NEWMAN&NOMAN〜前編〜
 
 
 二週間後、斗美は道満と共に薫の部屋に向かっていた。
 二週間の間、斗美も道満も薫と会っていない。彼等もそれなりに忙しく動き回っており、彼一人に構っていられないのだ。この間、薫の様子は他の者が確認していた。
「……結局、あの薬品はなんなんだ?」
「ああ、あれはウィルスだよ。レオウイルス、レトロウィルスの類」
 斗美の質問に道満はあっさりと答えた。
「レオウィルスって……エイズやエボラ出血熱みたいに危険な部類のか?」
「彼に投与したウィルスの特殊性は群を抜いてるけどね。もし世間の一般的な研究所で扱うとしたら、生物災害危険度の最高値であるレベル4なんてブッチギリ、それこそ抹消処分にされかねないかな。改良したから無闇に二次感染する事はないけれども」
「どんだけ危ないウィルスだよっ?
「いやあ、早い話が感染者の肉体を変容させるだけなんだけどね」
 ウイルスは自らの遺伝子を宿主の細胞に挿入する。挿入された遺伝子は宿主の細胞内でさらなるウイルスを産み出す。人類の知り得る大半のウイルスはそんな仕組みだ。
 しかし、このウイルスは特殊なのである。
 このウイルスは宿主の細胞に別種の遺伝子配列をまるごと差し入れてしまうのだ。ウイルスは宿主の遺伝子を取り込み、その別種の遺伝子と織り交ぜて元に戻す。戻された遺伝子はウイルスを増殖させず、代わりに宿主の肉体を再生する。
 ──挿入された遺伝子のままに、宿主の肉体を変形させていく。
 あのウイルスを投与された人間は、形態を投入された遺伝子のままに改変させる。独自の生態組織を形成、骨格や内臓や内分泌システムも変え、手足や頭髪や皮膚や脂肪配置や筋肉の構造までも変化させる。最終的には全く別種の生物へと生まれ変わるのだ。
「あー……つまり、不思議ウイルスって訳だな」
 長々とした道満の説明を受け、斗美は生返事をした。
「……要するに被験者を変身させる、って主旨だけ理解してくれればいいよ」
 無論、このウイルスは道満によって手で改造されている。
 投与された被験者──ウイルスの宿主にどのような形態変化を起こさせるか、それは道満の意のまま。挿入される遺伝子は完璧なまでに構築済みだ。
「もっとも、変化が完全に定着して、遺伝子が完全にすり替えられるまでは定期的な投与が必要なんだけどね。まあ、外見が完全変身すれば微量でいいんだけど」
「……だから不思議ウイルスでいいんだろ?」
「いや、その論法でいったら全部が全部、不思議ウイルスにされちゃうじゃないか」
 もの分かりの悪い友人を見上げ、道満が不服そうに言った。
「君の場合、結果を見てもそう言い張りそうだしなぁ……まあ、いいか。気を取り直して途中経過の観察と行きますか。そろそろ最終段階への基盤は整った頃合いだろう」
 扉の奥──そこに薫という青年の面影を残した別人がいた。
「……何だ? 『コレ』は?」
 斗美は毎度毎度とは思いながら、指を差して訊いていた。
 全裸の『彼女』は斗美に指差された事が、いや、変貌を遂げた身体を凝視されるのを恥じていた。か細くなった腕で身体を隠そうとするが、その姿が余計に悩ましい。
「何なんだっ! 『アレ』はっ?
「見たまんまだと思うけど……黒髪ロングヘアな爆乳の女の子。しかも全裸」
「簡潔に纏めてんじゃねえええぇっ<
 斗美は道満の細い首を掴んでガクンガクンと振り回した。
 確かに『彼女』は道満が述べた通りの姿だった。
 腰まで届いたボリュームのある長い黒髪。髪がかかる腰は幅広い骨盤が発達しており、臀部も安産型よりも大きい。太股も女性らしい脂肪にくるまれ、斜めに座る仕草も艶めかしい。それでいて腰は極端なくらいの細さながら整っている。
 特筆すべきは乳房。いまや斗美の倍はある。メロンと西瓜ぐらいの差だ。
「おい! あの薫とかいう小僧はどこにやったんだよっ?
