「でも人としては無理だろうし時間がかかる、何よりも僕は恐らくそのままでは受け入れてもらえない」
「どうして受け入れてもらえないかって?それは僕だからさ、そう人として僕は自信がない・・・」
「だけどこの姿なら・・・ああっ」
「そして本当に幸運にも君もそうだった、でも君は気付いていなかっただから・・・僕はそうしたのさ」
「だけど1度のそれだけで全てを決めてしまうほど、僕は単純ではないんだ、いやそれだと面白くないでしょ?」
「僕は楽しい事が好き、だからそうして戻したけど・・・意外にすぐに来たのさ、そう今がそうなんだ」
「だから、だから、僕は一旦、君を元に戻した、何時か再び相対出来る瞬間まで、と」
「繰返すけどそれが今だよ、さあ姿を見せておくれ・・・」
改めてそこは彼等以外には何者もいない文書保管庫と我々は認識しなくてはならない。そして新たな要素として、何時の間にか経過した時間の果てに、すっかり夜に包まれたその建物の中にいるのは極わずかのみになっていたと言う事も。そしてその保管庫のある階には彼等しかおらず、他の部屋の電気が幾ら落ちていても、一番奥にその部屋はあの窓のない部屋であめが故に、明かりが灯っていても中々気付き難い環境にあると言う事を。
その中には熱い空気が満ちていた。あの先ほどの彼の言葉、それが紡がれる度に満ちて行った湿気を含んだそれは紙に満ちたこの空間には明らかにそぐわない。むしろ紙の劣化を早める上での大敵以外の何物でもない湿気、それが次第に増す中で彼等は蠢いていた。
「あ・・・んくっ・・・ぅ」
姿勢自体は変わる所は無かった、彼は立ち、彼女は膝を突いて、そして目の前に突き出されたイチモツを咥えて喉を鳴らしては水音を立てている。だが異なった事も当然ある、それはその2人の姿から白い肌が無くなっていた事だろうか。あの彼女の体は顔と同様に毛に、色合いも変わらないそれに覆われてまるで冬物の衣服を纏っていると、遠くから見たら思える様な姿。腹部の白、膝に肘から先のこげ茶色、残りの渋い金色。そのどれもが顔を覆う同質の物よりも、やや長めの毛をそれぞれ染めて覆っているのだ。
そして尾もある。豊かなふっさりとした地面にほんのりと一部だけが這う以外は、しっかりと空中に振られている尻尾。それは筆の様に先端が白く、豊かな毛の集大成と言える滑らかさに包まれている。そしてそれ等からは、姿勢と周囲に散ばった服以外からそれが実は彼女、谷口仁美と言うこの会社の社員である事を示す物は一切見受けられず、そして一連の過程を眺めずにいきなり見たならば到底分かるものではなかっただろう。
だが変わった物はそれだけに留まらなかった。ここでふと視線を変えて彼女の脱ぎ捨てた服を見る事にしよう、そして気が付かないだろうか?その散ばっている服がただ女物だけではなく、もう1種類ある事に。それは彼女が脱ぎ捨てた服の上に覆い被さる様にして広がる男物のそれを、身につけていたと推測出来る人物は彼、磯原しかいない。
そちらに目を向けても女と同じ結果が待っているだけ、いやそれ以上かもしれない。そこにいるのは矢張り女と同様に毛に包まれた存在、しかしその質感がまず異なる。何よりも毛の色合いが全く異なる、最大の違いは彼、つまり男、即ち牡である事だろう。だから女、即ち牝たる者が咥えるべきモノがその股間より勃起しているのだ。そしてそれは前述の通り、長い牝の口吻と続くマズルの中にすっかりと咥え込まれているのを見れば、それなりの長さを誇っている事が容易にうかがえる。
「ああ気持ち良い・・・っ」
言葉の具合も先ほどの語っていた時と比べればより低く、どこか凄みすらある。ただ気持ち良さを漏らしているだけと言うのに含まれている凄みは、もし聞く者がいたら軽く畏怖の念を抱かせるのに十分なものだった。体のラインは灯る明かりの下でがっしりとしていて、どこかラグビー選手をうかがわせる様な見事な体躯である。
だからもうその時点で牡の正体が何なのか、牝以上にあてるのは難しいだろう。むさ苦しさはない、しかしまとまった好感の持てる程度に整えられた筋肉の存在は、あの真面目な初々しさと華奢と言う印象の磯崎らしさを微塵にも感じさせないのだから。
そしてその上には白地に黒の縞模様の色合いの獣毛が纏われ、長く丸みを帯びた尻尾を垂らしては金色の眼光を薄っすらと輝かせる。そして股間を女、否、牝狐がストロークしているのをその瞳で見下ろす牡の虎。そんな人と獣の合いの子、と言える存在と化した姿で相対するのはこれで2度目の事であった。
「これで決まりだ。もう君も目覚めたんだ、完全に・・・っ」
その途端、どちらの体もびくんと震えたのは気のせいであっただろうか。だが答えの言葉が無い事は虎にとって了解以外の何物でもなかった、だからふと安堵してはその後頭部に太い指の目立つ片手を当てて固定化させる。そして自ら腰を振り出すのだ、虎、つまりネコ科らしいそのイチモツを自らの腰の振りによって牝狐の口の中へと叩き込み、そして上り詰めるだけなのだから。
