「わ〜い!」
ウェーブのかかった長い髪とグラビアなみのプロポーションを持つ20代前半の体をひらめかせ、まるで子供のように無邪気に檻の中を走り回る郁子。その姿は見事なミスマッチの美である。
「久恵、そんなに走り回ると転ぶわよ。」
そう言いながら止めようとする亜美だが、その瞬間久恵は足をもつれさせて転んだ。
「イタタタ…。」
膝を押さえながら座りこむ。幸いケガはしていないようだ。
「大丈夫?」
やれやれと亜美は手を差し伸べる。久恵は手をとるとゆっくりと立ち上がった。
「…こうして獣舎の中でご飯食べているなんてホントに動物ねわたし達って。」
しばしの後、獣舎の片隅で持って来た弁当を囲んでいる二人。もちろん裸のままである。
「そう言えばここに来たての頃、あんたがカモシカに餌やろうとして勢いついて餌入れの中に頭突っ込んだ事もあったわね。あの時は大慌てだったわ。」
亜美はそう言いながらペットボトルに口をつける。
「何よ、亜美だってカモシカがストレスでダウンして入る時にむりやり動かそうとして逆に追いかけられた事だってあったじゃない。」
すかさず反論する久恵。
「…でも、カモシカが病気になった時はみんなで徹夜で看病したり、子供が生まれた時はみんな自分達の子供のように一喜一憂してたよね…。」
「うん…。」
立ち上がると久恵は檻の外側―かつての観客側に歩く。
両手で檻を握り、ゆっくりと伸びをする姿はどことなく野性味を感じさせる。
「ねえ、カモシカって、いや、ここの動物達ってずっとここでたくさんの人達に裸を見られていたのよね。何も感じなかったのかしら。」
またしてもとぼけた質問をする久恵に亜美は呆れながら、
「あのね、人間とは違って動物は元々裸なんだし、そもそもそんな考えなんてあるわけないでしょ?」
とつぶやく。それを聞いて久恵はそれもそうか、とうなずくが次の瞬間、
ムニュッ。
「きゃっ!」
亜美の胸に久恵の細い手が伸びる。思わずのけぞる亜美だったが、思った以上に強い久恵の抱きしめる力、そして久恵の大きめの膨らみにはさまれ身動きが取れない。
「ひ、久恵、放してよ!」
ジタバタ暴れる亜美だが、それに対して久恵はその体を優しく抱きしめると、
「まあ、それはそれ、これはこれっと言う事で。さっきも言ったでしょ?今のわたし達は動物さんなんだから。ささ、さっそく動物の夜の暮らしに挑戦よ。」
とささやきかけ、パッと手を放す。
「わっ!」
急に手を放された事でバランスを崩した亜美はとっさに両手を地面につく。言うまでもなくその姿勢は四つんばいである。
二人はあたかもそう…獣同士が睦み合う様な姿勢になってしまう。
ペチッ、ペチッ、ペチッ、ペチッ…。
「な、何やってるのよ久恵…。」
お尻の辺りに違和感を感じた亜美が振り向いた先で久恵は楽しげな顔をして自分の腰を亜美のちょうどお尻の下―両足の付け根に叩きつけるように降っていた。
「何って…動物の夜の暮らしに決まってるじゃない。今のわたしはカモシカのオスで、大好きなメスカモシカの亜美と甘い夜の生活を楽しんでいるって訳。」
「確かカモシカって夜行性じゃなかったわよね…?」
少し呆れた顔でにらむ亜美に対して久恵は、
「ははっ…そうだった…」
と軽く舌を出すのもつかの間、
「ならなんでもいい、わたし達は夜行性の動物よ!」
とさらに強く腰を動かす。亜美は呆れた顔をしながらそのままの姿勢で前を向く。
念の為解説するが二人はいわゆる百合の関係と言う訳ではなく、久恵にしても軽い冗談でじゃれているだけであり、それを知るからこそ亜美もあえてそのままの姿勢を保っている。
とは言え、夜の動物園跡で裸の女性同士が動物の交尾を真似ている事自体どこか怪しげなシチュエーションではあるのだが。
ペチッ、ペチッ、ペチッ、ペチッ…。
“何だか、ホントにオスになってるみたい…カモシカや他の動物達もこんな風だったのかな…。”
“…わたしもいつかは誰かと…こうなるの…かしら…一匹のメスの獣として?それとも人間のメスとして?”