「だから彼……いや、もう彼女か。彼女が変化した牧場薫くんなんだってば」
 彼女の顔は紛れもなく牧場薫のものだった。
 しかし、元から女性的な面立ちだったのが、完全に女性の顔になっている。黒目がちな瞳はより大きく、睫は際立つくらい長くなっていた。
 斗美と道満に視線に彼女──牧場薫は頬を染めて顔を背けた。
「おい、この屋敷の主人、曲がりなりにも俺等の大将、ヤツハシドーマンさんよぉ……」
「はいはい、なんでしょう。二十年来の友人で幼馴染みのカイナトミさん」
 問い詰める斗美を、道満は少しも怯まず笑顔で迎えた。
「お前はあれか、スポンサー命令にかこつけて、自分好みの爆乳ネーチャン創りたかっただけか? オレ達を囲ってるだけじゃあ物足りないとか吐かすか?
「心外だなぁ。見目麗しき女性はどれだけ囲ったって苦にもならないよぉ」
「……いっぺん殴り殺されてみるか?」
 ヘラヘラした道満の態度に、斗美は苛立ちから拳を振り上げた。
「いや、タンマタンマ! これは本当に組織からの命令に則した実験なんだって! まだ変身途中だからあんなだけど、変身が終了すれば斗美ちゃんも納得するって!」
「……本当だな?」
 何度も頷く道満の必死振りに、斗美は胡乱ながらも手を放した。
 やれやれ、と溜息を吐きいて襟元を正す道満。どうにかいつもの調子を取り戻し、変身する我が身に錯乱している薫へと近寄った。薫は恐怖から後退る。
 自分を変身させた張本人なのだ。恐れない方がおかしい。
 しかし、薫は立ち上がれない。四つん這いでも満足に動けていない。まるで身体に力が入っていない。だから、逃げる挙動を見せているようにしか受け取れなかった。
「来るなっ! ちっ、近寄らないでッ……くださっ……いっ!」
 出す声も甲高い女性、ハスキーさの欠片すらない。
「俺を……こんな姿に変えて何をっ……あう!」
 道満は薫の膨張した乳房、その中央に手を当てて握った。
 柔らかいパンの生生地にめり込むような指の感覚。薫自身も女性としての性感を開発されているのか、艶のある声を上げて身を震わせた。
「何って……新薬の試験ですよ。アナタも同意の上でしょう? ちゃんと契約書を読みました? 保険の契約者みたいに事細かに書かれているから、大抵の人は読み飛ばしてしまうんですがね、ちゃんと読んでおかないと後悔しますよ。今のアナタみたいにね」
 十本の指を巧みに扱い、女体化した牧場薫の肉体を検査していく。
「身体の自由が利かない──麻痺しているですよ。身体の変化が起きる際、肉体に凄まじい負荷がかかるのでね、なるべくそれを感じないように配慮したつもりです。だから身体が変わる時に内臓がよじれるような痛みはなく、どちらかと言えば気持ちよくなるようにしてさしあげました。今も服をきれないくらい熱いでしょう? なにせ絶え間なく変化が続いているはずですからね。今こうしている間にも──」
 道満は語りながら薫を脇腹を撫でていく。
「やめっ……触るなっ……あうっ! 身体……がっ、変になるぅぅ……っ!」
 その度に薫は喘ぎ声を上げて身悶えた。
 どうやら変化の副作用なのか、体中が性感帯のようになっているらしい。道満の指が柔らかい指や、弾けそうな太股をツツツと這っただけでも甘い声を上げている。
「んんっ……くっ……やめて……くれっ……ああぅ、ぐっくぅうぅ……」
 男としての理性からなのか、薫はボリュームの増した唇を噛んで快感を堪える。
 しかし、そんな姿さえも官能的で見る者を扇状させる効果があった。
 斗美も端から眺めていたが、ほとんど陵辱である。
 そうして見ている内に、斗美は幾つかの特異な変化に気付いた。
 まず肩幅。女性化している割には幅広い。怒り肩という訳ではないのだが、意外にしっかりした肩の造りだ。次に腰。普通の女性よりも幅広い気がする。太股や脚も女性的な発達を示しているが、どこか頑丈そうになっている気もする。
 全体的に身長が伸びている。以前と比べて十センチは高くなっているようだ。それと大きくなった乳房の頂点にある乳首と乳輪。色は薄いが異様に大きい。
