狼男の狂喜・上かりめろ作
 俺はいつの間にか包丁を手に持っていた。包丁は街灯の光を丁寧に反射している。何で俺はこんな真夜中の街にいるんだろう。それも包丁を持って。疑問が沸々と溢れてきたが、それらを全て無視して今は自宅への帰路について考える。
 俺は包丁をよく観察する。すると、さっきは気が付かなかった赤黒い液体のようなものがべっとりと付着している。俺は直感的にこれは血だと思った。途端に恐怖が俺を苛む。きっと俺は自分でも知らないうちに人を殺したりしてしまったのかも知れない。だとしたらヤバイ。ヤバすぎる。
 そのとき、俺の心臓は強く脈を打った。あまりの苦しさに俺は音も無くアスファルトに崩れる。血の付着した包丁は乾いた音を立てて転がり、約一メートル離れたところに倒れる。幸い、この近辺には人が全くいない。ここは都会といえども住宅地もほとんど見当たらないためだろう。転がり落ちだ包丁に目にやると、またしても心臓が強く打った。俺は苦しさにもがく。
 その苦しさと同時に、むらむらと人を殺したいという感情が込み上げてきた。呼吸がそれに比例して荒くなる。

 人を殺したい。

 人を殺して、血が見たい。

 生々しい肉が見たい。ぐちゃぐちゃになるまで食べてやりたい。

 そして快感に溺れたい。

 そんな馬鹿らしい言葉が、次々に俺に襲い掛かる。刹那、俺の脳裏に恋人のマナの顔がよぎる。ああ、そうか。俺はそこで自分がしたことを思い出した。俺は、マナを犯しまくったあとに、殺してしまったんだ。それで、逃げてきたのだ。
 どうして、そんなことをしてしまったんだろう。俺はマナにとても好意的で今まで喧嘩のひとつ無かったという仲なのに。俺は自分の中にある、底知れない残酷性に畏怖を覚えた。何で、俺はマナを……。

 足が、
 手が、
   歯が、
 全身が、
 ガクガクと震える。
 圧倒的な恐怖。圧死してしまいそうなぐらい、怖い。

 俺はマナの血の味を思い出す。獣のようにマナの血を啜る自分を。部屋中に広がっている血血血血血――。
 俺は、一体どうなってしまったんだ。

     ***

 目が覚めると、俺は自室にいた。
 あれ? 確か俺は昨日の夜に街で……。おかしい。どうなっているんだ。昨日のあれは全てくだらない夢だったのだろうか。
 そう思うと安心感がどっと押し寄せてきた。うん、やはり昨日のあれは馬鹿馬鹿しい夢だったんだ。じゃないと俺が家にいるわけないし。そう思い、ベッドからゆっくりと起き上がった。そこに広がる光景に、俺は絶句を強いられる。
 マナの醜い死体が、ばらばらにされて床に散乱しているのだ。血が絨毯に染み込んで血の湿地帯のようになっている。思わず吐き気がした。きっと、俺はまだ悪夢を見ているんだ。そう自分に思い込ませ、現実逃避するかのようにベッドに潜り込んだ。

 一時間程寝ただろうか、俺は重い瞼と開ける。そして、ベッドから起き上がる。やはりマナの死体が散乱している。俺はここでようやく現実を飲み込んだ。つまり、俺は本当にマナを殺したんだ 。近くに包丁が落ちてるのが何よりの証拠だ。何だか、馬鹿らしさに笑いが込み上げてきた。

   その日の夜は満月だった。
 依然としてマナの死体は俺の寝室にある。処理が途方もなく面倒なので、放置してあるのだ。マナを殺してしまったことは、とても残念だと思う。でも、残念だという気持以上は、何も感情を抱かなかった。人の死を平然と受け留めている自分が恐ろしくも、愛しく感じた。
 満月を悠々と眺めているとき、体中が無性に暑くなってきた。段々と体温は上昇していく。 そして、あまりの暑さに服を乱暴に破り捨てた。本当に暑いのだ。俺はリビングの窓の前で全裸になる。
 俺は自分の肉体を一瞥すると、驚きのあまり目を見開いた。なんと、俺の体は筋肉質で引き締まった体になっていたのだ。胸板は厚く、広くなっており、腹は割れている。肩幅も広くなり、足も腕も太く逞しくなっていたのだ。それより驚いたことはペニスも大きくなっていたことだ。俺の今のペニ スは激しく勃起している。
 性欲も尋常じゃないくらいに溢れてくるのを感じた。誰でもいいから女を犯させてくれ。じゃないと俺は壊れてしまいそうだった。


 (狼男の狂喜・中に続く)
狼男の狂喜・中
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