そしてそれが同族、つまりここでは獣人となろう。その仲間を見つけ、かつそれが牝ならば番となる、と言うのが本能として刻み込まれ、何よりも獣人、彼の場合は虎人であると言う種族を越えたレベルにて、そうとして生まれた時から育てられていた彼にとっては全く疑う余地の無い、当然の事。
例え脈々と続けられる営みの1つに過ぎない、としてもその事実と意味、そしてそれ等の持ち合わせる重みに変わりはなかった。そしてこれは前述した「念力」と言う表現以上に不可解な、正に事実は小説よりも奇なりの出来事でもあろう。
「ああ・・・っ」
そして次の瞬間、彼は体をふと反らし、その勢いで陽物はますますその牝狐の咥内へと深く挿し込まれた。牝狐は軽く呻く、しかしがしっとその腰に手を回して離れる事の無い様に姿勢をあわせて、長く喉を鳴らす。そう長く、数分はそのままであっただろう。そして口がようやく動き、手も外れて体自体が大きく外れた際に、ふとした白い液体が幾らか漏れて床と彼女の体にかかった後は、しばらくの息遣いだけが響く沈黙がその空間に広がっていた。
「ふふ・・・ただいま」
それからかなりの時間が経過した頃だった、彼女が敷居を跨いだのはとある一戸建ての入口。
「今日は早く帰れたのよ」
靴を脱ぎつつ、呟いていると声が返ってきた。それは元気の良い、低い男の声だった。
「そうなんだ、嬉しいね。そろそろ夕飯出来るから、ちょうど良かった」
それと共に香ばしい良い香り、そして何かをフライパンで炒める音が響いてくる。谷口は軽く分かったと言葉を返すと、一旦自室に入って身を軽くしてから静かに舞い戻った。
「ふふ、お帰りなさい、ちょうど並べたところだから・・・」
それを迎えたのは矢張りあの声だった、そう低い男の声。
「本当タイミング良いわね・・・ああ、そうね私も・・・んっと」
食卓の上に盛り付けられた夕飯の品々、それを見てふっと顔を綻ばせるなり軽く身を振って息を吐いた。
「すっかりスムーズになったねぇ、君も」
「それはそうよ、もう大分経ったのだし、数え切れないほどしているし・・・でもあなたみたいには、ねぇ」
そこには少しの躊躇いとそれなりの苦笑が含まれていた、だが全く悪びれない様子で平然と座りつつある男は返す。
「そうかなぁ、ま・・・その内そうなるよ、さっ食べようか」
そう言って箸を渡すその腕は、その動きに似合わない逞しい、あの虎の手であった。
「ありがとう、じゃいただきます」
そして受け取った腕は手先のこげ茶色、そして渋い金色と白に覆われた狐の手。そう向き合う彼等は虎と狐の獣人にして、人として知られている名前は磯原健一と谷口仁美、そうあの2人なのだった。
あの後、改めて彼は彼女に説明する事になった。そうどうしてこうなったのか、そしてどうしたのかと。ここで改めてはっきりと書いておくならば、彼は生まれつき虎人と言う自覚があり、かつそう育てられ、また同族を嗅ぎ付ける嗅覚を持っていた。そして彼女も狐人、しかしその自覚は生まれ付き全く無かったばかりか、周囲の人間もそうであるとは全く知らなかった、何よりも純粋な人間の家庭であった事からそれ以前の話であったと言う訳である。
よって彼女にとっては彼の話はそれこそ新鮮そのもので、驚きそして納得するしかなかった。これが人の身でそう言う話を聞いていたら納得しかねただろうけれども、現実に自らも人ではない狐人、そう獣人となってしまって感じているからには、そうしか道は残されていなかったのだから。そして同時に芽生えたのは不安と共に、何か頼りになる存在が欲しいと言う事だった。だからこそ真剣に聞き入り、そして尋ねる事は次第に彼に対する信頼感を育み、色々と習い了解した時にはすっかりそれが形となっていく。
そう、それは虎人の持っていた本能の通り。仲間を見つけ牝ならば、とは既に書いた事であるがここにはもう1つ付け加えなくてはならない事がある。それは「特に目覚めていない」と言う一節であろう、それは確かに本能であった。しかし同時に知恵でもあったのだ、数少ない同族「獣人」を守る為の。だから結果として彼等は仲を深める、これが異性同士であれば尚の事で獣としての種族が異なれど、獣人としては同じであるから交わり子をなす事が可能であるからこそ、その後の関係の果てにこうして共に暮らす事になる。
初めて出会った時から奇しくもその日で数年目、しかし幾年目と言う事は彼等には関係なかった。こうして出会え、そして共にある事がこの上ない喜びであるのだから。そして今日も本来の姿となった彼と彼女の間には話に花が咲く、主夫として家を守る牡虎、そして表へ出て生活の糧を稼ぐ牝狐、そんな夫婦にして一番いは今日もまた幸せな夜を迎えたのだった。