2012の干支・中編カギヤッコ作
 かつて知ったる自分の部屋。しかし、その向こうには思い人がいる。
 脱衣所には彼女の着衣のみ、バスタオルが一枚ないのを見ると間違いなく彼女はバスタオル一枚だけの姿で待っているのだろう。
 時計を見れば年明けまで時間は長くない。
 年明けとともに二人は「男と女の関係」になる。
 そんなロマンチックな光景に酔いながら思わずノックもせず弘樹はドアを開ける。
 その中には確かに和菜がいた。
 暗がりの中、ベッドランプに照らされた薄明かりの中で和菜は生まれたままの姿で座っていた。
 薄明かりの中でも彼女の肌はほんのり火照り、瞳は潤み、まさに愛する人と結ばれる不安と興奮、喜びにあふれている。

 ただ少し様子がおかしいのはその周りのもの。
 和菜が座る床には何か白い紙の様なものが引いてあり、周りには何か刷毛らしきものの入った桶の様なものが置いてある。
 そこで弘樹は和菜が大きなバッグを持っていた事を思い出す。
 あれの中身はこれなのか…そう思いながらもこの状況を問おうとする、その瞬間腰に巻いていた―と言うよりかぶせていた様な―タオルがはらりと落ち、いきり立った男の怒張が露わになる。
「か、和菜、こ、これは…」
 意味もなくごまかそうとした弘樹だが、普通なら間違いなく目を背けたり声を上げて何らかの拒否をするであろう和菜は黙って弘樹―、そして彼の股間から目をそらさない。
 そして、
「やっぱり弘樹君もそうだったんだ…わ、わたしもほんとは…」
 そう言いながら改めて自分の股間―弘樹のそれとは違い形のいい薄草の中に隠れている―に両手を添える。
「わたしも?もしかして和菜、数日前からそうなのか?」
 そうなのか?と言うのは和菜もまた数日前から洩れる事さえできない発情の中にあった事をさす。
 無言でうなずくのが彼女の答えだった。
「…和菜、妙な形だけどどうやらおれ達、一緒になれるんだな…」
 色々な感情はあるけどそのまま歩み寄ろうとする弘樹を和菜は股間に添えていた手を伸ばして止める。
「待って。弘樹君、その前にわたし、しないといけない事があるの。でもお願い、わたしがこれからする事をずっと見てて。目をそらさないで」
 そう言うと和菜は改めて姿勢を直すと、桶の中に入れていたはけを取り出すとおもむろに自分の肌に塗りつける。
「あっ…!」
 かわいらしい吐息が漏れる。
 そして彼女ははけで体を塗り始める。
 柔肌を塗料を吸ったはけが撫でる度和菜は声を上げかけるがそれをこらえる。
 胸元から腹部、そして股間を塗った時和菜は身をよじらせ、声を漏らすがそれでもこらえ続けて股間から足の内側を塗る。
 そして、一通り塗り終わると今度は別の刷毛を取り出して足元から今度は体の外側を塗り出す。
 丁寧に、しかし手早く彼女の足が染まってゆく。
 時折足を崩し、背中をそらせて和菜は体を染める。
 和菜が身を反らし、手を伸ばす度に形のいいお尻が、細めの腰回りが、きれいな背中が染まってゆく。
 その姿はなまめかしくも美しく、弘樹は自分の中のものがさらに高ぶりを増すのを感じ思わず怒張をつかんでしまう。
 和菜はその様を少しだけ静かに見ていたが再び自分を染める作業を続けていた。