互いにそう思いながら久恵は髪を振り乱しながら発情したオスの様にさらに強く腰を動かし、亜美もそれに応える様に全身を伸縮させる。その光景は見る者を引き込まずにはいられないものをみなぎらせていた。
そんな中、この地に留まっていた何かが少しずつ二人の肉体に吸い寄せられ、二人の燃料に、そして動力になろうとしていた。
最初に変化を感じたのは久恵だった。全身に何かが吸い寄せられる感覚を覚えながらそれを股間に集めて打ち込む様に亜美のお尻に腰を当てていくうちに、少しずつその感覚が強く、確かなものになって来ていた。
まるで本当に自分の中から出たものが亜美の中につながっている様な感覚を久恵は感じていた。
“えっ、あっ、何だか、力が…出したい、もっと…”
それは亜美も同じだった。久恵と同じ様に全身に何かが入り込み、さらにじゃれ付きながら交尾のまねごとをしている久恵を通じてまた別の何かが入り込む感覚は亜美にも熱く、強いものを生み出させていた。
“あっ、あんっ、もっと、入れて…欲しい…”
そして亜美もまた久恵とつながっている感覚を少しずつ確かなものとしながら体をしならせていた時、それは襲った。
ズブッ!
「うっ!」
ビクンッ!
全身を貫く感覚に二人は大きく身をのけぞらせる。
「あっ!」
互いにその行為を行っている相手がその構造上絶対にできるはずのない感覚、それがじかに久恵のそこから伝わっていたのだ。
もし霊感のある人間が今の二人を見たなら久恵の股間と亜美の股間をつなぐ見えざる一本の棒が見えたであろう。
そして二人の体を中心に放射と収束の循環を繰り返す気の流れも…。
本来なら一連の流れに疑問と不安、そして恐怖を抱きあっても不思議ではないのだが、二人の中にみなぎる感覚、そしてその空気は二人の理性と知性を麻痺させていた。
「ああっ…亜美ぃ…。」
「久恵ぇ…もっとぉ…。」
それを最後に二人の間から言葉は消え、激しく肉の打ちあう音と甘くも激しいあえぎ声が響く。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ…。
「あっ、うっ、ううっ、ひゅっ、ぶひゅっ…。」
「あんっ、あっ、あうっ、うひゅっ、ぶひゅっ…。」
絡み合う二つの声はいつしか人のものではなく、どこか獣…そう発情したカモシカの様な鳴き声へと変わっていた。そして…。
ピクッ!ムクッ、ムクッ…。
久恵の足の間から小さな塊が生え、形を整えながら亜美のそこへと伸び始める。あたかもそれは二人をつなぐ見えざるものを肉付けするかのように…。
ズブッ!
二人が物理的にもつながったと同時に二人の動きはさらに激しさを増す。
そして、二人の肉体も少しずつ変化を見せ始める。
つながっている場所からジワジワと黒い体毛が全身を覆い始め、短いながらも毛に覆われた尻尾と入れ替わるように膝上がお尻に飲み込まれるように太く、短くなって行く。
そして膝下が短くなるのと入れ替わるように足が長く伸び出し、足指も小さく結合し前に二つ、後の一つの蹄に変化する。
胴体は上下に膨らみ出し、乳房をゆっくりと飲み込んでゆく。久恵の乳房はそのまま消えていったが、亜美の乳房は少しづつ小さくなりながら足の方に向かっていく。
両腕は足と同じ様に肘から上が肩に飲み込まれるように縮んでゆき、手が長く伸びながら指も蹄に変化する。
首は太く、短く形を変えながら白い襟巻きをまとい、恍惚とした表情を浮かべた顔もまた鼻が縮み、口が伸び、耳が広がりながら頭の上に伸びてゆく。
そして久恵の頭の上には短いながらもピンととんがった一対の角が後ろに反る様に伸び、亜美にも久恵に比べると小さいながらも確かな形をした一対の角が生えていた。
全身を一部白さのポイントを持つ茶色い毛皮が覆った時、そこには雌雄のカモシカが激しく交尾を行っていた。
ズッ、ズッ、ズッ…。
かつて同じ性の人間だった雌雄のカモシカはかつてここに暮らしていたカモシカ達がそうしていた様に激しい営みを行い…そして遂に達した。
「キュッ?」
「キュキュッ?」
思わず強く、そして清浄な気が全身を突き上げる様な感覚にとまどうカモシカ達。
ピクッ!
「キュッ!」
しばしの余韻のあと全身に違和感を感じたメスのカモシカがのけぞる。つながったままの姿勢だったので釣られる様にオスのカモシカものけぞる。
ピクッ、ピクピクッ!