 総じて言えば大きなバストとふくよかなヒップ、及び下半身の成長が著しい。
「ふむ……よく発達してきましたね。感度も良いようだ」
「ひぃっ……っ、あああっ! いやっ……摘まむっ……なっ! い……痛いっ!」
 肥大化した乳房を触診する道満に、薫は乳房内からの疼痛を訴えた。
「ああ、従来の女性の何倍も乳腺が成長するように促していますからね。それは我慢して下さい。適度にマッサージするといいですよ。あ、それともしてますか?」
 素で道満に言われて薫は顔を真っ赤に染めた。
「どうやらしてるようですね。やり方はどうぞお好きなように──」
 道満は顔色一つ変えずに薫の変貌した肉体を調べ上げていく。そして、とうとう股間へと手を伸ばすのだが、流石の薫も動かない腕を無理にでも動かして拒んできた。
「や、ヤダ! ここは……見ないで、ください……お願い……んっ!」
「でも、見なきゃならないんですよ。これも仕事でね」
 道満は薫の腕を退かすと、その奥に隠された部分を白日の下にさらした。
 斗美も少し興味があり、首を伸ばして覗き込んだ。
 完全に女性の物へと変化している。見た感じ、陰核が普通の女性より大きく思えるが、元男性としての名残であろう。陰嚢は完全に消えており、女陰の溝がある。
 しかし、女陰なのだが……形状は確かに女性の物なのだが、どこか形が違う。
「なんだ……? 少し形が違わないか?」
「まあね。人間の女性のモノではないよ。正確に言えばね」
 斗美の問いに道満ははっきりそう言った。
「やっぱり先行して女性器の変化が完了したのか……となると、外観もそろそろか」
 他にも薫の身体には女性化した肉体とは無関係な変化が見られた。
 道満が長く伸びた薫の髪をかきわけると、その中から変形した耳が現れる。
 なんらかの動物の耳の形である。
 そして、薫の手足の指を道満が手に取って丹念に調べ始める。両手の十指と両足の十指が変形を始めていた。女性的な細い指には不似合いな、黒く大きな爪になっている。
 角質部分が厚く大きく、まるで動物の蹄のようだ。
 最後に豊満な尻に手を回すと尾てい骨の辺り──そこから小さな突起が出ていた。
 検査を終えた道満は立ち上がり、薫に向けて朗らかに告げた。
「ふむ……順調ですね。思った以上に変化の割合がスムーズだ。これなら月末まで待てば完全に変化が終了するでしょう。その暁には当家で働いて貰います」
「働く……こんな姿で……? ここで……?」
 ホルモンバランスが狂わされた身体を弄り回されて、妙な性感帯を目覚めさせた身体は激しく反応していた。荒い息を吐いたまま寝そべる薫はオウム返しに訊いた。
「そうです。仕事は第一次産業、ちなみに終身雇用制です。お家に帰して差し上げる訳にはいきません。と言うか、そのお姿では帰れないでしょうし、帰ってもアナタは既にこの世には存在しない人間です。悪いですが、戸籍を抹消させていただきました」
 最後の言葉に薫は耳を疑ったが、大きく反応はできなかった。
 津波のように寄せては返す快感の波に酔いしれ、意識も朦朧としたままだった。
 知ってか知らずか、道満はそんな薫に話を続けた。
「ですがご安心を。アナタの命ある限り、当家はアナタを客人として手厚く持てなします。決して蔑ろにはしません。安心してその身を任せて下さい」
 にこやかな道満の笑み。だが──それは悪魔の微笑にしか見えなかった。
 
 
 そして、二十九日目──薫は変化を終えようとしていた。
 甘い快楽が絶え間なく続く、そんな地獄に悩まされた日々だった。
 最初の投与の激痛はなかったものの、代わる代わる現れる不思議な人々に注射される謎の薬液は薫の身体を確実に、それも眼に見える速度で変えていった。
 骨が形状を変えようとカルシウムを軋ませる音、内臓が収縮と拡張を繰り返す粘着質な音、異様な速度で毛髪が伸びる音……寝ている度に体内からの雑音に悩まされた。
 やがて男性の証が縮み始めた頃、それが始まった。
