その出会いはおよそ1年前となる、あの日も矢張り今日の様に天気はそう良い訳でもなく・・・今日との差がそう思い浮かばないそんなどんよりとした日であった。その日の私は今日と似た様なジャケットを羽織ってのんびりと気ままに歩いていた、時折立ち止まってポケットに忍ばせてあるデジカメにて辺りを撮る以外には止まる事は無く、辺りを眺め回しつつ一定のペースでそれこそ普段通りに歩く何事も無い散歩。
これが春や夏であるなら道端の野の花を摘んで帰る事もあるが、生憎今は冬。あると言えば棘のある握れば痛いか触れれば服に纏わりつくような厄介は相手ばかり、とてもでは無いが小学生やら中学生ではないので懐かしさを時たま覚える以外には、周囲からも何も特に感じずに通り過ぎていくだけなのだった。
しかしその日は不思議と辺りが気になってならなかった、何者かに見つめられているような視線のような突き刺す感覚・・・そしてそれは次第に重さをも持ち段々と気分がおかしくなってくるのを、強く感じられてならない。足をただ上げるだけがこれほど辛いとは・・・粘性の高い泥沼にはまって長靴だけを残して中身が出てしまう、それに近い感覚を覚えつつ次第に冷や汗が肌に浮かぶと言う始末。
沸々と疑問が頭に浮かぶも答えは見えるどころか事態はより重さを増して、何時しか視界までもが狭くなる様に感じられてしまう。そのあまりの異常振りにその心は狼狽し・・・精神的にも肉体的にも限界だと悟った次の瞬間・・・またも新たな異常が私を襲った。
「へ・・・あ・・・!?」
思わず惚気るその身の軽さ、足元が一歩二歩とトットットッと言う言葉そのままに前についてバランスを半ば失ったまま進む。大きく頭からつんのめりそうになるも、何とかそのバランスを取り直し唖然とした顔をしてその場に佇む。そして動揺と疑問の乱舞がようやく収まって全てが佇みふと視線を降ろしたそこにいたのが・・・シロと言う名前をつける事になる、白く立ち耳で巻尻尾の紀州梅の様な赤い鼻をした一匹の犬であった。
その犬は何の気配も前触れもなしに私を見上げていて、そして無言だった。
「やぁ・・・。」
「ワンッ!」
私の小さな声掛けがされるまで、そしてそれに反応があるまでシロと私を包んでいたのは沈黙の風であった。そして何を思ったのか中型犬ほどもあるその犬を私は・・・腰を屈ませて抱き上げそしてそのまま駆け足でその場から、自分とその犬がいてはならない空間なのだと無意識に感じているかのように駆け足で離脱したのである。そしてそのまま家の玄関に辿り着いた時にはすっかり息を上げていたのは言うまでも無く・・・家族は反応に困ったと今なお言われる逸話となっているのであった。
「本当・・・出会った日みたいだねぇ・・・。」
「わうっ。」
私の小さな問いかけをそのシロの耳は的確に捉えて、さっと反応を吼えて返す。吼えるのは犬だから当然なのだが私はその声を聞きつつその姿を見る度に、少しばかりいかつい親父の姿を脳裏に思い浮かべるのは気のせいなのだろうか。いや気のせいではないのかもしれない、そしてその親父には何処かで見覚えがある・・・しかし名前は分からない、でも姿と声には覚えがある不可思議な親父だと認識していたのだった。
そして私の足は進み・・・あの場所へ、あの日にシロと出会った正確な場所に次第に接近している事をその脳裏は全く認識していなかった。その背を押すように風が静かに吹き付けてきていた。そして足は次第に今度は速まる・・・駆け足、走る、全速力と段階を、一定の段階を踏みつつ私は加速していた。しかしそれを私は意識していなかった、ただ普通に歩いている様な認識のままで加速していただけであって・・・気が着くまでも無く意識すらも融けていた、ただ風と野原とアスファルトだけが変わっていなかった。
「わうっわうわうっ!」
その慄き混じりのシロの鳴声も耳に届けど認識出来ていなかった。そして私は・・・シロを引きつれその路へと消え入る。