新入社員との関係・中編 冬風 狐作
 肉体的な痛み、そして心理的な抵抗を微塵にも感じないスムーズな動きの果てに気が付いた時、すっかり目の前に見える光景、同時に姿勢は変わっていた。あった筈の相手の顔の代わりに目の前のズボン、その腰周りと股間を覆う部分を目の前に直視する格好へとなっていたのだ。
(・・・!)
 驚きは当然走り、どうしてと言う疑問が脳裏に踊る。だがそれだけではなかった、そうだと認識するなり走った背筋への一筋の電流が、鼻腔を伝ってくるこれまでの生涯で無かったほどの強く、濃い甘ったるい匂いによって引き起こされたのだ。それは意思よりも強く彼女に命ずる、次にすべき事を。文字として脳裏に浮かび上がる事は無く、ただ疑問に対抗する様に考え無しの行動としてのみ現れるべく。

「そうそう上手いねぇ・・・」
 その様な相反する中身に揺れていた彼女に対して、まるで幼子がした事を褒める様な、甘く曲がりくねった口調の言葉がかけられたのは少し時間を置いてからの事だった。そしてその言葉のかけられた先では、何かに夢中になっている事をうかがわせる、そんな息遣いが熱を帯びて漂わせて。
「本当・・・ふさわしいよ、君は」
 彼女に対しての言葉であるから、それを発したのは磯原、そう後輩である彼以外の何者でもない。それは相応しくないと言えるだろう、少なくとも上下関係と言うのに照らし合わせてみれば、の話ではあるとは言え、ここは「会社」と言うフォーマルな場所であるのには違わない。決してプライベートな場所ではないのだ、仮に親しく呼び合う仲であったとしても矢張り、どこかその場を見極めきれていないと言えよう。
 だがその程度はそこでされている展開に比べたらずっと、まだまだ小粒な事。そう、その熱い息がどうして漏れているのかを知ったら、ずっとそうであるに違いない。
 漏らしているのは彼女、そしてその姿勢も相変わらずそのままであった。だがそこからが違う、彼女はただ息を漏らすのではなく、静かにゆっくりと、しかし確実に薄目となって顔を動かしていた。
 それはつい先ほどまではその場に姿を現していなかった、そして同時にこの様な場所で披露される事は有り得ない物体に対して向けられている。
 それを外に、その様に晒させるのにどの様にしたのか?少なくとも磯崎は全く手を下さなかったと断れば、そうなれば念力とかの非現実的な要素を除けば、出来るのは彼女、谷口しか出来得ないし、その通りであった。そして彼女の揺らいでいた内心は今や呆然として、自分がしてのけ、そして今正にしている事を見つめるのみであった。
 その口をチャックの金具、そこに持っていくと抵抗も無く歯、歯牙をかけて引き下ろすと言う真似をし、飛び出て来た物体が反動で勢い良く額にぶつかっても、不快に思うどころか恍惚とした表情を咄嗟的に浮かべてしまった事に対して。だがそれは全て思考の内で決して表には出ず、表に出るのは対照の動きのみ。
 今や粘液、先走りを滴らせる滾る対象に向ける熱意は、彼女が動きとして反射的なまでの、己に対する見せつけでもあったのだから。そうズボンの下に封じられていた陽物の裏筋に舌を、それもたまらない、と言う表情と気持ちでひたすら這わせては上目遣いに反応をうかがっている己を、己の意識に対して見せつけると言う。ある意味、自らに対する挑戦的な行為であったと言えよう。

「器用で鋭い歯と・・・長い舌が良いんだ・・・」
   (長い舌・・・ああ、私の舌は長い・・・)
 だがそれ以上にその行為は強い意味と反応を持ち合わせ、そして彼女の全てに対して作用して行った。続いての反応、つまりかけられた言葉を瞬く間に彼女は認識して喜び、そのままに染まっていくのは正にそれであった。そう自分の舌は長いのだ。そう自分の歯は鋭いのだ。だからそれに合う様に、それを裏切らない様にしなくてはいけないと言う一種の脅迫的な認識として、どんどん定着し、至極当然である、と捉えるのに抵抗は全くなかった。
 だから目に見えての異変にも何の恐れもなかった。そう目の前で鼻と口元が伸びていく、と言う光景を目にしていたと言うのに苦痛すら感じない。
   突き出る口元、それは決して皮膚を引きちぎる事無く、むしろ鼻筋と共に鼻を飲み込んだ形となって滑らかな輪郭を新たに彼女の顔に与える。決して人ではありえない長い、やや湾曲した輪郭を。そして眉間の部分もまた引かれては、額から鼻先へ至る1つの筋の通った流れとなって固まっていく。それは奇妙な顔立ちであったろう、滑らかな無毛に近い人の肌色はその形にとても不釣合いなのだ。
 また皮肉な事にその中にある唯一の毛である眉毛に至ってはその黒さがむしろ異様で、更なる不協和音の原因となる始末。だからこそそれは取り除かねばならない要因だった、そしてその事が口にされるなり彼女はまた同じ様に認識して・・・毛が抜け始める。
 眉毛がはらりと抜け落ちれば次の瞬間、それ以上の密度の毛が一気に噴き出す。それは顔全体に白に渋い金色、そしてこげ茶色、それらが分かれつつも一気に覆い隠して毛並みを作っていく様は鮮やかで全く手が出せない。
(ああ・・・熱い・・・っ)
 その変化に呼応する様な熱が彼女の中で生じていた。故にその感じ募りつつある熱さと共に、膝を折った姿勢のまま、彼女は空いていた手を以って服を脱ぎ始める。夏とは言え数枚重ねているそれ等を、1つずつ脱ぎ捨ててその無垢な姿へと、器用にバランスを取りつつ、腰より下に纏う物に付いては膝をわずかに上げて脱ぎ捨てる等した果てには、そう日焼けをしていないまだ白い、人の肌に包まれた裸体があるだけ。
 ただしそれは首から下に限っての話。首から上は全く逆の展開が起きていたのだから。本来であれば常に何者にも包まれていない筈のその箇所はまるで包まれたかの様に、すっかり変形したそれを隠さんと言わんばかりの濃密な塊、それは密集した獣毛であったのだが覆われる。
 変形した口は最早、口と言うよりもマズルと言うべきで、開かれた咥内からはそこに潜む長い舌が突き出ている。そしてその先で舐めているのは、斜め上に傾いた顎の形に添った格好で舐め走るのは、彼の、磯原の陽物と言う異様な光景が広がっていたと言う次第なのだ。

 今の彼女の姿は正に半人半獣、まるで神話に出て来る存在の様な姿。そしてそのしている行為とあわせれば正に狂気の光景であり、傍目からいきなり見たならばまず浮かべるそれは驚き以外の何でもないであろう。
 だが当事者たる2人のどちらにも驚きの影は見えない。むしろ当然であると言う空気が支配していたと言える。そしてその中身、彼女はわずかな混乱の中での平然とした記憶の復活、そして彼は満足感によって満たされていく。


 続
新入社員との関係・後編
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