それと同時にメスのカモシカの体に変化が起き始める。
全身を覆っていた毛皮が少しずつ短くなり、四肢も短くなる。特に足に当たる部分は短く、小さいながらも逞しく形を変え、蹄も分かれて鋭い爪を持つ四本の指と肉球を湛えた形に変わる。
胴体も無駄な肉のない逞しい形に変化し、尻尾も細長く、しなやかに変化してゆく。
足の間にあった乳房が消え、逞しいイチモツが生えるのと同時にオスカモシカは結合部から押し出され、危うく倒れかけるのを辛くもかわして距離を取る。
顔付きはと言うと短かった角が頭の中に消えてゆき、マズルも草食獣の細長い形から肉食獣特有の短いながらも逞しい形に変化する。
「グルッ、グゥゥ…。」
変化から来る感覚にうなる口元からは鋭い牙が見える。そして…。
ビクンッ!
「グルオォォ…!」
吼えた瞬間、顔の周りを逞しいタテガミが覆う。
さっきまでメスのカモシカだったそれは一頭のオスのライオンへと変化したのだ。
「キュッ、キュキュッ!」
さっきまで睦み合っていた相手が明らかに天敵とも言える姿に変貌した事に恐れを成すオスカモシカだが、せまい檻の中では身動きができない。
「グオッ!」
逃げ惑う間もなくオスライオンはカモシカに飛びかかり、その背中に覆い被さる。カモシカは成す術もなくその下敷きになってしまう。
何とかライオンの牙から逃れようとするが、その首に牙が刺さるまでそう時間はかかからないだろう。
その時…。
ビクンッ!
「キュッ!?」
カモシカの全身を衝撃が走る。つがいの相手をライオンに変えたものと同じ感覚である事をカモシカは本能で察した。
はたしてその通り、オスカモシカの姿は見る見るライオンへと変化してゆく。変化にともなう快感―苦痛は麻痺している―から上げる声もカモシカのものからライオンのものへと変化してゆく。
そしてカモシカだったそれは四肢をゆっくりと上げ、ライオンとなった姿を露にする。被さっていたライオンもそれに合わせるように後足を上げる。
その姿は確かにライオンだった。ただ違うとすれば顔の周りにタテガミがなく、腹の辺りに複数対の乳房がある事、そして足の間には体毛に覆われた雌の証が…。
オスカモシカ改めメスライオンはしなやかにオスライオンから抜け出すとその逞しくもつややかな姿を見せつける。
その姿に魅せられたオスライオンが今度は己の種族保存本能に従いメスライオンに飛びかかるまで時間はかからなかった。
ズブッ、ズブッ、ズブッ、ズブッ…。
激しく己をぶつけるオスライオン、そしてそれを受け止めるメスライオン…野生のライオンが獲物を貪る時とはまた違う激しい交わりの末、二匹は強く清浄な気に突き上げられる様に絶頂に達した。
睦み合っていた獣の咆哮と共に間欠泉のごとく吹き上がる気の流れ…見る人が見れば一つの自然の芸術であろう。
ビクッ!
余韻に浸る間もなく今度は二匹同時に変化が始まる。
全身が一回りも二回りも大きくなり、被さっていたオスライオンは慌てて結合を解く。
それと同時に二匹のタテガミを含んだ毛皮は消え、入れ替わるように堅牢な皮膚が全身を覆う。
四肢を含め全身がよりがっしりとした体形―例えるなら四輪駆動車が装甲車へと変化するような形で―へと変化してゆき、さらに伸びるマズルは牙と引き換えに鼻先に伸びる前後一対の角を湛える。
ジャングルの王と言われるライオンからサバンナの重戦車とも言うべきサイへと姿を変えた二匹は再び体を交え合う。もちろんかつてオスライオンだったメスサイにメスライオンだったオスサイが被さる形で…。
そして絶頂と共に吹き上がる強くて清浄な気の柱が上がると共に二匹は性を入れ替えながらまた新たな動物へと変化し、また睦み合う。
そして、動物園中に渦巻いていた全ての気の流れが二匹を中心に集まり、そして天へと昇って行く。さながらさまよっていた残留思念が二匹を通じてあるべき場所―天界かあるべき命の輪廻の流れへか―に導かれてゆくかの様に。
それを知ってか知らずか二匹は絶える事なく睦み合い、達し合い、そして変わり合っていった。
しかし、この宴も少しずつ終焉へと向かっていく。
レッサーパンダからカバへと変化して絡み合っていた二匹が絶頂の咆哮を上げる。
光の柱が消えたあと、そのまま二匹は本来ならあり得ない姿勢―両者向かい合いながらそのまま抱き合い、再度睦み合う。
