特製の正体・第2話 冬風 狐作
 だからそう、その間に次第に男のノリと言えるだろうか、あるいは言わんとしている内容のエッセンスをわずかずつ摂取出来てしまえていく。だからその日を迎えた時、彼は、それを目の当たりにした時、一瞬ぎょっとこそしつつも、ああそれでも、とすっとその光景を腑に落ちさせて首を縦に降っていたのだから。
 その効果は覿面であって、男の思惑通りであったのは疑う余地はなかった。

 今、新たなる場所。そこには白い物体が幾つか横たえられている。
 その白い物は遠目に見る限りでは長い棒の様なもの、やや幅広で長さは160センチかそこらの言うなれば、人型をしている。そう人型、人の形では無しにそれは人であった、人間で、全裸であって、身動きもせずに完全に脱力した状態で眠っている、ただそれだけであった。
 一室全体を見やれば殺風景でコンクリートの打ちっぱなし、特徴ある物の類とはすっかり無縁との具合。一応、簡易な寝台が並んでいるのだけが目につく程度だろう。そして、その上に先ほど触れた「白い物体」が転がっている他はそれこそ、繰り返して書く外ないほどにコンクリート以外は金属の類のみで満たされていて、見ている限りではとても冷たさしか感じられない。
 実際のところはその空間には適度な湿度、そして温もりに満ちている。しかし視覚的な寒さは見事にそれらを打ち消していて、全く気配を隠そうとしないで仕方なかった。
 そんな折、その一室へと通じるドアが開けられた。入ってきたのは男で、ただ衣服は何か普段着とは異なっている。言うなれば調理人、それも魚だとかを捌くそんな具合の様子を漂わせていて、それを特に強調しているのがゴム製の分厚い黒のエプロンを身に着けている事だろう。だからここでは「黒色」と表現したい。
 顔もマスクとすっかり目元を覆ったゴーグルで包まれていて、およそその顔だちは見えてこないからきっとその呼び名は相応しい。そして、それだけでもこの部屋におけるその男―黒色が何か、少なくとも一般的でない事をしようとしているのは明らかであった。
 無言のままに黒いゴム長靴が向かったのは、「白い物体」こと幾名かの人間が横たえられている寝台の前であった。横たえられている人間は比較的若い感じの頃合で性別は、男女ともあった。特徴として言えるのは皆、素のままである事だろうか。即ちそれは髪染めだとか、あるいはピアス、そうした物をしていない、との意味である。
 故に若し、横たえられている数名が服を着ていたとしたら、と浮かべればその姿にはきっと真面目だとか清楚だとか、比較的肯定的なものが添えられた事だろう。少なくとも不良だとか、不潔、そうした言葉とは無縁であろう体を有する存在であるのはまず違いなかった。

 黒色はしばし目を走らせると、その中のひとり―敢えてひとつ、と書こう―を載せた寝台を引きずり出した。それは女性であった、年の頃は20代前後と言った辺りだろうか。体の肉付きも悪くなく比較的健康的、と言えるその肉体を改めて見た彼はそのまま寝台を引いていき、別の場所にある固定具の上へと設置する。
 その場所は簡易な手術台の様な場所であった。そして固定具はもう1つあり、設置を終えた足で彼は再び戻れば新たな寝台を引いてきて矢張り設置する。今度の寝台に載っていたのは男であった。こちらも年の頃は大体同じだろう、ただこちらの方が幾分細い具合であって幾分不健康そうな印象を受ける。
 目の前に並べられたふたつの物体を、人が並んで歩ける程度に広がっている寝台同士の間から見て、男はマスクの下で軽く微笑む。そしてまずは、と取り掛かったのは女の方だった。どちらの顔と陰部にも覆いが装着されて、色違いに塗られた幾らかの管が寝台の下へとのびているのだが、それ等の管を少しずらすと早速、傍らにある箱の中からある物を取り出した。
 それは輪っかであった、ただ違うのはただ輪であるだけではなく、幾らかの厚みがある輪っか状に金具によって固定されている道具であり、金具を外すと2つに分離する事だろう。その状態でまず男はその女の腕の付け根に取り付ければ、それを左右共にしてしっかりと固定させる。
「さって…するか」
 更にその体を持ち上げて足の付け根にも同様の、より太い金具の取り付けを行っていた。足に関しては膝や踵にもまたサイズ違いのものが取り付けられていて、腕よりも何かする目的が多い事がうかがえる。また黒色は幾つかの大きな金属製の容器―言うなら寸胴であろう―を用意していた。それは中には透明な液体が満たされており、更にその下にはボタンの取り付けられた別の機械が置かれている。
 直前の言葉を漏らしたのはその機械のボタンを全て押してからの事だった。ボタンを押した手は分厚いグローブに覆われていて、おもむろに傍らにある円筒形の容器の中から取り出したのは90年代末に世間を席巻した記録媒体を思い起こさせる、鈍い銀路に輝く円形の器物であった。

