特製の正体・第3話 冬風 狐作
 結局、その後はどうなったのか?それを書かねばならないだろう。
 特に、四肢を切断された「女」と共に、まだそこに並べられただけの「男」の2つの物体がどうなったのか、それを書かねばならないだろう。
 まず示せるのは「男」の方がやや大変であった、であろうか。それは事前の処置がやや不十分であった事に多くが起因しているのだが、それ故に本来なら要らない手間を増やす結果に終わった、と出来る。

「ん…?ああ…」
 「女」の仕上げを進めている最中だった、ふとした視線を背中に感じたのは。折しも煮沸処理を終えてふやかした四肢を分解した類、今やとても元のものがどうであったのか分かり難くなったそれ等―ちょうどそれは「腕」であったものだろう―を引き上げ、そのまま別の処理装置の中に投じている時、まだかすかに震えている物体たる「女」の向こうから、それは向けられていた。
 見るとこちらを凝視する「男」の視線があった、それは見かけてしまったが故に凝視せざるを得ない、との気配を濃厚に含んだもの。黒色からしてみれば無視していても差支えはなかったにしても、どこか気に障るその視線に彼はささっと残りの作業を終えるなり、一息入れるのも兼ねて対処する事にしたのは当然であったとも出来るかもしれない。
 だからこそ「男」は不運であった、何時かはされてしまうにしても、生半可に手違いで覚醒してしまった意識、また拘束自体もやや甘かったのか顔が動かせてしまった事からの顔を包んでいた「覆い」のずれは、「男」に対して久々の光をもたらしこそしたものの、同時に入ってきた「地獄絵図」はそのわずかばかりに生じていた安堵の気持ちを根本から吹き飛ばしたものであって、更に自らに振りかかる災厄の機会を大幅に早めるのを対価として寄越したのみだったのだから。
 その血まみれの体で迫られれば迫られるほどに、震えを含んだ物へと自らの視線が変わっていくのが分かるほどに緊張は強くなっていく。そしてそれは黒色にもありありと分かってしまえた、だからこそギロリ、との擬音が似合うほどに彼は冷ややかな視線で睨みつけては、「男」の軽く首を捻ると共に「男」の足を動かした事で露わとなった「男」のある物を強く掴む。そして間を開ける事なく片手に有していた、先程、鮮やかに「女」の四肢を切断した器物を間髪入れずに、自然とするのが妥当なほどの具合で当てるなり、ちょんっと動かす。
「……!!!!!????」
 途端に声にならない呻き、ただ息が強く吐かれるのがくぐもり気味にはっきりと響く。それは「男」の顔にはめられている覆いの中からなのは明らかで、最早解体が進んでしまっている「女」とは比にならないほどに、強く痙攣している全身と合わせての芯からの、その感情の底からの叫びであったに違いなかった。
 そしてそれは単に推測でなく実際にそうであったのは、その覆いがしばしの間を置いてから外された事で明らかとなる。大きくゼーゼーと無数の脂汗と共に息を吐く口は―その中に舌はないばかりか、歯すらも全て取り除かれている―真っ黒な噴気孔と例えられる具合でしかない。
 そこに対して黒色は栓をするかの様に、あたかもはめるのを忘れていた、と言わんばかりのやや雑さもある手つきを向ける。まるで「うるさい」とでも暗に示すかの様にはめられたのは、切り取ったばかりの「男」の陽物。恐怖のあまりか何かは分からぬにしても、ある程度の大きさのあるそれを、亀頭の側からぐっと、栓、あるいは螺子とも表せる程度の具合で捻じ込んでしまえば、「男」から更なるうめき声が漏れてくる事はなかった。
 最もすべてが止まった訳ではない、その股間からはどろりと赤黒い得体が流出していたものであるし、まだびくびくとの痙攣やまない体からは大量の脂汗、そして白目を向いている瞳からは多量の涙が吹き出して、ずっと無残な具合を呈していたねのだが黒色は、口からの響きが収まり、最早その視線がこちらを向く事、より言うなれば「男」が己に対して自発的な関心を向けることが困難になった、と判断出来るほどになった姿に満足の意を浮かべていたのみであった。
 だからそうした新たな流出部については、陽物を切り取った箇所からの液体にのみ対処した以外は構う事なしにそのままとして放置した後、拭く事もないままに顔には、一度は外されていた覆いを再び装着し、全身の装着も改めてし直すのみであった。
 その効果は正に覿面としか出来ない。「男」は本当に静かになった、ただ不自然に全身が首の辺りを中心にしてのけぞった具合になりかけていたので、まっすぐその首を伸ばし直した後、更なる反動にて曲がらない様に幾らかの固定を別の器具を以て施せば、その一息は、対応は、すっかり完了して、黒色の望む環境が再び整ったと出来るだろう。
 「男」をもう一度見やれば、まるでその様は模型か、あるいは標本の様でしかなく、「男」は股間の無残さもあってとても、生き物と直視出来る姿ではなかった。
 しかしそれとて黒色にとってはどうでも良い事。彼にとっては適度な静けさと落ち着ける環境さえ得られればそれで良いのであって、今一度様子だけを確認すれば軽くなった足取りにて「女」の方へと戻るのみなのだった。