「ブォッ、ブオブォッ、ブオッ、ブオッ…。」
「ブブォッ、ブオッ、ブオオッ…。」
絡み合いながら二匹のカバの姿が変化を始める。
全身が小さく、そして柔らかい形になってゆく。
ドラム缶のような胴体は横に細く、しなやかな形に。
太くて短かった四肢は細く、長く、しなやかに変化する。
顔の半分ほどもあった大きな口は不恰好に並んでいた歯もろとも顔の中に小さく消えてゆき、形よくまとまってゆき、頭部もそれを受け入れるように小さく形を変える。
「ブブオッ、ぶあっ、ぶあんっ、あんっ、あっ…。」
「ブオッ、ぶおっ、ぶうっ、うおっ、うっ…。」
二匹のカバは雌雄を入れ替えながら別の生物―人間の男女へと変化してゆく。互いの結合が入れ替わる感覚が快感をより加速させる。
女は豊かな一対の乳房とウェーブのかかった長い髪を揺らしながら男を受け止め、ショートに近いセミロングの髪をたたえた男は女の動きをその両腕で支えながら激しくと細身ながらもたくましい体と共に己をぶつけている。
「あぁーん!」
「うっ!」
二人は共に絶頂に達するとそのまま女はそのまま逞しい胸板を持つ肉感的な男性へ、男は膨らみこそささやかだが細身でしなやかな肉体を持つ女性へと変化する。
そのあと二人は男同士として、そして女同士として絶頂に達し、宴は終わりを告げた。
「んっ、んん…。」
「ふわぁ〜あ…。」
亜美と久恵がゆっくりと気だるさの残る体を起こしたのは黄昏時―夜から朝に変わる間の時間であった。
「亜美、おはよ…。」
「う、うん…。」
寝ぼけまなこで声をかける久恵に静かにうなずく亜美。
「久恵、わたし、すごい夢見ちゃった…カモシカになって、それから…。」
「亜美もなの…?わたしも…。」
恥ずかしさの余りため息をつく亜美に対して久恵はいかにも「良い夢見たな〜」と言う顔をしている。
「やっぱりマネとは言えあんな事しちゃったからかなぁ…。」
ふぅっと再びため息をつく亜美。
「でも、亜美だってしっかりノリノリだったじゃないの。かわいい声上げちゃって。もしかしてホントに感じてたとか?」
それでも軽く茶化す事は忘れない。
「ち、違うわよ!」
亜美は顔を真っ赤にして否定しながらも、
「まあ…確かにホントにしている様な気持ちになってたのは確かだけど…だからかな…動物だけじゃなくて人間の男になって久恵としちゃったり男になった久恵としちゃったりする夢なんて…。」
少しずつ「夢の中身」を思い出して声が小さくなる。
「ま、わたしもホントに亜美にしちゃってる気持ちだったし…ま、お互い様かな。」
フォローしているのかいないのか、陽気な声で久恵はそう言った。
「さてと…もう少し浸っていたいけどもうすぐ夜も明けるし、そろそろ引き上げるわよ。」
ゆっくりと起き上がろうとする亜美だが、一瞬腰からよろめいてしまう。
「うっ…。」
「大丈夫?」
そう言いながら肩を貸す久恵にゆっくりとうなずきながら二人は服をたたんでいた場所へと歩く。
「…何だか臭いわね…一晩中裸でいた割には。」
体中にまとわりつく異臭に鼻をつきながら亜美はつぶやく。
「へ?まあ、“女臭く”はなってるかもね。それとも“獣臭い”かな?」
それに対し同じ様な匂いをまといながらも久恵はクスリと笑いながら返す。
「そう言えば、この先に24時間営業のコインランドリーがあったわね。ちょうどコインシャワーもついていたし、そこで全部洗い流したいわ…。」
やれやれと言う顔で下着を身につける亜美。それに対し久恵は、
「じゃぁ…コインラインドリーが仕上がるまでシャワーの中で昨夜の続きを今度はフルコンタクトで…。」
と言いながらまだ裸のままの体を抱きつかせる。
「久恵、ふざけないで!ああ言うのはもう無しだからね!」
「冗談よ、冗談。」
さすがに怒りを露にした亜美に軽く舌を出して謝りながら久恵も服を身につける。
帰り際、再び二人は例の石碑に魂の安寧を祈る一礼をして去って行ったが、自分達がその身をもってその安寧をもたらした事実を二人は知る事はない。
ただ獣の姿で睦み合った夢の記憶とそれに伴う快感の記憶を除いて…。
終わり
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