巡る思い・前編 カギヤッコ作
 とある町の郊外にあったその動物園はかつては多くの動物達を抱え、さらに多くの人々がここで憩いの一時を過ごしていた。
 しかし時の流れと共に人は去り、遂に閉館の時を迎えてしばしの時が立っている。
 せめてもの救いはかつてここにいた動物達、そして職員達は何とか他の動物園や職場で暮らせるめどが付き、動物園自体も解体後自然公園として再建される事になった事だろう。
 そして、解体工事の始まる前日の夜…。
「…静かなものね…。」
 倉須亜美は無人、と言うより無獣の園内を歩きながらつぶやく。かつて彼女がここで働いていた時は夜行性の動物達の鳴き声や眠っている動物達の姿、そして動物達を見守る職員達で「夜なりの動き」が見えたものである。
「仕方ないわよ。この動物園が閉まってからかなり経つし、明日はいよいよ解体工事…わたし達がここでこうして歩いている事自体がおかしいんだから。でも、それがまた感慨深いのよね。」
 その横を歩きながら高野久恵はそう言って大きく伸びをする。彼女もまたかつてここで働いていた。
 同じ動物園で働いていた二人が友人になるのに時間はかからなかったが、ちょうど時を同じくして動物園が閉鎖、その事後処理や転属で会う機会がなくなり、偶然にも連絡を取り合えた二人が再会の場所として選んだのがこの動物園跡である。
 もちろんこれ自体はよくない行為なのだが決して短くない時間を過ごした場所、そして二人に動物園職員としての心得を教えた場所であるここの名残りを感じたくて二人はここを訪れていたのだ。  かつて住んでいた場所より引き離されてこの動物園で暮らし、そして病気や寿命でこの世を去った動物達。二人もここに勤めていた時は何度もその光景に立会い、複雑な想いを抱きながら作業を行っていた。
 そんな動物達を祭った碑の前に立った二人がしんみりと、そして敬虔な気持ちになるのは当然の事だった。
「明日でここも取り壊されるとは言うけど…」
「やっぱり…ね?」
 二人はうなずき合うと碑に被さっていた枯葉を払い、少しでもきれいに見えるように両手を使って埃を払う。
 両手だけでなく服も顔も埃にまみれるが、それにも構わず二人はしばし碑の回りにいた。
パンッ、パンッ…。
 二人が埃を払い終えた時、碑は完全とは言えないまでも埃を落とし、その全容を露にしていた。風雨にさらされ黒ずみながらも凛とした姿を見せるその姿はかつてここで生きていた動物達、そしてそこに集まっていた全ての命を記録するモニュメントそのものであった。
 二人は無言で碑に向かい手を合わせしばし目を閉じる。ここに眠っている動物達の魂が安らかであるように祈りながら…。
 二人が最後に足を運んだのはカモシカ舎。ここが二人の勤務場所だった。
 以前はここにも数匹のカモシカが暮らし、二人も他の職員に混じって獣の匂いや来客の歓声の中、悲喜こもごもの飼育生活を過ごしていた。ロッカールームや休憩室の“お気に入りの場所”などを見ながら思い出にふけりつつ二人は歩いて行く。
 しかしメインステージである檻の中はただ殺風景で、かつては立ち込めていた獣の匂いも雨風にさらされて消えうせていた。
「…何だか殺風景になっちゃったわね…前は「カモシカが暮らしている所ってこんな感じなのかな?」と思ってたけど…。」
「まあ、どんなにつくろっても限界はあるわ。あの子達がいなくなったら自動的にそんな風になるのはわかっているはずよ。」
 懐かしさよりもつまらなそうな顔をする久恵に対してやや冷めた顔でつぶやく亜美。口ではそう言ってはいるが二人とも相応に一抹の寂しさを感じているのだ。
 ちなみに、ここで暮らしていたカモシカ達は全員別の山の保護区に移っておりより自然に近い環境で生活していると言う。
「でも、色々世話していたけどあの子達、どんな気持ちで暮らしていんだろうな…何のかんの言ったって自然と切り離されてこうして人の目にさらされていたんだし…。」
「そうよね…こうしているとなんだかまだ誰かに見られている気持ちがするわね。そして、まだここにもカモシカ達の気配が…」
 そうつぶやいていた久恵に目を向けた亜美の目が丸くなる。
「ち、ちょっと久美、何やってんの?」
 無理もない。久恵はいつの間にか背負っていたバッグをおろすばかりか衣服を脱いでいたのである。
「何って服を脱いでいるんじゃない。今夜はわたし達が檻に入る番よ。」
 そう言いながら久恵は最後まで身につけていたショーツをおろし、「野生の姿」になる。
 平均より少し高めの慎重と肉体労働経験者であるがゆえの細くともしなやかで逞しい肉付き、そしてやや大きめの胸が揺れる。
 勤めていた頃から久恵の奔放な性格に振り回されながらも受け入れていた亜美だったが、さすがに今回はやれやれと頭を抱える。
「ささ、亜美も脱いでよ。わたし達はここで裸のままの暮らしを見せている動物さんなんだから。」
 そう言いながら亜美の服に手をかけようとする久恵。その勢いはどこか普通ではない勢いを感じさせる。
「…わ、わかったわよ…脱げば良いんでしょ?」
  亜美は久恵を引き離すと仕方がないと言う顔をしながらバッグを下ろし、服を脱ぎ出す。久恵に比べると胸もお尻もスレンダーだがその分引き締まった裸身を現すのに時間はかからなかった。
 ショートに近いセミロングの髪もそのしなやかな姿を引き立てている。
 続
小説一覧へ 巡る想い・後編
感想は通常掲示板までお願いします。