「ボケたんじゃないの、姉ちゃんはさ・・・パジャマ着ながら、パジャマどこにやったなんて・・・困るよねぇ」
ブツブツと紡がれる声、それは弟、高彦の口から漏れていた。
「いきなり来てさ、泊めてくれ、掃除してやる、飯作ってやるってさぁ・・・人の迷惑考えろって話だよね、助かった時もあるけどさ」
まるで念仏の様に口にしながら高彦は黙々と何かに向かっていた、それはベッドの上。掛け布団が剥がされて脇に寄せられ敷布団の全面が現れた状態、その四隅にある柱には何かが巻きつけられていた。それは先ほどまであった物ではなく、今しがた付けられたばかりの物で、そしてそこから伸びた鎖が更に、その反対側の先端に同様の輪を持っている。
その鎖がピンと張って、時折振れているのを見ると力が両端からかかり、そして常に一定の力が加わり続けているのではないのは明らかだった。そう片方は頑丈なベットの四足、とても揺れる等の余裕がある様には見えない。ならば可能性があるのは、そう柱と同様に丈夫そうではあるもののある程度の柔らかさ、何よりもそれ自体が動く物に括りつけられているもう片方でしかなかった。
「はい・・・出来たよ、姉ちゃん。これでもう動けないねぇ・・・ずっと帰らなくていいんだよ?」
「ウ・・・ウウウッ!」
そうその片方とは私の足と手、両手首と両足だったのだ。つまりそれは枷、何よりもご丁寧な事に口にまで枷はされている。手械足枷、そして口枷。その3つの枷を、私が一瞬、視線をそらしている間にいきなり飛び掛って来て組み伏せた弟は、どこで覚えたのか、と言う様な鮮やかな動きと力を以って私をベットまで運んでいくと、手際良くそれらの道具を持って私から自由を奪った。それが私の想定の範囲外の出来事なのだった。
そもそも想定外なのはそれに留まらない、こんな道具をどうして弟が持っているのかと。女である私から見ても、そんな素振りや気配は全く見出せなかったからこそ、それが一番の衝撃であったのは違いなかった。だから名前こそ知っていたが、これまで触れた事も無かった口枷、ギャグボールをはめられた私はそれに対する違和感以上に、自分の中に渦巻く衝撃を解消させるであろうその理由、答えを求めて口を盛んに動かす。
それこそ呻く様に、必死になるから涎もだらっと漏れて口周りはそれこそ酷い事になっていたに違いない。そんな私を弟はベッドの上に立ち、無言で見下ろすのみ。その顔は正直言って悪くはない、ハンサムと言うには語弊があるだろうけど一般的に見ては良く、好感を持たれる目鼻立ちのすっきりとした顔。
「何だよ・・・興奮してるの、姉ちゃん?」
「ンウウウ・・・ッ」
だがそんな口から漏れてくるのはその顔とは対極に位置する様な言葉、キモイ言葉だった。口元がニヒニヒと笑っているのが余計にそれを際立たせている様にしか見えないし、顔が台無しで余りにも勿体無い。そして悲しかった、そんな弟にこんな事をされているのが。
何よりもその言葉の後、弟は膝を付いて四つん這いになって私を覆う様にして顔を接近させたり、脇や股間を撫でてきはじめたのだ。そして同時に感じている訳でもないのに、私が何か喋ろうとしてまた呼吸をしようとした際に出る呻きや大きな音に、また少しでも逃れようとして体を仰け反らしたりする度に、感じているのか?気持ち良いんだろ?と勝手な解釈をしてくるからますます性質が悪い。
その挙句は正直なんだね、と言う言葉である。何が正直な、と言う思いで私は思わず胸が一杯になってしまう。だからこそ反動で呻きと涙がより多くなってしまうのだが、今の弟にその真意が届く訳も無く、ますますその笑みを濃くして、息までわざとかと言うほど荒くして・・・見るに聞くに堪えない、そんな状況は正に生き地獄と言う言葉が相応しかった。
残酷にも、既にもうその一端は書き表している様に、その弟の解釈はますます加速して行った。そう私が感じているのだ、求めているのだ快感を、と言う都合の良すぎるそれらが。終いには自らの気持ちを堪えきれなくなったのだろう。その頃には服を脱いで全裸となった弟は、私に抱きつき生地越しに体を密着させながら頬を舐めたり、その興奮させた物を単体で擦り付けて至極満悦な顔をすると言う行為の果てに出てきたのが、それだった。そして、その言葉だった。
「姉ちゃんは僕の物・・・僕の・・・」
荒い息はもう常時続く、そんな勢いの中だから声ももう自己陶酔の中に浸りきって腐っていると言うのが相応しい。
「だから・・・だから・・・ねぇ見て分かるでしょ?これ?」
そんな弟が一旦離れて、そして手にして来た物。それは細長い筒だった、細長いと言っても棒の様な具合ではなくて筆箱程度のサイズはあるのだが、片手の中に納まってしまうそんな代物だった。それをかざして弟は更に続ける。
「これさぁ・・・姉ちゃんみたいな女の人からもらったんだ」
「ウウッ!?」
(私みたいな!?)
流石にそれには驚嘆するのみだった、女の人から、と言うのもあったが私みたいな、と言う形容がされていた事により強く。思わず涙も止まってしまうほど、私の視線が明らかにその箱に注目したのを見てから、今度は無言で、ただ口元だけは相変わらず歪ませたまま、弟はその箱に手をかけ蓋が開く。
中にあったのは円筒系の筒、それもただの筒ではない形・・・シリンダー、そしてピストン。それを見せ付けられた事で私の注目がすっかりそれに集まったのを見て、私の目線の高さよりも下にあるちゃぶ台の上に弟はそれを置く。全く以って上手い物だった、だが私はそれに上手く乗せられてしまったのだった。そして弟は静かに持ち上げ改めて注射器を抓み、軽く振って見せ付ける。そうしてから先端を覆っていた覆いを取ると、如何にも鋭意そうな注射針がきらっと輝いて姿を現す。
「これねぇ、もうシリンダーの中は用意してあるんだよね」
親指の先で示すその中には確かに液体が入っている。
「本当はこれ、僕に注射される筈だったんだけど・・・姉ちゃんにしてあげるよ」
その一言もまた衝撃であったのは言うまでもない、だがそれ以上、私が幾ら呻いても弟は言葉を続けなかった。無言で、微笑みすらも消して、じっとその瞳で私の全身を撫で回す様に見回して・・・数分が経過するまでそのままだった。