だが…。その日の夜…。
「鋼………牙……、起きて……。」
またあの声が聞こえる…。そして俺は瞳を開くとそこは俺の部屋ではなかった。どこか、西洋風なシンプルな作りの部屋。置かれている物も必要最低限の物しか置かれていない無駄の無い部屋…。そこにあるベッドの上にいるのであった。そして俺の意志とは関係無くベッドから起き床に立ち上がる。
すると、俺は驚いた。何故なら俺の体が変わっていたからである。立ち上がった先に置いてあった鏡に映った俺の体は全身に筋肉がまるで鎧のように付いていて、皮膚は鋼のような銀色に光り、腹の辺りは少し膨れていて、逞しい足の隙間から太く長い尻尾が見える。
背中には大きな翼があり、首は筋肉を帯びながら逞しくて長く、顔も上顎と下顎が前に伸びていて、長い舌と二本の鋭く長い牙、頭には二本の長い角、蒼い長い美しい髪があり、耳も鰭のように横に伸びており、首筋から背中を通り、尻尾の先まで長い背鰭のような物が見え、紛れもなくその姿はドラゴン…、西洋龍の姿そのままであった。
(凄い…、本当に俺の体なのか…?)
そう頭の中では考えてはいたが声には出せなかった。そしてまたもや俺の意志を無視して歩き出し、部屋の椅子に掛けてあったこれまたシンプルな作りの服を着て、部屋を出たのであった。
「おはよう……。」
明らかに俺の声では無い。俺よりもっと太く、低い声だ。しかしそこで…。
「ジリリリリリ……ッ!!!」
部屋いっぱいに目覚ましの音が響くと急に視界がぼやけ、気が付くと俺の部屋、しかもベッドの上にいたのであった。
「今のは…、一体……?」
俺は自分の体を見てみるが、いつもの人の体であった。
「でも…、凄かったな…。あれが…、ドラゴンの体か…。」
俺はあの現実的な夢を見てから、自らあの夢を見たいと欲するようになっていた。そして、それから毎晩夢を見るようになり、より一層ドラゴンの体に興味を持っていったのであった。
そんなある晩、遂に俺にとって大きな転機を迎えることになる出来事が起きたのだ。その日も自分のベッドで夢を見るために睡眠を貪っていた。徐々に自分の感覚が無くなり、眠りに入っていく……。そして部屋に寝息が聞こえ初めてから30分後に異変が起きた。
寝ているのにも関わらず体がどんどん発熱していく。無意識に服を破り捨て、全裸になると皮膚から淡く青く何かの古代文字を思わせる光りの文字の筋が全身に現れると、体が変化し始めた。
身長が幾分伸び、激しい音を伴い、骨格と肉体が変わっていく。骨は太く金属のように丈夫になると、全身には人間の時とは比べ物にならないほど発達した筋肉が見え、皮膚は少し色白い肌色から光沢のある鋼のような黒銀色に変わり、尻からは背骨と筋肉が共に伸びていき、太く長い尻尾へと転じていき、手足は大きく指はと言うと、手は四本、足は前四本、後一本の形になり、体を回転させたと思うと、肩甲骨が背中から突き破り、それは自らの身長の数倍はあるであろう大きな対になっている翼になった。
首は筋肉を伴って太く長く伸び、顔にも変化が及び始める。顔は両顎が前へ突き出て、口の間からは形を鋭く変えた細かい歯と、対となっている長く刃のように鋭い牙が生え、頭からは二本の長い角が姿を表し、黒い短かった髪は蒼く長い美しい髪に変わり、耳も鰭のように横に伸びて、首筋から背中、尻尾の先まで長い背鰭のような物が背骨の上から見え、そこには人ではない、異形の生物…、來が見ていた夢に出てきた己の夢での体であったあのドラゴンの姿に変化していたのだ。
実は來が見ていた夢とは実際は現実に起きていたのだ。彼の遺伝子にはこの西洋龍の遺伝子を微量ながら含んでおり体の成長と共に徐々に覚醒し、遺伝子にはドラゴンの記憶と、意識が刻まれていたのだ。そして夢で起きると別の部屋だったと言うのは、このドラゴンが住む本当の世界…、來から言う『異世界』へと体ごと移動していたからだ。体の変化が終わり、龍の体にはあの古代文字のような文字が、まるでタトゥーのようにはっきりと刻まれていた。
突如、龍の体の周りの空間が歪み始め、その歪みに体が沈むかのように吸い込まれていき、來の部屋は静けさを取り戻したのであった。
「………起きて……、鋼牙……。」
俺は優しい声で起こされ、瞼を開く……。その瞳は吸い込まれそうなほど美しい緋色をしていた。そして俺は立ち上がる。全身を見回すと間違い無く俺の体だ。
「ふぅ……、やっと……、『殻』の束縛から醒められたのか……。」
俺はそう言うと口元がニヤリと不敵に笑っていた……。そう……、俺は鋼牙……。人間の『殻』と言う枷に囚われながら俺は長い間眠っていた……。そしてやっと……。自由を……、我が物に出来たのだ……。俺の『殻』であった人間には悪いが俺の遺伝子に眠ってもらう。そう、俺と同じだったように……。
俺は、部屋の椅子に掛けてあった服に着替え、部屋を出る…。
「おはよう……、鋼牙……。」
優しく微笑みながら俺に近寄り、抱きついたのは、俺の妻である…。
「もぅ……、鋼牙ったら……。待ちくたびれたよぉ〜。」
まるで子供のような口調で妻は言う。懐かしい感覚だ……。そして俺は新たに目覚めたこの体でこの世界を暮らしていくのであった……。