 骨盤が子宮と卵巣を抱えて広がり、胸の乳腺細胞が膨らみ、尻や太股に皮下脂肪をまとう。それらの変化に激痛は伴わず、女性化が進行すると余計に気持ちよいのだ。
 不安や恐怖は快感の前に屈していき、薫の意識をとろけさせた。
 身体の感覚どころか精神まで麻痺していくような感覚。しかも望めば大抵の要求は飲んでもらえる環境。衣食住の心配も何もない。不安要素を募らせる暇すらない。
 更に日が経つにつれ、快感のうねりは上昇する。
 道満が言った通り、変化は快感を伴い、身体は凄まじい熱を帯びた。
 快感を感じる毎に乳房は裾を大きくして広がり、尻の肉は座ると違和感を覚えるくらい肥えていく。何故か身長も伸びているような気がした。
 薫は当初の警戒や恐怖すら忘却してしまいそうだった。
 そうして完全に女性化した薫は、待ちかねたかのようにその快楽に溺れた。
 初めてのオーガにズムには耐えきれず失神したくらいだ。
 二週間目の時──再び道満の姿を眼にした薫は、最初の恐怖を思い出した。
 それにより多少の理性を取り戻した薫は道満に反抗を試みたが、膨れ上がる快楽の前では薫の脆弱な神経など保ちはしない。身体は道満の触診を愛撫としか受け取らなかった。 表面上はなんともなかったが、女性の奥深い部分は濡れていた……。
 あの後、狂ったように自慰行為をしたのが忘れられない。
 やがて──その女性化が完全な変化ではない事を知らされる。
 一房が西瓜ぐらいの大きさを誇る乳房、そんなになってしまった自分の乳房を愛撫している指の爪、それが酷く歪んできた。それがきっかけである。
 手の爪だけではなく足の爪も変わり、尾てい骨が伸長する感覚を覚えた。
 耳の形も変わり、自分の意思に関係なく動く時がある。
 滑らかになった女性のきめ細かい肌、その上をびっしりと覆うように産毛が生え始めた頃には、自分の最終的な姿をなんとなく予想できた。
 耳の上、こめかみの辺りが突っ張る感覚──予想は確信へと変わる。
 道満が言っていた一ヶ月間近には、なにやら特殊な措置が幾つか行われた。
 出来上がって間もない女陰を通して、その奥底にある子宮口にまで器具を使って何かを埋め込まれた。あまりに深いので自分では届くはずもない。
 意味はわからなかったが、噂に聞いた破瓜の痛みはなかった。
 自分は処女ではないらしい、そんな事を考えた薫だが気休めにもならなかった。
 その後、両の乳房にそれぞれ点滴のような物を取り付けられた。
 ただでさえ大きかった乳房は、その時には倍以上に膨れ上がっていた。もう西瓜を二回りは大きくしたような超爆乳だった。それに触ると快感までも二倍になっている。
 先端の乳首は大きくなった乳輪と同化して、柔らかな形になった。
 そして──取り付けられた点滴が乳房に染み込む度、乳房の張りが増していく。
 薫は自分が何になるか悟った。その果たすべき仕事も──。
 変化が完成へと向かうに連れ、体を包んでいた快感は少しずつ鎮まってきた。
 どうやら本当に変化に対する肉体的苦痛を緩和させる、その為だけの快感だったらしい。道満の言葉に嘘はなかったようだが、少し残念がる自分もいた。
 だが、重く大きくなる乳房──そこからもっと強力な感覚が込み上げてきた。
 薫にはそれが何かも察しが付いていた。
 もうすぐ……明日には完全な変化を迎えるだろう。
 その時、自分の心は元のままでいられるだろうか? 薫にその自信はない。
 もう既に変わり果てた肉体に適応するように、心がある行為を望んでいる。いや、あの道満と名乗る男に仕組まれたものかも知れないが、身体がそれを求めて疼くのだ。
 もうすぐ……もうすぐだ……期待と不安、困惑と希望。相反する感情が入り交じる。
 明日の朝日を迎えた時、そこに牧場薫という青年はいないだろう。
 いるのは唯一匹の──。
 NEWMAN&NOMAN〜中編〜 NEWMAN&NOMAN〜後編〜へ続く
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