「あぁ・・・また汚しちゃった」
そんな日から1年が経過した、場所あの公園の近くのビルの中。そうそこは僕の勤務先の、一番人気のないトイレの個室の中で僕はふっとその一言を今日も漏らしていた。
個室の中で僕はすっかり服を脱いでいた、背広とシャツはドアの衣紋掛けに掛けて、ズボンはタンクの蓋の上に置いてそれこそ全裸になっていた。正直、こんな所でこの様な姿になる時点でどこかで常軌を逸している。少なくとも幾らトイレの個室の中とは言えこれは普通しない、ある程度人の目から遮られているとは言え、ただ薄い板で遮られているに過ぎない。
例えば上の空いている空間から覗き込もうとする事だって考えられるし、大人であれば容易であろう。しかし幸いな事にここは、例えば小学校とかそう言う若気の至りが炸裂する場所ではない。子供だから許される行為は大人であればより容易に出来る、と言うのはこの世の中には無数にある。同時に大人がするには理由なくては許されない行為も現れてくる、その一例として個室の中を上から覗き込むとはその最たる物であろう。
何よりここは会社である、そんな暇を飽かす人間などいないと言う現実があるのも僕にとっては頼りになる心の柱だった。僕にしてもこれはイレギュラーな事なのだ、少なくともつい先ほどまでは自分の机に向かって書類を処理していたと言うもの。あくまでもこれは、そう生理現象故にトイレにこもっているに過ぎない。
更に言うならば我慢しきれなくなったから、でもある。とにかく机に向かって処理すべき物を終えるなり、急いで、あくまでも自然な様を装いつつ内心ではかなり焦ってこの個室に駆け込んだ。そして僕はすっと服を脱いで確かめたのだった。
「うう、ここんところ毎日で弱ったな・・・これかすかにだけど匂うし」
僕はそう呟きながら脱いだばかりのシャツ、ほんのりとした体温の残るそれを顔の近くに持って来ての一言だった。見たところそれは特に汚れている様には見えない、白く、ややくたびれた感じがする以外は全くおかしなところは見当たらない。しかし僕は顔を軽くしかめる、やや浮かない顔とも言えるだろう。そして空いている片手で幾らか撫で回すと指先に明確に伝わってくる湿り気にふとため息を吐く。
その湿り気は汗だとかそれで説明出来る限りではなかった、はっきりと、ぐっしょりと濡れていると言える程度で重さもある。しかし冷たい水ではない、何故ならそれは濡れていない他のシャツの場所よりもずっと暖かく、そしてふとした香りを放っているのだから。それは顔に近いとは言え10センチ余り離れている位置でも嗅ぎ取れるほどだから次の瞬間、数センチの近さまで鼻を近づけるなり、もうはっきりとした強い香りが鼻腔に突き刺さる。
それは僕の頭をくらっとさせて瞳を反射的に閉じさせるほどの強くて、癖になる甘さを併せ持ったものだった。甘美と言うべきだろうか、だが頭の中ではどこかで嗅いではいけないと警報を出す己がいる。しかし一度嗅いでしまったら止められない事は分かっていた、そしてそれが己の体から分泌された物である事を意識してしまうと尚更で・・・ふと再生される記憶の中に身を委ねるのは避けられなかった。
続