馬の愛好会・第二章中編 冬風 狐作
「はぁ・・・はぁ・・・うう、間に合った・・・。」
 授業が終わると共に教室を飛び出た生徒は廊下を駆け抜け階段を数段飛びで駆け下りると誰よりも早く、そう学食へと向かうどの生徒よりも早く1階へと辿り着いてそのまま外に飛び出した。彼の足は速い、中学時代にはその脚力を買われて陸上部やサッカー部から誘いが来たものだったが彼自身はそう運動するのが好きではなかったし、何よりもそう速いとは全く感じていなかったので全て断って文学部にてのんびりと好きな俳句や短歌を書くなどしてしていたと言う過去がある。
 彼のそう言った行動は一部で反発を買ったりもしたのだが人徳と言えるのだろうか、温和で社交的つまり友人作りが上手く人に好かれやすいと言う生来の性質も幸いしてか虐められると言った経験とはまた無縁であり平穏でそして実り多い中学生活を送っていたと言えるだろう。だから彼がこの高校、この地域では有名な進学校としてそして伝統校として信頼と実績のある彼の育った地域から比較的離れた高校へ推薦入学が決まった時には、その多くが幼馴染と言う事もあってかなり残念がられたものであった。
 中には彼と一緒に高校生活をしたいと言って受験する者もいたが、少子化により全体としての難易度は下がっているとは言え全県1区で定評のあるこの高校を志望する者は多く殆どが落ちてしまい、何とか入学出来た中学時代の幼馴染も別の学科に配属される等してしまった為に会う機会は殆ど無く今に至っていると言う話も現在進行形で進行中なのだった。故に彼は実質ただ1人その田舎の中学からここに来たと言う訳でこの普通科の中で再び自分の立場を確保すべく学業に部活にと邁進していた・・・のであるが、今言えるのは少なくとも彼に対する評判は勉強は出来て面白いが変わった奴と言うもので、好意的とも完全に言い切れないやや複雑な視線を向けられるそんな存在となっていた。
 どうしてその様な評判なのだろうか?それを知るにはただ1つ、そう今正に彼のしている行動が原因であるとしか言いようが無い。彼としてもこれは決して彼が望んでいるものではなく・・・無いのは困るが若いからとは言えこうも頻繁に出られるのも困るという厄介な思いを抱ける物、つまり毎日定期的に襲ってくるとある生理現象とでも言うべき症状が彼から時間を奪いそしてその様に走る姿が度々目撃される度に、噂が噂を呼んでは広まり根も葉もない意味不明な尾鰭が付いた話へと発展しているのは把握しており悔しさを抱きつつも何も出来ないというのが正直なところであった。
 そして悶々としつつ向き合い一年が経過した今、彼・・・そう中沢はもう諦めていた。これが自分なのだと、友人が沢山いなくても少しでも分かってくれる相手がいればそれで満足なのだと言う考えに固めていた。何故ならばそこにふとした楽しさを見出してしまったからだ、多くの人と接しなくとも・・・確かに多くの人と広く接するのもそれはそれで実りはある。しかし狭くともそれぞれが強い個性を持ち合う仲であればそれはそれで強みであり、それぞれを通じて濃い世界に触れる事の出来る楽しみを知ってしまったと言う訳だ。
 だから今の彼の人間関係と言うのはかなり濃い、俗にマニアだのオタクだのと一括りで呼ばれる人々の集合体と言っても差し支えないだろう。そしてその中で彼としてもただ何も知らないでいられる筈が無い、彼だって聞き手ばかりではなく時には話し手に回る事もまたバランスとして必要であろう。しかし中々それは見つから無かった、そもそも何かに凝るというのは探してなるのではないのだから・・・好きが発展するかふとした興味からのめり込む、それが王道である。
 しかし彼の場合そうと言えるのが中々無かった、確かに漫画も好きであるしゲームもパソコンも好きであり関心もあるそう言う点では今風の普通の存在・・・だが特定のこれと言った存在であるのは1つも無かった。だから彼は結果として頭ではその様に何かに集中している自分を描きつつも現実では受けの自分を、聞き手として演じていると言う考えと現実が捩れつつもそれを楽しむ持ち前の柔軟性にて受け止めての日々・・・そしてその中で彼はほぼ満足していた。

