? はい次ー」

 この春から八獣学庵に転入してきた留学生、狼獣人の蒼場酩酊。故国にはそもそも身体測定という概念がなかったらしく、白毛の交じった青い耳を不安げに伏せつつも、纏綿繊維に助けられて空欄を埋めていく。
 かたや面倒見役となりつつある黒山羊獣人は、今日も相手の反応を探りつつ会話を交わす。
「重さ?」
「そう、体の重さ」
「纏綿さんはどのくらいの重さだったのですか?」
「えーと、それはヒミツだ」
「教えてくれないのですか」
 うりゅ。すぐ涙ぐむのがお国柄なのだろうか。
「泣くなって。別に教えたくないとかそういうんじゃなくて、ヒミツにするもんなの」
「でも、高峰さんは大声で公言しています」
「禅裸は別格」

 「んじゃ、さっそく恒例のチン」
「それはどうかと」
 計測を終え、教室に戻ってくるやいなや、西洋竜人・高峰禅裸が声高に、「身長」の「し」を摩擦音ではなく破擦音で調音したので、纏綿が即座に却下した。恒例でもなんでもなく、こないだ高峰が言いだしただけだ。
「みんなの下半身の健康を見守るのも生徒会長の使命だよねー、よしっ」
 その提案に、級長かつ生徒会長の橙色狐獣人が乗ってしまったせいで、身体測定後のクラスの催しとして公認されてしまった。さらに、生徒会月刊だより4月号のコラムには、会長・稲荷棊子麺じきじきにその開催を呼びかけていたので、おそらくどこのクラスでも同様の方法で、生徒たちが親密さを深めていることだろう。纏綿は頭をかかえ、低く唸った。
「何か始まるのですか?」
 事態は困惑を極める。蒼場が興味深げに瞳をくりくりとさせているからだ。
「おう! 蒼場もいっしょに文化交流しようぜ!」
 左手首を右の肘に挟み、力拳を体に寄せて、にこやかにポーズを決める。
「禅裸。何が文化で何が交流なのか考えてないだろ」
「えー? お互いの体の仕組みを知ることは立派な文化交流だよ」
 2対1では分が悪い。
「あのね、蒼ちゃん、みんなでオチンチン見せっこしよう?」
「チンチ……、マラ、ですか」
 わりあい屈託なく言い直している。
「そうそう。さっき背の高さや体の重さを測ったでしょ? せっかくだからさ、オチンチンも測ろうよ」
「それが文化であるならば、ぜひ。しかし、この風習には恥ずかしさを感じます」
「恥ずかしいのがいいんだよお」
 羞恥心の共有とそれを乗り越えた解放感は学庵でしか味わえない、という会長の説明に納得しかけている留学生。けっして一般的とはいえないスクールソーシャルなイベントを外に広めるのはやめてほしい。
「蒼場には負けたくない」
 そしてニューカマーに対抗意識を燃やす西洋竜人いっぴき。
「背の高さでは負けたが! ここは俺のほうがデカいからな!」
 そういえばさっき蒼場の健康手帳を覗きこんで、数ミリの差で負けたことを悔しがっていた。ツノまで足せば勝ってるんだから、そんなに喚くことでもなかろうに。あと、股座を指指すな。
「大きいほうが望ましいのであれば、確かめる必要がありますね」
 受けて立つな。