 今、その1枚が手にされて、まずは踵の所へと運ばれていく。そして慎重に金具にその器物を合わせてわずかにはめ込まれると、グローブ越しにすっと黒色から力を加えられた。そう、ただそれだけだった、あとは押された力と重力によってすっと―正直、その距離では不思議なほどの加速を得て―それであるのが当然かの様に貫通し、その器物がバランスを失うと共に踵から下が外れた。
「…!」
 途端に、その肉体が痙攣する。何より鮮血がほとばしり、近接していた黒色の体を汚す。しかし男は色とは対照的に動じなかった、ゴーグルの奥にある眼光もマスクの下にある息遣いもそのままに転がり落ちた踵を回収すると共に、器物をもう一方の踵にはめた金具に通しているのだから。
 後は延々とその繰り返しだった、切断された部位は最初の踵にならって次から次へとその寸胴状の金属容器の中へと投じられていく。金属容器の下にある機械が電磁式の加熱容器に近しいものであるのもまた分かる、放られた各部位―踵の下のつま先から、脛、腿―はその中にある液体を真っ赤に染めて染められては煮えられていく。
 そしてそれは腕にも施されていく。腕の場合は足に比べて細いからだろうか、肩の付け根で切り落とされた後、別の切断具を用いて肘と手首が切り離されて矢張り別々の容器の中にくべられていく、との違いこそあれどしている事は同じだった。
 辺りは当然ながら血まみれで異臭に満ちていく。黒色自身もすっかり血を浴びて濃い赤色に包まれていたものだったが、その物体もまた同様。特に手足が切断された切断面は、鋭利な金属の器物によって分けられただけあって組織が鮮やかに血の色に浮かびあがっている。
 そこに新たに用意した別の容器の中から刷毛を使って何か液体を塗りつけていた、それは例えるならニスに近い粘度の薬剤。しかしより言えるのはニスよりもずっと頑丈であって、あれだけあふれていた鮮血を間もなくして止まる程度の速乾性が特徴としてある事だろう。
 お陰でその内側はすっかり赤く、出る口をなくした鮮血が溜まりに溜まった事で染め上げられている。しかし結果としてそれは止血としての効果を発揮していたのは疑いはなく、新鮮な鉄分の匂いも幾分、酸化した様な具合になっていた。
 その止血の効果なのだろうか、少なくともその時点ではまだ「女」として黒色の中で識別されている物体の痙攣は少しばかり収まっていた。しかし、その一方でその胸は大きく上下している事から、その息が続いている事は明らかな所。幾ら覆いの下の瞳こそ開かぬままであっても、少なくとも機械では出来ない能動性のある動きは、それが生物であり、かつ、「人間」と分類される存在であるのを改めて示すのみと言えるのではないだろうか。つまるところ黒色はそれを触れる度に認識しては「解体」していると表せるしかないし、そう考えるのが妥当な所であった。


 続
特製の正体・第3話
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