 例外としてただ唯一その生理現象にだけは満足と言うよりも諦めを見せつつではあったが、それで日々を平穏に過ごせていたのだから。そんな日々の中の一幕として、ただ1つの不満を浮かべつつ息を荒くしながら少しだけ駆ける足を弱めつつやや弱々しげに辺りを見回すとそのまま足をややもつれさせて校舎の脇から、そしてグラウンドの隅にある雑木の生い茂った林のような空間へと駆け込む。
 正確にはその中へと続く小道に沿ってなのだが、余り人が踏み入っていないのか背丈の低い草が土剥き出しの小道に生えていて立ち入って良いとはそう思える気配は無い。その林は小規模な古墳か何かの史跡らしくそれ故に木が植えられていて形作られていると言う物、立地としては比較的目立つのであるが矢張りその広い敷地の中では隅であり用具倉庫や部活棟とは正反対の位置にあるので運動部が近くに来ない分利用度の低い一角であったと言えるだろう。
 それ故かその林の奥にオンボロな便所があるのは大多数の生徒が知らない格好となっていた、最も幾らその便所の立っている場所が史跡指定されている区域から外れているとは言え古墳であるなら中々不謹慎な立地といえるだろう。当然撤去されてもおかしくないのだが依然とそこに居座る便所、余計な費用をかけたくないと言う意思の反映かはたまた指定区域からずれていると言う杓子定規的な判断故か・・・。
 とにかく瓦屋根で木の壁と言う今時その便所自体が文化財となるのではないかと言う古色蒼然たる公衆、いや学校の敷地内だから屋外便所に駆け込むと薄暗いその室内の更に薄暗い隅の小便器に対して向かいそのまま壁に片手をかけてそしてベルトを解いてズボンを下ろす。片手を壁にかける時には既にベルトは解いてあるのだから器用で何と手筈の何と良い事だろう、そして押して足を片方ずつ払って下半身を露わに・・・下半身の全てを外気に触れさせ大きな一息を吐く。
「あう・・・も・・・う今日は何時もより早くて困るなぁ・・・うふぅ。」
 一息吐いて中沢はその手に、今しがたまでベルトを下げる等させていた片手をぶらんと下げさせてそのまま股間より起立している一際大きな影。その上向きの反り加減と形を見れば誰もが、少なくとも男であれば思いつく物・・・そうイチモツのそれも勃起した姿。その姿を手を添えさせてそして掴み軽く息を漏らしてそのまま動かし始める、そうイチモツの形と言う流れに沿って前後に腕を一定のリズムで扱き始めたのだ。
 その瞬間より表情に浮かぶ安らぎはまた格上なのだろう、強く息を吐きつつそして吸いつつ・・・中沢は目を閉じて片手で壁に寄りかかって自らを弄るその姿勢は、ふととある四足の生き物の後脚付近を思わせるラインとなっている様にも見えなくも無かった。
「は・・・はぁ・・・はやく出して・・・もどらな・・・きゃ・・・ぁっん・・・。」
 やや荒めの呼吸、それと共に漏れる断続的な言葉の端々にかすかな快感による笑みが偲ばせて耽る姿に遠慮は見当たらなかった。

"さてさて・・・どうするかなぁ。"
 昼食を食べ終えて教室を出て1人で彷徨う今崎、昼休みが終わるまでまだ30分余り。教室棟、つまり今いる校舎に人気は薄く活気も賑わいも遠くなっている。ただ時折大きな女子か男子かけたたましい笑い声やら叫び声が響く以外はコンクリート特有の静けさと言うべきか、その様な物に満ちる中をどう過ごすかと考えつつ独りでに足は動いて階段を下り始めていた。
 階段を下り終えるまでに考え付くかと思いきや考え付かず、また1階降りてと言う勢いで・・・気がつけばもう階段など無かった。あるのは1階の似た様な造りの構造の廊下と片方だけ扉の開けられた非常口、ここで廊下の方に行けばその時にあるのは中央棟と言う名称で呼ばれている図書室や体育館・大講堂のあるこの高校の中心とも言える大きな校舎で、余りに立派な造りに未来ある学生の為とは言えここまで立派で良いのかと建設当時の議会で追及されたと言う逸話のある建物へと繋がっている。
"まぁ外の空気でも吸うか・・・欠伸が出そうだ。"
 だが一瞥しただけで今崎は反対の非常口へ足を向けてそのまま外に出る。砂にかかった角の丸くなったすのこの上を歩いて尽きたら後は上履きのままコンクリートの上を、そして楽しそうにお喋りをしつつ弁当箱片手に下げて戻ってくる女子達とすれ違えばその先にあるのは砂のグラウンドではなく芝生を敷き詰めた中庭。流石に砂地のグラウンドに上履きのまま下りるのは憚られる所があるが芝生なら別に汚れはしないと言う事で、誰彼構わず平気に下りては寛いでいるスペース・・・主として普通科が使っている事から普通科中庭と呼ばれている場所だった。
 今崎自身良くここでのんびりとしていたので無意識に来たのであろうが到着して早速辺りを見回し、軽く眉間にシワを一瞬だけ寄せるとここに用は無いとでも言わんかの如く再び歩き出してそのまま中庭を横切って抜けてしまった。どうやら何か気に入らなかったのだろうか?その様な心地が窺えると言ったところだろう。そして中庭を横切りもう数棟ある校舎を横切ればそこはもうグラウンドへの階段、そして何時しか傍らにはそう林の姿。
 どうするかとやや俯き加減に考えつつ歩いていた山崎が足を止めたのは視界にふとした物が目に入ったからだった、それは校舎と林の間にある路面の上にあった路面とは明らかに色も形も組成も違うであろう物体・・・それにふと気が付いてしまったからであった。脳裏にて認識し何かと思っている時、その耳には風に乗って部活棟の方より流れてきた応援団の恐らく昼練だろう、その力強い掛け声が小さい物の届いていた。


 続
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