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ご主人様編ニノダテその一
一 十 一 一

 緑色の鱗。普段着は甚平。長四角いフィナンシェを二又にしたような、愛らしいツノが頭上にふたつ。
「ニノダテたんニノダテたんふにふにー」
「……ご主、くすぐったい。」
 しなやかな耳を弄られて、イヤそうな素振りを見せながらも逃げないニノダテ。「ご主」と呼ばれた彼は、ニノダテの組んだ胡坐の上に腹を向かい合わせて座り、タッチコミュニケーションを楽しんでいた。
 次には両腕をニノダテの背中に伸ばし、胸板に頬を寄せる。上着の匂いが鼻をくすぐって心地良い。さっきまでニノダテは自室でお香を嗜んでいた。その残り香である。
 はぁ、と溜め息をつきながら、ニノダテは懐いてくるご主の背に腕を回す。
「ご主、もう少し威厳というものを高めてほしいのだが」
「ニノダテたんふにふにー」
 今度はシッポの付け根に指を這わせてくる。
「……ご主、くすぐったい。それに、『ふにふに』の意味合いがわからない」
「ニノダテたんは全体的にふにふになのだよ」
「その言葉、ほかの使いにもいつも言っているだろう」
 使い、というのは、使い魔や式神やファミリアや将来を約束した相手や奴隷やふにふにしたものをひっくるめた呼称である。要するにご主は可愛らしいものをたいてい捕まえて「使い」としてしまう。そして一つ屋根の下で幸せに暮らすため画策するのだ。
「ご主人様の周りは全体的にふにふになのだよ」
「よく、わからない」
 ニノダテは考える。自分の体はほとんど硬質の鱗に覆われているし、そうでない部分もけっして柔らかな触感ではない。申し訳程度に付いている体毛はポサポサしていて、とてもご主がほかに侍らせている「ふにふに」や「もふもふ」や「もこもこ」には及ばない気がするのだ。
 それなのに、彼はニノダテを捕まえて「ふにふに」とのたまう。
「ふにふに……?」
「! ニノダテたんが! ふにふにと呟いている!そんなハレンチなコだったなんて! まったく萌えるじゃないか!」
「ご主、落ち着け」
「ニノダテたんニノダテたんふにふにー」
「戻った」
 そしてご主はじっ、とニノダテのカラダの一部に目を注ぐ。胸板に抱きついて顔を上げると間近に見える、甚平と同じ青色の首巻き。ここだけは触ると怒るのだ。
「ニノダテたんにくびったけなのを身を以て表現したいんだよー」
「ダメだ」
「うー」
 ニノダテの首に回そうとわなわなしていた彼の腕をそっと制止してから、頭に触れる。満足そうに目を細めるご主。
 自分の手はごつごつしているし、肉球もないしふわふわのシッポを持っているワケではない。だから、こうしてなるべく、頭蓋骨みたいな固い部分を選んで撫でる。そうしないと、ご主は自分を嫌って、ほかの使いのところに行ってしまうかもしれない。
 ニノダテはそう思っている。

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