   和菜がこの様な行動に走ったきっかけも奇しくも弘樹が例の夢を見たのと同じ頃であった。
 自分体が別の色に染め上がり、人の形を無くして宙を舞う夢を見てから和菜の肌は照り出し、体の内―胎内から熱いものがみなぎるようになった。
 しかも弘樹がそうであるように彼女の「門」もときどきしている様にどんなに弘樹の事を思ってこじ開けようとしてもぴたりとも動かず、ピッチリしまった門からは滴一つ漏れる事はなかった。
 そして、彼女は導かれる様に用意―体を染める道具一式―を整え、まるで歩きなれたかのように弘樹のもとを訪れたのだった。
“弘樹君がわたしを見てる。裸になって、その…あれを思い切り大きくして裸のわたしを、自分で自分を人の肌じゃなくしていく姿を見てる…!”
 弘樹の隣に立てかけた姿みごしに変わっていく自分、そしてそれを見ながら股間をつかむ弘樹の視線を感じながら和菜は刷毛を取り肌を染める作業を止め、その高ぶりのまま自分を慰め、そして弘樹に飛びつきたい衝動に幾度となく駆られる。
 しかし、それは今の彼女にとってはこらえるべきものであった。
 本当はこんな事をしないで元の素肌のまま、裸のままで弘樹と愛し合いたい。
 でも、今の自分の衝動はこれを求めている。全身を染め上げ、人でありながら人でなくなった姿で彼に抱かれたい、いや抱きたい。
 そう思いながら足を組み替え、体をそらしながら和菜は自分を染める。
 胸の外側を、肩を、うなじを…そして…。
「弘樹君、これで最後…」
 そう言うと和菜は潤んだ瞳を閉じて最後に残った顔中に刷毛を塗る。
 これで和菜の人間としての肌は全て覆い隠された。
「…ふぅ…はぁ…おわった…これで…全部…」
 最後の仕上げとして顔のあたりの彩りを添え、一仕事を終えた和菜は大きく息を着くが、その余韻に浸る間もなくおけや色に染まった床の紙を一枚取り除く。
「和菜…」
 その姿に弘樹はただ呑まれる。
 そこにいるのは和菜―の形をした何かだった。
 全身を緑に染め、腹部を茶色に染め抜かれたそれは間違いなく人の肌ではない。
 その顔には巨大な瞳と独特のマズルが描かれている。
 それはさながら爬虫類―蛇かトカゲを思わせるいでたちである。
 しかし、その体つきは何度か水着や衣服越しに見た和菜の体であり、染まっていない髪や異形の顔の中に埋もれながらもうるんだ瞳で自分を見つめ、口から吐息を漏らす表情はまぎれもなく和菜の顔である。
 目の前で全裸の恋人が異様な姿に変わっていく姿を見ながら弘樹はただ黙って自分のそそりたつものを握りしめる事しかできなかった。
 それだけその光景は異様でありながら煽情的で美しかったが、それでもなお彼のものからは一にじみも欲情は漏れる事はなかったのだ。
「ど、どうかな…わたしが変わっていったの、そして今の変わったわたし…変じゃないよね?これでいいよね?」
 いかつい爬虫類の口―その中に埋もれた形のいい唇からかわいらしい声が漏れる。
 そんな言葉を紡ぐ和菜もまた全身を塗りつくしても隠しきれない激しい高ぶりを深奥からほとばしらせていたが、その高ぶりがその肢体からにじむ事さえなかった。
 弘樹のもの同様、和菜の門もまた固く閉じ、毛孔と言う毛孔からも一にじみの汗も浮かばない。ただ熱のみが彼女の体を熱く高ぶらせている。
「こんな姿でするのが初めてだけど…来て…弘樹くん…」
 そう言いながら和菜は何かに導かれる様に両腕と両足を広げて弘樹を迎える。
 その姿はあたかも複頭の大蛇の様であり、大輪の花の様でもあった。
「ああ…いくぜ…和菜…」
 同じ様にまるでそうするように定められているかのように弘樹もまた和美の前まで四つん這いになった姿勢で進むとそのまましゃがみこんで互いに向き合う姿勢になる。
「和菜…」
「弘樹くん…」
 片や異様に膨張した男根を掲げた青年。
 片やその素肌を異様な色に染めた女性。
 二人はたがいに見つめ合い、うなずき合うとそのまま抱きあい…。
「うっ、ううっ…!」
「あっ、あっ、あっ…!」
 信じられない事にそれまで固く閉ざされていた和美の門は弘樹の巨大なものを難なく受け入れ、そのまま根元まで咥えこんだ。
「あっ、うっ、あんっ…はぁっ、はぁっ…」
 顔を彩る異形の顔が不気味に歪み、その中で和菜の顔は異物が入り込む苦痛と愛する人のものを受け入れる快感に震えている。
「か、和菜、大丈夫か?」
 それこそ和菜の女としての器官を突き抜けかねない様なモノが全て入り込んだ事に不安を感じる弘樹だったが、和菜はただ静かにうなずく。
「大丈夫…少しきつかったけど…わたし、できたんだよね?弘樹と繋がる事が出来たんだよね?」
 異形の目の奥から涙がこぼれていた。
「あ、ああ…おれ達…こんな形だけど…」
 そう答えながら弘樹もうなずく。
 そして、異形の男根を持つ男と異形の素肌を持つ女はしばし抱擁を交わすのみだった。


 続
2012の干支・後編
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