神人縁起『ある遺跡の物語』・前編カギヤッコ作
 はるか昔、人と神が交わりし時代、人々はその領域に神殿を立て、神々を奉っていた。
 その神殿において男達は偽りなき姿となり己の肉体から繰り出す力と技をぶつけ合い、神々に奉げていた。
 偽りなき姿―裸身をかざしてぶつかり合う彼らの姿は人でありながら獣の様に激しく、そして神のごとく気高かった。そして最も優れた者は神と交わる事を許され、中には神と共にその領域に行く事を許されたものもいたと言う。

 それをはるか昔の物語となって幾星霜。今はその名残と言える遺跡が伝承を語っているのみである。
 そして今は夜。
 日中でこそ観光客などが訪れるものの夜となっては人影はなく、只シンと張り詰めた空気のみが神世の時代の幽玄な世界との狭間を示すように漂っていた。しかし、その空気は不意に破られる。
「……」
 破ったのは一人の男だった。
 年の頃は若く、体格もその時代の普通の若者の一例と言えるレベルの一人。そう特徴があるとは言えないその男がまさに不似合いとも言える様なこの地に一人足を踏み入れたのだ。

 男がその伝承を知ったのはふとしたきっかけであった。
 たまたま見ていたテレビで映し出された遺跡の姿と伝承、そしてその壁画などに記された男達の姿に彼の目、そして魂は釘付けになった。
 そして彼はむさぼる様にインターネットのサイトを漁り、めったに行かない図書館で文献を調べつくした。
 彼の目、そして魂にはあの壁画の絵が強く焼きついていた。逞しい肉体をさらし、ぶつけ合う男達。そしてその男達の前に立つ一頭の狼……。かの文化圏において獣を神とあがめるのはかなり稀有な例ではあるが、おそらくそれ以前のものか、それともまた異質の信仰なのか。
 只一つ言えるのは当時の人々がその狼の姿をした神をあがめ、それに奉げる神事を行っていたのは確かだと言う事である。それはともかくとして、その壁画の男達は同性である彼が見ても美しく、そしてしなやかな逞しさを持っていた。それは男色などと言うものには縁のない彼に性的動揺を高めるには十二分すぎるものであり、魅入るうちに股間に強い貼りを感じる事、そしてその高ぶりを人知れず発散する事も少なくはなかった。
 そうするうちに彼がかの地に行って直接その空気に触れたいと願った彼がそれを行動に移すまで早々時間はかからなかった。それが実行できる段階に達するやや否や彼はまっすぐかの地へと足を運んだ。