 高峰が竹の物差しを、稲荷が巻き尺を持ち、志願者を先導して別室に移動する。次までにはクラス全員参加の行事にしたいねー、と会長が笑っているが、あまり気の進まない者たちを巻き込むと活気を削ぐよ、と有益なアドバイスをするサーバル獣人もどうかと思う。
 「それじゃ、さっそく!」
 心底嬉しそうに、ズボンと褌をいっしょにガッと下ろして、その逞しい太腿をあらわにする高峰。足のあいだには半立ちでぶらさがる陰茎と、大きめの睾丸。体色と同じ赤銅色の肉筒を持て余し、纏綿に計測を促す。
「ほら、繊維」
「わかったから腰を振るな」
 ぺちぺち、と左右の太腿に交互に当てていた動きを制し、恥骨に物差しの端を押し当てる。
「水平に持ち上げて」
「何もしてくれないんじゃ勃たないぜ?」
 口の端を持ち上げて、いやらしく高峰がにやける。前と同じやりとり。あきれたものだ。
「会長、電気ショックの使用許可を」
「わああ! ゴメンゴメンって!」
 なんだよいいじゃんかよー、と心底残念そうに、項垂れた肉筒を支えて、物差しにくっつけた。先端の数値を告げ、続いて巻き尺を使って根元の太さを測ってやる。指先から伝わる熱がうっとおしい。
「ふっふー、長さも太さも伸びたかんなー」
 嬉々として健康手帳のメモ欄に記す禅裸。
「そら、蒼場も見せてみろよ」
「ワタクシの番ですね」
 下着を外せば、すらりとした形の肉棒が垂れる。細身だが筋肉の付いた体と相応の、太さに長さ。
「俺のほうが大きそうだな?」
 にやり。マズルが触れてしまいそうな近さに腰を落とし、高峰が覗きこむ。
「萎えています。堅くなれば、あるいは」
「おう! それじゃ勃起させてから並べてみようぜ」
 自らのと蒼場のとを両手で掴もうとしたところで、会長が割り込んだ。
「こーら! まずみんなの測ってからだからね、お楽しみはそのあと」
 マズルに食指を添えて、秘密のサイン。もう知らん。とにかく計測を終わらせてさっさと立ち去ろうと決め、纏綿は高峰を押しのけて蒼場に物差しを伸ばす。
「こうして恥部の前に跪かれるのは、卑猥ですね」
 狼が頬を染める。
「あー! 蒼場、そういうこと言うな! 計測者をみだらに恥ずかしがらせるのはダメだぞ!」
「さっきまで禅裸も好き放題喋ってただろ……あ、やっぱし禅裸が長いのな」
「いやっほう!」
「みだりに、だからね、禅ちゃん」
 そもそも高峰が属する竜人は大きめに育つそうなので、狼と比べるのはお門違いだと思うが。
「残念です」
 残念だと言われても。太さの計測値を耳元で囁いてやり、2匹目終了。
「じゃあ、ボクが繊ちゃんの測るね」
「俺が測ってやるよ、繊維」
「ワタクシが測りましょう」
 なぜ群がるのだ。
「んー、蒼ちゃんに譲ろうかな。異文化交流になるしね」
「ダメだ! 繊維の恥ずかしいところを触っていいのは俺だけだ!」
「纏綿さん、ワタクシではダメなのですか」
 うりゅ。高峰の高峰による高峰のための繊維所有物宣言を真に受けて、蒼場が悲しんでいる。
「あのね、禅裸、そういうのはちゃんと当事者の許諾を受けてから発言しないと。それと蒼場、帰結がおかしい。頼むよ稲荷」
「はーい」
「えー」
「えー」
「2匹で視線バチバチやって計測器具取り合ってるのにどっちかなんて選べないだろ」
 そもそも纏綿はクラスメイトの秘密の部分にそれほど興味がないのだが、付き合っておかないと後から禅裸が不機嫌になるのは目に見えている。仕方なしにズボンを脱ぎ、ボクサーブリーフを取り去る。きゃしゃな体に釣り合った控えめなそれを、稲荷がサクッとひとはかり。
「計測完了ー。今回もボクのよりおっきそうだね」
 だから山羊と狐を単純に比べても、なぁ。すでに脱いでいた会長の下半身で、小さめの器官が所在なげに揺れている。
「蒼ちゃん、お願いね」
「はい、謹んで」
 会長のレクチャーに従って、マニュアル通りに蒼場が長さと太さを計測する。小振りなペニスと引き締まった睾丸のすっきりとしたシルエットは、ほかの3匹とは一線を画した芸術品だ。
「あー、繊ちゃんまだ着ちゃダメぇ、ボクのと直接比べっこしようよー」
 服を纏おうとしたのが気に食わなかったのだろう、会長が名残惜しげに声を挙げる。
「稲荷もあんまり調子に乗らないでくれ」
 好きな相手であればいざ知らず、不特定のそんなものを知って何の得になるのか。種別の違う生き物間でパーツのサイズを比較して、デカいだのちまいだの言い合っていても仕方ないと思うのだが。同じ疑問が頭を巡る。
「こっちも終わったぞー」
 竹の定規を振り回して、チーター獣人が向こうのグループでの作業完了を告げる。
「はーい、あと追加メンバー待ちだねー」
 それまでは下半身丸出しで待機。なんなんだろうこの間は。