 「女」の体は動いている、それを確認すると何か新たに手にした箱の中より、太めの注射器とアンプルを手にして、2つを合わせてようやく機能するそれをセットしては注入をする。
 アンプルの中身は鎮静剤であって「女」の静脈へと注がれていく。その成分、また容量はおよそ一般の医院だとかで使われるものとはずっと強力な効果をもたらすものであるから、それをそれなりの量注いでしまえば、きっと「女」が再び覚醒する事はないのは確実であろう。
 効果は間もなく現れていく、ただの一箇所にのみされたのではないのも大きいのだろう。幾らかの場所へと―残っている「肉体」の節々に充てられた注射針を介してのアンブルの中身の液剤は、その肉体に浸透していき、その動きをより穏やかに、しかし止まらない程度になるまでに落ち着かせていくのだ。
 余りの速やかさで見ている方が見事と言ってしまいたくなるほどの展開。しかし、黒色がそれに何か反応を示す事は当然ない、むしろアンプルなどを処分する方に関心を寄せているのはありありとしていたものであったし、ようやく戻ってきた時に安定した一定の感覚で体が膨らんでは縮む、そんな具合に落ち着いていたのを見るしかない。
 そこまでの手順を見てしまうともう、手をかけた「女」にしても「男」にしても、新たに何かをするのはどうにも考えづらいもの。どちらも、そう、安定している、安静な状態になっているのは明らかであったから、黒色自身、改めて様子を確認した後、どこからか取り出したファイルの中身と照らし合わせる様な動きと共に少し離れだ場所へと移動していた。そしてぼやく、軽いぼやきを漏らす。
「ふうん、なんだこちらは今回加工しなくていいのか…全く、余計な材料持ってきてくれちゃ邪魔なんだよねぇ。整理整頓っていつも言ってるんだから」
 ファイルから戻った黒色の言葉と視線は、その空間の中に置かれている未加工の物体に向けられていた。冒頭にて触れた「幾つかの」物体、今、手にかけたのは「女」と「男」をそれぞれ1つずつであるので、未だ未加工な物体がその空間にはある、と出来るのだ。
 それに対して黒色は不満の色を見せる、一部には、そう彼の思い込み。即ち、ここに置かれている物体の全てを今回、全て加工して良いものだ、との誤認識に起因しているところもあるのだが、それ以上にあるのは彼の信条のひとつたる「整理整頓」それに反している事への不満でしかなかった。
   とは言え幾ら不満を抱けても、その物体をどうこうする事は流石に出来ない。黒色にしても指示を受けて行っている身であるから、関係のない事をしてはならないし、ある程度までは許容されても及ぶ事の許されない領域も多々ある身の上。故に口で不満を漏らしつつ、いやそう漏らすのが精一杯であったから、今一度、受けた指示の内容の書かれたファイルを再読し、今日、行った内容に誤りはなかったか、漏れはなかったか、との確認に時間をかける事で気持ちを落ち着かせ、どこかでは満足させる事で紛らわしていく。
 だからその気が落ち着いたところで、その日はおしまいだった。全てを黒色がする訳ではなかったし、黒色が担当する場面に限定しても時間的な要因が幾らか絡むものだから、一気に全てを成す事は困難なのである。
 黒色は機器の様子を再確認した後、どこか満足げな調子となっていたと出来るだろう。彼が個人的に強く奉ずる「整理整頓」の信条の下に、血塗れとなった多くの器物、また場所の清掃に時間と労力を費やす事に勤しんでいた。その姿は普通の感覚から見れば、正に異様であったと出来るだろう、人体に類した―実際はそれなのだか―「物体」からの鮮血に染まっている中、満足げな調子でその場を清めている姿はとても理解し難いところがある。
 しかし、黒色本人はとてもそうであるとは認識していない。そう振る舞うのが当然であると言わんばかりに、とにかく几帳面に事を終わらせれば、今一度、各種の機器の様子を確認してその場を去る。そして再び訪れるまでの間に、報告と共に言える範囲での不満を漏らすのにただ時間を使うのが黒色の過ごし方だった。
 とにかく、あとはそのままになっておかれるしかない。一定の気温湿度の保たれた中で、機械と「物体」だけの動きしかない空間へと、その場は戻るのみであった。


 続
特製の正体・第4話
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