 遺跡のある町は近代化した周辺の町とは違い、古くからの面影を残していた。そして導かれる様に遺跡へと向かう。
 陽の光に照らされたその遺跡は四方を壁に囲まれ、その中央には石造りの床が敷き詰められている。そして奥の方の床には一体の狼の像が奉られているかのように立っている。それは神殿と言うより劇場、もしくは闘技場とも言えるものであった。
 かつてここでその狼の像を通じて獣神に奉げるべく多くの男達がその身をぶつけ合った事は壁一面の壁画が記している。
 男は改めて壁画に描かれた男達を食い入るように見つめる。写実的ではないものの筋肉の美しさがしっかり表された絵。その絵からは彼らの生々しい熱気さえ伝わってくるかのようであった。
 本来ならその場で全裸となり、そこまではいかなくともかの壁画の男達に頬をすり合わせて一体感を得たい衝動にも駆られていたのだが、さすがにわずかながらも観光客らしい人々、特にその中にいた女性の視線が気になり、それをする事ははばかれるものがあった。
 その代わり手にしたカメラでは飽き足りずその目で、耳で、全身でその遺跡の全てを記録するように見て回る。まるで自らをこの遺跡、いや神殿の記録媒体とするかの様に。
 そして後ろ髪を引かれる様に遺跡を後にした男だったが、かの神殿への感情は押さえきる事ができず、夜の帳が下りるのを待って一人ホテルを離れて遺跡へと足を運んだのであった。
「ここか……ここなんだな……」
 月明かりに照らされた遺跡は昼とはまた違う幻想的でかつ不気味なまでの精力的な空気をかもし出している。その空気に当てられてか、壁画に描かれた男達もはるか遠い時間を越えて、まるでその当時ぶつかり合った男達の動きをそのまま止めているかのような生々しさを感じさせている。
「すごい……すごすぎる……」
 そう言いながら男は遺跡を一周しながら壁画を見て回る。見ているだけで生きているような雰囲気を見せる壁画の男達に触れた時、男はまるで本物の筋肉に触れたような錯覚を覚えた。
 そして、狼の像の後ろに立ち、改めて遺跡を見渡す。この像は、いやこの像を通じて古の獣神はかつてどれだけ多くの男達の肉体を、そしてそのぶつかり合いを見てきたのだろうか。そう思ううちに男の目はかつてこの地で行なわれていた男達の儀式の幻を見ていた。
 獣神をあがめる男達が鍛え抜かれた裸身をぶつけ合い、取っ組み合う。
 荒々しく激しい一方で美しく、艶やかささえ感じる男達の戦い。そしてそれを満足そうに見つめる獣神。
 その光景を思い浮かべるうち、男は遂にかねてからもくろんでいた行動を取る事を選んだ。
ガサッ、バサッ。
シュルッ。
 おもむろに上着を脱ぐと、その下の服をシャツもろとも脱ぎ捨てる。そしてさらに靴と靴下を脱ぎ捨てると、下のパンツごとズボンをひき下ろし、おもむろに投げ捨てる。月明かりの中、一糸まとわぬ姿となった男はそのまま石畳に上がり、その中心に立つ。
「……」
 それなりに体格はいいものの壁画の男達には遠く及ばない貧相な肉体。
 股間から伸びるものもそれほどではない。しかし、彼もまた古の男達と同じ様にこの地に引かれ、時を越えて獣神への儀式に臨もうとする一人であった。
ビクン。
「うっ」
 ふと男の股間が軽く揺れる。
 夜の空気と全裸となった興奮、そしてこの壁画と石畳に刻まれた男達の闘気の名残が彼を高ぶらせているのだろうか。股間から全身に熱いものがみなぎる。活力、闘争心、野生と言ったものが全身を駆け抜ける。
「うう……うう……うおーっ!」
 全身をかける熱さにそう吼えるや男は一瞬身をかがめ、両手で頭を押さえる。
 再度頭をあげた時、彼の顔は人間ではなくなっていた。
 全身を獣毛に覆われ、耳は高くとがっている。
 長く伸びたマズルには荒々しい牙が見える。
 それは狼―狼の顔だった。正確には狼の顔を模したマスクなのだが、男は狼のマスクの中から遺跡の奥―狼の像が立っている方角を見る。そこに描かれているのは狼の顔を持つ全裸の男達のぶつかり合う姿が描かれている。
 そう、この伝承には続きがあり、その身をぶつけ合った男達のうち選ばれた者は狼を模した面をかぶりさらにその身をぶつけあう。
 そして、最後に選ばれた者が獣神とその身をぶつけ合う資格を得ていたのだ。
 男はその伝承を知り、高ぶる思いの中でおこがましいと言う感情を越えてそれを擬似的にも味わいたいと思い、このマスクを用意してこの遺跡を訪れていたのだ。
「ふう……うう……」
 顔だけ、しかも擬似的にとは言え狼となった事でさらに何かを刺激されたような高揚感の中で男はマスクから開いた口元から息を漏らす。それはあたかも本当の獣のようであった。
ビンッ!
「うぉっ!」
 その瞬間、彼のものがさらに震え、男は思わず前かがみになる。
「こ、これは……」
 つかんだ感触、それは普段彼が認識しているものよりも一回り大きいものであった。
「お、おれのってこんなに大きかったか?」
 不思議な違和感を感じた男だったが、それが衝動となるのに時間はかからなかった。熱をおび、いつも以上に太く、長く、弾力を持った上その先から漏れる湿り気はこれまで高ぶりきっていた彼を導くに十分すぎた。
シュッ、シュッ、シュッ……。
 狼の像と向かい合うように男はそのまましゃがみこみ、そのままものをつかみ、動かし始める。
「うっ、うっ、うっ……」
 マスクの中で時に顔をしかめ、時に緩ませながら男はものを動かす。その手の中で彼のものはより熱さを増し、その熱さを受け入れるかのように長く、そして太くなっていった。
シュッ、シュッ、シュシュシュ……。
「うっ、ううっ、うううう……」
 全身をそらし、ひたすらものをしごく。それは文明世界の常識からすれば異様ではあったが、少なくともこの地、そして彼にとっては神聖な行為であった、少なくとも彼の本能はそう感じていた。
 そして……。
「うおっ!」
ブシュッ!
 絶頂と同時に男のものからわずかながらも息吹が噴出し、天に舞う。
 それが静かに狼の像に降りかかるのを男は恍惚とした目で見ていた。
「ふう……」
 放出の後の恍惚とした脱力感に酔いながら男はしばしその身を石畳に横たえる。
ウ〜……。
「……な……何だ……」
 何かの声が突然耳に入ったのに反応した男はまだ鈍さの残る頭を抱えながらその先を見る。遺跡の奥の方―狼面の男達が絡み合う壁画の描かれている壁の隙間から何かの目が光っている。それはかすかなうなり声を上げながら静かに男に近づいてきた。
 本来ならこの地にも早々いないはずの存在であり、それでなくともそれほどの大きさのものはないはずの存在。しかし、それはこの地では神聖な存在とされ、男もまた擬似的にとは言えその姿を借りているのだ。
 そう、それは一匹の狼だった。それも2mくらいの大きな狼である。
「……」
 男は動けないまま息を飲んだ。その大きさに、その恐ろしさに、そして、そのまがまがしくも神々しい威圧感に。狼は静かに男に近づくとその鼻先を突き出し、男の体を鼻でなめ回し始める。
「うっ、くっ……」
 わき腹を、足を、腹部を、胸板を鼻とその獣毛で撫で回され男の中にかすかながらの恥ずかしさと高ぶりが走る。しかし、狼が彼に求めたのはそれだけではなかった。
「うっ!」
 狼の鼻は彼のものにその先を伸ばした。まだ放出の余韻を示しながらも萎え落ちる事無くそそりたつそれを狼はまさに食い荒らそうとするかの様に鼻をこすりつける。
「うっ、くくっ、や、やめ……」
 追い払おうとしたかったが、まだ脱力感の残る体には狼の威圧感を撥ね退ける力はなく、ただ自分のモノから狼の鼻が与える刺激に酔う事しかできない。そして……。
「うっ!」
 男は二度目の放出をした。
 狼はそれを満足そうになめきると、そのまま遺跡の奥に歩み去ろうとする。
「う、うう……」
 二度の放出による脱力から何とか回復し、何とか男が起き上がった時、そこにはまるで導くように壁画の奥―そこにある扉の前に立つ狼の姿があった。
「来い……と言うのか?」
 その途端、男の体、特にモノが再度動く。
「うっ……」
 男は静かに立ち上がると石畳を降りる。それを見届けるように狼もまた男を導くように奥へと進んでいった。


神人縁起『ある遺跡の物語』・後編
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