 「わ、木乃伊」
 包帯姿のクラスメイト。去年の夏、埃と砂漠の国からやってきた留学生だ。乾燥体だからだろう、水棲生物組といっしょに、体内の水分含有量を測定することが求められている種別の生き物である。そのため、健康診断の終わり時間が少し遅れる。
 いつのまに部屋に入りこんでいたのか、気配さえ感づかなかった。包帯の隙間に覗いた瞳で、纏綿の下腹部をじぃっと見つめている。
 「木乃伊? あの、恥ずかしいんだけど」
「ふふー、絆ちゃん、繊ちゃんのペニス好きなの?」
 このいばんそうこう、が彼のフルネームだ。生徒会長に後ろから耳打ちされて、びく、と震える。
「だ、ダメだからな! そんな繊維のカラダを狙ってるなんて!」
 かたや禅裸は纏綿を後ろから抱き抱えていた。
「禅裸、当たってる」
 生で。
「いいじゃん、好みの形だったら見とれることだってあるもん。目を見張るくらいのモチモノ、ってことさぁ。誇るべき!」
 稲荷が胸を張る。自信があるのだろう、突き出した下腹部には形よい桃色の器官が中空を突いている。
「ねぇ、絆ちゃん、そうなんだよねー?」
「そうなのかもしれない」
 ぼそぼそと、視線の主が語り始めた。
「祖国の神像に、よく似ていた」
「え?」
「しんぞう?」
「ああ、神の像、ってコトね」
 狐が合点し、周りのみんなもそれに続いて頷く。
「角と三角の顔を持つ、我が神に」
「角と」
「三角、ね」
 繊維が自らの角に手を伸ばし、禅裸がその口吻を掴んだ。
「そっか。前から言ってたもんね、繊ちゃんよく似てるって」
「すまない。あまり見られるのは、我も好きではない」
 俯いて、謝罪の意を示す。好奇の視線というよりは、郷愁の想いだったのだろう。
「いや、構わない……いや、構わなくは、ないけど」
「そんなに似てるのか?」
 上から覗き込まれる。繊維が手の甲で軽くコツンと、禅裸の頑丈な鼻面を制した。
「先端の膨らみも、血管も、袋の下がり方も、よく似ている。毎日、手入れしていた」
 祖国では、神像を管理する役職にでも就いていたのだろうか。布で清め、香油で拭き、風通しの良いところでともに過ごすのが日課だったらしい。
「そんなにお気に入りなら、写真くらいはあげてもいいよね?」
 突拍子もないことを言い出す狐。どこからともなく携帯端末。
「はい、足開いてー」
「それはどうかと」
「しゃ、写真はダメだ!」
 繊維の股間を2匹分の手が覆い、黒い掌が赤い手の甲に触れた。挙動が早かったのは、禅裸のほうだ。
「禅裸、当たってる」
「写真? 印画のこと、か。畏れ多い」
「そういうのは、いけないんだっけか、神様の像って」
「ただ、望むらくは……」
「望まれてるよ? 繊ちゃん」
「ダ、ダメだ! 望んだって繊維は譲らないぞ!」
「なんというか、なぁ。あと禅裸、俺の譲渡権は俺のものだからな」
「型を、取らせてもらえると嬉しい」

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